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第9話:新堂亜紀

 昼どきの東京駅地下街は、今日も人であふれていた。

少し並ぶのを覚悟して訪れたパンケーキ専門店。そのふわふわの生地で、まるでマンガのように分厚いパンケーキと、季節限定のベリーソースが話題で、女性誌でも取り上げられたばかりの人気店だ。


「やっぱり混んでるな……」

直也くんが苦笑する。

「でも、亜紀さんがここを選んだ理由がちょっとわかった気がする」


私は小さく微笑んで答える。

「ここね、会社の子たちが“絶対行った方がいい”って勧めてきたの。だから、今日は直也くんと来たかったの」


運ばれてきたのは、厚みのあるパンケーキが三段重ねられた一皿。粉砂糖が雪のように降りかかり、ベリーの赤が鮮やかに映えている。


フォークで一口分を切り取り、私はわざと直也くんの前に差し出した。

「はい、“あーん”」


「えっ……いや、でも……」

戸惑う直也くん。けれど、結局は口を開いて受け入れてくれた。

頬を緩めるその瞬間――胸がじんわりと熱くなる。


「どう?」

「……美味しい。甘すぎなくて、ちょうどいいな」


その笑顔を見ただけで、私の中のエネルギーが満タンになる。

――直也くん成分、充電完了。

この一瞬のために私は生きている。そう言ってもいいくらいだった。


※※※


翌日、私たちはグリゴラの東京本社オフィスへと向かった。

今回の訪問先は、加賀谷さん。経産省ルートを開いて頂き、終始AIデータセンタープロジェクトを応援している最も心強い味方であり、当然ながらステークスホルダーとしても無視できない人物だ。


今日は直也くん、玲奈、そして私の三人で揃って伺うことにした。


「五井物産AIデータセンタープロジェクトの現状」――形式的な報告を終えた後、直也くんがホワイトボードにペンを走らせた。


【日米投資の約束 → 日米ともに停滞 → 双方ダメージ】


【突破口:ザ・ガイザース × EGS × エコAIデータセンター】


【国内停滞 → 米国先行シナリオ → 国内圧力 → 双方を一気に進める】


加賀谷さんの表情が、わずかに揺れる。

「……ほう。これはなかなか大胆だな。一ノ瀬くん、君らしい発想だ」


私は横目で直也くんの横顔を見る。自信に満ちた瞳。その背を支えるために、今日ここまで一緒に来たのだ。


「ただし……」

加賀谷さんは椅子に深く腰を下ろし、指先を組んだ。

「リスクは承知の上だろう。EGSは私も専門家でないから詳しくはないが、まだ実証段階に過ぎないと聞いているぞ。そうした中で、“米国先行”を掲げても、リアリティを持って理解されるか。そこが課題だろうな」


玲奈がすかさず反応する。

「ご指摘の通りです。ですが、もしDOEやカリフォルニア州政府と連携し、“日米協調プロジェクト”として提示できる可能性があるならば、結果的に、停滞している日米政府間の投資協定問題を解消する為の突破口になります」


「ふむ……」加賀谷さんは頷き、視線を直也くんに移す。

「日米双方の利益をどう描くか、そこに尽きるね。日本政府には“対米投資の約束を果たした”という実績を与えられる。米国政府には“国内にエコ投資を呼び込み、雇用を増やす事ができた”と説明できる。――その絵をどうやって理解させるかが鍵だな」


私は一歩前に出て、口を開いた。

「つまり、“日本政府にとっての成果”と“米国政府にとっての成果”を、同時に満たすシナリオが、充分なリアリティを持って描け、尚且つ、それを日米両政権に対して適切に浸透させる事ができるのであれば、支持が得られる可能性がある。そういうことですね」


「そうだ。政治は常に“誰が得をするのか”で動くからね。加えて、その理解が相手方に足らないなら、分かるように見せる工夫も必要だ。」


部屋の空気が張り詰める。

――直也くんのプランが、ただの夢物語ではなく“現実の選択肢”として検討されるかどうかだ。


「では、どう理解させるべきでしょうか?」

直也くんが低く問いかける。


「米国政府には、“雇用創出”を前面に出すべきでしょう」玲奈が言う。「EGSプラントは建設から運用まで、数百人規模の雇用が生まれます」


私は続けた。

「日本政府に対しては、“対米投資の成果”と同時に“エコテクノロジーによる国際的評価”をアピールするべきですね。しかも本案件は当社――五井物産が主導している“日本の”プロジェクトです。野党が反対しにくい構図となる素地は充分ではないでしょうか?」


加賀谷さんは小さく笑った。

「その通りだね。私は在米総領事館筋にも友人が何人かいる。まずは非公式に打診してみよう。反応が返ってきたら、改めて検討をしようじゃないか」


その言葉に、胸が熱くなる。

――直也くんの奇策は、夢物語ではない。

いま、確かに現実に近づき始めている。


私は直也くんの横顔を盗み見た。真剣な瞳。その瞳を支え続けたいと、強く思った。

政治の停滞を逆手に取って未来を切り開く――その役割を、私は絶対に果たす。


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