第20話:一ノ瀬直也
――AAC社を訪れるのは、これが初めてだった。
サンノゼ郊外にあるAACの本社オフィスが入っているビルは、外観こそガラス張りのシンプルな建物だが、中に入れば活気に満ちた空気が流れている。急成長を遂げるスタートアップらしい、スピード感と熱気。受付を抜け、案内された会議室に足を踏み入れると――そこには既に数人の顔ぶれが待っていた。
「一ノ瀬くん、ようこそシリコンバレーへ」
穏やかな笑みで迎えたのは、代表の大田秀介さん。
だがオレの視線はその隣で思わず止まった。
「由佳さん……それに、彩花さんまで」
思わぬ再会だった。二人とも、秀介さんと同じ大学の同じ研究室に所属していた同期だという。まるで同窓会のような並びに、会議室の空気が一気に和らいだ、かと思ったが、オレの両脇は微妙なテンションになっている…。
――亜紀さんと玲奈は、由佳さんが少し苦手なのだろうか。
さらにその場には、秀介さんの奥様、美沙さんの姿もあった。
「今日はお手伝いで来てるんです。両親がちょうど遊びに来てて、子どもたちは見てもらってるので」
朗らかに笑う彼女に場がほぐれる。
けれど、すぐに話は本題へと移った。
オレはホワイトボードの前に立ち、日本におけるAIデータセンタープロジェクトの進捗を整理して報告した。
「現状、日本では電力会社との調整が難航し、必要な規模の電源確保が進んでいません。自治体からの理解も得られにくく、JVとしては動きが鈍化しているのが正直なところです」
秀介さんが腕を組み、真剣な表情で聞き入る。
「なるほどな。日本側での足踏みは、やはり電力と規制か」
オレは頷き、ペンを走らせた。
【日米投資の約束 → 日米ともに停滞 → 双方ダメージ】
「ご存知のように、日本政府は米国との通商関係を維持する見返りとして、米国に“巨額の投資を約束した”状況でしたが、野党からの反対意見もあり、実行が滞ったままとなっています。
一方で米国政府としても、ここまで合意に至っているものを反故にするのは、日米関係にヒビが入る可能性があり得策ではない。
しかし今の宙ぶらりんのままでは、せっかくの政府間投資の枠組みも、停滞したままとなり、双方にとって損失になりかねません。これは本来オレたちの管轄ではない――ただ、逆に利用する余地はあると考えています」
一瞬、由佳さんと彩花さんが視線を交わした。
オレはさらに二行、強く書き加える。
【突破口:ザ・ガイザース × EGS × エコAIデータセンター】
【国内停滞 → 米国先行シナリオ → 国内圧力 → 双方を一気に進める】
「このエコAIデータセンターのプランに対して、日本政府からの資金を、米国政府を介して投資してもらうという構造は、五井物産が主導する“日本の”JVのプロジェクトへの投資という見せ方ができる。しかも“エコ”です。これには日本の野党も反対しにくい。
一方米国政府としては、政府間投資を活用して、米国内の雇用を増やす為の具体例をいち早く作れる事を意味する。現政権はエコエネルギーに批判的ですが、それは専ら太陽光発電に対するもので、ザ・ガイザースは米国が誇る世界最大級の地熱発電です。つまり、彼らからすると“良いエコ”として支持しやすい。現政権に批判的な人々も、“エコ”なプランは攻撃しにくい。
オレはこの『エコAIデータセンター』が持つ、ある種の“玉虫色的”な位置づけが、この状況下で活きると考えたのです。
そして、仮に、このプランが米国政権の支持も得られて一気に進みそうになった暁には、米国側の方が先行して事業化してしまう可能性も出てくる。日本政府や電力会社にとっては、国内事業の“出遅れの可能性”が露呈する事となり、その原因として、むしろ批判にさらされかねない。これによって、現状停滞している日本国内案件も一気に進めさせるというシナリオです」
秀介さんは目を細め、しばらく黙ってホワイトボードを見つめた。
そして、小さく息を吐く。
「……なるほど。君の言いたいことは分かった。オレもAIデータセンターはアメリカで必須だと考えていた。――こうして日米の両政権サイドにまで関心が広がっているのは、思わぬ成り行きではあるが……」
そして、力強く頷いた。
「ステークスホルダーとして、方針には賛成するよ。AACとしても全力で協力しよう」
その言葉に、オレはようやく肩の力を抜いた。
――これでDeepFuture AI以外の賛同を得る事ができた。あとはイーサンだけだ。
※※※
――会議を終えて、少し落ち着いた空気が流れていた時だった。
「さっきのプラン、正直すごくびっくりなんだけど」
彩花さんが腕を組みながら、じっとオレを見てきた。
「よくあんなトリッキーな構想を思いつきますね。直也さんって、一見すごく誠実そうだけど……実はすごく“悪い男”なんじゃないの? 女性にモテるでしょ」
「えっ……いやいや、オレは別に――」
「そーなんです。本当に“悪い男”なんです」
「もうサイアクです。しかもシスコンだし」
両脇から同時に声が飛んできた。亜紀さんと玲奈だ。
オレは思わず頭を抱えた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! オレ、なんでこんな集中砲火浴びてんの!?」
彩花さんはケラケラ笑い、さらに由佳さんが口を挟む。
「そういう“悪い男”にこそ女性は惹かれるものよ。……私もだけど」
「……っ!」
亜紀さんと玲奈が同時に固まった。
その笑顔は柔らかいのに、オレの両隣から何か以上な圧迫感が伝わってくる。
――いや、由佳さん、そういう余計なからかいは誤解を招くので、言わないで欲しいんですが。
場の空気がさらに複雑になった時、美沙さんが明るい声を出した。
「ところで、義妹さん、こちらに遊びに来るの?」
「あ、ええ。実は……」
オレは説明する。
「週末にLAで待ち合わせて、少し観光した後、そのままサンノゼに連れてくる予定なんです。ただ、社内規定もあるので、仕事の間はホテル内で過ごしてもらうことになるかと」
「――まあ、それじゃあ可哀想です」
美沙さんは首をかしげ、すぐににっこりと笑った。
「それなら、ウチにホームステイしていただいたらどうかしら? 賓客としてAACが迎える形なら、直也さんの会社のルールに縛られる必要もないし」
「そうだね。オレもその方が義妹さんにとっても良いと思いますよ。歓迎します」
秀介さんも了解してくださった。
オレは思わず身を乗り出した。
「もし、ご迷惑でなければ……本当にそうしていただけるのなら、ありがたい限りです」
シリコンバレーでも一躍注目されている大田さんご家族が一緒に暮らしている家なら、保奈美も安心できる。なにより、奥様の美沙さんがいてくれるのなら心強い。
……ただ。
オレの隣で、亜紀さんと玲奈が同時にため息をついた。
二人とも声には出さないけれど、テンションがじわじわ下がっていくのがわかる。
会議室の空気は柔らかく、笑い声もあった。
でもオレの両脇だけ、なんだかやけに静かだった。




