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49 さようならベルディー その6

「ワン!」


 し、しぬかとおもった……。


 現在、俺は高度二十メートル辺りの上空で、クソ犬の背中に乗っている。

 どうやら時計台の壁に衝突する直前というギリギリのタイミングで、浮遊石がクソ犬の胃の中で発動したらしく、俺とクソ犬はジェット機のごとく上空へと飛び立って絶体絶命の状況から逃れたのだ。


 ――ガブッ。


 痛ててっ、噛まないでくれ。

 落ちたら死ぬから、必死にしがみついてるのは仕方がないんだよ。


 あっ、これをうまく使えば腕と足を縛っているロープを噛み切ってくれるかも。


 ――ガブッ。

 

 おー、便利だな。

 ハサミみたいによく切れる。


 ロープが切れて身動きが取れるようになったので、恐る恐る下の方を見てみると警備隊らしき連中に囲まれている盗賊兄妹を発見。

 馬車を追いかけている最中に捕まってしまったのか。

 バカな奴らだ……。


 ついでに、お嬢様とその護衛たちっぽいのも発見。

 彼らの周りに魔法陣がいくつもあるので、おそらく時魔法による治療を受けているのだろう。

 普通の回復魔法ではどうにもならない領域のダメージだっただろうな……。

 ちょっと気の毒だが、俺にダイヤを渡さなければこうならなかったので、自業自得だねってことにしておく。


 ゆらりゆらりと風に吹かれながらケパスコは少しずつ高度を下げていき、俺たちは無事に着地した。

 これでようやく一安心のはずなんだが――えーっと、ここどこだよ。

 王都のかなり奥の方まで飛ばされたみたいだ。

 あっちに人がいるし、ちょっと聞いてみるか。


「はあ、困ったわねぇ……」


 話しかけようと思ったおばさんは、なにやら深刻な顔つきをしている。

 厄介なことに巻き込まれそうなので、別の人にしよう。


「は!あ! 困ったわね!」


 スルーしようと思って前を通り過ぎたのだが、おばさんは何故か後ろからついてくる。

 しかも、なんだかさっきよりもかなり積極的な独り言を呟いている。

 積極的な独り言ってなんだよ。


「どうかしたんですか?」


 明らかにかまってくださいオーラを出しまくっていたので、仕方なくそう尋ねる。

 すると彼女は待ってましたと言わんばかりにベラベラと話し出したのだ。


「うちの料亭に予約を入れていた団体客がキャンセルしちゃったのよ。どうやら、ここに来る途中、事故にあっちゃったらしくて、時魔術で怪我を治療しているらしいの。はあ、困ったわ。あんなにたくさんのシチューを作っちゃったのに……」


 これって、おそらく……ていうか、間違いなく馬車のせいだよね。

 ちょっと気の毒だ。

 どうにかしてあげたいけど、俺の有り金で団体分の料理を買うのはちょっと無理がある。


「ウ……」


 ケパスコが妙な呻き声を上げている。

 どうかしたのだろうか?


「ヴァン!」


 ケパスコの腹の中からおえっと吐瀉物が排出された。

 人前で何やってんだよ、この犬……。


 ――あっ。


 吐き出された遺物の中には浮遊石の他に、あのダイヤもあるじゃないか。

 いつの間に呑み込んだんだよ。

 だが、でかしたクソ犬。

 これで料理を買えるかもしれない。


「その余った料理、俺が買い取りますよ。これで足りますか?」


 少し生臭い、べとべとなダイヤ拾っておばさんに差し出す。


「ちょ、おい、あんた正気かい? そんなので支払ったらこっちがお釣りを払いきれないよ」


「お釣りは必要ないんで、これをシチュー全部と交換してくれますか?」


「えっ? その、まあ、あんたがそれでいいのなら、あたしは大歓迎だけど」


「じゃあ、交渉成立ですね」


 よっしゃー!

 これを持ち帰れば、少なくとも晩飯抜きは避けられるはずだ。

 

「そうだ、ついでにそのケパスコも調理してあげようかい? 団体客が美味しそうな生きたケパスコを持ってくるって言っていたから、それの準備もしてあるのよ」


「え、遠慮しておきます」


 命拾いしたな、クソ犬。



***



 やっとこさ宿まで戻れた~。


「ただいま」


「遅かったですね、ゴミ。買い物はしっかりしやがったのですか?」


 チョボルの罵倒には慣れきってしまったので、なんと言われようが全く悪意を感じない。

 脳内では、自動的にただいまに変換されている。


「えーっと……そのだな。紙切れをなくしちゃって、買い物はできなかったんだ」


「そうですか。では、晩飯は抜きですね。まあ、晩飯を作ろうにも材料がないんですけど」


「でも、そのかわり完成したシチューを10人前もらってきたよ」


 外に立っているガイコツロバの背中に乗せた桶を指差す。


 帰る際に、街中でうろちょろしているのを見つけたので連れ帰ったのである。

 これからは、今ごろ牢の中で大人しくしているであろう泥棒兄妹の代わりに、心優しい俺が世話をするつもりだ。


 まあ、実を言うと動物愛護精神に駆られて世話をしたくなったのではなく、仕事まで歩くのが面倒なので、ロバに乗って出勤したいなあという思惑に従っているだけだ。


「……盗んだのですか? そのロバを含めて」


「いや、もらったんだって。それにロバは拾い物だよ」


「別に俺様は気にしませんよ、貴様が泥棒しようとしなかろうと」


「いや、だから、もらったんだってば」


 うーむ、どう誤解を解けばいいのだろうか。

 ぶっちゃけると、今日何が起こったのかは俺にすら意味不明すぎて、うまく説明できる自信がない。



***



『浮雲さん! ただいまでーす!』


 晩御飯を終え、部屋の中でゆったりくつろいでいると、無駄に元気いっぱいな挨拶が脳内で響く。


『ちょっと、早くないか?』


 まだ1日しか経ってないんだが。


『へへ、実はですねー、あれは嘘だったんです。浮雲さんがいつもわたしに淡白な対応しかしないので、偶にはわたしのありがたみを知ってもらおうと思って、接続を1日切っただけです! 最近、わたしの扱いがストーリー上で便利な舞台装置レベルになっている気がしたので、抗議の一環としてやりました』


 最近じゃなくて、最初からだろ。


『……あっそ』


『……その反応から察するに、あんまりありがたみが伝わらなかったみたいですね』


『序盤はともかく、中盤辺りからはお前がいなかったことすらほぼ忘れていたよ。俺が抱いた感想は、いたら便利だけどいなくても困らないってとこかな』


『えええええっ! 酷いです!』

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