最終話 永遠の灯火と、新しき旅路
それから私たちは旅に出た。目的地など、最初からどこでもよかった。ただ世界の広さを、季節の移ろいを、そして人間たちの営みの温かさを、二人で肌で感じたかった。
ある時は、色とりどりの花が咲き乱れる高原の村を訪れ、またある時はどこまでも青い海が広がる港町で潮風に吹かれた。
私はもう血の渇きに狂う化け物ではない。セイの隣にいることで、私の吸血鬼としての本能は海のように穏やかに静まり返っていた。
時折彼が「はい、どうぞ?」と冗談めかして差し出してくる手首から、ほんの少しだけその温かい生命を分けてもらうだけで、私は十分に満たされるのだった。
夕暮れ時、私たちは小高い丘の上に腰掛け、街並みが茜色から群青色へと移り変わる様子を眺めていた。
「ラグナ、見て。星が灯り始めたよ」
セイが夜空を指差す。ぽつり、ぽつりと、夜の帳に瞬き始めた星々は、まるでかつて洞窟の奥で見た、あの青白い光苔や、ランバードの胸の奥で一瞬だけ瞬いた、小さな残り火のようにも見えた。
「美しいな」
私は隣に座るセイの肩に腕を回し、彼をそっと引き寄せた。セイは自然な動作で私の肩に頭を預け、穏やかな吐息を漏らす。
(ランバード、お前は今、どこかで安らかに眠っているだろうか?)
ふと、そんな思いが頭をよぎった。
彼は灯火に選ばれなかった絶望から闇に堕ち、何百年も私たちを追い続けた。けれど最後の瞬間、彼は確かに光の温もりを感じていた。消え去った彼の魂が、今度は呪縛から解放され、どこかで新しい光と出会えていることを、私は静かに願わずにはいられなかった。
「ラグナ、何を考えているの?」
セイが私の顔を覗き込んできて、その無垢な瞳に夜空の星々が反射してきらめく。
「いや……。私たちがこうして生きている今が、あまりにも愛おしいと思ってな」
「ふふ、僕も同じだよ。僕たちの時間は、きっとこれからもずっと続いていくね」
そう言って悪戯っぽく微笑んだセイの唇が、私の視線を捕らえて離さない。私は回していた腕に少しだけ力を込め、彼の腰をぐっと引き寄せて距離を塞いだ。
「……ラグナ?」
急な力強い抱擁に目を丸くしたセイの頬が、夜の帳に紛れてほのかに朱を帯びる。その愛らしさに耐えかね、私はそのまま彼の柔らかい唇をそっと覆った。
一瞬の驚きのあと、セイは静かに目を閉じ私のか首にそっと腕を回して身を委ねてくる。ゆっくりと重なる体温、触れ合う唇から伝わるのは甘く切ないほどの熱だ。一度では満ち足りず、角度を変えて何度も深く口づけを重ねるたび、セイの胸から溢れる柔らかな光の粒子が、私たちの周囲を優しく包み込んでいく。
「ん……っ……、ラグナ、急にどうしたの……?」
「すまない。お前が愛おしすぎて、抑えが利かなくなりそうだ」
「もう……照れるじゃないか」
呼吸を乱しながら照れ隠しのように私の胸に額を押し付けてくるセイ。そのつむじに指を通し優しく髪を撫で上げると、彼は甘えるように私の腕の中で体を擦り寄せてきた。かつてお互いを傷つけることを恐れて触れ合うことすら躊躇っていたあの夜が嘘のようだ。今はこの腕の中に、彼の体温も、鼓動も、私に向けられた惜しみない愛も、すべてが確かにある。
「ねえ、ラグナ。もっとぎゅっとして? 君の腕の中、すごく温かいから」
「ああ、いくらでもお前を抱きしめよう。望むなら永遠に」
私の胸元に顔を埋めたセイが、小さくくすくすと笑う。その愛おしい声を聴きながら、私は彼の額や頬、指先へ、愛を確かめるように幾度も愛おしげな口づけを落としていった。
灯火の血を持つセイと、永遠に近い時を生きる吸血鬼の私。
私たちの旅路がどこまで続くのか、それは誰にも分からない。いつかは別れが訪れるのかもしれない。けれど、今の私たちには、それを恐れる気持ちは微塵もなかった。
お互いを守りたいと強く願う心がある限り、私たちの胸にある灯火は、どんな暗闇に直面しても、決して消えることはないのだから。
「ああ、ずっと一緒だ。私の愛しい、灯」
私はセイの額に誓いをとどめるように優しく口づけを落とした。
夜の冷気が二人を包み込もうとしても、重ね合わせた手のひらから伝わる熱が、それを心地よく撥ね退けていく。
私たちは夜空を見上げながら、また訪れるであろう輝かしい明日に思いを馳せ手を繋いだまま、どこまでも続く未来へと歩み続けていくのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。
無事にハッピーエンドになれました!




