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86 冒険者のお仕事 前編

 受付の人に依頼の受諾を伝え、俺とセタニアは依頼人の家へ向かった。

 依頼人の家は、ババアや俺の家と同じく繁華街から少し離れた場所にあり、周囲には様々な農作物が育つ畑が広がっている。

 おそらく農家の人なのだろう。


「こんにちは。依頼を受けた冒険者です」


 扉をノックしながら、中にいるであろう住人に聞こえるほど大きな声で要件を口にした。

 こうすればすぐに出てきてくれるだろう。


 ――ドダダダダダ!


 予想通り、誰かが走り寄ってくる音が響き、勢いよく開かれた扉から、麦わら帽子を頭に乗せた膨よかなおっさんが、太陽のように輝いている笑顔を突き出した。


「おー、本当に来てくれるとは思っていませんでした! ありがとうございます! わざわざ、すいませんね。大した報酬も払えないのに、こんなに難しい仕事を依頼してしまって……」


 ちょっと待て。


 この人、大した報酬を払えないのか?

 Sランクの依頼なのに?


 依頼を受けた際に報酬額を確認するのを忘れていたせいで、うっかり全く割に合わない仕事を受け持ってしまったのかもしれない。

 とはいえ、笑顔のおっさんを前にして、今更、やっぱ辞めますなんて言えないので、俺は仕方なく麦わらおっさんの話を聞くことにした。


「いや、それがね。最近、ここの近くにフォレストドラゴンの巣ができちゃってね。あれはほっといたら、街の方へやって来て、家畜とか子供とか攫ってっちゃうんだよね。自分の子竜の餌にするために。だから、そうなる前に駆除して欲しいんだ。方法は君たちに任せるよ。親ドラゴンを倒してもいいし、卵を破壊してもいい。ちなみに倒したドラゴンから得た素材は全部持って帰ってもらって大丈夫だよ」


「なるほど、わかりました。で、そのフォレストドラゴンの巣はどこにあるんですか?」


 おっさんから巣の目撃情報を受け取り、俺とセタニアは森を目指して歩き出した。



***



「あれか?」


「そだネ。たぶん、あれだヨ」


 おっさんに言われた通りに獣道を辿って森の奥へ入っていき、しばらくすると竜の巣はすぐに見つかった。

 見た目は雀の巣などと大差ないが、重くて枝が保たないせいか、木の上ではなく地面の上にあり、もちろん大きさは何百倍といったところだ。

 その巣の真ん中では、エメラルドのように輝く深緑の鱗を身に纏った、スレンダーな体型の麗しいドラゴンが丸くなっている。


「あれは、卵を温めているのか? あの大きさじゃなければ、やってることはそこら辺の野鳥と大差ないな」


「うん、かわいいネ!」


 息を潜めて近く茂みに身を隠す俺とセタニアは、生命の神秘を体現しているドラゴンにすっかり見惚れていた。


 そう言えば依頼主は、別にドラゴンを討伐しろとは言っていなかったな。

 子供を育てようとしているだけの彼女を殺すのは少し気が引けるし、目的は駆除だったはずだ。

 つまり、ここの周辺からあのドラゴンがいなくなればいいだけ。


「なあ、セタニア」


「なに?」


「あのドラゴンを巣ごと、もっと森の奥へ連れていくってのはどうだ?」


「いいとおもうヨ! たおすの、かわいそう」


 どうやらセタニアも俺と同じ気持ちだったみたいだ。

 さてと、これで方針は固まった。

 問題はどうやって目的を遂行するかだな。

 無理やり巣を動かそうとしたら、あのドラゴンは間違いなく抵抗してくる。

 そうなると戦闘するしかないので、ドラゴンを倒さなければならなくなるだろう。


「セタニア、どうにかしてあいつを気絶させることはできないか?」


「かんたんだヨ」


 セタニアは自信満々なガッツポーズをしながら、茂みから飛び出してドラゴンに襲いかかった。


「ギョエアェー!」


 殺気に感づいたドラゴンは威嚇の叫びをあげたが、怯みもしないセタニアに頭をぐーで殴られると、すぐに大人しくなった。


「おっけーだヨ」


 気絶したドラゴンごと巣を持ち上げながら、セタニアは嬉しそうに俺に微笑みかけてきた。


 ワンパンかよ……。

 相変わらず理不尽な強さだ。

 中型とはいえ、一応、相手はドラゴンなんだぞ。


 まあ、何はともあれ、順調にことが進むに越したことはないか。

 俺とセタニアはドラゴンとその巣と共に、森のさらに奥へ向かって歩き始めた。



***



 森を進んでいくと、次第に木々が少なくなっていき、段々と見晴らしがよくなってきた。

 奥へ向かっていたはずなので、これは予想外だったが、その理由は次第に明らかになった。


 大きな渓谷が目の前に立ちはだかったのだ。


「こっちへ向かうのは無理っぽいな」


 セタニアなら超人的な身体能力を使えば飛び越えられたかもしれないが、流石にドラゴンの巣を担ぎながらは無理だろう。


「でも、いそがないとおきちゃうヨ」


「そういえば、そうだったな」


 この渓谷がどこまで続いているのかわからないので、回り道をしている猶予があるかどうかの判別がつかない。

 これは面倒なことになったぞ。


「モーラノイ、あれをつかう?」


「あれって、なんのことだ?」


 両腕を巣に封じられているセタニアは右足の指を使って渓谷の脇に生えてる木を指した。


「あれをどうするんだ?」


「まっててヨ」


 ――ズバコン!


 セタニアの回し蹴り!

 すると、そのたまたま生えた場所が悪かった哀れな木は根っこごと地面から引き抜かれ、うまいこと横に倒れて渓谷を渡る橋となった。

 RPGなどでよくあるイベントだな。

 普通はキーアイテムの斧みたいな物を使うんだけどな……。


「よし、渡るか」


「うん!」


 木の上に飛び乗り、俺とセタニアは対岸側へ向かう。

 崖の下をうっかり見てしまわないように、俺はしっかりとセタニアに張り付いて、顔を彼女の背中に埋めている。

 別に高所恐怖症というわけではないが、流石に底が見えないほど深いのは怖い。


「ピギョアエー!!!」


 感覚的に半分ほど渡った辺りで、甲高い鳴き声がはるか上空から耳の中へ飛び込んできた。


「モーラノイ、うえ!」


 う、上を見るだけなら、ちょっとぐらい目を開いても大丈夫だろう。

 あの鳴き声の正体も気になるしな。

 俺はセタニアが完全に立ち止まるのを待ってから、くいっと顔を上へ向け、恐る恐る瞼を開いた。


「……面倒だな」


 重力を無視しているのかと思わせる巨体、槍のように鋭い嘴、ハンググライダーのように大きく開かれた翼。

 久々のギガンテファルコンだ。

なんと、通算100話を達成してしまいました! まさかここまで続けられるとは、自分も思っていませんでした。支えてくださった皆様に感謝いたします。

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