第77話:宮本玲奈
――涙が、止まらなかった。
直也はいつも人に優しく、自分には厳しい人だった。
その背中を同期としてずっと見てきた。
五井物産の新人研究の際に、足を挫いて痛んだ私をテーピングして助けてくれたあの時から、私はもうずっと直也を見てきた。周囲に対する優しさと、自身が仕事に向き合う時の厳しい姿勢――。
その厳しさも、彼にとっては自然なことだと受け入れていた。
でも今、ようやく私には全てが分かった。
その根っこにあるものが――この上なく美しい理由だということに。
「立派になって」
自分の母から。
そして、透子さんという女性からの願い。
その言葉が、直也を絶えず追い立ててきたのだ。
出世や保身なんて下劣な、俗っぽい、安っぽい、そんな理由ではない。
もっと深いところで、彼を休むことなく走らせ続ける“のろい”になってしまったのだ。
(……でも、どうして。……どうしてそんな言葉を、残してしまったの……)
思わず心の中で呟いていた。
直也を想って残した言葉であるはずなのに、結果的に彼を縛り続ける。
愛の祈りが、彼にとっては呪縛に変わってしまった。
その事実に、私はどうしようもない哀しみを覚えた。
だけど――。
涙に暮れる直也の肩を抱きしめ、「大丈夫」と微笑む保奈美ちゃんの姿を見た時。
その笑顔は、のろいをあっけなく解き放つ慈母のようだった。
彼を責めるのではなく、癒やし、包み込む。
その光景に、私は嫉妬どころか、むしろ尊さを覚えていた。
(……美しい。これが、本当の愛なんだ)
その瞬間、胸の奥でひとつの決意が固まった。
私は言葉で彼に呪いをかけたりはしない。
私は――私自身の愛で、直也を絶対に守る。
彼が苦しむ時も、迷う時も、背中を支え続ける。
亜紀さんも、保奈美ちゃんも、きっと同じ気持ちだ。
だからこそ、この人を守れるのは私たちだ。
誰よりも近くで、誰よりも強く。
涙を拭い、私は拳を握りしめた。
(直也……。私はあなたを守る。全てを懸けてでも)
そう、胸の奥で固く誓った。




