第86話:一ノ瀬直也
――正直に言えば、オレは出世なんてそもそもどうでもいい。
肩書に執着するつもりは、最初から全くなかった。
だが、プロジェクトにおける役割だけはそうはいかない。
地熱発電とEGS、そしてAIデータセンター。
この三つを結びつけた壮大な構想を、しかも日米で同時に前進させるには――統括PMという役割を自分が担うのが最も理にかなっている。
国内ではITセクターの統括取締役に直結し、米国では五井アメリカ支社長に直属。
さらにSPVについては、事実上社長に直結することになる。
これで、意思決定の階層はほとんどなくなる。
迅速に動ける。
今まで国内で停滞していたプロジェクトも、一気に突破口が開ける。
(……これで、ようやくプロジェクトを推進する体制が整った)
しかし、それで全てが片付くわけではない。
残された課題は山ほどある。
EGSの実証を商用ベースに乗せるためのハードル。
地震リスクを限りなく抑えるAI TLSの開発と適用。
電力会社や規制当局との折衝。
そして、日本と米国の政権双方の支持を現実のインフラに結びつける作業。
どれも難易度は高い。
一つ間違えば計画全体が頓挫しかねない。
(だが――立ち止まることは許されない)
米国政権は動いた。
そしてその動きの迅速さを見て、慌てて日本政府も動いた。
経産省に加えて、官邸からの圧力もあり、環境省が動きを見せ、電力会社のトップからも承認の意向が示された。
あとはセレモニーだが、これはオレの役割ではない。
そう思っていたのだが――。
米国政府から五井物産宛に届いた通知にはこうあった。
――サンフランシスコにて来週月曜日、米国大統領が正式に「地熱発電のEGS活用によるエコ発電拡大と、それを活用するAIデータセンター建設の大型プロジェクト」を、日本政府からの投資資金を活用して、米国政府として全面的に支援する事を正式に発表する。
その発表セレモニーにおいては、日本の経産大臣、在米サンフランシスコ総領事、五井物産社長、五井アメリカ支社長が揃って臨席する。
これだけでも異例の大舞台といえるだろう。
五井物産の今後の三十年を決定するレベルの事案となるのだ。
だが――さらに異例の通知が添えられていた。
ホワイトハウスからの正式な招待。
対象は、オレ――一ノ瀬直也。
そして新堂亜紀、宮本玲奈。
それに――一ノ瀬保奈美まで。
保奈美がどれほどオレの支えになってくれているのか、誰よりもオレ自身が分かっている。
だが、ホワイトハウスがオレ自身だけでなく、オレの周囲まで配慮し、招待状に名を連ねたという事実は、さすがに予想外だった。
サンフランシスコでの舞台は、もはや一企業のプロジェクト発表ではない。
日米両政府を背景とした歴史的・国際的な超大型プロジェクトの幕開け。
その場に立つということは、もう後戻りはできないということだ。
オレは深く息を吐き、窓の外に広がるシリコンバレーの夜景を見下ろした。
煌めく光の一つひとつが、未来の断片のように見えた。
……これが“立派になる”という事なのか、それはまだオレには分からない。
ただ、世界を少しでも良くする、前進させるための何かにはなる筈だ。
何れにしても、もう舞台は動き出した。
あとは進むだけだ。




