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X14 カミジン

「カミジン様! お待ちください!」


「へっへーん、やっだよーだ!」


 やんちゃな声を轟かせながら、カミジンと呼ばれた少年は廊下の上を全力で駆けていく。

 そのすぐ後ろでは、特徴が薄い地味な茶色の着物、そして玉を一つ刺したかんざしといった侍女らしき姿のおばさんが、ひーはーひーはーと息を切らしながら彼を追いかけていた。


「先生方がお待ちですよ!」


「勉強は嫌いなんだよ!」


「ですがカミジン様、次期皇帝となるあなたに取って教養はとても重要な――」


「うるさいな、僕は遊びたいの! そんなに僕に勉強をさせたいのなら、捕まえてみなよ。ほーら、ほーら!」


 スーテン帝国の次期皇帝カミジンの歳はもう十四だが、そのわがままっぷりは五つの頃からまるで変わっていなかった。むしろ、歳を取るたびにクソガキレベルに磨きがかかっているとも言われている。

 それは現国王を含む様々な人々が彼を必要以上に甘やかした結果なので、自業自得ではある……のだが、誰もが彼を甘やすのにはとある事情があった。


 彼が天才だったからだ。


 彼はこの若さで、五千人の敵兵を単一で残滅、エンシェントドラゴンの群れを一人で粉砕、十戒の迷宮(ラビリンス)を全て単独攻略などの常識的に考えようとすると頭がおかしくなる偉業を達成しており、国の象徴と成りつつある人物であった。


 次期皇帝の座と恐ろしい才能を持った、将来が約束された彼を甘やかし、ご機嫌を取っておくことは莫大なメリットと成り得る。

 なので彼をしつけよう、憎まれ役を買って出ようと考えた国民は、彼を今現在追いかけている変わり者の侍女の他には一人もいないのであった。


「はい、捕まえましたわ」


「あっ、おい変態! 余計なことすんな! 僕はあいつに捕まえてみろって言ったの!」


 廊下の曲がり角から突然飛び出してきた女に足を掬われ、カミジンは逆さまに吊り下げられてしまった。

 カミジンは彼女の把握から逃れようと、何度もパンチを腹に叩き込むが、彼女の鋼鉄のような腹筋はビクともしない。


「ありがとうございます、エレオノーラ様」


 変態、そしてエレオノーラと呼ばれた金髪碧眼の女性は、地上波で流すと規制されてしまう部分だけをピンポイントで隠したビキニアーマーを装備し、背中に大きな斧を担いでいた。

 もし彼女にアーマインからの外交官の娘という肩書きがなかったら、危ない人オーラが半端ない見た目のせいで、城からすぐさまつまみ出されていただろう。


「ヤレヤレ。今日モ、王子ワ騒ガシイネ」


 エレオノーラに続いてもう一人の怪しげな人物が現れた。


「テトル、助けてくれよ! この変態とババアが僕に無理やり勉強をさせようとしてるんだ!」


 テトルと呼ばれた……生き物はだぶだぶのローブ、ぶかぶかなとんがり帽子で、肌や髪を覆い隠しており、何らかの魔法で自らの声を高いとも低いとも言い難い、メカメカしいものに加工している。

 冷静に考えれば、こちらのあからさまな危険人物も城からすぐにつまみ出されるべきだ。

 だが、カミジンがこの怪しさマックスな魔道士を友人と呼ぶので、テトルは城を自由に出入りして良いことになっていた。


「勉強ワ良イコトダヨ。人間ト猿オ分カツ物ワ知性。セッカク幸運ニモ君ワ人間ニ生マレタノダカラ、ソレオ存分ニ生カソウトワ思ワナイノカイ?」


「んー。まあ、テトルがそう言うのなら……。わかった、たまには勉強をするよ」


 王子はエレオノーラから解放されると、しぶしぶ次女に続いて城の書斎へ向かった。


「彼ワ物分カリガ悪イヨウデ、実ワシッカリ説明シテアゲレバ分カッテクレル頭ガイイ子ダヨ。勉強ワシナケレバナラナイ、ナンテ論理性ノ欠片モ無イコトバカリ告ゲズニ、何故勉強オスルベキナノカ具体的ニ言ワナイト」


「なるほど、わかりましたわ。やはり王子の扱いに関しては、テトルには勝てませんわ。年の功というものですわね」


「……ウ、ウン。ソウダネ」


 機械的な声質のせいでわかりづらいが、テトルの声が少し動揺の色を帯びていたのをエレオノーラは聞き逃さなかった。

 だが、彼女はそれに対して何も言及せず、ただ何かを察したように口の端をつり上げた。



 ***


 

「よし、終わった。今度こそ遊ぶぞ! テトル、変態! 一緒に来い、今日は第六ダンジョンを探索する」


 第六ダンジョン、それは十戒の迷宮(ラビリンス)と集合的に呼ばれる、この国の領土内にある十の地下迷宮(ダンジョン)の内の一つである。

 地下迷宮(ダンジョン)とは入るたびに構造が変わるという特殊な性質を持った、失われた古代技術によって、はるか遠い昔に作られた不思議な建造物であり、その中を探索することにより多くの財宝が手に入ることで知られている。


 とはいえ、うまい話には裏があるように、もちろん金銀財宝が手軽く手に入る場所など存在しない。地下迷宮(ダンジョン)の中には恐ろしい魔物がうようよと徘徊しているのだ。

 だが、そのような危険性を考慮しても、地下迷宮(ダンジョン)は魅力的だった。

 地下迷宮(ダンジョン)から得られる宝物やアイテムは高値で売れるものや、強力なものが多い。

 スーテン帝国にとって、地下迷宮(ダンジョン)は、貿易や戦争などで優位に立ち回るための資源が得られる好都合な場所だったのだ。


 昔は地下迷宮(ダンジョン)を巡って、隣国や大規模な盗賊団がスーテン帝国に攻め込んで来ることが多々あった……が、カミジンが国の兵士たちと共に戦線に参加するようになってからは、そんな無謀な輩は現れなくなったのである。


「今日はもう遅いので、明日にしませんか?」


「ウン、ソウダネ。ワタシモソウ思ウヨ」


「えー……」


 カミジンは残念そうに肩を落とした。

 これでは頑張って勉強をした意味がないではないか。


「おっと、悪い」


 焦った様子で走ってきたエレオノーラの父親がテトルにぶつかり、ぶかぶかな帽子が弾き飛ばされた。だが、テトルは瞬時にローブの中に頭を隠したので、その素顔が晒されることはなかった。


「どうかしましたの、お父様?」


「す、少し大変なことになってね。でも、心配しないでくれ。これから皇帝様に相談しにいくところだ」


 そう言うと、外交官はダッシュで皇帝の私室へ向かっていった。


「なんだか面白そうだな。僕たちもつけてみようぜ」


「いいですわね。(わたくし)も気になりますわ」


 カミジン、エレオノーラ、テトルの三人は外交官の後をこっそりとつけていき、彼が皇帝の私室の中に入るのを確認すると、三人は揃って扉に聞き耳を立てた。


「ほう、アーマインの王がクーデターに……。それは誠に遺憾であるな」


「はい、おかげで内政は大混乱、しかも実行犯は姿をくらまして野放しという、最悪の状況に陥っているのです」


「なるほど、事情はよくわかった。我が国はもちろんアーマインの次期国王とも、良好な関係を築いていきたい。事態の収拾を手助けすべく、救いの手を差し伸べるとしよう」


「本当ですか!? ありがとうございます、陛下!」


「構わぬ、構わぬ。だが、海を越えて大軍を送るのはリスクが高い。少数精鋭を心がけ、優秀な者だけを選んでおこう。明日には決断を報告する」


「ありがとうございます、陛下!」


 話が終わり、外交官が出てきそうな気配がしてきたので、三人の盗聴者たちはささっとその場から去った。



***



 晩飯を食べ終えたカミジンは、慣れない勉強をしたせいで疲れた頭を休ませるため、いつもより早めに自室に戻った。


『カミジン君、良い話があるよ』


 部屋の中に入ると、彼をこの世界へ転生させた天使のオポルが脳内にテレパシーを送ってきた。


『オポル、どうかしたのか?』


『君がアーマインへ行くのはどうだい? 王様に名乗り出るんだ。君がアーマインへの使者としてふさわしいって』


『どうして僕がそんな面倒なことをするのさ?』


『君の名はこの大陸の隅々まで轟いている。これから、さらに翼を広げていきたいと思わないのかい?』


『翼? そんなものは生えてないぞ?』


 プロのパティシエが作ったスイーツのように甘いオポルの言葉は、スナック菓子派なカミジンには少しわかりづらかったらしい。


『……つまりだね、より多くの人々に影響を与える力を手に入れるということだよ。中央大陸はほとんどアーマインの手に落ちている。もし、アーマインに恩を売ることができたら、それはかなりの儲けものだと思うんだよね』


『金なんてここにもたくさんあるし、別に儲ける必要はないだろ』


『いや、金の話じゃなくてね……。そうだ! エレオノーラさんは美人だよね?』


『いきなりなんの話だよ。確かにあれはここでは珍しい金髪だし、ものすごい美人だけど……性格的に無理があるから意味がないんだよな』


『アーマインに行けば彼女レベルの美人はゴロゴロいるよ』


『よし、行こう!』


 即答だった。

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