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第10話:宮本玲奈

 ――本当に、これが現実になるのだろうか。


 オフィスの灯りが少しずつ落ちていく時間、私はまだタブレットに向かっていた。DOE(米国エネルギー省)の補助スキーム、カリフォルニア州のグリーンエネルギー推進枠、日本政府側の対米投資交付金――。


 一つひとつを数字に落として、もし「ザ・ガイザース × EGS × エコAIデータセンター」という奇策を現実に引き寄せるなら、どれだけの公的支援を噛ませれば既存のステークスホルダーを納得させ、多くの投資家に通じるモデルになるか。それを整理する作業だった。


 正直に言えばプランについて私自身は懐疑的だ。EGSはまだ実証段階、リスクは明らかに高い。けれど――直也がそこに未来を見ているなら、私はその数字を整えて現実の形にするしかない。直也がそうしたいと言うならば、それを支えるのが私の役割だ。


 タブレットに指を走らせていた時、不意に声が落ちた。

 「玲奈、たまには……少し食事でもしないか?」


 顔を上げた瞬間、胸が大きく跳ねた。

 「……え?」思わず口ごもる。


 「今日は玲奈が大丈夫なら、一度労いの意味も兼ねて誘おうと思っていたんだ」

 直也の笑顔。喉が渇く。心臓が早鐘を打つ。


 ――待って、私、今どんな顔してる?

 「……義妹ちゃんは? 大丈夫なの?」

 声が裏返りそうになるのを必死に抑える。


 彼は少しだけ照れたように頭をかき、答えた。

 「ああ、今日は、夕食は外で取るかも知れないと事前に伝えてある。だから心配はいらない」


 ……なんかでも、それってまるで、義妹ちゃんが奥さんみたいなやり取りだな。

 そんな不満が胸をかすめたけれど、それ以上に――直也が「私を労いたい」と言ってくれた事実が嬉しくて仕方がなかった。


 「玲奈には、どうしても……大変で、その割に、ともすると地味になりがちな仕事を助けてもらっている。正直、いつも申し訳ないと思っているんだよ」


 直也の言葉。

 ――ちゃんと、見てくれていたんだ。

 胸の奥がじんと熱を帯び、私は何度もうんうんと頷いた。

 「ありがとう……直也」

 泣きそうになるのを堪え、笑顔を作るのが精一杯だった。


※※※


 久しぶりに二人きりで座るテーブル。ホテル併設の落ち着いたビストロ。

 ナイフとフォークを持つ手が、少し震える。こんなに緊張して食事をするなんて――仕事の会食では味わったことがない。


 「このワイン、どう?」

 「……え? あ、あの……すごく美味しい」

 舞い上がっている自分がわかる。返事がぎこちなくて、思わず笑いそうになる。


 でも、直也は笑って「そうか」とグラスを傾けただけだった。

 その仕草を見て、胸の奥が甘く痺れる。――私の努力をちゃんと認めてくれる人が、今、目の前にいる。


 前菜からメインへ。言葉少なに数字や投資の話を交わしながらも、不思議と心地よい空気が流れていた。

 デザートに手を伸ばしたその時、直也の携帯が震えた。


 「加賀谷さん……?」彼が画面を見つめ、小さく眉を動かす。


 「――分かりました。すぐに伺います」

 通話を終えると、直也は低い声で告げた。

 「君のプランを総領事館の知人にそれとなく共有したところ、飛びついてきたよ。……少し遅い時間だが、今から会えないか? だってさ」


 ――心臓が「ストン」と落ちた。

 政治の世界が、急に手の届く距離に転がり込んできた感覚。背筋に冷たいものが走り、同時に胸の奥が熱で満たされる。


※※※


 合流したのは東京駅近くの英国風パブ。奥の個室には加賀谷さんが待っていた。

 「遅い時間にすまないね」

 低い声。だが表情には確かな手応えが浮かんでいる。


 「我々が思っていた以上に、経産省も外務省も、それからホワイトハウスも打ち手に苦慮しているという事だったよ。だからこそ、『ザ・ガイザース × EGS × エコAIデータセンター』は玉虫色の解決策として、誰にとっても好都合に映るようだ」


 私は息を呑んだ。

 つまり、これは“絵空事”ではない。米国政権側が前向きに受け止める可能性があるということ。


 「もし米国政権側でも支持が得られそうであれば、つるべ落としのように話がまとまる可能性もある」


 その言葉に、胸の奥で再び心臓が「ストン」と落ちた。

 ――怖い。でも、ワクワクする。

 ここから先は、政治と資本が一気に動き出す。


 加賀谷さんは続けた。

 「こうなったら、早い時期に一度とにかく西海岸に行っておいた方がいい。在サンフランシスコ領事館の知人が動いている。私から紹介状を渡すので、出張の準備を進めるんだ」


 私はグラスを握りしめながら、直也の横顔を見た。

 ――この人と一緒にいると、本当に世界が変わる。


 亜紀さんがいない今、この瞬間に。直也と私だけが並んで未来を見ている。


 「……絶対に、このプランを現実にする」

 心の奥で強く呟いた。懐疑なんてもうない。

 これは直也と私だけの戦い。

 彼の隣で、私は必ず未来を掴む。


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