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恋ゾンデェトる  作者: がらんどう
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想い出の場所


     7    想い出の場所



 翌日。僕は旧校舎に来た。校務員のおじさんからは、マスターキーを借りてきた。適当な用事をでっちあげて借りてきた。

 準備は万端だ。あとは、胡子を待つだけだ。緊張する………でも、きちんと謝らなきゃな。僕にデリカシーが無いばかりに、胡子を泣かせてしまったわけだし。それに………これから先、ちゃんと恋人同士として付き合っていくかということも考えないといけない。胡子は〈三ヶ月更新〉とは言ったものの、僕の不甲斐なさはそれを反故にして、胡子にフラレてもおかしくないと思う。その辺りの話もしないと。

 と、色々考えていると、胡子がやってきた。僕から話さなきゃ。

「ココ。来てくれてありがとう。そして、昨日はすみませんでした!」

「い、いや、アタシこそ、情緒不安定になっちゃってすみませんでした!」

「いや、謝るのは僕の方で、ココが謝ることじゃあ無いよ。僕にデリカシーがないばっかりに………折角の初デートに他の女の子の話をするなんて………。」

「ううん。トウヤくんは悪くないの。アタシが動揺しすぎちゃって思わず泣いちゃったから………そんな、泣くところでもないのに泣いちゃって、アタシ………。」

「いやいや、ココは悪くないんだ。問題は、ココのそういう性格を把握してなかった僕なんだ。一ヶ月も付き合っているのに、僕はココのことを表面的にしか知らない。知ろうとしてこなかったんだ。付き合えただけで満足しちゃって、なんかその………彼氏失格というか………。」

「そんなことないよ!アタシだってトウヤくんのことを色々知ろうとしてこなかったというか、その………恥ずかしくてなんか色々聞けなくって。アタシの方から告白したのに、それっきり上手く積極的になれなくって、その、私のよくわからない態度がトウヤくんを困惑させちゃったんだと思う。」

 胡子はそう言って、ぎゅっと胸元の水晶のペンダントを握った。少し俯いた後、僕の眼をしっかりと見て続ける。

「あっ、あの、アタシのこと、嫌いになっちゃったかな?アタシ、それだけが心配で………。」

 まさか、そんなわけはない。むしろ僕が嫌われても当然だというのに。胡子はこんなにも僕のことを好きで居てくれているのに、やっぱり僕は………最低だ。僕は言う。

「ココ。僕のことをそんなにも思っていてくれてとっても嬉しいよ。僕はココのことを嫌いになんかならないよ。むしろ、嫌われて当然なのは僕の方だ。」

 意を決して言わなきゃ。僕が卯月胡子をどう見ていたか?ということを。

「ココ。僕は君に宇佐美佳苗さんという女性声優さんの姿を重ねていた。彼女は僕の理想の女性像で、君はその人にそっくりなんだ。編入してきた時からずっとそう思ってて、気になってた。そして、一ヶ月前。そんな君に告白された。まるで、宇佐美佳苗さんに告白されたみたいな気分になって有頂天だったんだ。僕は君自身のことを観ようとしていなかったんだ。なんとうか、僕は君の誠実な気持ちを最初から裏切り続けてきてしまったんだ。それが昨日、やっとわかったんだ。僕は君に〈嘘〉をついていたんだ………。今さら、謝っても遅いかもだけど………。」

 僕はそう言って、口ごもった。二の句が継げない。僕は卯月胡子を卯月胡子として見ては居なかったのだ。自分が好きな声優である宇佐美佳苗の似姿としてしか、卯月胡子を見ていなかったんだ。とても最低な男だ。

 僕は俯いた。胡子のことを正視できなかった。目を合わせるのが怖い。と、胡子が近づいてきて、僕の手を取って言った。

「   知ってたよ、そんなこと。」

 そう言って、胡子は続ける。

「トウヤくんが声優のウサミカナエさんのことが好きで理想の女性像だってことはアヤから聞いてたもの。そして、アタシがウサミカナエさんにそっくりな容姿だってことも。」

 僕はびっくりして、顔を上げて胡子の顔を見る。胡子は微笑んだ。

「アヤに相談した時に聞いたもの。だから、中身もそう見えるようにウサミカナエさんのことを研究してキャラを作ってみたりしてたの。トウヤくんに好きになってもらうためにね。どうしてもトウヤくんと恋人同士になりたかったから。トウヤくんのことが好きだから。でも、それは結局、トウヤくんを騙すことになった。トウヤくんもわかっていると思うけど、アタシ、地の性格はとても恥ずかしがり屋で、ウサミカナエさんみたいにはやっぱりなれない。でもそれでも付き合いたかった。途中でボロが出ても   まあ、一ヶ月間何もアプローチできなかったことでそれはバレちゃってるんだけど   付き合い続けてもらえるようにって思って………〈三ヶ月更新〉なんて縛りも実はそういう意味もあったりして。」

 胡子は僕の手をぎゅっと握りしめた。

「………やっと言えた。アタシの〈嘘〉。騙してたのは、お互い様だね。だから、そんなに自分を責めないで。ね?」

 そう言って、胡子はより一層僕の手を強く握りしめた。そうか………胡子は最初から知ってたんだ………。そんなのをわかった上で、僕のことを好きで居てくれて………。僕はなんて幸せものなんだ。そして、なんて罪深いのだろうか。僕はどうしたらいいのだろうか?

 と、胡子が僕の気持ちを察したかのように言う。

「アタシ達、今ようやくお互いにお互いをちゃんと見られる機会を得ていると思うの。だから、これからはもっといっぱい話そ?昨日は動揺しちゃったけど、トウヤくんの昔の話や………ご家族の話も。そして、アタシの話も聞いてくれると嬉しいな。」

「ココ………。ありがとう。大好きだ。」

「アタシも大好きだよ、トウヤくん。よかった、嫌われてなくって。」

 そう言って、胡子は眩しい笑顔を僕に見せた。とても可愛かった。優しい笑顔だった。

「嫌いにだなんてならないよ。むしろ嫌われてなくてホッとしたのは僕の方だよ。改めて………これからもよろしく。」

「こちらこそ。よろしくね。」

 あまりにも胡子が優しすぎて、僕はなんだか気が抜けてしまった。これからはちゃんとしよう。ココの事をもっと知る努力をしよう。そして、僕のことももっと聞いてもらおう。そう思った。


「ここがその旧校舎かあ………静かだねえ。」

 僕たちは旧校舎の中に入った。中庭の植物は短く刈り取られ、寂しい感じがする。当時もこんな感じだったっけな。二年近くここには来てなかったから、なんだか変な感じだ。

「ここの中庭をトウヤくんが走ってたんだよね?」

「そうだよ。この辺り………ここだ。」

 と、僕は目印にしていた木を見つけて言う。

「ここをスタートラインにして、周回してたんだ。」

「なんか、眼が回りそうだね、そんなに広いわけじゃあないし。」

「そうだね、よく目が回らなかったな、僕。」

 そう言って、僕たちは笑った。そんな、割とどうでもいい話をしながら、僕たちは校舎の中へ入っていった。とりあえず、図書準備室を目指しながら歩く。と、胡子が僕に尋ねる。

「聞きにくい事聞くけどいい?」

「うん、なんなりと。」

「昨日聞いた話だと、陸上部を辞めたのは………やっぱりご両親の離婚のせいなのかな?」

「うーん………。どうだろうなあ………。」

 僕は手を顎に当て、ううむ、と首を傾げた。実際のところ、どうだったんだろう。なかなかこういった話は他人にはしないし、聞かれることもないし。

「そうだね………。多分、両親の離婚はそんなに関係なかったと思う。遅かれ早かれ、中等部の時点で辞めちゃってたと思う。膝を壊しちゃってたし。」

 そう言って、僕は膝を擦り、ポンポンと叩いた。そして続ける。

「今思えば、コーチの言うとおり、素直に休部して、休めばよかったんだよな。でも僕は自分勝手に行動して、ここで自主練して、余計に膝の怪我を悪化させちゃってさ………。」

 当時は、両親の離婚問題が重なってて、頭が回らなかったけど、コーチは、僕の体のことを第一に考えてくれていた。でも僕はそんな厚意をはねつけてしまった。良太からあとで聞いた話だと、僕用のリハビリメニューも考えていてくれたらしい。でも当時の僕はそんなことを知らず、ただ、荒れた気分で当たり散らしてた。それだけのことだ。申し訳ない。荒れた気分の原因には、勿論、両親の離婚もあっただろうけど、それ以上に、自分の膝の故障がなかなか治らず、部活に、最前線に復帰できないことからの苛立ちが大きかったと思う。

「反抗期も重なって、ホント、馬鹿だったんだな、僕。色んなものが崩れ落ちていった時期だったから………。」

 まあ、あの頃は色々いっぱいいっぱいだったんだと思う。色んな事が重なったから。

「自分でも自分がわからなくなってた時期なんだと思う。」

 僕がそう言うと、胡子がボソリとなにか呟いた。でも、よく聞こえなかった。僕が聞き返すと、「ううん。なんでもない。」と答えた。

 僕たちは図書準備室の前まで来た。僕が鍵を開ける。扉を開けると、当時よりこざっぱりしていた。蔵書がかなり整理されたみたいだ。

「当時より、だいぶスッキリしてるけど、当時はもっと本が山積みで大変だったんだ。」

 そう言って、僕は窓を開けた。


 僕と胡子は窓際にもたれかかって話をした。色々な話をした。改めて、僕の両親の離婚のこと、陸上部を辞めたこと。今は父親に引き取られていること。寮生活を始めたのは家に居づらい気分だったから、なんとか勉学に励むためと理由をつけて許可してもらったということ。良太と彩と友だちになった時のこと。趣味のギターのこと。そしてこれは、話したものかどうか迷ったけど………声優の宇佐美佳苗さんのこと。僕と良太がファンだっていうこと。さすがに、さっき、宇佐美佳苗さんの姿を胡子に重ねてたって話をしたばっかりだったから、胡子は苦笑いして聞いていたけども。

 僕はある程度自分のことを語った。そんなに大した話じゃあないけど、今まで、こういう話をちゃんとしてこなかったのがいけなかったんだなと反省した。そのことを言うと、胡子も「そうだね、付き合って一ヶ月も経ってるのに何やってるのって感じだよね。」と言って笑った。


 胡子の話。胡子のご両親は、既に亡くなっているそうだ。だから、僕に、「離婚しても、ご両親のことは大事にしてあげてね。親孝行したいと思っても、アタシみたいに、もうできない人をもいるから………。ってなんだか押し付けっぽいけど。ごめんね?」と言って、窓の外を見つめていた。目線の先には青い空。十一月の空は、すっかり秋模様になっていた。

 胡子は話を続ける。読書が好きだっていうこと。海外小説が好きだっていう話。幾つか、作家の名前を上げたけど、僕は、半分もわからなかった。「まあ、海外小説自体マイナーだもんね。」と、胡子は言った。僕も胡子が挙げた作家の本を読もうかなあと言うと、「うん!今度おすすめの本を持って行くね!どれがいいかなあ………?」と真剣に悩み始めた。いや、そこまで一生懸命にならなくても大丈夫だから!適当でいいからと言うと、「そう?でも、適当って一番むずかしいんだけど。」とむっとした感じでちょっと唇を尖らせていたずらっぽく言った。そして、昔、文芸部に入ってたけど、書く方はからっきしで、結局辞めちゃったということ。 僕が、部活挫折組ってことで僕と一緒だ。と言うと、胡子は「ううん、トウヤくんは一生懸命やってたじゃない。そりゃあ、自主練は結果的に間違った行動になっちゃったけれども。アタシと違って、熱心さがあるよ。アタシは………まあヘタレただけだから。」と、笑ってそう言った。

 胡子の病気のことも聞いた。病院の一室を間借りして学校に通っているって聞いたし。それについては、胡子は曖昧な返答しかしなかった。なかなか難しい病気ではあるとのことだ。症状として、急激に感情が高ぶったりして、心臓に負荷がかかると、体に異変がおこるらしい。どういった異変かはその時々によるらしく、それが不安材料で、なかなか、普通の生活をおくることができなかったとのことだ。今は、それなりに安定しているから、こうして学校にも通えているのだと胡子は言った。そして、「頓服薬なんだけど、何かあったらコレを飲めばとりあえずは大丈夫。修学旅行の時には間に合わなかったのが残念なんだけれども。仕方ないね。」そう言って胡子は、制服のスカートのポケットから真っ赤なカプセルがピルケースに入っている。なんだかとても甘酸っぱい香りがしたけど、多分気のせいだ。香りのある薬なんてそうはないだろうし、その場で嗅ぐのも変だし。「もしも、アタシに何かあって、アタシが動けなかったりした時は、よろしくね。」そう言って、胡子はピルケースをしまった。


 僕たちはしばらく話し続けた。と、胡子が、

「そういえば、音楽室に行ってみたいな。噂のジムノペディの。」

 と言った。僕は、「そうだね。」と言い、胡子の前に立ち、手を差し出した。胡子は僕の手を取って、窓際にもたれかけさせていた体を起こした。僕たちはそのまま手をつないで、図書準備室を出た。そして、隣の音楽室の扉の前に立つ。僕は扉の隙間に指を指して言う。

「ここの隙間から渡されたんだ。」

「例のルーズリーフだね。」

「実を言うと、ルーズリーフが差し出されるまで僕はもしかしたら、ピアノを弾いていたのは幽霊だったんじゃないか?とか思ってたんだ。」

「怖かった?」

「まあ、ちょっと。だって旧校舎って言ったらそういう七不思議的なものがありえそうだし。」

「というか、まだ幽霊じゃあないって決まったわけじゃあないと思うけどなあ。だって、トウヤくん。その子と顔を合わせたことがないんでしょう?」

「そう言えば………って怖いこと言うなよ。」

「ふふふ。まあ、入ってみましょ。」

 そう言って、胡子は僕から鍵を奪って、扉を開けた。僕も、中にはいるのは初めてだ。入学時のオリエンテーションでは、建物の外部を見て回っただけだったから。

 音楽室の中は、閑散としていた。音楽室と言っても、天井が蛇腹状になっているくらいで、さして防音性があるような感じではなかった。普通の教室を、後から音楽室として使えるようにこしらえたような印象を受けた。

 扉を開けて直ぐ視界に入ったのは黒板だった。スライド式の黒板には五線譜が書かれている。そして、その前には一段高くなった教壇と机が置いてある。左手に目をやる。壁側に、パイプ椅子が沢山積まれていた。音楽室として使われていた時には、整然と並べられていたのだろう。 そして、窓際に近いところに、グランドピアノが置いてあった。

 鍵盤の蓋を開けてみる。鍵はかかっていなかった。

「これを………名前も知らない子が弾いてたんだな。」

 僕はそう言って、適当に鍵盤を叩いた。特に調律が狂っているわけではなさそうだ。埃も思ったよりも積もっていないし。僕は椅子に座り、ジムノペディの冒頭のメロディを弾いた。僕はギターを弾くからある程度は楽譜が読める。なので、気になって、楽譜を手に入れて、メロディだけはなんとか弾けるようになっていた。

 僕は弾けるところまで弾いて、一息ついた。と、胡子が、

「すこし、ずれてくれる?」

 と、言って、僕の横に座り、ジムノペディの伴奏を弾き始めた。そして、僕の方を見て、微笑んだ。

 そして僕たちは合奏をした。旧校舎に響き渡るジムノペディ。当時のことが次々と浮かぶ。当時は、一人っきりで勝手に動いて、からまわってただけだけど、今の僕には胡子がいる。これからもずっと、一緒に居られればいいな。そう思った。



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