武田討伐
天正九年の秋も深まり、丹後半島から吹き下ろす風が一層身体にもこたえる。この季節になると海はその表情を一変し、毎日沖の彼方にまで無数の白波が立ち始める。
土地の者はこれを兎が走ると言い、これより春先までは漁に出ることはなくなるのである。
替わりに漁師も山の斜面を耕しては、幾らかの作物を得ることになる。
城での仕事も、その季節によって少しずつ変化する。
今は秋に収穫した稲を天日で乾燥させる時期であり、初霜が降りるまでには、それを取り込み脱穀するのである。
弓木の城でも、人々は各々自分の役割をこなし、そしてひとつの小さな社会が形成されていくことには、他の村々と何ら変わりはなかった。
そして今日も東の曲輪にある鉄砲隊の寄り場には桂が詰めている。つまりは、それがこの城における彼の仕事だからである。
あの後、桂と祐直に多少のすれ違いはあるものの、鉄砲に対する情熱と一色家を影より支えようとする志には、二人の間に寸分の違いもない。
それ故、祐直の方は痛めた手について恨みを語ることもなく、また桂はその腕を傲るようなことも当然しなかった。
何れにしても、弓木の稲富鉄砲隊は祐直と桂の両輪が、お互い切磋琢磨しながら少しずつ成熟していったのである。
そんな詰め所に、今日も桂の傍らには里が座っている。
鉄砲隊の皆も里が訪ねて来るときには、それとなく一人二人と席を外すのである。しかし、今日は里の他にも義兼と与六までもがそこに顔を並べているのだ。
からかうように里が言う。
「最近、亀井様はお方様の次女の方々にもちょっかいを出しているとか?」
最初に口火を切るのは、いつも里の役割となったようである。
以前はそうしていた与六も、近頃の里にはとても口では太刀打ちできそうもない。
与六は手を振って答える。
「わしなんてとんでもない。それを言うならば、総館へと上がることが多い桂の方が要注意じゃな。何せ、お藤の方様の次女も総館へと上がることが多いでな」
「桂様、それは真でございますか?」
里の追求に、とんだとばっちりを避けようと、桂は話題を別に反らした。
「ところで、その後、吉之助の消息は如何した?」
当然義兼や、城の防備を担当する桂よりも、与六や里の方がその辺の情報には詳しいはずでだからである。
与六は伊也姫が輿入れの時に同行した細川の兵に聞いた噂話を持ち出した。
「聞いた話じゃが、六路谷の近くに荒れ寺あってのう、一年ほど前からそこに住み着いている者がおるそうなのじゃ」
四人は互いの顔を見合わせる。
「おそらくは吉之助じゃろう」
「じゃが、何故戻って来んのじゃろう?」
与六の言葉に、四人はもう一度顔を見合わせたが、はっきりした答えも出ぬまま、もう一度吉之助の顔を思い浮かべた。
彼の坊主頭が何とも懐かしい。
その後も四人は、暇を見つけてはこの詰め所で顔を付け合わせた。
それからしばらくすると、丹後の地にも例年より幾分早い冬がやって来た。丹後半島先端の太鼓山もうっすらと雪化粧をしている。
増して今年の年の瀬は、一層寒さが厳しいようである。
海岸線より吹きつける雪に混じって、海からは波の花が、そこから見える景色を全て白一色に変えていく。
しかし逆に言い換えれば、丹後においては、この時期だけは戦のない時期と言っても過言ではないのだ。
つまり人々は束の間、人としての生活をこの閉ざされた空間の中で営むこととなるのである。
明けた天正十年の正月は、弓木城を尋ねて来た織田の使者の到来で幕が開けた。
使者の名は梶原景久。後に義定が織田信忠の配下として武田討伐に向かう折り、ともに馬首を並べることとなる武将である。
景久は要点だけを伝えると、大広間にて酒を所望した。
「いやあ、勝手を言ってすまんのう。丹後の酒を是非とも飲んでみたくてのう」
この梶原景久という男、世にその名が轟いているというわけではないが、織田信忠は信頼できる勇として常に傍らに彼を置いていた。
酒の相手は下戸の義定の替わりに、義兼が相手を買って出た。勿論その傍らには、酒には眼のない日置老人も鎮座している。
酒以外では、正月の振る舞いを頑なに断る景久に、義兼はこまいの干物を肴とした。
景久はこれを大いに喜んだ。
「酒には、これが合う」
そう言いながら、こまいを炙りもせずにしゃぶっているのである。変わった武将でもあるが、その分心根には嘘もないように思われる。
義兼は素焼きの杯を一気にあおると、徳利の酒を景久へと注いだ。
「ところで梶原殿、此度の武田攻めはどのくらい掛かりそうでございまするか?」
景久は即答する。
「おそらくは一月、長くて二月か」
これには義兼も日置老人も眼を丸くした。
あの武田を僅か一月足らずで制圧するというのである。それは確固たる実力の裏付けが無ければ簡単には言える話ではない。
義兼は更に尋ねる。
「当方が兵一千を出したとして、織田方の兵力は如何ほどになりましょうや?」
景久はこまいをかじりながら、指を折る。
「岐阜からは織田信忠殿を大将に三万として、飛騨の金森勢、長島の滝川殿に加え、駿河からは徳川家康殿、相模、上野からは北条氏政殿が、更に北信濃の木曾勢も合わせると、少なく見積もっても六万と言ったところかのう」
「六万!・・・」
それは、義兼が初めて口にする兵の数でもある。
義定もその数に思わず武者震いをした。と同時に、義定は改めて織田方の細川家より伊也姫を嫁に娶ったことを、今更ながらに安堵した。
義兼も景久につがれた酒を一気にその喉へと流し込むと、『六万・・・』ともう一度呟いた。
隣では相も変わらず、景久がこまいをかじっている。
ひと頃酒を酌み交わすと、景久は何事もなかったかのように馬に跨り、弓木の城を後にした。
帰り際、東の曲輪で射撃の訓練をする稲富鉄砲隊の若い兵を見つけると、その野太い声で一喝した。
「皆の衆、此度の相手は武田菱じゃ。精々手柄をたてられよ」
それから間もなくして、一色義定と稲富鉄砲隊とは、梶原景久のもと、織田信忠率いる武田討伐隊に加わるため、丹後宮津の細川忠興とともに一時弓木城を後にすることとなったのである。
そして二月、義定は織田信忠に従い、平谷から陣を進め飯田城を落とすと、信忠の軍は余勢をかって高遠城へと駒を進めた。
武田側からは勝頼の異母弟にあたる仁科盛信がこれに対したが、奮闘虚しく、城は一両日中に落城した。
その後も、一色義定と彼が率いる稲富鉄砲隊は常に信忠軍の傍らにあり、獅子奮迅の活躍をしてみせたのである。
それから間もなく、梶原景久が言明した通り、織田信長はその圧倒的な武力を持って、武田勝頼を天目山にて自刃させた。
これによって、清和源氏の流れを汲み、四百五十年の歴史を誇った名門甲斐武田氏は滅亡することとなる。
一方信忠は、一色義定の功績を大層重んじた。
それは帰路にあたり、遠回りしてまでも細川忠興と共に義定を丹後の国境まで見送ったことからも容易に伺い知ることができる。もちろん、そこにはあの梶原景久の姿もあった。
途中、景久は馬首を義定に寄せると、やはり何食わぬ顔で語りかけてきた。
「義定殿、大層なご活躍、見事でござった。これで大殿にも大手を振って顔向けができるというもの」
義定は戦の時とは似つかわぬ顔つきで眼を細めると、景久に向けてひとつ頭を下げる。
「特にあの鉄砲隊は、敵にとってはまさに脅威以外の何物でもござらんな」
景久は、義定の後に隊列する稲富鉄砲隊を振り返る。隊の先頭には左右に祐直と桂とが並んで馬を進めている。
祐直は、そのひときわ長い鉄砲を傍らの多々良小十郎に担がせ、桂のそれは垣崎新吾が担いでいる。
今ではこの二人も、祐直や桂だけではなく、稲富鉄砲隊にとっても欠かすことのできない存在になっていた。
今回の遠征では、祐直が二十九、桂に至っては三十六の首級を上げている。もちろんそれは槍働きではなく、鉄砲による狙撃によるものである。
「やはりこれからの戦は、これなのかのう?・・・」
景久はため息混じりに一声発すると、もう一度稲富の鉄砲隊の隊列に眼を落とした。
それでも景久は直ぐにまた別の顔を作っては、義定へと尋ねる。
「ところで義定殿、共に丹後を納める細川忠興殿をどう見まするか?」
義定は怪訝そうな顔で景久を顧みた。
それは、義定にとって忠興は単に義兄、つまりは妻である伊也姫の兄という存在だけではなかったからである。
この伊也姫を弓木に向かい入れる前までは、共に敵同士の間柄でもあったわけである。
その間、忠興には何度も煮え湯を飲まされる思いをした事もあったわけで、和睦が成立した今でも、義定の心の奥底には彼に対する複雑な思いまでは消えずに残っていることも確かなことであった。
そしてそれは、忠興自身も同じ思いを抱いていたとしても何の不思議も無いことである。
だから今回の武田征伐の際も、忠興は何度も義定を愚弄する言葉を用いた。
彼は義定を呼ぶ時、決まって婿殿と言う。事実、伊也姫は一色義定の元へと嫁いだにもかかわらず、そう呼んだのである。
これが単に、忠興の持っている人としての思慮深さに欠けることなのか、それとも他に大きな意味を持つものなのかは分からないが、少なくとも忠興にしてみれば、一色家は細川家の配下に入ったということを、内外にも示したかったのであろう。
この忠興の言葉に、周りの皆も多少の不愉快さは感じたものの、如何せん忠興のその気性を考えると、外様の一色家に対して荷担する者がいないこともまた事実であった。
そんな中、梶原景久だけは義定の意中を見抜いたように、先程のような質問をしてきたのである。景久は言葉を続ける。
「わしはあの男をどうしても好きにはなれん」
「梶原殿・・・」
義定は、思わず周りを見回した。
「かまわん。本当の事を言って何をはばかる事がござろうか」
景久は、立場上心の中にある事を言葉に出せない義定の気持ちを自分が代弁するつもりであったのか、この後も忠興の愚行を口にした。
義定はけっして頷きもせず、かといって否定することもない。静かに景久の言葉を聞いては、遠く丹州の山々に眼を移している。
「しかし義定殿、細川の隠居殿は稀代の知略家故、くれぐれも気をつけられよ」
「はて、隠居殿とは・・・」
義定は首を傾げる。
もちろん細川の隠居とは細川藤孝のことを指している。
正式にはまだ隠居をしてはいないものの、表だっての顔は忠興に任せ、裏での実権は彼がしっかりと握っているのだ。
義定は、最後に景久が言った言葉を胸の奥にしまうと、若狭より、さらに丹後弓木城への道を馬に揺られて行った。
いずれにしても、こうして一色義定の武田討伐の為の遠征は、無事に終わりを告げようとしていたのである。
道々、畦に咲く野草も早春のそれから春のものへと移りゆく姿が感じられる。
また本丸曲輪の藤棚には、今年も可憐な花を咲かせようと、幾つもその房の中に小さな蕾をつける姿がある。
城門の外には、彼らを迎える城の者達の姿があり、皆一様に笑顔で応えては、その帰りを歓迎している。
そして、その中にはあの与六の顔もあり、涙する里の姿もあった。
そんな中を、義定一行は安堵の表情を浮かべながら馬足を進めて行った・・・




