45 さようならベルディー その2
う~ん、どうしてあの本を躱せなかったのだろうか?
痛みを感じたので、堅忍不抜もどきも発動しなかった。
もしかして、ラックがちゃんと反映されない不具合でも発生したのだろうか?
バグまみれの欠陥ゲームじゃあるまいし、そんなことはないと思うが……。
ベルディーに訊いて確かめ……いやいやいや、絶対にそのような考えを抱いてはいけない。
万が一、それを切っ掛けにあいつが戻ってきたりしたらどうする?
せっかく手に入れた、脳内の安寧をふいにするようなことはできん。
よって、この件は気にしないことにしよう。
「フーン、ちょっとこっちに来てくれる?」
とりあえず、買い物を済ませに行こうと外に出ると、玄関のすぐ前でソファイリに呼び止められた。
ぶかぶかなロングパンツと軍手を着用した彼女は、最近始めた野菜畑で雑草抜きをしている最中のようだ。
「どうかしたのか?」
「あたしの部屋から、ジルルをコップ一杯取ってきてくれない?」
ジルル? 聞いたことがない単語だ。
いつもなら、わからない単語はベルディーが翻訳してくれるので問題ないのだが、これからはそう簡単にはいかない。
わからない単語が出てきたら、地道に本人に訊くしかなさそうだ。
「ジルルって何だ?」
「……あんた、それ本気で言ってるの?」
むむっ。
このままジルルがなんなのかを聞いてしまえば、間違いなく彼女に馬鹿にされてしまうだろう。
いつもの「そんな簡単なこともわからないの?」が発動するに決まっている。
ソファイリにイキられるのは不愉快なので、ここは誤魔化しておこう。
「ははは、冗談に決まってるだろ! わかった、取ってくるよ」
「ありがと」
まあ、意味を知らなくても、部屋に入ってから使用された時のニュアンスや状況を考慮すれば、多分自ずと真相はわかるだろう。
俺は屋敷の中へ戻り、ソファイリとセタニアの部屋の扉にノックする。
「はいって、いいヨ」
セタニアが中に居るみたいだ。
「お邪魔しまーす」
と、扉を開く。
……なんじゃこりゃ。
包帯で全身ぐるぐる巻きにされた、未知なる物体が床に落ちているんだが。
「セタニアなのか?」
「そうだヨ」
「一体、何があったんだ?」
「ギルドのいらいで、エンシェントドラゴンのむれとたたかっただけだヨ」
エンシェントドラゴン!?
目の前で動いたものは必ず死ぬと言われている、凶悪な最上位クラスの魔物じゃないか。
「よく生きて帰ってきたな……。ボコボコにされたんだろ?」
「ちがうヨ。セタニア、かったヨ。でも、しがみついたまま、くうちゅうでたおしたから、ひゅーんって、くものうえからおちたんだヨ」
再度、言おう。
よく生きて帰ってきたな!
こいつ、鉄人かよ。
「ところで、セタニア。ソファイリのジルルがどこにあるか知ってるか?」
「つくえのとこ」
「サンキュー」
ざっと見て机の上に乗っているのは、以前俺が借りた筆記用具と同様の物、魔道書がいくつか、よくわからん筒。
ガーデニングと関係がありそうなものは無いっぽいな。
勝手に漁ったら怒られるかもしれないけど、念のために引き出しも確かめてみるか。
一つ目の引き出しを確――バシン!
何も見ていない。俺は何も見ていない。
二つ目の引き出しを確認。
……これかな?
取り出したボトルに付いているレーベルを読んでみると、どうやら植物用の栄養素を含む肥料っぽい。
ガーデニングの最中だったし間違いなくこれだな。
ソファイリはコップ一杯と言っていたので、台所からグラスを持ち出し、その中にどろっとした茶色い液体を注ぐ。
後はこれを届けるだけだ。
***
「はい、どうぞ」
「ありがとね。喉がカラカラだったのよ」
喉がカラカラ?
も、もしかして、それを飲むのか?
「どうしたのよ? 変な顔をして」
「え、いや、その……」
多分、エルフにはエルフ独特の食文化があるのだろう。
ここで信じられないとか、変な奴、などと無神経なセリフを言ったら、アムルが刺身について非難された時のように、彼女は間違いなく気分を害してしまう。
それは避けなければならない。
「なんでもないぞ」
「そう?」
ソファイリはコップを唇のもとへと運び、瞳を閉じてゆっくりと茶色い液体を口の中へと流しこみ――
「ぶふぉっ!!!」
全てを思いっきり吹き出した。
「何よこれ!」
「え、いや、だからジジルだろ?」
「違うわよ! うっ、き、気分が悪くなってきた……。水で口をゆすいでくるわ」
今にも胃の中の朝飯をリバースしてしまいそうな、青ざめた顔を浮かべながら、ソファイリは宿へと駆け戻っていった。
後で知ったことだが、ジジルとはお茶のことだったらしい。
どうやら、机の上に置かれていた筒に入っていたみたいだ。
***
「おーい、フーン!」
今度こそ出かけようと思ったら、また呼び止められてしまった。
「何か用か、アムル?」
ため息をつきながら、くるりと顔だけで振り向く。
面倒な案件じゃないといいなぁ。
「森の中でオラクルドールを見つけたんだ。追いつめるのを手伝ってくよ。な? な? 良いだろ?」
オラクルドールとは身長数十センチの土偶のような姿をした、かなりレアな魔物だ。
倒せば通常の魔物の約百倍の経験値が手に入るし、ドロップするアイテムも換金価値が高い豪華な物ばかりなので、魔物を狩る人々には大変ありがたがられている。
だが、うまい話には大抵何かしらの欠点があり、オラクルドールも例外ではない。
オラクルドールは出会った矢先に逃走しようとするのだ。
Oラクエで言うOタスラ、Oケモンで言うOーシィみたいなものだ。
つまり、狩るのが物凄く面倒くさいのである。




