第49話:一ノ瀬直也
――目を開けた時、最初に感じたのは心地よい重みだった。
視線を落とせば、胸に小さな腕を回してすやすや眠る義妹ちゃん――保奈美の顔。
(……ああ、やっぱり現実か)
昨夜の出来事が夢ではなかったと悟り、思わず小さく息を吐く。
寝息は規則正しく、表情はあまりにも無防備で。まるで子どもの頃からずっと一緒に過ごしてきた兄妹のように自然に寄り添っている――いや、そんな風に思い込もうとした。
だが現実は違う。
胸の奥にあるのは「守らなければ」という責任感と、どうしようもなく揺さぶられてしまう感情。
そのどちらも否定できず、心の中で渦が巻いていた。
窓の外にはLAの朝日が差し込み、青い空が広がっている。時計はまだ七時前。
今日はディスティニーランドに行く予定だ。保奈美にとっては夢のような一日になるはず。
だからこそ、オレは気持ちを切り替えなければならない。
昨日のことは特別で、彼女は少し甘えただけ。そう言い聞かせる。
「……起きろ、義妹ちゃん。今日は早いぞ」
そっと肩を揺らすと、保奈美は眠たそうに目を開け、子どものように笑った。
――その笑顔に、心臓が跳ねる。
けれど、不思議なほど昨日までの疲労感は消えていた。
(……ああ、やっぱりオレはこの子に救われてるんだな)
自嘲気味にそう思いながら、顔を洗いに立ち上がった。
※※※
身支度を済ませて戻ると、ベッドルームの鏡の前で保奈美が小さなポーチを開き、真剣な顔でメイクをしていた。
昨日、カリスマ美容師のトリウミに教わった手順を一つずつ確認しながら――。
正直、驚いた。
ほんの数分で、あの“奇跡の変身”がそのまま再現されていく。いや、それ以上に自然体で、完全に自分のものにしてしまっていた。
「……どうですか?」
振り返った彼女は、少し恥ずかしそうに笑った。
淡いリップの艶。控えめなのに印象的なアイライン。頬の血色を活かしたナチュラルな仕上げ。
派手さではなく、清楚で可憐――咲き誇るバラのように華やかで、それでいて無理がない。
――これが、これからの“スタンダード”になるのか。
いままでの“学生らしい可愛さ”とはまるで違う。
今、目の前にいるのは、自分の魅力を理解し、それを武器にできる可憐で美しい女性の姿だった。
「……ああ、似合ってる……可愛いよ。ちょっと心配になるくらいに」
思わず本音が漏れる。
彼女は安心したように微笑み、胸元のペンダントにそっと手を触れた。
その仕草までもが、計算ではなく自然に愛らしい。
胸の奥がざわつく。
義妹として接しなければならないのに、視線を外すのが難しい。
※※※
朝食のテーブルでも、彼女の存在感は際立っていた。
ベーグルとフルーツを前に、フォークを持つ仕草さえ柔らかで、ふと笑うたびに隣席の旅行客が目を奪われるのが分かる。
亜紀と玲奈も保奈美の姿を見てしばらく唖然としていた位だ。
昨日の奇跡は一過性じゃなかった。
完全に彼女自身のものになってしまったのだ。
これからは、この姿が彼女の新しい日常になる――そう思うと、妙に現実味を帯びて胸に迫ってくる。
――(……オレは大丈夫なのだろうか?)
小さな不安を胸に抱えながらも、朝食を終えたオレ達一行はフロントに降りた。
ホテルのスタッフに頼んだのは、エグゼクティブ専用の即日配送サービス。
午前中にピックアップされた荷物は航空便で北に運ばれ、今夜にはサンノゼのホテルの部屋に届くという。
スーツケースにはホテル独自のセキュリティタグが取り付けられ、追跡番号が手渡された。
「……えっ、そんなことまでしてくれるんですか?」
保奈美が目を丸くする。
その驚きが新鮮で、つい笑ってしまう。
「こうしておけば、夜にサンノゼへ移動した時すぐ休める。合理的だろ」
努めて淡々と説明する。
だが本当は、余計な疲れを抱かせたくなかった。ただそれだけだった。
亜紀さんが感心したように頷く。
「さすが高級ホテル。こういうところまでスマートなのね」
玲奈も「VIP扱いってこういうことか」と小さく笑った。
※※※
荷物を預け終えた後、ホテルの前に自動運転のSUVが横付けされた。
ドアが静かに開き、全員が乗り込む。
ディスプレイに目的地――「Destiny land Park」が入力され、車は滑るように街を出発した。
窓の外には、朝の光を浴びるLAの景色が広がっていく。
助手席に座る保奈美は胸元のペンダントをそっと撫でながら、わくわくとした顔で前を見つめていた。
その横顔は、昨日トリウミから学んだメイクを完璧に再現していて、自然体のまま花のように可憐だった。
――新しい日が始まる。
そして今日は一日、義妹ちゃんと、亜紀さんと、玲奈と共にディスティニーランドを遊び尽くし、夜にはサンノゼへ向かう。
とにかく今日一日を無心になって楽しもう。




