31 八勇士の自由時間 前編
雑務から解放された俺たちに自由時間が与えられた。
ソファイリが最初に家具や雑貨を買いに行きたいから街へ行かせてくれと頼んだ時、チョボルは即刻に却下と言い放ったのだが、賠償金を払うための金を取りに行く必要もあると付け加えると、彼の態度はがらっと変わり、八勇士全員に休み時間が与えられたのだ。
こんな現金な奴に八勇士を預けた国家は一体何を考えているのだろうか……。
まあ、そういった細かいことはどうでもいい。
深く考えることは面倒なので嫌いだ。
そんなことより、今現在、もっとも重要なことはこの自由時間をどう使えばいいかである。
『アムルさんやゴーサルさんみたいに、外で特訓をしたらどうですか?』
『外に出るのは疲れるから却下』
『カーンさんやトリンさんのように読書に励んで、戦闘や魔法の知識についての勉強をするのは?』
『字を読むのは疲れるから却下』
『インドアもアウトドアもダメなんですか……』
『何もせずにゴロゴロできるのなら、別にどっちでもいいぞ』
特訓したところで俺のステータスは上がりそうもないし、俺のマインド1の頭脳では絵本を読むのが精一杯である。
なので、やはり暇な時は某国民的漫画の主人公のように昼寝をするに限る。
「ねえ、変態」
自室の壁に空いている大穴の向こう側から声が届く。
「変態とは失礼だな。俺にはフーンという立派な名前があるんだぞ」
「はいはい、わかったわ。変態さん。これから町へ行くんだけど、一緒に来る? 別にこなくていいけど」
文面だけを見ればツンデレっぽいが、明らかに「変態さん」と「別にこなくていいけど」の部分が強調されているので、どちらかというと仕方なく誘っている感じだ。
「正直、あたしはあんたを連れて行きたくないんだけど、セタニアが誘えっていうから……」
「モーラノイ、いこうヨ!」
だいたい想像通りの理由だった。
セタニアの方は転移直後のイベントのせいか、俺にやたらと好意を示してくる。
まあ、ソファイリの意思はともかく、一応これはデートイベントってことかな?
しかも、美少女二人と。
なら、行かないわけにはいかないでしょ!
「よし、今すぐ出発しよう!」
俺はぱっとバネのように床から跳ね起きた。
『外に出るのは疲れるから嫌だとか言ってましたよね……』
『細かいことは気にするな』
***
かっけー。
ようやく王都アバゴルへ辿り着き、俺が最初に抱いたしょうもない感想はそれだった。
俺のボカビュラリーが貧弱だから、あんな薄っぺらい言葉しか思いつかなかったというのはあるが、ただ単純に呆気に取られたというのもある。
まず、人混みが凄まじかった。
日本のラッシュアワー時の電車内と、この通りの状況は類似していた。
隅から隅まで人人人人人人人人人人人人……。
王都だけに人口も相当なものなのだろうが、王都中の人間が全て今ここに集まっているのではないかと思わせるほど混んでいるのだ。
何かコミケみたいなイベントでも開催しているのだろうか?
次に注目を引いたのは店舗の数々。
バリーの商店街もかなり賑やかだったし、数多の店舗がぎゅうぎゅう詰めに並んでいたが、ここの商店街は次元が違った。
割と言葉通りに。
なんと地に敷かれた露店の上には、さらなる店が空飛ぶ絨毯に乗って浮遊していたのである。
しかも客までもが、当然のようにありえない跳躍をして、その空飛ぶ店を訪れていたのだ。
気になったので、それについてソファイリに尋ねると、彼女は「そんなことも知らないの?」と馬鹿にしたような目線を向けてから、丁寧に説明してくれた。
優しいのか性格が悪いのかよくわからない奴だ。
ソファイリの説明によると、どうやら最近、浮遊石という高価な鉱物が大量に採掘できる鉱山が発見されたらしい。
だが大勢で調子に乗って採掘し過ぎてしまったので、配給が需要に大きく勝るようになり、積み上がった余分な在庫を処分するために相場が大幅に下がったのだった。
そして浮遊石は簡単に手に入るようになり、それを活用するブームが人々の間で現在進行形で起きているようだ。
こちらの世界ではマジックアイテムの一時的なブームは別に珍しいことではなく、来年までには飽きられて廃ってしまうのが恒例らしい。
『俺も買おっかな』
『浮雲さんのことですから浮遊石をうまく制御できず、三日後には諦めて捨ててしまうのではないでしょうか?』
『うるさいなあ……』
だが、ベルディーの言う通りになりそうな気がする。
根気がないのは事実なので、購入した三日後にダストシュートされる未来しか見えない。
「じゃあ、まずは家具を買いに行くわよ」
「ハーイ!」
ソファイリの提案にセタニアは嬉々と返事を返す。
「家具? 一番重いものを先に買いに行くのか?」
疑問に思ったのでソファイリにそう訊いてみる。
買い物に行く際は、一番重い米袋を最後に手に入れるのが定石だ。
「そうよ。それがどうかしたの?」
む? その視線。
もしや、「どうせあんたが全部持つんだから関係ないでしょ?」という意図を含んでいるのではなかろうか。
ここで釘を刺しておいたほうが得策かもしれない。
「だって、持ち歩くのが大変だろ?」
「持ち歩くわけないじゃない。貯蔵箱に入れるのよ」
ソファイリは腰に纏っているベルトポーチから、みかんぐらいの大きさをした黒い箱を取り出した。
なるほどそれが貯蔵箱か。
ゲームとかによく出てくるご都合主義満載な便利アイテムの一つだ。
「そんな小さいのに入るのか?」
「当たり前じゃない。空間魔法で広大な空間がこの中に圧縮されてるのよ。あたしのは無理だけど、もっと高価な貯蔵箱なら家を一つ入れることだってできるわ。こんなことも知らないなんて、あんた、本当に無知なのね……」
「いや、田舎から来たもんだから……」
ババアの家にそんなものはなかったぞ。
見た目が似ている貯蔵庫なるものはあったけど、あれはかなり大きかったし、空間圧縮みたいな便利機能は付いていなかった気がする。
「南のジャングルで暮らしてたセタニアですら知っているわよ、この程度。そんなの言い訳にならないわ。そうよね、セタニア?」
よそ見をしていたセタニアは、名前を呼ばれたのに気づいて、くるりと振り向いた。
「これがなんなのか知ってるわよね?」
セタニアはポカーンと口を開いたままソファイリを見つめている。
「知ってるわよね、セタニア?」
「……しってるの?」
「そうよ。あんたはこれが何なのか知ってるわよ」
「しってるヨ!」
「ほら、御覧なさい」
いやいや。今のは明らかな誘導尋問だから。




