第72話:サンタローザへ(一ノ瀬保奈美)
――ヘリの窓から、広がる景色を見下ろしていた。
山々の稜線を越え、緑と小さな町並みが見えてくる。
ローターの音が体に響くたびに、胸の奥も少しざわめいていた。
(……麻里さん)
ずっと気になっていた。
あの人が直也さんに向ける視線。
それは冷たいようで、時には恨めしそうにも見えた。
直也さんは、誰からも愛される、すごい人だ。
お仕事では常に大きな流れを作って、周囲を巻き込み、たくさんの人を動かしてしまう。
そして、いつだって真剣で、誠実で。
だからこそ、多くの人が直也さんを好きになる。
……それが時には問題になるくらい。
なのに、どうして麻里さんだけは――あんなにも冷たいの?
それがずっと不思議で、胸の奥に引っかかっていた。
直也さんが「サンタローザで答えが分かるかもしれない」と言った時。
私は心の中で決めていた。
――自分も知りたい。
直也さんがどういう人なのかを。
そして、その答えを麻里さんにも見てもらいたい。
※※※
「まもなく着陸します」
パイロットの声と共に、機体が高度を下げ始めた。
窓の外に、小さな空港の滑走路が見える。
大きな国際空港とは違って、周囲はのどかな風景ばかり。
それでも、どこか懐かしさを覚えるような空気があった。
やがてヘリがタッチダウンし、振動が収まる。
私たちは一人ずつ外へ降り立った。
乾いた風が頬を撫でる。
カリフォルニアの太陽が眩しい。
そして視線の先――。
ターミナルの前に、二人の老夫婦が立っていた。
背筋を伸ばした白髪の男性と、柔らかな笑顔を浮かべる女性。
どこか温かくて、そして誇りを秘めた雰囲気を漂わせていた。
「……水樹さんご夫妻です」
直也さんが静かに言った。
どうやら事前に連絡をしていたらしい。
老夫婦の姿を見つめながら、私の中の疑問が膨らむ。
――この人たちが、“答え” に繋がっているのだろうか?
私は無意識に、直也さんと麻里さんの横顔を見比べていた。
麻里さんの瞳に映るその姿は、果たしてどんな色を帯びるのだろう。
「直也さん。本当にお久しぶりですね」
水樹さんご夫妻が直也さんに挨拶をされている。
「本当にご無沙汰しています。
……もっと早く来るべきでしたが、スイマセン」
「いえいえ。――皆様も、どうぞこちらへ」
水樹さんのご主人の落ち着いた声が、胸の奥に響く。
奥様もやさしく頷き、私たちを自動運転のワゴン車へと案内してくれた。
車内に乗り込むと、柔らかいシートに背中が沈み、外の景色がすぐに流れ出した。
窓の外には緑の丘が広がり、遠くにぶどう畑の列が続いている。
空は深い青で、カリフォルニアの陽射しは明るいのに、どこか静謐な空気を帯びていた。
誰も口を開かなかった。
直也さんも、亜紀さんも、玲奈さんも。
麻里さんですら、ただ前を見据えている。
(……直也さんが、どうしてここに皆を連れてきたのだろう……)
※※※
1時間ほど走っただろうか。
ワゴンがゆるやかに丘を登り、マタンザスパークという場所の近くで速度を落とした。
窓の外に、木立に囲まれた白い建物が見えてくる。
落ち着いた色合いの壁。大きな窓。芝生に咲く花々。
どこか病院というより、やさしい家のような佇まいだった。
「――到着です」
運転AIの静かな声と共に、車が停まる。
ドアが開き、外の空気を吸い込んだ瞬間、胸の奥がきゅっと締め付けられた。
ここはなんの施設だろう?
水樹さんのお父様が、直也さんに向き直る。
「直也さん。
……ここは、透子が最後の日々を過ごした場所なのです。
是非、見ていってください」
透子さん――その名前に、一瞬、空気が震えた気がした。
誰もが黙り込み、視線を落とす。
でも直也さんだけは、しっかりとその言葉を受け止めるように頷いた。
「……ここは、ザ・ガイサースの収益金を用いて設置されたホスピスなんだよ。
事前にお願いしていたので、今日は少し見学していこう」
直也さんの声は落ち着いていたけれど、その奥には深いものが隠れているのを感じた。
私の心臓は早鐘を打つ。
透子さん――直也さんにとって、どういう存在だったんだろう。
(知りたい。……何があったのか、もっと知りたい)
太陽が少し傾き始めた丘の上で、私たちは一歩、また一歩とホスピスの玄関へ向かって歩みを進めた。




