再会
21 再会
僕と真希いろはさんは、胡子の部屋の前まで来た。そして、真希いろはさんが、扉をノックをして言う。
「私だ。入ってもいいかい?」
「はい。どうぞ。」
久しぶりに聞く、彼女の声だった。僕の胸は、ぎゅうっと締め付けられた。会わなくなってから、一ヶ月も経っていないというのに、驚くほど長い時間会っていない様な気分になっていた。彼女の声を聞いた瞬間、そんな想いに心を支配された。僕は、しばらく棒立ちになって、自分の心に去来する切ない気持ちに耐えていた。
真希いろはさんが僕を見る。まだ迷っているのか?とでも言いたげな眼をしていた。でも、それは違う。
扉を一枚隔てた先に、最愛の人がいる。その事実だけで胸がいっぱいになったのだ。
ふと、旧校舎での僕たちの関係を思い出した。口笛とピアノ、筆談と僕の声でやりとりしたあの日々のことを。間接的にしか触れ合えなかった関係性を。
あの時の扉は閉ざされたままだった。でも今は違う。扉に鍵はかかっていない。直ぐにでも、彼女に会えるのだ。
僕は覚悟を決めたのだ。彼女の彼氏として、恋人として、彼女と話をして、今後のことをしっかりと話し合うということを。
逡巡がなかったといえば嘘になる。でも、それでも………。
僕はゆっくりと、扉を開けた。
ベッドから体を起こした彼女と眼が合う。
「トウヤくん………?」
彼女は、びっくりした眼をして僕を見た。
「やあ………久しぶり。」
「………どうして来たの?来ないでって言ったのに………。」
「どうしても、会いたかったから。」
「でも!」彼女は語気を荒らげた。「わたし、もうすぐ死んじゃうんだよ?そんなのに今更会う必要なんて無いじゃない!?辛い思いを、トウヤくんにさせるだけじゃあない!?」
「………わかってる。覚悟はできている。」
「覚悟って………。どうしてわたしにそこまで必死になるの!?このまま別れてしまえば、必要以上に傷つかないで済むのに!?それに、わたしは、トウヤくんを騙してたんだよ?ううん、トウヤくんだけじゃあない。アヤもミキくんもクラスメイトも、すべての人を!」
彼女は、俯きながら、ぎゅうっとシーツを握りしめて、肩を震わせながら言う。
「わたしは〈ナナセ・ミカ〉であることを隠して、ゾンビであることを隠して、塔也くん達に会った。そして友だちになって、トウヤくんとは恋人同士にまでなった。死期が近いのを知った上でだよ?わたし、最低の人間なんだよ?人を騙して、騙して、〈ウヅキ・ココ〉として、仮初めの人生を味わうだけ味わって、いざ、正体がバレて、もう日常生活が送れなくなったら、そのまま病院に引きこもった卑怯者なんだよ?なのにどうして………どうして来たの?どうして………どうして………」
僕は彼女に近づき、抱きしめた。
「だって僕は、君の恋人だからだよ。他に理由なんているもんか。」
「恋人だからって………。わたしはトウヤくんが好きになった女の子じゃあないんだよ?トウヤくんが好きになったのは、作り物のわたし、〈ウヅキ・ココ〉なんだよ?トウヤくんに好かれるために、顔も仕草も、トウヤくんの好みに合わせて作った、そんな作り物のわたしなんだよ?今のわたしは、本当のわたし、〈ナナセ・ミカ〉で、トウヤくんが好きになった〈ウヅキ・ココ〉じゃあないんだよ?ずっと騙してたんだよ?トウヤくんを。なのに、恋人って………おかしいじゃない?」
彼女は、声を震わせながらそう言った。僕は抱擁を解いて、彼女の両肩を持ち、しっかりと、彼女の顔を見た。彼女は泣いていた。そして、ひっくひっくと、肩を上下に揺らして僕を見ていた。僕は言う。
「確かに、最初に僕が好きになったのは〈ウヅキ・ココ〉だったかもしれない。正直、好みの外見にドキドキしたし、そんな子に告白されて舞い上がってたし、付き合うことになった時も、アヤとリョウタに後押しされて半ば強引に付き合うことになったってのも否定はできない。でもさ、僕は、君と付き合うようになって、二人でいろんなことを話して、色々自分の気持ちが変わっていったことに気づいたんだ。」
彼女はまだ、泣いている。でも僕の眼をしっかりと見て、真剣に僕の話を聞いてくれている。僕は続ける。
「最初はさ、僕の理想の女性像である声優のウサミ・カナエさんに、姿形も、雰囲気も似ているところに惹かれたってのは正直否めない。でもさ、付き合っていくうちに、君自身の可愛さに気づいていったんだ。ウサミ・カナエさんのコピーなんかじゃない、君自身の魅力に。意外と奥手なところ。恥ずかしがり屋なところ。でも、ちょっと勇気を出して僕に近づいてきてくれるところ。僕の家庭事情を聞いてとても心配してくれたこと。頑張って僕をリードしてくれたこと。それは、全部君自身の魅力だよ。」
「でも!それはわたしじゃあなくて、〈ウヅキ・ココ〉であって、〈ナナセ・ミカ〉じゃあ………」
「そんなこと、今更だよ!どっちだって関係ない。かまうものか!」
僕は彼女の肩を強く掴んだ。
「君が〈ナナセ・ミカ〉だろうが〈ウヅキ・ココ〉だろうが、僕は君のことが好きなんだ!心がそう言ってるんだ。うぬぼれかもしれないけど、君だって、僕のことがまだ好きなんだろう?だったら、曖昧にお別れする必要なんて無いじゃあないか。」
「でも、でも、わたしは………」
「一人で悩まなくたっていいんだよ!僕だって正直、一人じゃあわけがわからないことばかりだ。マキ・イロハさんから色々聞いたけど、正直さっぱりだ。でも君は君なんだ。僕が好きになった人には変わりないんだ。まだ〈ウヅキ・ココ〉と〈ナナセ・ミカ〉の違いで悩んでいるんだったら、一緒に悩めばいいさ。二人で考えればいいんだ。君が僕に見せていたのがすべて〈ウヅキ・ココ〉としての振る舞いだっていうならそれでも構わない。僕が君を好きだっていう気持ちはまだまだ変わらないんだから。〈ナナセ・ミカ〉としての振る舞いがなかったっていうなら、これから知ればいいだけの話だ。二人でこれから、色々話して、もっとお互いのことを知ればいいんだ。それだけだよ。」
「〈二人でこれから〉?わたしにはもう残された時間は殆ど無いのに?それなのに?意味があるの?」
「意味があるかはどうだっていい。兎に角僕は、君のことが好きなんだ。そして君も僕のことが好きなんだろう?どうなんだい?」
「わ………わたしは………」
彼女は、少し目線を逸らした。僕は彼女の答えを待った。彼女の口から直接聞かなければならない。僕はじっと待った。そして、彼女は、ようやく僕の眼を見て、言った。
「………好き。トウヤくんのことが大好き。そんなの、今だって変わるはず無いじゃない。だって、トウヤくんに告白したいって一念だけで、この世に留まって、ゾンビ体だなんてよくわからない実験体になることを了承して、今ここにいるんだから!」
僕はその言葉が聞けてホッとした。彼女の心はまだ変わってない。僕のことが好きなんだ。そして僕も彼女のことが好きだ。何の問題があるっていうんだ。僕は言う。
「僕は君の恋人だ。そして君は僕の恋人だ。お互いにお互いを強く思ってる。それなのに、このままお別れするだなんておかしいじゃあないか?君の死期が近いことは知ってる。だから僕を避けたってのもわかる。でも、それって、自分勝手すぎるよ。僕の気持ちを考えてくれたのはわかるけど。」
「自分勝手って………トウヤくんだってそうじゃない。こんな………面会謝絶だって言ってるのに。死が訪れるまで一人で過ごすって決めたのに、ズカズカ押しかけてきて………もう、ホント、何なのよ………。」
彼女は、泣きながらも笑っていた。僕も笑い返す。
「自分勝手同士、良い相性だと思うけどな、僕は。」
「なにそれ、変なの。」
「そうだね、変だね。」
「うん、わたし達、とっても変。なんだか可笑しいね?」
僕たちは、笑いあった。話は破綻してたけど、心と心はつながった感覚が確かにあった。しばらく笑いあった後、僕はもう一度彼女を力いっぱい抱きしめた。そして言う。
「大好きだ。最期の時まで………ずっと一緒にいるから。最期まで一緒にいるから。」
彼女も僕を抱きしめ返して言う。
「うん………悲しい思いをさせちゃうけど、最期までずっと………一緒にいて………。大好きだよ………。」
こうして僕らは、彼女の最期の時までできるだけ一緒に居ることを約束した。
死がふたりを分かつまで。残された時間は少ないけれども、そう誓ったのだ。
僕らが付き合い始めてから、ちょうど三ヶ月が経っていた。僕は、彼女にそのことを伝え、
「〈三ヶ月更新〉………。更新してくれるかな?」
と尋ねると、彼女は、笑って、
「はい。よろこんで。」
と、答えた。




