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第69話:新堂亜紀

――熱気と轟音に包まれた敷地内。

蒸気が地表の至る所から吹き上がり、巨大な配管が迷路のように張り巡らされている。

その中を、私たちは案内役のエンジニアに導かれて歩き出した。


「ようこそザ・ガイザースへ。私はプロジェクトマネージャーのヘンダーソンです」

がっしりとした体格に、深い皺の刻まれた顔。灰色の作業服に安全ゴーグルを下げた姿は、まさに“現場の人”という雰囲気だった。


「こちらでは現在、約900メガワットの発電容量を維持しています。北カリフォルニア全体の電力需要を支える重要な供給源です」


声を張り上げても、背後の蒸気とバルブ音にかき消されそうだ。

それでも彼の声は力強く響いていた。


私は横目で玲奈を見る。

彼女は既にノートを開き、ヘンダーソンの言葉を一字一句逃すまいと書き込んでいた。


(……分かってる。私たちが一番把握すべきは二つ)


ひとつは、追加電力の確保が現実的かどうか。

そしてもうひとつは、ここで検討されているEGS――人工的に亀裂を入れ、熱水を循環させる「拡張型地熱システム」の評価だ。


「近年は供給力の維持が課題です。既存井戸の減退を補うため、私たちはEGSの試験を進めています」

ヘンダーソンはそう言いながら、遠くの試験エリアを指さした。

地面に立ちのぼる蒸気の柱。その向こうに新設の設備群が見える。


「EGSはまだ挑戦的な技術ですが、既に数本のテスト井戸で有望なデータを得ています。追加で数百メガワットの潜在力を期待しています」


(やっぱり……!)

胸の奥で、熱が高まる。

EGSはリスクが大きいが、実現できれば従来の地熱開発では不可能だったスケールの電力を供給できる。

AIデータセンターという巨大電力需要に対応するには、避けて通れない要素だ。


「それが本格稼働すれば……」

思わず声に出しかけた瞬間、玲奈が横から問いを重ねた。

「そのテスト結果、州政府やDOE(エネルギー省)へのレポートは既に上がっていますか?」


「ええ。DOEの研究プログラムとも連携しています。ただ……ご存じの通り、環境影響や地震リスクについての議論が避けられません」


短い沈黙。

蒸気の轟音の中で、彼の言葉の重みが際立った。


(――つまり。技術的には可能性がある。でも、政治的・社会的な壁があるということ)


私は心の中で整理する。

直也くんもきっと、同じ結論にたどり着いているはずだ。


※※※


ふと視線を巡らせると、保奈美ちゃんが目を丸くして蒸気の柱を見上げていた。

「本当に地面の下からこんなに……すごい……」

その声に、美沙さんが微笑んで「地球の鼓動を聞いてるみたいよね」と応じる。


秀介さんは腕を組みながら、真剣な表情で配管の流れを追っていた。

麻里は――黙ったまま、直也くんと同じ方向を見ていた。

感情を押し殺したその横顔に、私はまた小さな違和感を覚える。


けれど、今は気を散らしている場合じゃない。

この視察は、AIデータセンター構想の成否を握る核心だ。


私は呼吸を整え、ヘンダーソンの言葉に再び耳を傾けた。

ここで得られる情報の一つ一つが、未来を決める手がかりになるのだから。


――蒸気の白煙を抜けて、私たちは試験設備の一角へと進んだ。

視界に入ってきたのは、高さ数十メートルのリグ、太い配管が地面へと突き刺さる光景。

通常の地熱井とは違い、周囲には振動計や圧力センサーを並べた小型ユニットがずらりと配置されている。


「こちらがEGS――拡張型地熱システムの試験井です」

案内役のヘンダーソンが胸を張った。

「地層に人工的に亀裂を入れ、水を循環させることで熱を取り出す方式。すでに複数のテストサイクルを実施しています」


私は手元のノートに素早く書き込みながら、思わず尋ねた。

「誘発地震リスクについては、どのように管理されているのですか?」


その場の空気が一瞬だけ張り詰める。

だがヘンダーソンは臆せず、用意していた言葉を投げ返してきた。


「最も重要な質問ですね」

彼は近くの装置を指さす。

「我々は多層のモニタリングシステムを導入しています。井戸周辺に多数の地震計を設置し、マイクロシースミック(微小地震)の発生をリアルタイムで追跡している。圧力や注入速度も秒単位で制御し、閾値を超えそうになれば即座に停止する仕組みです」


玲奈が補足を促すように身を乗り出した。

「つまり“トラフィックライトシステム”を導入している、と?」


「その通りです。グリーン、イエロー、レッド。閾値を超えた瞬間に自動的にレッドに移行し、注入をストップします」

ヘンダーソンの声は力強い。

「結果として、過去のサイクルでは住民が体感する規模の地震は一度も発生していません。最大でもマグニチュード1.5未満の微小な揺れに留まっています」


私は小さく息を吐いた。

数字は明確だ。――だが、それでもリスクはゼロではない。

そのことを誰よりも理解しているからこそ、ヘンダーソンの目は真剣だった。


「もちろん、社会的な理解を得るのは簡単ではありません」

彼は続ける。

「“ゼロリスク”を約束できない以上、我々は科学的に、透明性をもって説明するしかない。DOEも州政府も、その点を最も重視しています」


直也くんが短くうなずいた。

その視線は井戸を超えて、もっと遠い未来を見ているようだった。


※※※


横を見ると、保奈美ちゃんが大きな目をさらに丸くして、センサーや配管の並ぶ光景を見回していた。

「……すごい。こんなにたくさんの機械で“見張ってる”んですね」

「そうよ」私は彼女に微笑んだ。

「地震を起こさないようにするのが、一番大事だから」


美沙さんがその横で小さく頷き、「人の安心を得るのは技術だけじゃなく、こういう努力の積み重ねなのね」と呟いた。

秀介さんは真剣な表情で設備の配置を目で追い、麻里は黙ったまま直也くんの横顔をじっと見ていた。


私はノートを閉じ、心の中で整理する。

――追加電力の確保はEGSにかかっている。

その可能性は、今まさに「ここ」で試されている。


(……この視察の意義は大きい)

そう確信しながら、私は再び蒸気の熱気に包まれた空を見上げた。


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