第27話:宮本玲奈
――分かっていた。
麻里という女性が直也にとって、ただの過去の知人ではないことは、あの会議室の空気を一瞬で変えた彼の表情を見れば明らかだった。深い関係があったのだろう。そこまでは推測できる。
けれど、それがどうしたというのだろう。
私は今とこれからの直也の隣にいる。彼を支える。
それが私の役割だ。
過去に誰がいたとしても、彼が進むべき未来を共に形にすることに一点の迷いもない。
※※※
ホテルの会議スペース。
ホワイトボードには直也が描いたSPVスキームの大枠が残っていた。
【SPV】
【→ 日本JV(国内主導)】
【→ 米国JV(米国主導)】
その下に亜紀さんと私からの助言が書き加えられている。
【Golden Shareは避ける】
【SHA(特別決議事項/Reserved Matters)】
【Class B株:五井物産】
直也は疲れた様子を見せながらも、必死に冷静さを保っていた。私はその背中を見つめ、心の中で小さく誓う。――揺らがないで。あなたはここで倒れるような人じゃない。
「もう少し詳細に整理させてください」
私はペンを取り、ホワイトボードの横に小さく枠を描いた。
「まず、表面的な出資比率は日本50%、米国50%と見せる。それが大前提です。そのうえで実質的に五井物産がストッパーを持つ仕組みを入れる」
ペンを走らせながら言葉を続ける。
「Golden Shareという形は米国の投資家に警戒されやすい。でも、SHA(株主間契約)で特別決議事項――Reserved Matters――を定義して、その項目については五井物産の同意を必須にする。これはVCやPEでもごく一般的な契約の枠組みです」
私は項目を箇条書きで書いた。
【Reserved Matters(特別決議事項)
・解散、合併、分割
・新株発行、資本構成の変更
・事業売却、大規模な投資決定
・JV契約の変更】
「これらをSHAに落とし込み、さらにClass Sharesを併用する」
私は別の枠を描き、【Class A(米国側)】【Class B(日本側)】と書き込む。
「例えば五井物産が持つClass B株式には、取締役の一定数を指名できる権利、清算時の優先権を付与する。表面上は“普通の優先株”に見えるけれど、実質はGolden Shareと同じ効力を持つ。違いは、投資家の目に『慣行の範囲』として映ることです」
静かに言い切ると、ホワイトボードの前の空気が少し落ち着いた。
私の言葉は冷静すぎるかもしれない。けれど、こういう時に感情を混ぜても意味はない。
「これなら、米国投資家に対しても“我々は標準的な契約で整理している”と説明できる。同時に、日本政府に対しても“最重要事項のストッパーを五井が握っている”と示せる。……両方に対して筋の通る答えになるはずです」
ホワイトボードを見返す直也の横顔に、わずかな光が差した気がした。
その顔を見ただけで、胸の奥が熱くなる。
「直也、私はこれが最適解だと思います」
そう言い切った。
隣で亜紀さんが頷き、直也がゆっくりと息を吐く。
――そう。私は冷静に整理し、彼の足場を固める役割を果たす。
麻里がどんな言葉を投げようと、私たちはこうして答えを出す。
それこそが、今の私の揺るがぬ信念だった。




