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52 最初の指令 その3

 逃走を試みようと、俺は一歩後ずさる。


 ――ヒュン。


 あ、危ねー。

 もう二、三歩、後ろに立っていたら今さっき俺を掠めた矢は、脳天に直撃していただろう。

 敵に距離を詰められてしまったみたいだ。

 今の俺は奴らの射程内にいる。

 敵勢は馬に乗っているので、俺が全速力で走ってもすぐに追いつかれてしまうだろう。


 何かの物陰に潜んでやり過ごすしかなさそうだが……さっきの爆発で森の大部分が吹き飛んだので、ここらは殆ど平らな荒地と化してしまっている。

 要するに、隠れられる場所がない。


 周囲に降り注ぐ矢の雨。

 ラックが効力をなしているのか、全ての矢は俺から半径30センチ内には落ちてこないが、それはただの気休めだ。

 接近戦に持ち込まれてしまえば、敵の攻撃が俺に命中する確率は格段に上がるので、俺のラックでも回避できなくなってしまうかもしれない。

 

『逃げるのも手遅れっぽいですよ。色々検証していますが、浮雲さんの生存率が0%を超えている手筋は見つかりません』


 つまり、何をしても無駄だということなのか?

 そんなわけがない。

 1%……いや、0.0001%でもいい。

 とにかく俺が助かる可能性がわずかでもある手段を見つけることができれば、俺の勝ちだ。


『窮地に陥ると、主人公ってのは大抵新しいスキルを入手するよな? そして、それを使って無双する展開もよくあるだろ?』


『ああ、確かに。それって結構、燃えますよね』


『何か無いのか?』


『えーっと、確認してみます。……あ! ありました!』


 待ってました、ご都合主義展開!

 困った時のスキル頼みは定石だ。

 一体、どんなスキルなのだろうか?


『暗算がLv2になっています! これからは掛け算もできるようになりますよ!』


 ――ブチ。


 無心。


 俺は頭の中を空白で染め、強力な瞑想モードに入り、ベルディーとの通信を断ち切った。

 あんな奴に頼ろうとしたのが間違いだったみたいだ。

 俺は俺自身を信じる。

 そして、トリンが俺にくれた力。

 それも信じる。


 敵勢はもう目の前だ。

 引くことは許されない。

 俺はババアにもらった剣を腰に纏った鞘から抜きだす。

 手入れは怠っていたし、まったく使ってもいなかったので、こいつを取り出したのは闘技大会以来だ。

 ババアの剣よ、どうか俺に力を貸しておくれ。


 俺は一歩前に踏み出した。


 正直ものすごく怖い。

 だが、ここで待っていてもいずれやられてしまうだけだ。

 ならば、できるだけ多くの敵を道連れにすることが俺の使命ではなかろうか。


 いや、違う。

 俺はまだ諦めていない。

 きっと俺がやられる前に仲間が助けに来てくれるはずだ。

 それがお約束の展開ではないか。

 

 だから、俺は敵と全力で戦う。

 味方がたどり着くまで生き残るために。


「うおりゃー!」


 雄叫びをあげて俺は敵勢のもとへ全力疾走する。

 普通ならば無謀な一手だが、こちらにはラックがある。

 ある程度の攻撃は自動的に回避できる。

 その仕様を生かすために俺は敵の懐に飛び込み、奴らを錯乱させる。

 懐に潜り込むことができれば、敵は弓を放つのを躊躇するかもしれない。

 味方を巻き込んでしまうのを恐れて、一部の兵は俺を全力で攻撃してこなくなるかもしれない。

 そうすれば、0%の勝率を少しでも上昇させることができるかもしれない。

 俺はそれに賭けることにした。


 ――バキ!


「え?」


 足元の地面がいきなり大きな音を立てたので、思わず立ち止まってしまった。

 せっかく格好良く特攻していたのに、調子狂うなあ……。


 ――バキバキバキバキバキバキバキバキバキバキ!


 こ、これは一体?


 そして俺は思い知ったのであった。

 俺のラックの恐ろしさを。


 ――ブッシャーーーーーーーッッ!!!


 敵勢のど真ん中で大きな水しぶきが天高く登った。

 そして――敵勢は消え去った。

 綺麗さっぱり、まるで蒸発してしまったかのように。


 意味がわからない。


『なるほど。そういうことでしたか』


 頭の中がごちゃごちゃになって瞑想モードが解かれ、ベルディーとの回線が復旧した。


『何が起きたんだ?』


『どうやら、ここらは凍った池の上になっているみたいです。浮雲さんの体重がピンポイントで氷の脆い場所を刺激したので、ヒビが入って敵の周辺の氷が全て瓦解したんですよ』


『さすがにそれは無理があるんじゃないか……』


 敵視線から見ると理不尽極まりないぞ、これ。


『実はですね、さっきまで気づかなかったのですが、どうやらトリンさんが使った魔法はラックも十倍にする効果があったみたいなんです』


 94掛ける10で940。

 あっ、暗算スキルが役に立った。


『そこまで上がると全てが量子レベルで浮雲さんのためだけに動き始めるみたいなんです。シミュレーションをした時に見落としていました、てへぺろ』


『あのなあ……』


『でも、少しおかしなこともあるんですよね。あれだけの敵を倒したのに、まったく経験値が上がってないんですよ。人族から得られる経験値は多めに設定されているはずなんですが。もしかしたら、システムが想定していた最高値以上までラックをあげてしまったので、バグが発生したのでしょうか?』


 ベルディーはうーんと唸りながらカタカタと何かを叩く。


 まあ、なんとかなったんだし、俺としては細かいことはどうでもいいや。

 早いところ帰還しよう。


 ――と思ったのだが、一人残っていたみたいだ。

 馬に乗ったフルアーマーの兵士がこちらへ向かっている。

 旗を背中に飾っている派手派手しい姿からして、おそらくリーダー的な存在だろう。

 トリンが掛けてくれたバフの効果は消えたみたいだが、一人程度ならどうにかなりそうだ。


「おい、貴様! リフォニ――」


 ――シュン、グサッ!


 吸盤付きの矢が見事に彼の頭を射抜き、彼はぽとりと地面の上にあっけなく落ちた。

 吸盤に射抜かれるって一体どういうシュチュエーションだよ。

 海外意識(センサーシップ)、もう少しまともな仕事をしろ。


 矢が飛んできた方角を見てみると、そこには弓を構えているミンの姿があった。

 こんなに寒いというのに、彼女は全裸にマフラーのみというありえない服装をしている。


「暗殺、成功」


 ぼそりと呟くミン。


「ありがとな、助かったよ」


「礼には及ばない。すでに契約した。フーンのためなら、いつでも殺せる」


 あの紙に書いてあった「いつでも殺せる」は、脅迫文ではなくてそういうことだったのか。

 まあ、これはこれでかなり物騒だけど。


「……寒い」


 服着ろよ!!!

 相変わらず、よくわからん奴だ。

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