56 行きはよいよい
「困りましたね……」
ずり落ちたメガネをくいっと片手で押し上げ、カーンは軽くため息をついた。
トラブル再び発生。
今度は強大な氷の塊が道を阻んでいるのだ。
「やはり、別のルートを後日試してみるべきかもしれませ――」
「ヘルフレイム!」
諦め気味に何かを呟くカーンに横槍を刺すようにソファイリが呪文を唱えると、俺たちの前に立ちはだかる直径20メートルはありそうな氷の塊は、瞬時に蒸発した。
よかったな、カーン! これで先に進めるぞ……と思ったのだが、心なしかカーンの表情はむしろ曇っているように見えた。
何故だろうか。
あっ!
ははーん。わかったぞ。
あの緊張を全く隠せていない顔と、いくどとなく帰還を勧めようとしているところ。
間違いなく寒さに腹をやられたからだ。
ここは察しがよくて優しい俺が気を使ってやろうではないか。
「なあ、カーン」
ほかの連中に聞こえないように小声で話しかける。
「どうかしましたか、フーン様?」
「いくら恥ずかしいからって、あんまり我慢するのはよくないぞ。人間、昔は誰だって、外でそういう必然をこなしてきたんだから、何もおかしなことはない。みんなは俺が適当にごまかしておくから、今の内にそこら辺の茂みの裏にでも行ってきなよ」
「え? あ、その、どうも……?」
なんだか微妙な反応。
どうやら俺の推測は間違っていたみたいだ。
だとすると……さっきのは完全に余計なお世話だよね。
やばい、気まずい。
しばらくはカーンから離れて歩こう。
俺たちはその後も着々と雪路を進んで行った。
奥へ進めば進むほど木々が生い茂っていき、日光が遮られて段々と暗くなる。
周囲に不安を掻き立てられて、辿っている道が本当に正しいのだろうかと心配になってしまう。
まあ、カーンが地図を持っているから大丈夫だとは思うけど。
――と、思った矢先の出来事がこれだった。
「……どうやら道を間違えて迷ってしまったみたいです」
俺たちは行き止まりにぶち当たったのである。
背後以外の方向はすべて岩壁で覆われている。
「ちょっと、ちゃんと地図を見ながら進んでたの?」
ソファイリはカーンから地図を取り上げた。
「は、はい。正確にルートを辿っていたつもりだったのですが……。今回の失敗の責任はすべて私が取ります。ですから、今日のところは一旦引き返して――」
「太陽の位置からして、目的地の方角はあちらであろう。カーン殿、ソファイリ殿。少し下がっていてくれ」
背中の荷物を地面に下ろし、ゴーサルは岩壁と向き合った。
「鬼神拳!」
どこかで聞いたことがあるような気がする技名を叫び、ゴーサルの右腕は神々しい光に包まれた。
彼は腰をどっしりと据えて構えを整え、勢い良く右ストレートを放ち……壁の一ミリ手前でパンチを止めた。
失敗したのかと思ったが、ゴーサルの満足そうな顔を見る限りそうではなさそうだ。
「だっせ! お前、なんだよ今の! 動いてもねー壁を外してやがんの! 役立たずの猿人はそこをどいていな」
躊躇なく煽りまくるアムル。
いい加減に仲直りしろよ、お前ら……。
「今度は俺っちが試すぜ」
ピシッと壁に小さな亀裂が走る。
あっ……ちょっとこの後の展開が見えてきたかも。
「この程度の壁なら俺の海王の槍でお陀仏にできるぜ」
どうやらアムルは亀裂に気づいていないらしい。
彼は堂々と胸を張りながら壁のすぐ前まで進んでいった。
「いいか? 俺っちの超かっこいい活躍を、爪でも齧りながら刮目して――」
――ドダダダダダダダダ!
案の定、アムルは崩れた岩壁の下敷きになってしまった。
「凄いわね。生身で爆裂魔法並みの威力を出すなんて、聞いたことがないわ」
新しくできたトンネルを覗き込みながら、ソファイリはそう言う。
「そこまでの威力は必要ない。空気を正確に振動させることができれば、後はドミノ倒しのごとく、自然と崩落する」
ゴーサルが作ったトンネルは綺麗に壁の向こう側まで突き抜けていた。
パンチ一発で完成した穴の割には、非常に精密な出来だ。
トンネルの壁が均等な半円を描いている。
戦闘シーンがやけに少ないので、今まで気づいていなかったが、八勇士って全員揃って意外とチートだったり?
***
トンネルを抜けるとそこは目的地である国境警備基地の目の前だった。
最初からこうすれば大した苦労をせずにすんだのになぁ……。
トンネルの中は意外と暖かかったし。
「おい、お前ら! 俺っちを置いて行く気――」
――ドダダダダダダダダ!
あ。
トンネルが崩れ落ちた。
どうやらあまり長持ちしないみたいだ。
中から悲鳴が聞こえてきたような気がするが、まあ、多分、魔物かなんかの鳴き声だろう。
「では、早速、攻撃を仕掛けに行こう。こう極端に寒いと外で待機しているだけで、体力が削がれてしまう」
ゴーサルの言葉にソファイリとセタニアは肯定的な頷きを返す。
俺も早く室内に戻りたいので、賛成と告げる。
「待ってください。この警備基地には数十人の弓兵が配置されています。木々が視界を遮ってくれる森から飛び出し、見渡しが良い原っぱの上を走って、のこのこと真正面から攻め込めば絶好の的になってしまいます」
弓兵か。
俺にはラックの絶対回避があるので大丈夫だが、ある程度近づかなければ戦えないセタニアとゴーサルには厄介な敵となりそうだ。
「どうして弓兵がいるって、わかるのよ?」
「鑑定結果にそう表示されているからです」
カーンは鑑定能力を持っているらしい。
分析上手で冷静な彼らしい能力だ。
「では、どうすればいいのだ、カーン殿?」
「敵の視界が奪われるのを待ちましょう」
ゴーサルの質問にカーンはそう返した。
「夜になるまで待つってこと?」
なるほど。
暗ければ遠くからは狙いづらくなるもんな。
「いいえ、ソファイリ様。夜の山奥は魔物が活性化するので危険です」
「それじゃあ、いつになっても攻め込めないじゃない……」
「夜以外にも、敵の視界が悪化する状況は存在しますよ」
夜以外に暗くなる状況……日食とかか?
俺が首を傾げると、カーンは再び口を開いた。
「悪天候です。大雪が降るのを待ちましょう」
「しかし、カーン殿。それでは相当長い時を待つ必要があるかもしれないぞ」
「その点に関してのご心配は必要ありません、ゴーサル様。宿に大型の転移魔法陣を書き残してきたので、こちらにも同様のものを描いておけば、いつでも行き来することができるようになります」
「一旦、戻って機会が訪れるのを待つってこと?」
「その通りです、ソファイリ様」
悪天候……なんか妙に引っかかるんだよなあ。
えっと、確か白くて丸くて――
『空の支配者ですよ、浮雲さん』
『ああ、それだ! ナイス、ベルディー』
るてるて坊主の力を使えば、インスタント悪天候が三分で出来上がる。
「ソファイリ、紐とペンと紙を出してくれないか?」
「何に使うのよ?」
るてるて坊主ってそのまま言っても、多分伝わらないよな。
「紙工作」
「バカなの?」
「まあ、バカか利口かのどちらかを選べってことなら……若干バカかな」
「……呆れた。貯蔵箱を貸してあげるから、勝手に使いなさい。あたしは魔法陣を作成しているカーンを手伝ってくるわ」
俺はありがたく貯蔵箱を受け取った。
では早速、久々のるてるて坊主作成といきますか。




