53 次の指令
盗賊の件から全員が無事に帰還し、一週間が経った。
アムルとゴーサルは相変わらず外で特訓をしており、カーンとトリンは相変わらず部屋で魔道書の研究。ソファイリは相変わらず庭でガーデニング。そして怪我が治ったセタニアは、相変わらずギルドから無理難題な依頼を受け取っては容易く遂行している。
単調なルーティン生活が戻ってきてくれたのは、気が休まるので嬉しいが……やっぱりバイトはめんどい。
ジジイは相変わらずごちゃごちゃとうるさいし、客は増える一方なので仕事もどんどん増えてしまう。
どうせ時給なんだから、なるべくお客が少ない方が得なんだよなぁ……。
はぁー……働かずに給料だけもらえる仕事はどこかにないのだろうか。
ベルディーみたいに数年分の有給を一気に使ってみたい。
バイトだけど。
そんな平和な日常がしばらく続いていたが、とある朝、まったく予想されていなかった非日常は訪れた。
なんと俺は朝食に間に合う時間に起床してしまったのだ。
珍しいこともあるものだと自分のことながら感心してしまう。
では、早速食べに行こうか。
ふぁーっと大きなあくびを漏らしながら、食堂までの廊下をノロノロと歩いていく。
慣れない早朝なので眠くて、眠くてしかたがない。
鉄球のように重たい体が俺の行動を拒んでいる。
だが、焼きたてパンの香ばしい匂いに鼻腔がくすぐられた瞬間、そんな反発は全て消えさった。
「チョボル、俺の朝ごはんをくれ!」
「うわっ、起きやがったんですか!?」
なんでそんなに嫌そうな顔をするんだよ。
「これは困りましたね。起きないことを想定して、わざわざ朝食を一人分少なめに作ったんですよ」
酷い……。
だが、自業自得感も少なからずあるので文句が言いづらい。
「おい、フーン。俺っちのを分けてやるよ」
「アムル……」
やはり持つべきものは友達だった。
先週、二度もお前のことを見殺しにして逃げようと考えてしまってごめんよ、アムル。
「って、おいおい、この程度で泣くなよ。大げさなやつだな」
アムルの隣席につく。
……ほとんど、残ってないじゃないか。
さっきの謝罪を取り消します。
危機に瀕したら、真っ先にアムルを切り捨てる。
「あっ、そうでした。みんな揃いやがったんで、今から少し話をしますね」
チョボルがそう言うと、自然とみんなの視線が彼のもとへ集まる。
「実は、またまた王都から連絡が来やがりました」
うげっ。
前回のように無茶苦茶な要求じゃないといいが……。
他の連中も王都からの依頼にあまり好印象を抱いていないらしく、ほぼ全員が眉をしかめた。
「また、めんどうな依頼か?」
アムルは椅子にどっぷりともたれたまま、あまり興味がなさそうに尋ねた。
「さあ、知りません。どうやら、騎士団隊長のゲルデニス・マルフィスが直々に来やがるっぽいです」
――カタン。
鉄が床を叩く音。
トリンがスプーンを床に落としたのだ。
普段は慎ましく冷静に振舞っている彼女には珍しいミスである。
何かチョボルの言葉に動揺してしまうような要素が含まれていたのだろうか。
そういえば、盗賊退治の時はやたらとテンション上がってたよな、あいつ。
わくわくした声で俺にバフ掛けてたし。
もしかしたら、今回の依頼も楽しみにしているのかもしれない。
彼女の顔を覆っている布の下には、まだまだいろんな一面が秘められていそうだ。
「チョボル殿、隊長はいつ頃訪れる予定なのだ?」
「そろそろじゃないですか? 特にいつ頃とかは聞いてないんで」
――コンコン。
誰かがドアにノックしている。
「噂をすればですね」
チョボルは台所から駆け出し、扉を開きにいった。
「おはようございます、マルフィス隊長さん。今日も老けてますね」
初っ端から暴言かよ。
彼には上下関係という概念は無いらしい。
「どけ、チョボル。八勇士はどこにいる?」
「あっちの食堂で豚のようにむしゃむしゃ朝食を貪っていますよ」
ガシャリ、ガシャリとロボットが歩いているかのような重い音が響き渡る。
食堂の中へと入ってきたのは、その体を銀色に光り輝くプレートアーマーで覆った、ゴーサルもびっくりするレベルの巨漢だった。
巨漢はゆっくりと俺たちのもとへ歩み寄り、どっすりと手頃な椅子に腰掛け、ヘルメットを脱いだ。
中身は白髪が似合うイケメンジジイだった。
「ふむ? 五人しかいないぞ。残りの二人はどうした?」
さすが、ミン。
数さえも捻じ曲げてしまう究極の存在感の薄さ。
俺以外は誰も5+2が8ではないことに違和感を抱いていないみたいだ。
「あれれ、おかしいですね。ついさっきまでは居やがったんですが。探してきましょうか?」
チョボルはいつの間にか俺の背後に回っていた。
食堂に戻ってきた覚えがないんだが……。
まあ、多分、あの巨漢に気を取られていて気づかなかっただけだろう。
「まあよい。他の連中にはチョボルが後から伝えてくれ」
「うえっ、めんどくさ……。アムルさん、伝えるのお願いしますね」
「ゴーサル、伝えるのお願いな」
「セタニア殿、伝えるのを頼む」
「モーラノイ、つたえるのおねがい」
「ソファイリ、伝えるの――」
――ギロリ。
「――は、俺がやっとくよ」
ソファイリちゃん、目が怖い。
「前回の依頼、大変見事な働きぶりだった。王は諸君らの功績を高く評価している」
まあ、この少人数であれだけの敵を倒したからな。
当然といえば当然である。
「王は新たな依頼を諸君らに授けることにした。だが今回の依頼は外に漏れてはまずい極秘事項を含むので、信頼に足りうるわしが直々にここまでやってきたというわけだ」
極秘事項か。
まだ詳細を聞いてすらいないのに、すでに面倒くさそうな匂いを醸し出している。
「というわけで、本題に入るぞ。実は我が国の愛される王女、マチルダ姫が隣国に攫われてしまったのだ」
「え? 本当なの!? 確かにあの子はちょっと抜けているところがあったけど、変な人にひょいひょいついて行っちゃうほどじゃ……」
真っ先に反応したのはソファイリだった。
どうやら彼女はマチルダ姫のことを知っているらしい。
それを聞いたイケメンジジイは目を大きく丸くし、やかんのように湯気を噴出する額にものすごい数の青筋を浮かべ、勢いよく立ち上がった。
「抜けているだと!? 貴様、姫君を侮辱するのか!?」
ソファイリの首にはいつのまにか大剣の刃が添えられている。
「あっ、いえ、すいません。し、失言でした」
「八勇士であろうが、王族をバカにする愚物はわしがその場で叩き切ってやるぞ! 言動には気をつけたまえ! これだから最近の若いもんは――」
しゅんと椅子の上で縮こまるソファイリ。
延々と説教を垂らし流すイケメンジジイ。
年寄りを怒らせたらダメだろ、最近は若者よりキレやすいって聞くし。
そして、推定30分後。
言いたいことを一通り述べ終えたのか、イケメンジジイ大剣を懐にしまい、席に座りなおして、ごほんと咳払いをした。
「では、話の続きをしよう。攫われたマチルダ姫を救い出すため、我が国は数日後に隣国へ攻め込むことになっている。そこで、諸君らに我が軍を通す道を切り開いてほしいのだ」
「つまり、前線で戦えってことか?」
アムルは眉間にしわを寄せながらそう尋ねる。
「いや、少し違う。諸君らには一つの部隊として敵国に進軍していただき、重要な拠点をあらかじめ落としてもらう。王国軍とわしの騎士団は後ほど駆けつけて、残った敵軍を叩き潰す。それが作戦の大まかな筋書きだ」
つまり、ほぼ全部をこっちに任せるってことかよ。
他力本願にもほどがある。
「しかし、それはかなり危険ではないのか? 援軍がいない状況で敵のもっとも手強い軍勢に突撃するようなものだ」
ゴーサルはイケメンジジイにもっともな質問を投げかけた。
「無論だ。しかし、王は信じていらっしゃるのだ。あの盗賊団を意図も容易く葬った諸君らなら、必ずやこの任務をやり遂げられると」
どうやら王は俺たちにかなり過剰な期待を抱いているみたいだ。
確かに前回は結果的に盗賊を討伐できたけど、あれを意図も容易くと言えるかとなると……怪しいところだ。
勝負には完敗したのに、ラックのおかげで試合に勝ってしまっただけだし。
他の八勇士も同じようなことを考えているのか、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「諸君らの進撃は明日の日の出と共に実行される。それまでに出撃の準備を存分に整えたまえ。襲撃する敵地の詳細はこの地図に記されている」
ぽいっとゴーサルに向けて放り投げられた紙の巻物は、犬のようにジャンプしたセタニアが口でキャッチした。
こいつだけはいつも通りのハイテンションだ。
まあ、前回はついてこなかったから、あれの無様さを知らないのもあるだろうが、セタニアのことだし、もし知っていたとしても次の日にはけろっと忘れていただろう。
「では、わしはそろそろ帰還する。武運を祈っているぞ」
イケメンジジイが食堂から出て行くと、満場一致の嘆息がセタニアを除いたみんなの口から溢れ出た。
やっべ、まじやっべ。
期待されるってつらいわー。
ほんとつらいわー。
……という冗談はともかく。
こんな贅沢な悩みは生まれて初めてだ。
もし、転移前の俺が「期待されるってつらいなー」とか吐かしているやつを見かけたら、確実にそいつの顔面に拳をめり込ませていただろう。




