第74話:宮本玲奈
――ホスピスを後にし、私たちは水樹夫妻のお宅へと案内された。
丘陵の斜面に建つ二階建ての家。外壁は白く、庭には手入れの行き届いた花壇が広がっている。どこか日本的な趣と、カリフォルニアの開放感が混ざり合った、不思議に落ち着く佇まいだった。
玄関をくぐると、木の温もりを感じさせる廊下が続き、壁にはいくつもの写真が飾られていた。
家族旅行の笑顔、庭先での子ども時代の姿。
そして――リビングに入った瞬間、視線が吸い寄せられた。
棚に置かれた一枚の写真立て。そこに映る若い女性の笑顔。
透き通るように澄んだ瞳。
少しはにかんだように笑うその姿は、見る者の心を自然と温かくしてしまう。
「……」
隣にいた麻里が、息を呑む音が聞こえた。
そして次の瞬間、驚愕の表情を浮かべていた。
肩がわずかに震え、指先まで固まってしまったかのように。
私は黙って、その横顔を見ていた。
※※※
「……透子です」
水樹さんのお父様が静かに口を開いた。
「私は米国滞在中に日系人の妻と結婚し、やがて透子が生まれました。その後、本社勤務のため日本に戻ることになり、妻と透子も一緒に日本へ。……あの子は、本当に良い子でした」
言葉を選ぶように、一つひとつ丁寧に語られる。
その声音に込められた深い愛情は、私たちの胸を静かに締め付けた。
「けれど透子が十代の後半から、体調の悪い日が続き……下腹部の痛みで倒れて入院しました。診断は子宮筋腫。ですが、それはただの筋腫ではなかった。悪性のものでした」
部屋の空気が沈む。
悪性――。それが何を意味するのか、誰もがすぐに理解できた。
「悪性の子宮筋腫は、効果が期待できる抗癌剤の種類がそんなに多くなく、治療は非常に難しい。……透子は不安を抱えながらも、いつも気丈に振る舞っていました。そんな時、ボランティアサークルで病院を訪れていた大学生の直也さんと出会ったのです」
私は、息を整えるように深呼吸した。
――直也が、大学生の頃に。
「透子は不安な気持ちから、よく直也さんに甘えてしまい、ご迷惑をおかけしていたと思います。しかし私は分かっていました。娘は直也さんに憧れ、……きっと好きだったのだと」
お母様が、小さく頷きながら目元を拭っていた。
「その年の暮れ、病院から“もう治療方法はない”と告げられました。悪性の筋腫は肺にも転移し、回復の見込みはない。……残された時間はわずかだと。そんな娘を見て、私は決断しました。直也さんに――お願いをしたのです」
沈黙。
私の心臓が強く脈打つ。
「……例え“偽り”でもいい。短い間でもいい。……透子と、お付き合いのような思い出を作ってくれないか、と」
その言葉に、私たちは誰も声を出せなかった。
麻里だけが、ガタガタと震えながら黙って座っていた。
「本当に残酷なお願いです。直也さんに結局は哀しい思い出を残すだけだと分かっていました。……それでも、親として、せめて娘に最後の光を与えたかった」
お父様の声が静かに落ちた。
「その時、直也さんは大変驚かれていました。……彼のお母様が亡くなった病因と、透子の病がまったく同じだったからです。それで――直也さんは、私の身勝手なお願いを受け入れてくださったのです」
私は震える手を組み、ただ聞き続けるしかなかった。
麻里の瞳は揺れ、何度も涙をこらえるように伏せられていた。
――直也が、こんな過去を。
誰にも話さず、ただ一人で抱えていたなんて。
胸の奥が熱くなり、私は息を整えることもできなかった。
――部屋の中は静まり返っていた。
写真立ての中で、透子さんの笑顔が柔らかく光っている。柔らかな日差しが額縁の縁を照らし、その表情が一層穏やかに見えた。
水樹さんのお父様が静かに口を開く。言葉は丁寧で、しかし一つひとつに深い重みがあった。
「透子は……普通にデートをしてみたいと言ったのです。御茶ノ水の明大通りを歩いて、神保町のカフェでお茶をしてみたいと。大学生のような気分で、ごく普通の日常を味わいたかったのでしょう」
聞きながら、私は写真の中の若い女性の笑顔に目を落とした。そんな“普通”を願う声が、どうしてこれほど胸を締めつけるのか。理由ははっきりしている。病に侵された若い命が、最後に残したかったのは「平凡で温かい時間」だったのだ。
お父様の語りは続く。明大通りの坂、神保町のカフェ、そして、体調が落ちる日もあった中での短い外出――すべてが透子さんにとっての「願い」だったと。
「その希望を聞いて、直也さんは本当に付き合ってくださいました。それだけでなく、毎日のように病院まで会いに来てくださり、体調の良い日は外に出て、時にはお台場にも行きたいと言ったのを叶えてくれたのです」
その言葉に、私は胸の奥が熱くなるのを感じた。優しさが、静かに、しかし確実にその時間を作っていったのだろう。
麻里が小さく震えているのが視界の端に入る。彼女の唇はかすかに震え、目は潤んでいる。だが、なぜ震えているのか――その理由分からない。でも、この透子さんの件が、恐らく彼女の直也に向けていた冷たい視線の要因なのだろうと、漠然と私は推測した。
お父様は続ける。
「やがて体調が急激に悪化しました。透子はやせ衰え、その姿を見せたくないと言い出した。『キレイなままの自分を直也さんには覚えていてほしい』と。そして、アメリカのホスピスに行くことを決めたのです。妻の実家の近くの施設へ――私たちは一緒に渡米しました」
語られる事実は、容赦なく胸を締めつける。若い命の「選択」と、それを支えた家族の決断が、目の前の空間を静かに震わせていた。
「成田まで直也さんが見送りに来てくださいました。透子は、車椅子でしか動けない状態でしたが、それでも最後にこう言ったのです。『直也さん、本当にありがとう……いつか、立派な人になってね』と」
その言葉を聞いた瞬間、私は目元が熱くなった。言葉の重さが、場の温度を一段と変える。誰かのために時間を使うこと、そしてその時間が残す意味。言葉の裏にある想いの深さに、言葉が見つからない。
麻里は声を失い、涙を流しながら、ただ透子さんの写真を見つめていた。彼女の肩がわずかに震え、指先が額縁の縁を撫でる。由佳や秀介は静かに耳を傾け、美沙さんはそっと目を閉じる。保奈美は小さな声で「直也さん……」と呟き、目に涙を溜めている。
私は周囲の表情を一つずつ確認しながら、自分の心にも問いを投げる。直也が、この過去の時間にどのように関わってきたのか。今この部屋にいる我々は、その一端を訊ね、受け取っていた。
静かな沈黙が続く。部屋には透子さんの写真と、水樹夫妻の落ち着いた語り、そして麻里の涙だけが残った。私はその静けさを胸に刻むように、深く息を吸った。
(――直也はきっと、透子さんに会いに、ここに来たのだ)
そしてただ一つ確かなことを思う。本当の誠実さ、優しさ、そしてそれに裏打ちされた尊い行為が、誰かの人生の最後にどれほど大きな意味を持つのか――その真実を、今、目の当たりにしているのだ。




