33 八勇士のショッピング
ザラザラとした感触の粘っこいものがほっぺを擦る。
嬉しそうにしっぽを振るワンコに、舌で顔をぺろぺろと舐められ、俺は目を覚ました。
『で、質問があるんだけど』
『なんでしょうか?』
『一体、何があったんだ?』
なんだか背中がやたら痛い。
しかも、なぜか腹に結ばれたロープで六足犬の胴体に繋がれている。
てか、結局買ったのかよ、この犬もどき……。
『気絶している間、放っておくわけにもいかないので、力持ちのケパスコに引きずってもらっていたんですよ。ソファイリさん曰く、変態はそれが相応だそうです』
扱いひどすぎだろ。
しかも、あのラッキースケベは俺のせいじゃないし。
『あれ? でも、おかしいな……』
『何がですか?』
『俺はソファイリのエクスプロージョンとかいう魔法攻撃を食らって気絶したんだよな?』
『そうですよ』
『どうして、回避できなかったんだ?』
『あっ、確かに。ソファイリさんの攻撃が浮雲さんに当たるのはおかしいですね。今朝の食器も問題なく避けられましたしね。う~ん、何かのミスでしょうか? ちょっと、管理サーバーのバックログを覗いてみます』
カタカタ、とキーボードを打つような音が脳裏で響く。
管理サーバーとは一体なんのことなのだろうか。
『えーっと、どうやらエクスプロージョンによるダメージは受けていないみたいです。バックログによると、攻撃は命中していません』
『なら、どうして気絶したんだよ』
『おそらく浮雲さんは、魔法が起こした光と音に多大なショックを受けて、気絶したようですね』
水槽の中の魚かよ!
我ながら自分の打たれ弱さに呆れてしてしまう。
まあ、ラック以外の全ステータスが1なので仕方がないか。
「ワン!」
何をそんなに嬉しがっているのは謎だが、ワンコはくるくるくるくると楽しそうに地面の上を転がりながら、俺の様子を窺っている。
一緒に遊んで欲しいのかな?
よし、やってやろうじゃん――と言いたいところだが、犬と遊ぶって具体的に何をすればいいんだ?
前の世界でペットを飼ったことがないのでまるでわからん。
ウ~ンウ~ンと可愛い唸りを上げながら、ワンコは期待に満ちた熱視線を俺に向ける。
と、取り敢えず撫でてみよっかな?
右手をそーっと差し出――ガブッ。
「痛ってー!!!」
「わんわんわんわん!」
躊躇なく噛み付いてきた残虐なワンコは、罪悪感のかけらも感じていないようで、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。
『今のは、どうして躱せなかったんだよ!』
『あれは攻撃ではなく、戯れですよ』
そういえば、確かに怪我はしていないな……。
痛かったけど。
まあ、それはともかく、このクソ犬と俺を繋いでいるロープを外して、セタニア達を探しにいくか。
***
彼女達は近くの洋服店ですぐに見つかった。
「ねえ、セタニア。どっちの方があたしに似合うと思う?」
ボタンが全て取れてしまった、シャツの代わりになる品を探しているのだろうか。
まだまだ冬なので寒くないことはないのだが、現在の彼女は、明らかにオーバーキルなぶかぶかコートを羽織っていた。
ファッション性よりも実用性を感じるデザインなので、貯蔵箱に入れてあった普段着ではない装備なのだろう。
「わからないヨ」
「そんなこと言わないで、ちゃんと見てよ」
ソファイリに無理やり二枚のシャツを押し付けられたセタニアは、困った表情で両方を見比べている。
「よう」
「あ、モーラノイ」
服選びに夢中になっているソファイリは、まだ俺のことに気づいていないようだ。
「モーラノイはどっちだとおもう?」
片方は、赤い花柄を彩った可憐なシャツ。
もう片方は、海を模擬したような澄んだ青色の涼しげなシャツ。
両方とも綺麗に見えるし、俺に聞かれても答えようが……いや、待てよ。
これって一種のギャンブルだよな。
なら、ラックの作用で俺が選択した服が正解になるはずだ。
「じゃあ――」
目を閉じたまま体を何度も回転させ、適当なタイミングでぴたっと止まり、正面を指差す。
「こっちだな」
俺が指差したのは赤い花柄のシャツだった。
「みなくてもわかる? さすが、モーラノイ」
セタニアは俺が選んだ服を高く掲げ、近くの洋服棚の前で色々な商品を見比べながら、う~んと声に出して悩んでいるソファイリの元へ持って行った。
「こっちのほうがにあうヨ」
「え? セタニアもそう思うの? 実は、あたしも――」
「モーラノイが、こっちにあうって」
「モーラノイ? それってフーン……」
彼女と視線が合ったので、爽やかな微笑みを返す。
ソファイリは俺の優れたファッションセンスに感服しているに違いない。
「よ、よく見たら全然かわいくないわね。変態なんかのセンスに任せるわけにもいかないし、やっぱり、もう一つのシャツにするわ」
俺の選択肢が外れた……だと?
今日はラックの調子が悪いのだろうか。
「ねえ、セタニア。次はあれを見にいくわよ」
「いいヨ」
二人の後をつける。
彼女たちが向かった先は数々のアクセサリーが展示されている棚だった。
俺はこういうものに興味はないので、ちょっと退屈だ。
「ねえねえ、これなんかどう、セタニア?」
「きれい! こっちもみて」
「あっ、素敵。試しに付けてみようかしら」
きゃっきゃ、うふふと楽しそうに会話を弾ませる二人。
「どれにしようかしら……悩む~。やっぱり、人間が作る色鮮やかなアクセサリーって良いわね。エルフの里は素朴な物しか流行らないんだもの」
アクセ探しに夢中になっているソファイリは、あっちこっちへと忙しなく視線を移らせている。
見ているだけで、こっちまで楽しくなってしまいそうだ。
なってしまいそうなだけで、実際はあんまり楽しくないけど。
「モーラノイ、ひとつえらんで」
「また、俺か?」
当てずっぽうに腕を振り下ろし、手が落ちた地点にあった物を拾い上げる。
多数の紫色の宝石が埋め込まれていること以外は、割と平凡な腕輪だ。
「これはどうだ?」
「すごいヨ! ファイにみせてみるヨ」
なにがどう凄いのかはまるでわからんが、まあ、俺が選択が凄いと言われて不愉快になることはないので良しとしよう。
諸君ら、もっと俺の凄さを褒め称えたまえ!
一応チート転生だし、そのうち「さすがフーン様」(略してさすフン)みたいなセリフが、登場人物の間で流行るかもしれないな。
すごく楽しみだ。
しかし……さすフンって何か響きがダサくないか?
「みてみて、これ! すごいヨ」
セタニアは腕輪をソファイリに見せるために、てくてくと彼女の元へ歩いていき、自信満々に紫色のアクセサリーを掲げた。
そして、それを目に入れたソファイリは表情をぱーっと明るくさせる。
「す、凄いわ。美しく透き通った天然物の紫水晶。正確に計られた均等な円形。渋い色を持ちながら、不思議に視線を集める魅力的な風格。これこそがあたしが探していた理想の――」
「モーラノイがえらんだんだヨ!」
「……」
セタニアが俺のことを告げた瞬間、ソファイリは黙り込んでしまった。
「よ、よく見てみたら、ぜっ、全然そんなことなかったわ。材質はちゃっちいし、すぐに壊れそうだし、形がダサいし、色合いも、き、気持ち悪いし……。これ以上、こんなガラクタに時間を費やしてしまう前にさっさと棚に……も、戻すべき……よね」
ソファイリは腕輪を持った右手を棚の上へ向かわせるが、アクセはなかなか彼女の手から離れない。
接着剤でくっついているかのように、彼女のぶるぶると震える手の中に留まっている。
「……え、えーい!」
とうとう決心がついたのか、彼女はパッと手のひらを開いた。
そして、紫色の腕輪は棚の上にぽとんと落ちた。
「こ、こっちはどうかしら? あの、ゴミよりは幾分かはマシね」
他のアクセサリーを見ようとしているが、彼女の横目はまだあの紫色の腕輪を捉えている。
さすがに、今のはあからさま過ぎだ。
どんだけ俺のセンスを認めたくないんだよ。
欲しいのなら、そうと素直に言えばいいのに。
『欲しいといえばですね。わたしはあれが欲しいです』
『偶に俺の思考を勝手に読むの、やめてくれないか? うっかりエロいことを考えてたらどうするんだよ』
『それならもう手遅れですよ』
『はいはい。で、あれってどれだよ』
『そこのテーブルの上に乗っている赤色のピアスです』
『これか?』
月形の赤いピアスを指差す。
こちらの世界の夜を照らす二つの月の一つ、紅玉のルネアを模したものだろう。
『はい、それです。見ていたら、わたしも欲しくなってきちゃいました。浮雲さんがそれを握れば、転送デバイスを使ってこちらへ送れるので、よろしくお願いします』
『それは便利だな』
ピアスを握ろうと手を伸ばす。
いや、でもちょっと待てよ。
『このまま転送したら、泥棒じゃないのか?』
『大丈夫ですよ。窃盗したのを疑われるのはわたしではなく、浮雲さんですから』
『どう考えても大丈夫じゃないだろ、それ!』
『はぁー。相変わらず細かいことにこだわる人ですね。本当に器が小さい男……』
『そういう問題じゃないだろ!』
俺を犯罪者に仕立て上げて、奴隷に逆戻りさせる気かよ!
『なら、浮雲さんが一旦それを買ってから転送するのはどうでしょうか? わたしはそれでも構いませんよ』
なんで人に物をねだっているのに、上から目線なんだよ……。
まあ、こんなに小さいのだし、そんなに高くはないだろう。
むかつくけど、遺憾ながら一応ベルディーの世話にはなっているし、偶には恩返しをするのも悪くないか。むかつくけど。
俺はアクセサリーの山からお目当てのイヤリングを拾い上げ、店員の元へ向かった。
「これをわたすの?」
「そうよ。その人に渡して、相応のお金を払えばそれはあんたの物になるわ」
どうやら、先にアクセサリーを選び終えたセタニアに、ソファイリが買い物の仕方を教えているようだ。
「えーっと、それは1200コペルトですね」
「こぺると?」
店のお姉さんの言葉にきょとんとした表情を返しながら、セタニアは首を傾げた。
「まさか、あんたお金を持ってないの?」
「おかね?」
またまた首を傾げるセタニア。
「これまで、どうやって生きてきたのよ!」
「ジャングルはたべものいっぱいだヨ」
「ああもう、わかったわ! あたしが払うから、そこどいて」
呆れ果てたのか、ソファイリはセタニアにお金のことを説明するのを諦め、自分の財布を取り出してアクセサリーの代金を払った。
しかし、お金がないのに買い物に行くとは、セタニアは折り紙付きの世間知らずである。
全くもって仕方がないやつだ。
他に並んでいる客はいないので、次は俺の番か。
「2500コペルトになります」
うっ……このピアス、地味に高いな。
1ではなく、2で始まっているので、さっきのアクセよりだいぶ高そうな値段だ。
俺は金を出そうとポケットに右手を突っ込んだ。
あ。
俺も無一文だった。




