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第48話:少しだけワガママ(一ノ瀬保奈美)

 ――夢みたいな夜だった。


 ドジャーススタジアムで翔平選手がグランドスラムを放った瞬間。

 あの時の大歓声、耳を突き破るほどの音の波。

 立ち上がって直也さんとハイタッチして、声を張り上げて叫んだあの一瞬――胸が弾けそうで、幸せすぎて、涙がにじんでしまった。


(直也さんと一緒に、こんな経験ができるなんて……)


 試合が終わって、夜風を受けながら球場を後にする時も、車でホテルに戻る間も、ずっと興奮が収まらなかった。

 窓の外に流れるLAの夜景がきらきら瞬いていて、それすら全部特別な光に見えた。

 まるで今日という一日が、世界ごと私を祝福してくれているみたいで――。


※※※


「今日はもう寝よう。明日は早いからな」

 ホテルに着いて、荷物を置くなり直也さんが淡々とそう言った。


 スイート仕様の部屋。

 リビングとベッドルーム、それにゲストルームまである広さ。

 直也さんは迷いなくゲストルームに荷物を運び始めた。


「……え?」

 思わず声が出た。


「オレはこっちで寝るから。保奈美はベッドルームを使え」


「なんで?」


 即答だった。

 自分でも驚くくらい、間髪を入れずに。


「だって……せっかくアメリカまで来たんだよ? 

 やっと直也さんに会えたのに? 

 なんで別々なの?」


「いやいや……ダメだろ、普通に」

 直也さんは困ったように眉を寄せた。


「ダメじゃない!」

 気づけば足元に立ちはだかっていた。

「……今日くらい一緒がいい。

 だって、寂しかったんだもん」


 沈黙が落ちた。

 そして直也さんがため息をつく。


「……分かった。

 同じ部屋で寝てもいい。

 ただし、それだけだぞ」


 ――勝った。

 心の奥で、小さくガッツポーズをする。


※※※


 ベッドは思っていた以上に大きかった。

 キングサイズ。

 二人で横になっても、余裕がある。

 直也さんは「これなら大丈夫だろ」と、どこか安心したように布団に入った。


 ……でも。


 私は迷わず、ひしっと抱きついた。


「ちょっ……義妹ちゃん!?」

 驚いた声が頭の上から降ってくる。


「……寂しかったの」


 直也さんの胸に顔を埋め、そっと囁く。

 日本で過ごした日々。

 チャットでの短いやり取り。

 画面越しのやり取りでは埋められなかった距離。

 やっと会えた。

 やっとこの距離まで来られた。

 だから今だけは――ただ近くにいたかった。


 直也さんの体が一瞬強ばる。

 でも、すぐにその緊張が解けていった。

 拒まれなかった。


「……はぁ……仕方ないな」

 困ったように、でも優しく。

 そう言って、そのまま抱きつかせてくれた。


 胸の奥がじんわり熱くなる。

 ずっと欲しかった温もりが、今ここにある。

 守られているみたいで、安心できて、心が溶けていく。


 直也さんの呼吸がゆっくりと深くなっていくのが分かる。

 きっともう眠ってしまったのだろう。

 連日の仕事で疲れていたんだ。


 私はといえば、今日一日はしゃぎすぎて、時差ボケなんてすっかり吹き飛んでいた。

 胸に抱きついたまま、安心感と幸せに包まれて――意識がすぅっと遠のいていく。


 ――おやすみなさい、直也さん。

 今日は本当に、夢みたいな一日でした。

 そして、どうか明日も、その先も――こうして一緒にいられますように。


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