第21話:新堂亜紀
――頭がフル回転している。
それでも処理が追いつかないほど、状況はどんどん動いていった。
玲奈の調整によって、DeepFuture AI のCEOイーサンとの会合は翌日で決まった。
本来なら数日かけてアポ調整をするレベルの相手。それが、こちらの提示した日程に「すぐにでも会いたい」と返ってきたのだ。――つまり、あちらも既に関心を寄せている。
――イーサンは超一流のビジネスマンだけが持つ直感で、現在進行しているこの状況をすぐに掌握する必要性を感じたのだろう。
その間も、五井アメリカ本社の会議室では断続的にミーティングが続いた。
ワシントンDCに常駐しているスタッフからの報告、ロビイスト経由で伝えられる政権中枢の反応。
断片的に届く情報をつなぎ合わせるたびに、ひとつの確信が形を成していった。
――米国政府は本気で直也くんのプランに関心を寄せている。
「……これは本当に凄いことね」
会議の合間に漏らした私の声に、玲奈は視線を上げ、タブレットを指先で叩きながら冷静に答える。
「まだ“関心”の段階です。でも、このスピード感は確かに異常ですね。十中八九、政権の中で具体的な検討に入ってるのでは」
玲奈の声は冷静だけど、その目の奥に浮かぶ光は隠せていない。――彼女も同じ驚きと高揚を感じているのだ。
私と玲奈の役割は明確だ。
直也くんが判断・投資に関わったスタートアップ群、そこから接触が来ている企業との面談を効率的に配置すること。
移動に無駄をかけず、五井のシリコンバレー支社の会議室をハブにして回す。
その調整作業を、私と玲奈は黙々とこなした。
――まるで巨大なパズルを埋めるように。
時計を睨みながら予定表を並べ替え、次から次へとスタッフに指示を飛ばす。
やるべきことは山のようにあるのに、不思議と頭は冴えていた。
そして夕方。
五井アメリカと日本本社を結んだリモート会議で、決定的な一言が飛び込んできた。
「なんとか予定を調整した。……10日後には、私も役員数名を伴って渡米する予定だ」
画面に映る社長が、淡々とそう告げたのだ。
一瞬、会議室の空気が凍りついた。
社長自ら動く――それはつまり、この案件が「次の五井物産の十年以上を左右する事業」と位置付けられた証拠だった。
五井物産の社長の予定というのは、それこそ数ヶ月先までホールドされていても不思議はない。それを急遽調整し直して、10日後には渡米するというのは尋常ではない。
背筋が伸びる。
呼吸が浅くなる。
自分が今、どれほど大きな渦の中にいるのか。改めて思い知らされた。
(……ここまで進むなんて)
たった数日のうちに、シリコンバレー入りから、米国政府の関心、そして社長渡米の決定。
これまで経験してきたどんなプロジェクトとも比べものにならない速度感。
けれど――。
横で静かに資料を整理する直也くんの背中を見て、胸が熱くなる。
彼は動じない。むしろ、すべてを織り込み済みかのような表情をしている。
だから、私も怯んではいけない。
「……絶対に支えなきゃ」
心の奥で、強くそう繰り返した。
※※※
――ホテルに戻った直也くんは、ノートパソコンを閉じて深いため息をついた。
「やっと一段落だな……」
そんな声を聞きながら、私は隣のソファに腰を下ろした。
「直也くん、週末はLAに行くんでしょ?」
何気ないふうを装って切り出す。
「そうですね。義妹ちゃんを空港で迎えて、ディスティニーランドに連れて行き、あとはスタジアムでMLBゲームを一緒に観に行ければって思っています」
――ディスティニーランドとMLB観戦。
……それだけ?
私は思わず眉を寄せた。
「直也くん、それじゃあプランとしてはちょっと心許ないんじゃない? せっかくの初めてのアメリカなんだから」
横で玲奈がすぐに乗ってきた。
「そうですよ。観光の段取りとか、移動ルートとか、細かい手配まで考えてます? 直也一人に任せてたら、すごく心配」
「いや、そこまで大げさにしなくても……」
直也くんは苦笑しながら肩をすくめる。
私はわざと腕を組み、きっぱりと言った。
「だったら――私も一緒にLAに行こうかな」
「えっ?」
直也くんが驚いた顔をした瞬間、玲奈がすかさず追撃する。
「それなら私も。週末の二日くらい、同伴しても問題ありませんよね?」
「ちょ、ちょっと待てよ……」
直也くんが苦笑いしながら頭をかいた。
けれど、私と玲奈の顔を交互に見て、観念したように肩を落とした。
――よし。
保奈美ちゃんは土曜日の朝6時ごろにLA空港に到着予定という事だ。
金曜日の夜に直也くんは前乗りして、朝空港まで迎えに行くという。
直行便ならそれほど遅れる事もないだろう。
私はすぐにスマホを取り出して検索を始めた。
「LAでの週末なら、ユニバーサル・スタジオもありだし、サンタモニカで夕日を見てもいいかもしれない。保奈美ちゃんが写真撮るの好きなら、グリフィス天文台なんかも最高よ」
玲奈も負けじとタブレットを開いて提案を並べていく。
「食事も考えましょう。ステーキハウスは外せないですし、せっかくだからシーフードも。保奈美さんにとって“アメリカ”を感じられるように組んであげた方がいい」
二人で観光プランを組み立てていくうちに、会話はどんどん熱を帯びていった。
――なんだか、楽しい。
そして私の口から、ふと決定打が飛び出した。
「ハリウッドツアーも入れようよ。初めてのアメリカなら外せないし。……ついでに、有名セレブ御用達の美容室を予約して、保奈美ちゃんを“ハリウッド女優風”に変身させるのはどう?」
「それ、いいかもしれませんね」
玲奈が即答した。タブレットを操作しながら、あっという間に候補の美容室を数件リストアップしていく。
一番のオススメはエドワード・トリウミが経営するというハリウッドスター御用達の超セレブ美容室だが、幸いにも週末土曜日に1枠だけ予約を入れる事ができそうだ。
直也くんは少し驚いた顔をしながらも、すぐに笑ってうなずいた。
「なるほどね。いいアイデアですね。確かにそれなら義妹ちゃんも喜ぶかな。それじゃあ折角なので予約してください」
……その瞬間、胸の奥に妙なざわめきが広がった。
(ま、待って。それって――義妹ちゃんはただでさえ可愛いのに、さらに“超美人”に仕立てるってことじゃ……)
横を見ると、玲奈も同じことに気づいたのか、一瞬だけ手が止まっていた。
だが直也くんの「いいアイデアだな」という言葉が決定打となり、流れは止まらなかった。
「……っ」
私は笑顔を作りながら、内心では頭を抱えていた。
(やばい……なんか『敵に塩を送る』みたいになっていないかな……!)
――こうして週末のLA行きは、観光と野球観戦と、そして“義妹ちゃん大変身計画”までセットになってしまったのだった。
まぁいいや。
(これで――義妹ちゃんと直也くんだけで休日を過ごすことにさせずに済む)
観光プランの打ち合わせに夢中になりながら、私は心の中でそう呟いていた。
口元に浮かんだ笑みは、玲奈以外には気づかれなかっただろう。
――そう、これは“安心のための同伴”。




