55 リフォニアへ
眠い眠い眠い眠い眠い。
寒い寒い寒い寒い寒い。
俺の心境を二行で表すのであれば、上記のようになる。
さっさと帰って寝たいのだが、今回は重要な任務なのでそういうわけにはいかない。
はぁ……。
長い旅になりそうだというのに、出発してから一時間すら経たないうちに、足はパンパン、頭はクラクラ、ぜーはーぜーはーと呼吸困難。
もうすでにへろへろのくたくたである。
全く運動していなかったのが、仇となって帰ってきたみたいだ。
しかし、俺の周りを歩いている他の八勇士たちには、まったく疲労した様子はなく、普通に意気揚々と歩いていた。
俺もあいつらを見習うべきだな、うん。
「モーラノイ、だいじょうぶ?」
セタニアは心配そうにこちらを眺めている。
「ああ、大丈夫だ」
少なくとも死にはしないだろう。
俺がそう答えると、彼女は安心したのか、にかっと歯を剥き出しにして満面の笑みを浮かべた。
「わーい、よかったヨ」
ぴょんとスキップしながら進む彼女の艶かしい生足に見惚れていると、俺はとあることに気づいた。
マフラーしか着ていないミンほどではないが、こいつも相当な薄着だ。
ついさっきまではエロい妄想のおかげで体が少しずつ温まってきていたが、気づいてしまうと今度は見ているこっちまで寒くなりだした。
「なあ、提案があるんだけど、行き先を南国に変更しないか?」
「旅行をしに行くんじゃないのよ。ちゃんと目的があるんだから」
冷静なツッコミありがとうございました、ソファイリさん。
そう、俺たちには目的があるのだ。
北の国リフォニアによって攫われたお姫様とやらを救い出しに行くという、ファンタジー世界にはありがちなテンプレイベントだ。
危険な場所へ自ら足を運ぶ必要がある面倒なイベントだが、もう一つのテンプレ目的である魔王討伐よりは難易度が低そうなので喜ぶべきなのかもしれない。
まあ、結局両方こなす展開になってしまうことも多いけどね。
ぶるぶるぶる。
凍てつく風に顔をそっと撫でられ、体が反射的に震える。
もう少し気が利いた場所に建国すればよかったのに。
真冬に雪山を越えなければたどり着けない場所に国なんか作るなよ。
まったくもって迷惑な国だ。
『ですが、この雪山こそがリフォニアを大陸戦争の中で守り抜いた張本人らしいですよ。つまり雪山はリフォニアにとって、雪山はなくてはならない存在なのです』
『大陸戦争ってなんだよ……』
またベルディーが無駄なうんちくを語ろうとしている。
正直あまり興味はないが、適当に聞き流して相づちを打てば、ベルディーが上機嫌になるので、スキルをねだりやすくなるかもしれない。
『魔族との戦争より数十年昔に起きた戦争。この星エレニアのもっとも面積が広い大陸を、たった一つの国がほぼ統一してしまったすごい戦争ですよ』
『その国って俺たちが今いる国のことか?』
『はい、そうですよ。南にある未開のジャングルから北にあるリフォニアまでの土地は全てアーマイン王国が所有しているのです。リフォニアのような小さくて貧しい国が、凄まじい戦力を持ったアーマイン王国の魔の手から逃れられた理由が、この山脈地帯なんですよ』
『寒いから諦めたのか?』
『違いますよ。確かに北の寒さはアーマインの兵には厳しかったかもしれませんが、それ以上に重要なのが土地の標高です』
『標高?』
『アーマインがリフォニアに攻め込むには、険しい雪山を超えるか、限られた比較的に安全なルートを使って迂回するしかなかったんです。ですが、雪山を越えようとすれば上から無数の矢と魔法弾をくらい、迂回しようとすれば待ち伏せしていたリフォニア軍に襲われてしまう。リフォリア側は地の利を生かして、自国を防衛できたんです』
ふーん、そうなのか。
最初は適当に聞き流していたが、以外と興味深くて驚いた。
もちろん、興味深いのは今の歴史うんちくのことではなく、ベルディーの知識が思ったよりまともだったということである。
だって、いつも適当なこと言ってるし、こいつ。
『……と、スカイペディアに書いてありましたよ』
そんなことだろうと思った。
ちなみに俺達は過去のアーマイン軍と同様に険しい山道を避けながら、右へ左へと迂回して山脈を越えようとしている。
なので、山脈地帯を突破できるのは明日の夜辺りになる見込みだ。
ああ、疲れた……。
何か歩かずにすむ方法はないのだろうか。
「ソファイリ、転移魔法を使えば一瞬で山を越えられないのか?」
「無理よ。あれの最高移動距離って結構少ないし、その割には魔力の消費量がかなり多いの。歩いた方がエネルギーの節約になるわ」
「じゃあ、縮小魔法で俺を縮めて、バッグに入れてくれよ」
「生き物に縮小魔法は使えないわよ」
役に立たないやつだ。
うーむ、ほかに何かいい方法は……思いついた!
セタニアに担いで貰おう。
彼女の腕力なら容易いだろうし、俺のことをやたらと慕ってるから断らないだろう。
「なあ、セタニ――」
「みなさん、止まってください」
カーンが突然放った注告に俺の言葉がかき消された。
「どうかしたのか?」
アムルが先頭を歩いているカーンのもとへ走り寄る。
「マスターイエティです」
カーンが指差した場所には不自然に盛り上がった雪が……いや、違う。
あれは魔物だ。
雪の山がわずかに膨らんだり、わずかに萎んだりを繰り返している。
息をしているのだろう。
「困りましたね。こちらから行くには、そこを通らなければならないのに」
なん……だと?
つまり、諦めて帰れるってことか?
チャンス到来!
「寝てるし、起きないように注意して通り過ぎれば大丈夫だ――」
「ヘックション!!!」
おっと、思わず大きなくしゃみが出てしまった(棒)。
アムルが俺を白い目で見ているが、人間、こういう衝動にはなかなか耐えられないのだよ。
不可抗力、不可抗力。
どうしようもないから、しかたがない。
「ヴォオーーンッ?」
おっと、イエティちゃんはお目覚めのご様子。
大きなあくびを漏らし、のっそりと立ち上がった。
「こうなっちまったら、戦うしかねーみたいだな!」
アムルが背中に担いでいる海王の槍を両手に装備しようとすると、カーンは彼の肩に手をやった。
「待ってください。たった一体とはいえ、マスターイエティは上級魔物です。私たちの実力があっても、無傷のまま倒すのは不可能に近いでしょう。敵地に到達する前に戦力を消耗してしまうのは、得策とは思えません。今日のところは一旦引いて、次回出陣する時は別のルートを試してみましょう」
よっしゃ、帰れるぜ!
何故かはわからないが、さっきまで感じていた疲れが一気に吹き飛んでしまった。
全速力で帰還できそうだ。
「おお! おいしそうだヨ!」
じゅるりとよだれを垂らしながら、セタニアはイエティちゃんを見つめている。
なんだか嫌な予感が――嫌な予感的中。
止めようとするカーンを腕の一振りでぶっ飛ばしたセタニアは、腹を空かせたチーターのごとく、凄まじい勢いでイエティちゃんの白い背中に飛びついたのである。
襲われたイエティちゃんはパニックに陥り、必死に暴れながらセタニアを振り落とそうとする。
だが、セタニアのアイアングリップから脱出できるはずもなく、イエティは体内の空気を全て押し出されるほどの握力で体を圧迫されて、あっさりと倒されてしまった。
「きょうのごはんだヨ」
小型トラック並みの図体を持ったイエティの屍を、いとも軽そうに背負いながら、笑顔で戻ってくるセタニア。
美味しいのか、それ?
「これで先に進めるわね。暗くなる前に急ぐわよ」
ソファイリが先頭に立って前へ進み出すと、他の八勇士達も彼女の後に続く。
「は、はい。そうですね……」
敵を倒せたのに、カーンはなんだか残念そうにそう呟いた。
ははーん。きっと、こういうことだな。
カーンも今日のところは諦めて帰りたかったんだろうな。
お前の気持ちは身に染みてわかるよ。
いつもは自分を偽って真面目なメガネを気取っているのだろうけど、あいつもきっと本来の姿は俺みたいな怠け者なのだろう。かわいそうに。
さてと、表の姿も裏の姿も怠け者な俺はセタニアに頼んで――あ、おい、ちょっと待て。
それを背中に担いでいたら、俺を担げないじゃん。
イエティを起こすんじゃなかった……。




