親友
22 親友
塔也くんが、病室に訪ねてきて正直びっくりした。もう会うことは二度と無いと思っていたから。わたしの一方的なお願いで、もう会わないと決めたけど、塔也くんはそれを了承しなかった。そしてわたしに会いに来て、わたしと最期まで一緒にいたいと言ってくれた。
わたしは塔也くんのことが好きだ。それはずっと前から変わらない。〈七瀬未果〉だった時も、〈卯月胡子〉になった後も。今のわたしは、どっちなのだろうか?〈七瀬未果〉?〈卯月胡子〉?
塔也くんは、「どっちだって関係ない。構うものか。」と一蹴した。
正直、今のわたしにも、自分が〈七瀬未果〉なのか〈卯月胡子〉なのかわからなくなっていた。
わたしって何?私を構成するものって何?そんなことを自分自身に問う様になっていた。わたしの死は近い。それまでに答えを見つけられるだろうか?いや、おそらく無理だろう。たとえ、普通の寿命を持っていたとしても、答えは出ない気がする。
そのことを、塔也くんに話すと、塔也くんは、うーんと考えて、「どっちでもいいんじゃあないかなあ………。僕が好きになった人には変わりないんだし。人間、誰だって、それなりに人に合わせて態度を変えるものだし。」と言った。
たしかにそうだけれども、わたしの場合は、見た目すら完全に変わっているのだ。それに、人間ではない。ゾンビなのだ。魂は七瀬未果でも体は卯月胡子というゾンビ体なのだ。そんな、よくわからない存在であるわたしは何者なのだろう?そんなことを考えるようになっていた。
とりあえず、塔也くんはわたしのことを〈ココ〉ではなく〈ミカ〉と呼ぶようになっていた。塔也くんと相談した結果、そう決めたのだ。塔也くんは〈七瀬未果〉のことを知りたいって言ってたし、わたしも、〈卯月胡子〉というキャラクターを脱ぎ去って、自分の素を晒したいと思ったからだ。
でも、わたしの素ってなんだろう?本当のわたしって何?わたしの存在理由って何?
塔也くんとはそれから何度も会って、いろんなことを話したけれども、本当のわたしがどこにあるのかはまったくわからなかった。
わたしは、日記を書いている。唐沢恭也さんと、真希いろはさんに言われたのもあるけれども、ゾンビ体の崩壊が進んでいき、記憶障害も出るようになってきてから、よりしっかりと日記をつけるようになった。日々のことを、どんな些細な事も漏らさず書いた。一瞬一瞬の記憶を慈しむように。その時感じた思いを書き残していた。パラパラと、日記をめくる。ところどころ、自分の記憶にない出来事が書かれている。それは、今現在に近づけば近づくほど顕著だった。
寿命が近づいてきているのだ。症状もそれにともなってより頻繁に発症するようになっているのだ。塔也くんと話したことも、どんどん忘れていくのだ。大切な人なのに。そんな人の想い出まで、どんどんなくなっていくのだ。
塔也くんにそのことを話すと、塔也くんは「じゃあ、できるだけそばに居てたくさん想い出を作らないといけないな。毎日、毎時、毎分、毎秒、たくさんの想い出をミカと作っていかなきゃ。」
と言って、わたしを外へ連れだした。
今までは、病室で話をしあうだけだったけれども、わたし達は病院の敷地内を一緒に散策するしながら話す事が増えた。真希いろはさんに尋ねると、塔也くんは、一生懸命、真希いろはさんと唐沢恭也さんに、わたしの病室以外への外出許可を取り付けてくれたそうだ。そのことに対して、塔也くんにお礼を言うと、「いつも病室じゃあ息が詰まっちゃうからね。それに、場所を変えれば、色んな想い出が作れるよ。いろんな風景と、人と、匂いと、風と、色を感じていれば、きっと、それを端緒にして、今まで忘れてしまった想い出も、ひょっとしたら思い出せるようになるかもしれないし。」と言った。
実際、塔也くんの言うとおりだった。今までは、日記帳だけを見て、忘れてしまった想い出を何とか思い出そうとして、失敗していたのだけど、外出するようになってからは、思い出せることも増えてきた。その場の風景、光の差し具合。患者さんや見舞客の話し声。風にのって運ばれる草木や花の香り。いろんな刺激が、わたしの失った想い出を思い出すための端緒になっていた。
わたしはとても嬉しかった。今まで、症状は重くなるばかりだと思っていたから。生ききりたい。最期の時まであがいて必死に生ききりたい。そう思った。
わたしと塔也くんのお気に入りの場所は、病院の敷地内にある植物園だった。植物園と言っても、観光用のものでは勿論なくて、研究用に、色々な植物が栽培されているところだ。でも、完全に研究用というわけでもなくて、一般の入院患者も散策できるように作られている。その中でも、わたし達のお気に入りの場所は、ガラスで囲まれた温室の一角にあるベンチだった。太陽の光はガラスを通してキラキラ光り、暖かく、やわらかな光が植物を照らす。とても綺麗な風景だと思う。
わたし達は、毎日と言っていいほど、植物園に行って、ベンチに座って色々な話をした。今までのことからこれからのことまで。これからと言っても、わたしの未来は、もうあと数ヶ月も無いのだけど。
それでも、わたし達は、迫り来る運命に逆らうように、毎日を楽しく過ごすと決めていた。お互いに、そう、口にし合ったわけではないけれども、二人共同じ気持ちだった。
二月も半ばになると、大分寒くなってきた。でも、わたしの体は寒さを感じなくなっていた。もう、寒暖を感じる感覚が麻痺してきているのだ。薬の投与量はこれ以上増やせない。増やしたところで、寿命が伸びるわけではないし。わたしは運命を受け入れるしか無いのだ。
一時期は、良くなっていた記憶障害も、日が進むに連れ、次第にまた頻繁に起こるようになっていた。そして、なかなか思い出せないということが以前より増えた。わたしはそれにがっくりきて、気弱になっていた。あれだけ、塔也くんと一緒に、最期まで楽しく過ごそうって決めたのに。あるとき、わたしは、久しぶりに泣いた。植物園での事だった。自分自身のことが次第にわからなくなる恐怖や、存在意義といったものがわからなくなって、泣いてしまったのだ。塔也くんはそんなわたしをぎゅっと抱きしめて、泣き止むまで何も言わず、一緒に居てくれた。
ある日、いつもの様に植物園に行くと、塔也くんが、「ちょっと待ってて、すぐ戻るから。」
と言い、席を外した。そして、戻ってきたのだけれども、それは驚きを伴うものだった。
塔也くんの横には、よく見知った人が居た。わたしの親友、〈城戸彩〉だった。
「なんで………?なんで彩が?」
驚いたわたしがそう言うと、塔也くんが、
「このままお別れしたら後悔すると思ってね。彩には全部話した。君の体のことも、〈ウヅキ・ココ〉ではなく〈ナナセ・ミカ〉だっていうことも。到底信じてもらえないかもと思ったけども、本人に話したら、『ココがミカなのかどうかは自分で直接確かめる』って言ってさ。だからこうして連れてきたんだ。」
そう言って、彩の背中を押した。彩は、泣きそうな顔で、
「会えて嬉しいよ、ココ。いや、ミカなんだっけ………。トウヤの言うことはさっぱり信じがたいことだったから、直接確かめに来たよ。」
そう言って、わたしの横に座った。
塔也くんは、「僕は席を外すよ。」と言って、その場を去っていった。
わたしは彩といろいろな話をした。七瀬未果だった頃の話。中等部時代のこと。初めて会った時の事。羽多野塔也くんという気になる男子ができたこと。そして、そのことを話したら、旧校舎でわたしと塔也くんが接触できるように手を回してくれたこと。だけど、結局、会って話す勇気がなくて、筆談とジムノペディの協奏が限界だったってこと。そして、高等部に進学したら、彩と二人で一緒に好きな人に告白しようと話したことを。
このことは、七瀬未果と城戸彩しか知らないことだ。この話を聞いて、彩は、
「………本当に………ミカなんだね………また会えて嬉しい………。」
そう言ってわたしを抱きしめた。わたしは言う。
「わたしも嬉しいよ、アヤ。こうして、〈ナナセ・ミカ〉としてアヤに会うことができるなんて。思っても居なかったから。到底信じられない話だろうし………。それに………今まで騙しててごめんね?〈ウヅキ・ココ〉として会うしか、選択肢がなかったとはいえ………。」
「そんなの!謝る必要なんて!」
彩はそう言って続けた。
「でも、こんなことって………こんなことって………!」
「うん、信じられないよね、わたしも今生きてるのが不思議。っていうか生きているのかな?わたし、ゾンビだし。存在してていいのかな?」
「ミカは!生きてるよ、ここに存在しているよ!今、わたしの眼の前に居るあなたは、間違いなく〈ナナセ・ミカ〉だよ!………ミカがココとして転校してきた時、なんとなく、ミカと似た雰囲気を感じた。姿形は違ったけれども、どこか惹かれるところはあった………。今思えば当然だったんだ。」
「ねえアヤ。今のわたしって〈ナナセ・ミカ〉なのかな?」
「………?どういう意味?」
「わたしはこの体になってから、今まで〈ウヅキ・ココ〉として生きてきた。そしてそう振る舞って、〈ナナセ・ミカ〉を消し去った。そして〈ウヅキ・ココ〉としてトウヤくんやアヤに接してきた。今は、もう〈ウヅキ・ココ〉の仮面を脱いでいるけど………それって、〈ナナセ・ミカ〉に戻ったってことになるのかな?わたしは結局、何者なんだろう?こんな体になって。一度死んだ身なのに別人として生き返って。本当のわたしってなんなんだろうって。存在意義ってなんなんだろうって。」
「ミカ………。」
わたしには、自分自身が何者かわからないのだ。ずっと考えているけど、わからない。自分は何者なのか?存在意義は何なのか?頭のなかをぐるぐる回って解決しない問題。と、彩が口を開いた。
「ミカ。ミカはミカだよ。そしてココもココだった。そしてミカもココも一人の人間だと思うよ。根拠は?と問われると、うまく説明できないけれども………でも、あたしはそう思うし、トウヤもそう思っていると思う。」
「そっか………。なんかありがと。元気が出た気がする。」
「だったら嬉しいな。ああ、ホント、今日はミカに再会できてよかった。まあ、頭の中は未だにぐちゃぐちゃなんだけど、やっぱりあなたはミカであり、ココだよ。一人の人間だよ。ゾンビがどうとかは未だに理解できないけど、存在意義だって十分ある。だって、ミカの側にはミカのことを一番に思ってくれる人、〈トウヤ〉がいるじゃない。誰かに大事に思われている。それだけで、存在意義はあると思うな、あたしは。勿論、あたしも、ミカのことを大事に思っているからね。だって大事な親友なんだから。」
そう言って、彩は笑った。
わたし達はしばらく会話をした後、別れた。わたしは彩に言われたことが嬉しくって、少し泣いた。しばらくすると塔也くんが戻ってきたので、涙を拭って笑顔で彼を迎えた。




