表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
居候日記  作者: narrow
95/95

居候日記18 話

 少な目のサラダと、半熟タマゴを用意して、あとはパンをトースターで温めながらコーヒーを入れれば朝の支度はおしまいだ。

 レイがおとなしく目覚めれば。

 夜更かしするわけでもないのに、彼女はどうも寝起きがよくない。

 起きた時に機嫌が悪いということもないのだが、スッとおきてこないことが多く、目覚ましを止めてまた寝てしまうこともある。

 そんなときには零の出番だ。

 今日はすんなり起きるだろうか、と零はレイの寝顔に目をやる。

 夢見が悪いのか、その表情は安らかそうではなかった。

 ベッドの横に座り頬杖をついて眺めていると、彼女の目から涙が流れた。

 起してやろうか、と思ったところで目覚ましが鳴った。

 目覚ましを止めたレイは、戸惑った表情のまま流れる涙をぬぐおうともしない。

 その涙に手を伸ばしながら問う。

 「どんな夢を見てたんだ?」

 気になった。

 失くした恋人の夢を見た俺の隣で、レイが見た夢。

 レイは一瞬考えた後、俺に抱きついてきた。

 やわらかな身体を、そっと抱きしめてやれば俺はレイアの言うように“前に進む”ことになるのか。

 あの時届かなかった、夢の中で彼女を抱きしめてやれなかったこの手で。

 でももし、また届かなかったら?

 無責任に彼女を求めても、また同じコトを繰り返すかもしれない。

 現に、御雷は人間でない俺を拒絶した。

 兆候は現れ始めている。

 欲望に溺れて大切なモノを失うなんて、まるで人間のように愚かだ。

 俺は、そっと彼女の手をほどいた。

 不安そうな顔が、見ていられなくて軽くアタマをなでてやる。

 朝食の準備をしながら、自分たちについて考えた。

 なすべき事はもうわかっている。

 今度は、犠牲にしたりしない。

 悲しませたりはしない。

   ◆

 帰宅したレイは、いつものようにやかましくその日の出来事を話すでもなく、しかし何か言いたげにチラチラとこちらの様子をうかがっていた。

 「うっとうしい。何だ?またつまらん事でも思いついたか。」

 「そうじゃないんだけど、なんて言ったらいいかわかんなくて。」

 「悩むこともないだろう。どう言ったところでお前の話はいつも意味不明なんだからな。」

 「すっごい失礼。」

 スネてこっちを軽くにらんでいたレイが、不意に驚いた顔をする。

 「何だ?」

 「今・・・何で笑ったの?」

 「お前の顔が面白かった。」

 けなしても、レイは怒ることを忘れているようだった。

 「でも、すごく・・・優しい顔だった、よ?」

 おそるおそる、そう言ってきた。

 優しい、という言葉に俺が反発すると思っているのだろう。

 別に、今くらいは優しくていい。

 「じゃ、優しいうちに話してみろよ。

 支離滅裂でも怒らないでやる。」

 戸惑いを色濃く顔に乗せたまま、レイは幽霊の話を始めた。

 話しているうちにいつしか寝てしまい、気付いたら朝で、泣いていたという。

 「ほう、後は任せた、か。

 ずいぶんお前に都合のいい話だな?」

 俺は意地が悪いと知っていながら、動揺を隠したくてそう笑った。

 レイは必死で反論する。

 「でも、だって絶対夢じゃなかったんだよ?」

 「寝てたじゃねぇか。」

 からかいながらも、俺はそれがレイアだと確信していた。

 俺には前に進めといい、レイには後を任せたと言った。

 話の筋は通っている。

 「信じてくれない、の?」

 気付くとレイは悲しそうにしている。

 ここはからかうべきでなかったのかもしれない。

 「いや。」

 まず短く否定し、今度は俺が言葉に迷った。

 「・・・レイ、その幽霊の記憶、全部見たんだよな?」

 「うん。」

 「ソイツが死んだところも、理由もわかるんだな?」

 「うん。

 血が・・・いっぱい出て、怖かったけど、

 それよりずっと・・・悲しくて。」

 うつむき加減の彼女の瞳が、濡れて行く。 

 「泣かなくていい。

 ただ・・・俺と居るってことは、お前もそうなるって事だ。」

 怖がって俺を拒絶してくれれば、楽なんだがな。

 レイは左右に首を振る。

 そう来ると思った。

 少し前から考えていたこと、タイミングは今なのだろう。

 いつでも、いつまでも面倒なヤツだ。

 まあそれも、いい思い出だ。

 「だから、泣くな。

 どうしても泣きたいなら、あやしてやるからこっちに来い。」

 泣き虫のハナゴエが、うつむいたまま答える。

 「なにそれぇ、赤ちゃんじゃないもん。」

 本当は俺のほうが、なだめて甘やかして涙を止めてやりたかっただけだ。

 バカは、空気を読む能力が低い。

 涙をぬぐって、咳払いを一つするとレイは顔をあげた。

 「あたしは、死なない。」

 珍しい、真顔。

 「ずっとそばにいるから。

 安心して好きになって、いいよ?」

 おどけて笑う。

 「はァ?はは・・・なんだ、それ。」

 安心しろ、だなんて俺が弱いみたいに言いやがって。

 素直に受け止めづらくはあったが、言い返した俺の口調は明らかに不自然だ。

 なさけない。

 思っていたよりもずっと強い意志を持った、彼女の言葉に戸惑っている。

 戸惑いながら、呆れたことに喜んでいる。

 愛されているのだ、と。

 愛される資格など、悪魔にはないのに。

 愛してくれても、俺は・・・きっと不幸にするだけだ。

 それでも、今ならまだ何とかすることができる。

 またあの夢、過去と同じ事を繰り返す前に。

 自分で自分を制御できなくなる前に。

 繰り返すことが俺は、なにより怖い。

 今度は、今度こそは守ってやる。

 何から守るというのか。

 悪魔、から・・・俺自身から・・・。

 レイの声で我に帰る。

 「なんだ、って・・・んー、彼女宣言?あはは!」

 照れ隠しなのか、レイはおおげさに笑って見せた。

 泣きたいくらい、それが愛しく思える。

 思うまま、口を開く。

 「わざわざ言われなくても、ずっと好きだった。」

 レイは笑顔をひっこめて、ひっぱたかれたような顔になった。

 心中察して余りある。

 何もいえなくなっているであろう彼女のそばに、本来の“俺”に戻って近づく。

 狭い部屋がより狭く感じる。

 「愛ってやつで間違いない。」

 小さな小さな身体を腕の中におさめて、目を閉じて囁く。

 「お前も、だよな?」

 こくこくと うなずいている感触がある。

 「あの、ね・・・?冗談じゃ、ないよね?

 本気にしていいんだよね?」

 焦り気味に聞いてくる声が可愛くて、こんな時まで疑われる関係性がおかしくて、笑う。

 その間、ほんのわずかな時間きっと彼女は緊張して答えを待っているのだろう。

 じらしたいが、今は思い切り優しくしておこう。

 自分のためにも。

 幸せそうにしている“あなた”を、覚えておきたいんだ。

 「あぁ。」

 少しカラダをずらして、顔を近づける

 レイのカラダが固くなる。

 「嫌か?」

 すぐそばの大きな瞳は、まだ戸惑ったままだ。

 「やじゃ、ないけど・・・ホントにホント?」

 その言葉に軽く笑顔を返すと、レイは俺の首に手を回し自分から小さな唇を押し付けてきた。

 「信じる。」

 短くそう言うと、今までで一番キレイに見える顔で微笑んだ。

 何千回、何万回思い出しても色あせないように、俺はそれをしっかり記憶に焼き付けてから、カラダを離した。

 固い意志をこめて、言う。

 「なぁ、契約・・・切らないか?」

 「え?」

 急に関係のなさそうな話を振られて、レイはとぼけた表情になる。

 「今のところ、俺はお前に逆らえない“使い魔”で、お前はその“主人”。

 それを解消した上で気持ちが変わらないことを、確認したいんだ。」

 「え・・・じゃ契約切ったら変わっちゃうかもしれない、ってこと?」

 不安げなレイの言葉は、彼女の予想の外でなら当たっている。

 この幸せな状況は、変わってしまう。

 彼女の心も。それでも。

 「確認、だ。俺の気持ちは変わらない、約束する。」

 レイが幸せそうに微笑み、俺は自分が満たされていることをはっきり感じている。

 「うん、じゃあ、契約はナシ!

 でも、どうやって切るのかな?」

 「・・・そうだな、多分この契約は名前がキーになってる。

 俺の名前を呼んで契約解除を宣言してみろ。」

 「え、と。じゃあ、零さんとの契約、今からナシにします!」

 何もおきない。

 「・・・ところで誰に対する敬語なんだよ。

 まあいい、ちょっとダメって言ってみろ。」

 ためしにもう一度キスしてみる。

 「・・・ダメって言えよ。」 

 「だって、ダメじゃないもん。」

 恥ずかしそうに微笑みかけられると、叱る気にはなれない。

 かわりに。

 「きゃっなにっ?!何するの零さん、ダメッ・・・!」

 悲鳴が上がる。

 おかまいなしに俺は服の上から・・・レイをくすぐった。

 「ぃやっきゃ、きゃぁははっ、きゃーっきゃははは!

 ダメ、ダメってば零さん、もうっきゃははは、わかったでしょ?

 ぁは、あはははははは!!死んじゃうー!」

 レイの顔が真っ赤になり、呼吸が苦しそうになってきた所で解放してやる。

 「言うことを聞かないからだ。」

 捨てゼリフを吐きながら、俺は契約が切れたことを実感していた。

 カンタンなことだったのだな。

 ひどくあっさりと途切れた、今までおきたことの全ての原因と関係。

 「これで、俺はもう自由だな。」

 「そーだね。」

 レイは涙を目じりににじませたまま、まだ笑っていた。

 その瞳をしっかりと捕らえ、俺は言った。

 「・・・お前もだ。」

 「え?」


  瞳が、光った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ