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51 最初の指令 その2

 無駄に早足のアムルはあっという間に雪山のふもとにたどり着いたみたいだ。

 ここからだと遠くてアムルの姿自体は少し見えづらいが、あちらこちらから、湯気がものすごい勢いで湧き上がっているのがはっきりとわかる。

 どうやら彼は海王の槍(トライデント)を使って熱湯をそこら中の雪に吹きかけて溶かし、盗賊が隠れている場所をあぶりだそうとしているらしい。

 これほど派手なことをすれば、盗賊の方がすぐにアムルを見つけてくれるだろう。


「フーン殿、私たちはここで待ち伏せをしよう。不用意に近づくのはあのバカ一人で十分だ」


「そうだな」


 俺はなるべく戦いたくないし、戦線からできるだけ離れていたいので、ゴーサルに同意した。

 だって怖いんだもん。


 というわけで、俺たちは近くの岩陰からアムルのことを見守っている。

 結果的にはカーンの作戦通りってわけだ。


 アムルは調子に乗って放水攻撃を続けていく。

 すると雪が溶けて、地面に生える茶色く染まった雑草などが露わになっていき、山の表面の五分の一程度が丸裸になった。

 あれだけ派手に暴れたのだから、そろそろ出てきてもおかしくない頃合いだと思うけど、盗賊とやらは一向に姿を現さない。

 熱湯を撒き散らしているアムルは暖かそうだが、こっちはソファイリの魔法の効力が切れそうなので、少しずつ寒くなってきているぞ。

 早く出てきてくれよ。


「フーン殿、上を見るのだ!」


 ゴーサルが突然、切羽詰まった大声で叫んだ。


「静かにしていないと、見つかるぞ」


「それどころではない! 雪崩だ! あのバカが闇雲に雪を溶かしたから、積もった雪のバランスが崩れてしまったに違いない」


 山の頂上付近へと視線を向けると、何やらもくもくとした入道雲のようなものがゆっくりと坂を下っていた。


『あの程度なら、大丈夫だろ』


『浮雲さん。遠いからそう見えるだけで、時速100キロは出ていますよ、あれ』


 え、そうなのか?


「フーン殿、バカを放って今すぐ逃げなければ私たちも巻き込まれてしまうぞ」


「そうだな。よし、アムルを置き去りにして逃げよう」


「誰を置き去りにして逃げるんだって?」


「そりゃ、もちろんアムルで……しょ」


 笑顔を浮かべながらアムルはがっちりと俺の肩を掴んでいた。

 なんで、ここにいるんだよ!

 さっきまで雪山のふもとで調子に乗っていたじゃないか。


「ちなみに、あれはただの雪崩じゃないぜ。よーく、見てみな」


 アムルは両手で俺の頭を無理やり雪山の方角へとひねる。


「……あれ? なんだか黒い胡椒みたいなものが、雪崩にたくさんくっついている」


「その通り。あれが盗賊団だ。俺っちの鍛えられた目なら、ここからでも簡単にわかる。つまり俺っちは見事にあいつらをおびき出したんだぜ。すげーだろ」


「となると、あれは物凄い数の敵ではないのか?」


「ああ。ざっと数えて千人はいるぜ」


 ……勝てるわけないじゃないか。

 てことは、やっぱり――


「「「逃げるぞ!!!」」」



***



「あ、フーンたちが戻ってきたわよ。おーい、こっちこっち」


 森の入り口で呑気に手を振っているソファイリの姿が見える。


「ソファイリ殿、今すぐ撤退を!」


「さすがの俺っちも、あの数は無理だったぜ!」


「逃げるぞ、ソファイリ!」


「え?」


 俺たち三人は困惑しているソファイリの横を走り抜ける。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! そっちへ行ったら――」


 だから、それどころじゃないんだってば!

 今すぐ逃げないと全員殺されるんだよ。


「――トラップが!」


 あっ。そういえば、トラップを張っていたんだっけ。

 だが、時すでに遅し。

 アムルが踏み込んだ地面に赤い魔法陣が浮かび上がり、連鎖的に周囲にも数多の魔法陣が出現。

 

 そして――


 ジュドドドッドドドドドッドオオォッーーーーーーーーーーーンッ!!!


 それは、まごうことなき大爆発であった。



***



 ようやく爆音が止んだので、目を開いてみると俺の周りはクレーターになっていた。

 隕石がここに落ちたと言われても誰も疑わないだろう。

 そして、近くには黒焦げの人体が一つ、二つ、三つ、四つ。

 生きてる……といいなぁ。


「ふふふ、困りましたわね」


「うわっ!」


 突然、耳元に声をかけられたので、ビビってぴょんと飛び退いた。

 ちょっとちびったかも。


 くるりと振り向くとそこには、口元に笑みを浮かべながら(たたず)んでいるトリンの姿があった。

 絶望的な状況なのに、こいつはなんでこんなに楽しそうなんだ……。


「カーンが(わたくし)を守ってくれたので助かりましたが、さて、どうしましょう? 敵勢がここにくるまで、あと少しなのでしょう?」


「どうしようって言われても……」


 俺の戦闘能力は皆無だし、ラックは俺が勝つ確率が存在する場合のみ発動するから、あの大軍を相手にするのはおそらく無理だろう。

 

「トリンは戦えるのか?」


「いえ、私は補助魔法を専門としていますので、前線で戦うのは無理ですわ」


「じゃあ、死体を放って逃げるしかないな」


 ここは一旦引くのが得策である。

 ちなみに戻ってくる予定は皆無だ。


「みなさんは気絶しているだけで、死んではいませんよ。カーンとソファイリさんが、敵の命までは奪ってしまわないように、しっかりとファイアートラップの威力を調整していましたからね」


 ということは、ここでこいつらを見捨てて逃げると、俺が間接的に仲間を殺したということになるのか。

 それはちょっと後味が悪いな。


「でも、俺が戦っても多分、勝てないし……」


「大丈夫ですよ。フーンさんはお強いのでしょう? 毎年、強者が集まると言われている、バリーの闘技大会を勝ち抜いたのですから」


 あれは、まぐれというか、インチキというか……。

 ぶっちゃけると、対戦相手が全員自滅しただけで俺は一切戦ってないんだよね。


「いや、でも、さすがに千人の相手は俺にも無理かなー、って思うんだ」


「そうですか。では、何人までなら倒せそうでしょうか?」


「えーっと、そうだな。十人程度ならギリギリいけそうな気がしなくもない。だが、千人を倒すのは絶対に無理だ。間違いなく死ぬ。諦めよう」


 さっさとこいつの目的を闘争から逃走へと変えないと、無謀な戦いが始まってしまう。

 全滅よりは二人生き残った方がマシだよね?


「ふむふむ。常時クリティカル発動の魔法と、全能力十倍の魔法を使えば勝てそうですね」


 意味がわからん、どういう計算だよ!


「では、いきますわ。入魂狙撃(ソウルスナイパー)! 神の御加護(ゴッド・バフ)!」


 うおおお!

 トリンが魔法を唱えると、俺はなんだかよくわからん七色の光に包み込まれ、どんどん力がみなぎってくる……ような気がし始めた!


「ご調子はいかがでしょうか?」


「……三分で敵を全員なぎ払えそうだ」


「では、頑張ってきてくださいね!」


 いざ進軍! 俺、一人だけど!

 だが、負ける気がしないぜ!


『浮雲さん、過信は禁物ですよ! 浮雲さんの能力を十倍にしても、やっと平均値に達するだけなんですから』


『え? そうなのか?』


『はい。1の十倍は10です』


 か、掛け算……だと?

 難しい数学は俺にはわからないので、ベルディーの言葉を信じるしかないが、彼女には嘘を吐く理由がないので、おそらくそれが正しいのだろう。


『俺に勝算はあるのか?』


『さっきシミュレーションをしてみましたが……0%でした』


『で、でも常時クリティカルもあるんだろ?』


『クリティカルはダメージが十倍になるだけなので、ダメージを与えることができなければ無意味ですよ』


 えーっと、つまり――


『俺、死ぬの?』


『今すぐ逃げれば、まだ助かりますよ』


 だが、それでは他のみんなが助からない。

 現状、戦うことができるのは俺一人だ。

 もし彼らの意識が回復するまでの時間を俺が稼げれば、俺の命と引き換えに残りの八勇士を守ることができるかもしれない。

 そうだ。だから今俺がすべきことは、間違いなく――







 ――やっぱ、逃げるか。

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