87 冒険者のお仕事 後編
「ギョエーヒッ!!!」
お腹を空かせているのか、ギガンテファルコンは嘴の間から舌を出して、だらだらと涎を谷の中へ垂らしている。
あいつが狙っているのは巣の中の卵、もしくは俺とセタニアだろう。
どうか卵かセタニアであって欲しいものだ。
俺は肉がついてないので、まずいぞ。
「モーラノイ、どうしヨ!?」
セタニアは巣を担いでいるので反撃できない。
巣の中のドラゴンはまだちーんと気絶している。
となると……俺しか動けるやついないじゃん!
「ちょ、ちょっと待ってろ。どうにかする。危ないことをするから、じっとしててくれよ」
震える足を気合いで持ち上げ、俺はセタニアの体をよじ登り始めた。
ありがたいことに、ゴツゴツしている筋肉が足場になるので結構登りやすい
俺はするすると巣の中まで登り切ることができた。
「よし、セタニア。もう一度、歩き出してくれ。ドラゴンと卵は俺が守る」
「わかったヨ!」
ギガンテファルコンと卵の間に立って、攻撃を全部ラックで回避する。
それが今回の作戦だ。
怖いし、ちびりそうだが、渡り切るまでの辛抱だ。
セタニアが巣を地面に下ろせば戦闘に参加することができる。
そうなれば俺たちの勝ちだ。
「ギョピギュアー!!!」
眼をぎらつかせたギガンテファルコンが奇声をあげながら、巣を目掛けて一直線に急降下してくる。そして奴は嘴でもかぎ爪でも俺たちを掠ることなく、側を通過して渓谷の中へ突っ込んでいった。
かたつむり並みの速度で動いていても回避できるのが、カンストラックのすごいところだ。
だが鳥頭なせいで物覚えが悪いのか、その後もギガンテファルコンは何度か同じような攻撃を繰り返してきた。
もちろん、そのどれもは失敗に終わったが、鬱陶しいし、怖いし、こちらの心臓が持たないので早く諦めて欲しい。
「ググッ? グググギュ?」
ギガンテファルコンは首を傾げながら、俺たちの頭上をくるくると滑空している。
どうやら、ゆっくりとしか動いていない俺たちに、攻撃がまったく届かないことに困惑しているみたいだ。
「グギョ!」
まだ懲りていないのか、ギガンテファルコンはまたもや俺たちへ向かって急降下し――手前でパッと翼を開いて巣の端にとまった。
助走をつけた大きな一撃が通じないのなら、近距離からの連続攻撃で数打ちゃ当たるをしてみようってことか。
どうやら思っていたよりかは、賢いらしい。
だが、0%で成功するというのは、すなわち何度試行回数を稼ごうが期待値は0ということだ。
つまり、いくら頑張っても無駄無駄無駄無駄ァッ!
俺はどこから攻撃されてもいいように、ドラゴンの上に覆いかぶさった。
「グギャアアアアアアアア!」
ギガンテファルコンはキツツキのように頭を上下させ、連続で嘴を俺とドラゴン目掛けてぶち込んでくる。
攻撃の角度的にどう考えても直撃しているはずだが、いつもの謎の空間曲折が発生し、繰り返し落とされる嘴の先はまるでナイフゲームをしているかのように、俺をわずかに外して何もない巣の底に突き立てられていく。
向こう岸までもう少しだ。
――あと、五歩。
――四歩。
――三歩。
――二歩。
――一歩。
「モーラノイ、ついたヨ!」
「よくやった! あとは頼んだぞ!」
ドスンと巣が地面に落とされ、驚いたギガンテファルコンがバサバサっと翼をはためかせて上空へ飛び立った。
「やあっーーー!!!」
そのまま逃げられてしまうのではないかと思ったが、脚力だけで飛び上がったセタニアが凄まじい速さで同じ高度まで追いつき、ギガンテファルコンは首をガッチリと彼女の両腕に挟まれた。
息ができないのか、ギガンテファルコンは苦しそうな声をあげながらセタニアと共に谷の下へ落ちていってしまった。
「セタニア!」
暗黒の中に吸い込まれてしまった彼女を心配して、急いで渓谷の側まで走りよる。
いくら鉄人な彼女でも底が見えない谷に落ちて無事ですむわけがない。
――が、それは杞憂に終わった。
「ただいま」
なんと、ドロップアイテムらしき羽を何枚か握って、彼女はひょいと何事もなかったかのように飛んで戻ってきてしまったのだ。
本当になんでもありだな、こいつ……。
俺のラックをもってしても負けてしまいそうな、インチキっぷりだ。
味方で良かったと心から思う。
「ふしぎ……」
「どうかしたのか?」
戦利品の羽を俺に渡しながら、セタニアは首を傾げた。
「あのとり、きれいだったヨ」
「それがどうしたんだよ?」
「やせいのまものはふつうもっとよごれてるヨ」
「たまたま、その個体が綺麗好きだったんじゃないか? 別にそんなことどうでもいいじゃないか。手が汚れなくて運が良かったと思えばいい」
まあ、ともかくこれで反対側まで渡ることができた。
あとはこの巣をもう少し奥の方まで運ぶだけだ。
「ウギャーオ……」
時間を掛けすぎてしまったのか、振り返ると巣の中のドラゴンが目を覚ましていた。
彼女は不機嫌そうに身震いをしている。
「セタニア。もう一度、気絶させてくれないか?」
「……だいじょうぶだヨ。まもってくれて、ありがとう。モーラノイにそういってるヨ」
「お前、まさかドラゴンの言葉がわかるのか?」
「わかんないヨ。でも、そうおもうヨ」
セタニアの言葉を完全に信じたわけではないが、確かにドラゴンからの敵意は感じられない。
なので、俺はゆっくりと彼女の近くまで歩み寄った。
するとドラゴンは撫でてくれと言わんばかりに、頭を俺の胸に押し付けてきたのだ。
「よしよし、いい子いい子」
「ウグリゥ……ぽっ」
その時――俺の中で何かが目覚めた。
やばい、こいつマジで可愛い。
目がくりくりとしていることとか、声が一々あざといこととか、撫でると羽と尻尾が踊り出すこととか。
俺にはスケトンという心に決めた相棒がいるが、このドラゴンちゃんが積極的に俺に甘えてきたら、ちょっと浮気しちゃうかもしれない。
「あのな、お前に一つお願いがあるんだ」
「ググゥ?」
人語を理解しているかどうかはわからないが、俺はドラゴンになぜ彼女をここまで連れてきたのかを説明してみた。
「ググワーォ」
全てを話し終えると、ドラゴンはうんうんと頷き、自分の巣を口で引きずりながら俺たちと一緒に森の奥まで素直に付いてきてくれた。
やはりドラゴンともなれば、そこらの見境なく襲いかかってくる魔物とは違って、そこそこの知性を有しているらしい。
「人間の都合で勝手に巣を動かしちゃって、ごめんな。頑張って、いい母さんになれよ!」
「バイバイ!」
依頼はこれで達成されたので、俺とセタニアはドラゴンと別れを告げ、元来た道を引き返すことにした。
一件落着だ。
「ねえ、モーラノイ!」
「なんだ?」
セタニアは人差し指を口先に当てながら、俺が腕に抱えているドラゴンにもらったお礼の品を、大きく開いた目でじーっと見ている。
「よるごはんは、めだまやきだネ!」
「アホか! 聞こえたら、怒られるぞ!」
そう。別れ際に俺はフォレストドラゴンの卵を一つ託されてしまったのだ。
絶対にうまく孵化させて、あのママ並みに可愛いドラゴンを育ててやるぞ!
子供っぽいと思われるかもしれないが、ドラゴンに乗るのは、日本にいた頃から俺の夢だったんだよな〜。
神秘的な生物に乗って大空を飛ぶとかロマンしか感じないぞ。




