第17話:新堂亜紀
――状況は、想像以上に切迫していた。
ホワイトハウスの高官がプランに関心を示した――。
その言葉を耳にした瞬間、全身の血の気が一気に引くのを感じた。
直也くんが描いた「ザ・ガイザース × EGS × エコAIデータセンター」。
あれは奇策だと思っていた。少なくとも、日本の停滞状況を解消させる為のポーズくらいの位置づけで私も考えていた。
――けれどPingを打ったら、とんでもない形でとんでもない規模で返ってきたのだ。
米国政府にとっても、日米関係にとっても、「渡りに船」の一手。
膠着した現状を一気に動かしかねない“惑星的プラン”の解決策として見られている。
私は思わず直也くんと玲奈を見た。
彼も玲奈も真剣そのもの。
もう「空港で隣同士に座った」とか「機内で肩を貸してもらった」なんて次元じゃない。
完全にビジネスモード。緊張感が空気を支配していた。
「まずは……JVの既存ステークスホルダーに連絡を入れましょう」
「ええ、情報共有が遅れれば不信を招く。最優先ね」
玲奈と私の声が重なった。珍しいことに意見が一致する。
※※※
サンフランシスコ空港を出ると、既に黒塗りの車が待っていた。
五井アメリカの幹部たちが慌ただしく出迎えてくれる。
「一ノ瀬くん、まずはサンノゼに急ごう」
「本社からも、なるべく早く現地拠点に入れとの指示が来ています」
車のドアを開けられ、私たちは滑り込むように乗り込んだ。
窓の外には、カリフォルニアの乾いた風景が広がっている。
青空。広大なフリーウェイ。見渡す限り続く丘陵と乾いた草地。
心臓の鼓動が耳に響く。
“ついに来たんだ”という実感と、“もう後戻りできない”というプレッシャーが同時に押し寄せる。
横で直也くんが五井アメリカの支社長と短くやり取りしている。
シリコンバレー支社長も適宜フォローする感じで、もうそこには私がチューターとして指導していた頃の一ノ瀬直也の姿はない。
もう彼の年齢がどうとか、そういう次元でない話しになっている。
玲奈は早速タブレットを開き、スケジュール調整に没頭していた。
――私も負けていられない。
※※※
それにしても――。
五井アメリカの対応は、想像を遥かに超えていた。
「今回、本社からの特別指示もありまして……皆様には特別なお部屋を手配しております」
案内された先は、サンノゼ中心部の五つ星ホテル。
光沢のある大理石のロビー。天井から吊り下げられた巨大なシャンデリア。
グランドピアノが静かに置かれ、背広姿のビジネスマンとセレブ風の宿泊客が行き交っている。
フロントでチェックインすると、渡されたキーは「スイートルーム」と書かれていた。
「……えっ」
思わず声が漏れる。
扉を開けると、広々としたリビング、多人数を招いての会議が可能なスペース。そして柔らかそうなキングサイズベッド、大きな窓から見渡すシリコンバレーの夜景。
外にはプールとテラス、奥にはバーコーナーまで付いている。
「す、すごい……」
思わず呟いた。
これまでの出張で泊まったビジネスホテルとは、次元が違いすぎる。
――やっぱり直也くんは、私をどんどん高いところに連れて行ってくれる。
胸の奥が熱くなる。
隣の部屋では玲奈が冷静にタブレットを広げ、早速アポイントの確認を始めていた。
でも私はもう、それどころじゃない。
この非日常感、この特別感。
直也くんと一緒にいると、自分の“格”がどんどん上がっていくのを実感してしまう。
※※※
「直也くん、見て見て! この夜景!」
私は窓際に駆け寄って、思わず声を上げてしまった。
「すごいよね、こんな部屋に泊まれるなんて!」
「……まあ、確かに豪華すぎますね。これはちょっとやり過ぎじゃないかな」
直也くんは苦笑しながら荷物を置き、ジャケットを脱いだ。
五井物産としても別に伊達や酔狂で、われわれをこんな待遇にした訳ではない。
今後様々な相手と急遽公式・非公式に接触する可能性が高い。
その際に打ち合わせする場所をすぐに確保できる事が必要となる。
当然それはセキュアな場所でなければならない。
尚且つシリコンバレー支社とは独立した立地である事が望ましいのだ。
そういう観点で考えてみれば、これだけの設備は、確かにむしろ“must have”だ。
――でもそうだと分かっていても。直也くんがいてこそのこのVIP待遇だろう。
私はその背中を見つめた。
あの頼れる背中と一緒にいれば、私はもっと遠くへ行ける。
そう確信してしまう。
――直也くん、好き。大好き。
心の中で繰り返す。
ビジネスモードと恋する女の顔。
どちらも捨てきれず、胸の奥が熱くなって仕方がなかった。