47 とある魔神王の御業
俺の基本方針は、ご近所さんとは仲良くだ。
隣近所同士で、「ヒャッハー血祭りにしてやる!」なんて叫びながら、日々闘争に明け暮れるのは、御免被りたい。
今回はグレー型宇宙人が、惑星ローラシアでキャトルミューティレーションをしでかしたのが事の始まりだが、この程度のことでグレー種族を全滅なんてさせられては、たまらない。
触手魔神によれば、グレーの星は惑星ローラシアから500光年ほどの距離にあるらしい。
「同じ銀河の中だし、宇宙レベルでいえば近所だから、できるだけ仲良くしたいな」
「でも、あいつらはボスの庭を……」
「できるだけ仲良くしたいな」
「は、はい……」
俺が笑顔で触手魔神を見ると、意味をきちんと理解してくれたようだ。
「お前たちも分かったな?」
「う、ういーすっ」
「り、了解っす」
星魔とディラックの2柱も、ちゃんと納得してくれた。
よし、これで暴力に訴えなくて済む。
バカ魔神たちを納得させるために、毎回暴力に訴えて説得するのは大変だからな。
俺も、暴力主義の野蛮人の仲間入りなんてしたくないし。
「でもボス、奴らの母星はもう砕けちまったんで、今更仲良くしようがないんじゃないですかい?」
「そこは俺がどうにかするから問題ないさ」
グレーの母星は、魔神たちとの戦いで、最終的に砕け散ってしまったそうだ。
とはいえ、俺なら多分なんとかできるので、今からグレーの母星へ向かうことにしよう。
「うちの高位魔神どもを相手にできた文明だからな……全員は連れて行かないにしても、誰か同行させたほうがいいか」
というわけで、今回の出来事に関わった触手、星魔、ディラックと残りの7柱。
あとはメフィストとクレトを連れて、俺はグレーの母星があった場所に、転移魔法で飛んだ。
500光年なんて、俺たちから見ればただのご近所。
魔法一つで、時間のロスなしで到着できる。
てなわけで、目的のグレーの母星へ到着。
正確には、母星を見下ろせる宇宙空間に到着だ。
「うわー、凄いなー。世界が滅亡してる。いいなー、羨ましいなー」
「……」
到着早々、滅びたグレーの母星を見て、クレトが目を輝かせていた。
そういえばこいつ、世界破壊を目論むバカだった。
実際に滅びた星を見て、それをやらかした3柱の魔神を羨ましそうに見ている。
俺の目の前には真っ二つに砕けた、惑星の残骸があった。
大きさは地球より小さいが、星全体が銀色の金属に覆われていて、高層建築物が星を覆い隠すように建ち並んでいる。
前世の地球よりも桁違いの科学力と文明を誇っていたのだろうが、今や無残としか言いようのない姿だ。
惑星は元あった公転軌道から外れてしまったようで、星全体が氷に覆われて寒冷化している。
魔力を使って視力を強化すれば、地上に横たわるグレーの死体を大量に見て取れた。
中には親子だったのか、3人のグレーが体を寄せ合っている姿があり、あるいは恋人か夫婦だったのか、凍り付いた姿で抱き合っているものもあった。
ほかにも、路上に無数に倒れている死体などなど。
「ヴッ」
いくら宇宙人とは言え、死体が星中に散乱している光景に、俺は胃の中身がこみ上げてきそうになった。
なんとか我慢するが、うちの高位魔神どもは殺戮と破壊をしでかして、どうして能天気でいられるのだ。
「僕はどうせなら、灼熱地獄にしたいなー」
物騒なことを言いつつ、クレトが片手に炎を出した。
「やめんか!」
「ヒャンッ」
とりあえず、バカの頭にチョップをしておく。
相変わらずあざとい声を出すが、まったく可愛くも何ともない。
「ボス、ご覧の有様なんで、この星はもうどうにもなりませんぜ」
そしてこの星を滅ぼした元凶である高位魔神たちは、そんなことを言ってきた。
「そうだな……まあ、俺なら多分なんとかできるだろう」
「えっ!?」
バカみたいに魔力がある俺なら、この状態からでも、星を蘇らせることができると思う。
実際に星を生き返らせたことはないが、まあなんとかなるだろう。
ただ、そのためにはどうしても欠かすことのできない協力者がいる。
「まずクレトに頼みがある。この書状を、地獄の閻魔大王の所に持って行ってくれ」
「閻魔のところ?いいよー」
特に考えず、頷くクレト。
俺が書状を渡すと、魔法でこの場からいなくなった。
早速冥府に行って、閻魔大王の所に書状を届けに行ってくれた。
「次に、あれをどうにかしたほうがいいな」
視線を母星のある方向へ向けると、そこでは破壊された惑星だけでなく、周辺に円盤や円柱状の形をした、グレーたちの船が100隻単位で存在している。
転移してきた俺たちの存在にまだ気づいてないようだが、俺が星を蘇らせる際、彼らの存在が邪魔になってしまう。
「俺らが片付けてきま……」
「ご近所さんとは、仲良くって言っただろう」
「へ、へいっ!」
クレトだけではない。
触手のバカが、またしても物騒なことをしでかそうとしたので、俺は釘をさしておく。
「では、あの連中は私から話をつけましょう」
そこで俺の右腕と言ってもいい、メフィストが名乗りを上げた。
「なんとかできるのか?」
「ええ、ちょっと話し合いをしてみましょう」
フフッと笑うメフィスト。
任せてよさそうな気がまったくしないが、やらせるだけやらせてみるか。
ダメだったときは、俺が何とかしよう。
……なんとかできるといいけど。
そんな俺の前で、メフィストがこのあたり一帯に念話の魔法を使って、話し始めた。
「愚昧にして愚かなる下等生物どもよ。この場に神々の王たる、偉大なる魔神王陛下がご降臨された。下等生物どもは直ちにひれ伏しなさい」
直後、グレーの船団に向けて、メフィストから精神魔法・威圧が放たれた。
「ぎゃあああー」
「く、苦しい、息が、息がー」
「し、心臓が止まりそう。死んでしまう……」
神の放つ威圧魔法とあって、効果が劇的過ぎる。
宇宙船に乗っているグレーたちの声が、念話を介して伝わってくる。
メフィストの言うように、全員が跪いているが、それは自ら進んでしたのではなく、威圧の効果が効きすぎているせいだ。
というか、効きすぎていて、命に係わるほどの圧力を受けている。
「おい、脅かしてどうするんだよ。俺は平和的に……」
「偉大なる魔神王陛下が、お言葉を述べられる。皆静粛にせよ」
「……」
俺のことを無視して、話を進めるのはやめて欲しい。
だけど、メフィストに話を振らわれてしまった。
流れ的に、どうしても俺が話さないといけないようだ。
結局、俺が話さないといけないのかよ。
話すことなんて何も考えないが、こうなればアドリブで何とかしよう。
「……俺の部下のせいで、君たちの星がこのようなことになってしまった、すまんな。だが、安心してもらいたい。今から星を元に戻すので……」
俺が話してる最中だったが、いきなりグレーの船からレーザー光線が飛んできた。
といっても、俺の結界魔法で簡単に弾ける。
「おい、攻撃してきたぞ」
「躾のなっていない下等種族ですね。躾を……」
「却下!」
案の定だが、メフィストに任せた結果がこれだ。
「はあ、もういい。星を壊しておいて、今更平和的に話し合いをしようなんて言っても、聞いてくれるはずないよな」
考えなくても分かることだ。
なので俺は転移魔法を使って、グレーたちの船を少し遠くへ飛ばす。
「な、なんだ。突然船の座標が移動した?」
「空間転移だと……一体どうやってそんな現象を起こした!」
「一度量子レベルに分解した後、量子もつれを用いることで、量子テレポーテーションを可能とし……」
飛ばしたのは、同じ星系の中だが、突然転移させられたグレーたちの船内で、慌ただしい声や悲鳴が響く。
若干名、俺がやった転移に対して、科学的なアプローチを気にしている技術者がいた。
マッドサイエンティストだな。大賢者の塔のマッドたちと同類だろう。
ああいう連中は、どこにでもいるんだな。
恐怖でなく、目の前にある不思議につられてしまうのだろう。
とはいえ、転移でグレー船団との間に距離ができた。
俺は相変わらずバカみたいにある魔力を使って、グレーの母星周辺に結界を張り巡らせる。
惑星全体を覆いつくす結界だが、今の俺だと片手間感覚でできてしまう。
これでグレーの船が惑星に近づきすぎることがない。
俺の作業も問題なくできるようになる。
ただ転移させたグレー船団が、再びレーザー攻撃をしてきたが、全て俺の結界が弾く。
武器はレーザーだけでなかったようで、光が結界に命中すると爆発も起きたが、どのみち俺の結界を突破できないので問題ない。
攻撃だけでなく、グレーの船が体当たりしてきても、俺の結界を突破できない。
グレーたちの抗議が、物理的な攻撃となって現れているが、星の近くから引き離せたので、俺としてはこれで問題ない。
では、ここからはグレーの母星を蘇らせる作業に入らせてもらおう。
「”時魔法・回帰”」
使用するのは時魔法。
過去へと巻き戻す魔法で、これを惑星全体に施す。
動画を逆再生していくように、目の前で真っ二つに割れた星の傷が塞がっていき、惑星の上に爆発が発生する。
この爆発が、惑星を真っ二つに割ってしまった原因だろう。
「俺、この次元魔法でやられたんだよなー」
とは、ディラック魔神の呟きだ。
ディラック魔神は、体内に無制限に物を入れることができる体をしていて、その気になれば星でも入れてしまえる。
ただし体内に入ったが最後、以後取り出すことができなくなってしまう。
そんなディラックの体を破壊して殺してしまうとは、凄まじく物騒な武器だ。
「グレーの技術って侮れないな」
ディラックの呟きを聞いて、俺もグレーのテクノロジーにビックリだ。
「惑星全体を覆う結界を維持しつつ、惑星の時間を巻き戻してるボスの方がヤバいだろ……」
星魔が何か言った気がするが、俺の耳には入らなかったな。
普通でノーマルな俺が、惑星を破壊できる兵器よりヤバいなんてことは……俺、普通の人間でいたいのに、その自信が日々なくなってくなー。
少しだけ、黄昏てしまった。
そうしている間に、
「惑星破砕砲だ。撃て、撃て、撃て。撃って撃って、撃ちまくれー」
なんてグレーの声が、念話を通して聞こえてきた。
ひときわ大きな光が飛んできたが、俺の結界に弾かれたので、全く問題なかった。
「うげっ、どうして惑星破砕砲を撃たれて無傷なんだ!」
触手魔神が、何かぼやいているが、それも俺の耳には入らなかったな。
普通でノーマルな俺が……普通でノーマルでいたいのに、その自信が日々なくなってくなー。
そうしている間に、星の時間の巻き戻しが完了した。
惑星の亀裂が完全に修復され、さらに破壊されていた都市の姿が元に戻る。
「おい、あの場所って……」
ただし惑星の一部で、広範囲にわたって何もない場所があった。
1千キロ以上の空間が、円形に切り取られて何もなくなっている。
「俺が食っちゃいました」
原因はディラックらしい。
「そうか。お前が食ったから、時間魔法でも元に戻せないんだな」
「面目ないっす」
さて、どうしようか。
俺は人化しているディラックの向こうに広がる、”向こう側”にあるディラック本体の姿を眺める。
グレーの母星をここまで戻したが、今のままでは片手落ちもいいところだ。
500光年離れたお隣さんと仲良くするためにも、ディラックに食われた部分も直しておかないとな。
「試してみるだけ試してみるか。ちょっとこっちにこい」
「あ、あの、いきなりお前は死ね!なんて言わないですよね?」
「お前は俺のことをなんだと思ってるんだ。まあ、多少吐き気がするかもしれないが、多分大丈夫だから、こっちにこい」
「ええーっ」
いやそうな顔をしつつも、俺に逆らわないディラック。
よしよし、いい子だ。
「痛かったら言ってくれ」
「うぎゃっ!」
俺はディラックの体。正確には、”向こう側”にある本体に腕を突っ込んだ。
感知系の魔法を用いて、腕の先にあるディラック体内の様子を探る。
「……お前、一体どれだけの星を食ってるんだよ。しかも、俺の知らない所で有人惑星まで食っただろ」
「い、異世界の星を少し食べましたー」
人化した口の端から、涎が垂れるディラック。
体の中に腕を突っ込まれているのが、気持ち悪いらしい。
「俺の知らないところで、一体いくつの文明が滅ぼされてるんだ……」
今回はグレーの母星だが、俺の部下たちは、こういう破壊活動を相当数しでかしている。
俺の知らない場所で、どれだけやらかしているのか知りたくないので、聞かないようにしているが……胃が痛くなるので、これ以上は考えないでおこう。
人間、知らない方がいいことが、世の中にはいくらでもあるのだ。
しかし、ディラックの内部に想像以上に物が入りすぎていて、グレーの母星の遺物だけを分別するのが難しい。
「全記録保管庫さん聞こえるかな?」
「何用でしょう、我が造物主」
さて、俺の能力では手に余るので、困ったときは銀河規模の頭脳を有する全記録保管庫さんに頼ることにしよう。
全記録保管庫さんは、大賢者の塔のフロアの一つにいるが、俺が念話を使えば、当然のように返事をしてくれた。
「ディラックの体の中から、グレーの母星の遺物だけ取り出したいんだが、その作業に協力してくれないか?」
「承知しました、造物主。念話を介して、ディラックの海内部の情報をいただければ、こちらでグレーの遺物を特定しましょう」
「頼む」
念話は、単純に頭の中で会話をするだけでなく、現在自分が知覚している情報を相手に送ることもできる。
俺が使用している感知魔法の情報を送ると、すぐに全記録保管庫さんが必要な情報を抜き出してくれた。
「……っ、訳が分からない」
必要な分の情報を送ってきてくれたが、俺の脳では処理できない量だった。
銀河規模の頭脳からきた情報を、ただの人間が……魔神王の俺でも……とてもではないが処理しきることができなかった。
「僭越ながら、私のタイミングに合わせて、造物主が転移魔法を使用していただけないでしょうか。そうすれば、必要なものだけを転移できるよう、こちらで調整いたします」
「お前、そんなこともできるのか」
「過去と現在を記憶し、演算することが私の役割ですので」
銀河規模の頭脳というだけあって、やはりできる男は違う。
全記録保管庫さんに、果たして性別が存在するのかという疑問があるが、とにかくできる男は頼りになる。
「分かった。そっちのタイミングに合わせて転移魔法を使おう」
「……今です」
全記録保管庫さんに言われたタイミングで、俺は転移魔法を使った。
それと同時に、ディラック内部に存在したグレーの母星の遺物が、目の前にあるグレーの母星へ一斉に転移された。
円形に消滅していた部分が、全て元に戻った。
銀色の高層建築群の数々が広がり、先ほどまで何もなかったのがウソのような光景だ。
「おお、完全に元通りだ。ありがとう全記録保管庫さん」
「造物主のお役に立てて光栄です」
できる男全記録保管庫さんは、自慢する様子もなく、それだけ答えてくれた。
全記録保管庫さんは、大賢者の塔の中で、もっともできる男だな。
これからも頼りにしていきたい。
そうすれば、俺の胃痛を軽減できそうだ。
それはともかく、グレーの母星が破壊される前の状態に、ほぼ戻すことができた。
「き、奇跡だ」
「星が蘇った」
「ほ、本物の神だ」
念話を通して、グレーの船団から声が聞こえてくる。
彼らの目の前で星を元に戻したので、かなり驚かれてしまった。
ただし床に伏して、涙を流しながら俺の方を拝んでくるのは勘弁してもらいたい。
俺はそんな高尚な存在ではない。
ついさっきまで、俺を殺そうと惑星破砕砲まで撃ち込んできたのに、態度が180度変わってしまった。
まあ、こっちもかなり強引な行動に出たので、攻撃されても仕方のない事態だった。
ただ、元に戻したのは物質的な面だけだ。
母星のグレーたちの命は失われたままで、生命の蘇生ができていない。
死の直後であれば、魂がまだ冥府へ向かっていないので、蘇生魔法で復活させることができる。
俺の場合、魔力をつぎ込めば星レベルで蘇生させることができるが、既に死から時間がたちすぎている。
もはや魂が現世になく、冥土へ旅立っているため、この状態で蘇生魔法を使っても、死からの復活はできなかった。
とはいえ、俺の部下には死後の世界の専門家がいる。
専門家というか、元地獄の住人だ。
「ただいまー」
噂をすればなんとやら。
元地獄の住人であるクレトが帰ってきた。
「閻魔大王に書状を見せてきてくれたか」
「うん。でも主って、あの星のグレーを全部生き返らせるつもりなんだよね?」
「ああ」
閻魔大王に書状を届けた際、その中身をクレトも知ったようで、俺に聞いてくる。
俺では冥土に行った魂を呼び戻せないが、地獄の大王である閻魔大王ならば可能だ。
ということで、俺はクレトにグレーを生き返らせてくれと書いた書状を持たせて、閻魔大王に送ってみたのだ。
「僕としては、滅びた世界を復活させるなんて、つまらないと思うけどー」
「お前がつまらなくても、俺は復活させるつもりだぞ」
「ブーブー」
世界破壊大好きなクレトは、俺の考えに賛同できないようだ。
不満タラタラな様子で、頬を膨らませている。
ただの駄々をこねる子供にしか見えない。
背丈では俺とほぼ同じなのに、頭脳はお子様レベルなのがクレトだ。
「……閻魔大王だけど、一度冥土にきた魂を現世に送り返すのはダメだって」
不満タラタラだが、それでも地獄での出来事を話してくれたクレト。
「そうか、さすがにダメか……」
直接会ったことはないが、不思議な縁で、俺と閻魔大王の間には関係がある。
しかし、今回は惑星1個分の住人の命。
さすがに地獄の大王の許可はもらえなかったか。
「……」
さて、閻魔大王の許可がもらえなかったとなれば、俺にも死者の蘇生は難しい。
さすがに死後の世界である地獄に殴り込みをかけて、死んだグレーの魂を引き渡せと言って、戦争を仕掛けに行くわけにもいかない。
「ところで主、これ見て、これー」
「なんだこれ?」
クレトがいい物を拾ってきたという感じで、俺に印鑑を見せてくる。
見た目はまんま印鑑だ。
ただし、見た目が物凄くおどろおどろしいうえに、赤い血のような色が付いている。
「閻魔大王の玉璽」
そしてクレトは、ドヤ顔で口にした。
「それ、持ってきていい物なのか?」
「地獄が大量のグレーの魂で溢れ返って忙しくしてたから、持ってきちゃった。ブイッ」
ドヤ顔ダブルピースになるクレト。
しかし玉璽ってのは、王様の身分を証明するための道具の一つだ。
そんなものを、地獄から持ってきてはいけない気がする。
「あ、そう」
まあ、俺にとっては重要でないので、淡泊な返事になってしまうが。
しかし、そんな俺の反応が気に食わなかったらしい。
「もう、主ってばこの玉璽の価値が全然分かってないね。これがあれば、凄いことができるんだよ。例えばねー」
そう言いながら、白い紙にミミズがのたうち回ったような字で、何かを書き始めるクレト。
「触手魔神の似顔絵か?」
「「似てるな」」
「似てねぇー!」
俺の呟きに、星魔とディラックが同意したが、当人(当神?)である触手魔神だけは、反対しやがった。
「違うよ。ここに書いたのは、グレーは全員蘇っていいよ、だよ」
「……字が汚すぎて、全然読めない」
「でね、ここに大王の玉璽を押すとねー」
俺の言葉を無視して、クレトは紙に玉璽を押し付けた。
次の瞬間、開けてはいけない門を開けてしまった気がする。
背筋に、ちょっと悪寒を感じてしまった。
それが俺の勘違いでなかったようで、眼下にあるグレーの母星で、怒涛の変化が起きた。
「お、お母さーん」
「い、生きている、俺は生きているのか」
「わ、私たちは確かに黒い闇に飲み込まれたはずなのに……ここは天国かしら?」
横たわり続けていたグレーの死体が蘇った。
それも1人、2人が生き返ったのでなく、惑星中で死んでいたグレーたちが、一斉に生き返った。
「エッヘン、凄いでしょう。これが閻魔の玉璽の力だよ」
超ドヤ顔になって、自慢するクレト。
確かに、侮っていた。
地獄の主神である閻魔大王の玉璽の力が、トンデモなさすぎる。
だが、俺は玉璽の凄さより、バカに持たせていてはいけない物だと、すぐに気づいた。
下手すれば、死んでも即蘇る不死の軍団が、宇宙規模で誕生しかねない。
「クレト、今すぐその玉璽を閻魔大王の所に戻してこい。大至急だ、絶対に落とすなよ。この世に2度と持ってくるんじゃない!」
「ええーっ、せっかく閻魔の目を盗んで手に入れたのに―」
「ええーじゃない!あと、どさくさに紛れて盗んできたのかよ!お前、本当にろくなことをしないな。ほら、とっとと地獄に戻れ。急いで戻れ。俺に対する大王の心証が悪くなったらイヤだから、超特急で戻してこい!」
クレトのケツを蹴って、大急ぎで地獄へ送り返した。
「おやおや、あれがあれば主が死の軍勢の王になれたのですがね」
「……」
メフィストが残念そうにするが、俺は何も聞いてなかったことにした。
ハンコひとつで死者を全て生き返らせるようになるとか、そんな物騒な物は、俺の手に余り過ぎる。
俺は死者の軍勢の王になるつもりなんてないからな。
……既に大賢者の塔の研究者の多くが、エルダーリッチやリッチ化しているが、とにかく死者の軍勢の王になるつもりなどない!




