ヴァリシオンとラディオン
『彼の地』の帝都ディアス。
その中央にそびえたつ巨大な塔の最上階でミルディーアはひとり窓の外を見つめていた。
ルナ・ムーンに攻め込むと言ったあの日からヴァリシオンは姿を見せない。
戦況はいったいどうなっているのだろう?ルナ・ムーンは、彼女の姉弟は無事なのだろうか。そして、ヴァリシオンは・・・。
(私はいったい何を考えてるのかしら)
自然とこみあげてくる感情にミルディーアは戸惑いを隠せない。
「あの人はお兄様たちを殺してお父様を傷つけたのよ?ミルディーア」
声に出して自分人を戒める。
(でも・・・)
いまも膝に残るヴァリシオンの体温。
触れた髪のやわらかな感触。
疲れきった幼さの残る顔。
時折、見せる甘えた姿。
「私は・・・」
ーバサバサバサッ!
突然聞こえてきた羽音にびっくりしてうつむいてた顔をあげるとそこにはサラマンダに乗ったヴァリシオンがいた。
「ヴァリシオン様?」
呆然とつぶやくミルディーアの前でサラマンダの背に悠然と跨がる少年は彼女にむかってからかうように言った。
「よほど外の世界が恋しいようだなミルディーア」
その言葉にミルディーアは悲しくなる。
そうだ。
自分はこの少年にとって捕虜でしかない。
優しく接してくれるのは彼女があの娘にそっくりだから・・・。
黙り込み目をふせた少女の姿にヴァリシオンは舌打ちをした。
「もっと厚めの服に着替えろ」
「えっ?」
「夜は冷える」
少年はそう言い捨てるとサラマンダを竜舎へと向かわせた。
ほどなく侍女が新しい服を持って現れた。
質素なけれど耐寒性を重視したセーターとスカートに着替えたミルディーアに、いつのまにか部屋に入ってきていたヴァリシオンが言った。
「ついて来い」
扉の外に連れ出される。
少女があの部屋から出たのは今日で二度目だ。
一度目は自殺したとき、
ー侍女の公開刑の時だった。
(また誰か殺されるの?)
不吉な考えに足がとまる。
「どうした?」
「・・・ルナ・ムーンは・・・・・」
家族はどうなったのだろう。
目の前にいる闇王子は確かにルナ・ムーンを攻めると言った。
それからずっと帰ってこなかった。
ヴァリシオンの実力から言って一国を滅ぼすには十分な時間だ。
目をふせるミルディーアの姿に、少年はつまらなそうにこたえる。
「ルナ・ムーンもお前の家族も無事だ。剣を持たないアイツを殺してもつまらぬ」
「剣を持たない?」
「はやくしろ」
ミルディーアの問いかけにこたえはなく、ヴァリシオンは足早に歩いていく。
随分と歩いたのに、すれ違う人影はひとつもない。ただ二人分の足音だけが響いている。
(ルナ・ムーンの城はいつも活気にあふれていたのに)
大理石で作られた城の造りはとても豪華で至るところに見事な彫刻や絵画などが飾られている。
なのにどこかさびれた印象を彼女は受けていた。
彼女が生まれ育ったルナ・ムーンの城はいつも皆がにぎやかに働き、幼い姉弟たちの笑いに満ちていた。
ふとひとつの扉の前でヴァリシオンが立ち止まった。
「ここが書物を保管している場所だ」
扉をあけると古書の匂いが鼻に漂う。
彼女のいる部屋よりずっとずっと広い部屋にぎっしりと本棚が並んでいた。
「創始より現在までの歴史が保管されてある。ファシル・アルド・バード亡きいまはここにある物だけが真実を知っている」
促されて一冊の本を手にとる。
黄ばんだその表紙には『遥か昔の物語り』と記されていたどうやら天地創造の話らしい。
『聖霊界』よりも古い時代・・・神々が人間をつくることから物語は記されていた。
「すごい・・・」
思わず呟く彼女の手にカギの束が渡される。
「この塔の中なら自由にしてやる。ほかにも色々な部屋があるから探検してみろ」
「えっ?」
「ついてこい」
再びヴァリシオンは背を向けて歩きだす。慌てて本を元にもどそうとして一枚の紙が本からぬけてしまった。
「なにかしら?」
拾い上げてその紙を見たミルディーアの表情が凍った。
そこにはふたりの人物が描かれている。楽しげに花園で笑う少年たち。
(聖王ラディオンとヴァリシオン?)
ふわふわの金髪に優しい緑色の瞳の瞳が楽しげに笑っている。
とても優しい笑顔は、同じように楽しげに笑っている炎のような髪に黒い瞳の少年にそっくりだった。
「なにをしている」
ヴァリシオンの声に我に返る。さっと伸びた手に紙を奪われてしまった。
「ふんっ。まだ残っていたのか」
「あっ・・・」
彼女が止める間もなく王子は紙を一瞬で燃やしてしまう。
「どうして?」
「過去の残像だ。失われた時はもう戻らない。俺とアイツの間にあるのは憎しみだけだ」
「・・・憎しみ・・・」
呟いたその言葉に、ずきんっと心が痛む。
いや、ミルディーア自身のと言うよりはー。
(フィー?)
そっと自分の心に問いかける。
けれど返ってくる言葉はなく代わりにヴァリシオンが言った。
「一度壊れてしまった絆はもう戻らない。ガラスのようにな。あとは触れるものを傷つけるだけだ」
「そうでしょうか?」
ミルディーアはヴァリシオンを見つめる。
あの絵の中の少年の瞳は夏の夜のように涼やかに澄んでいた。
なのにいま目の前にいる少年の瞳は凍てつくように寂しい。
それが血をわけた者と戦う悲しみならこんな戦いに意味があるのか?
「私にはヴァリシオン様は悲しんでらっしゃるようにみえます」
「くだらん」
一言で切り捨てる。
その瞳に迷いはない。けれどー。
「私にはあなたが悲しんでるように見えます」
もう一度、ミルディーアは言った。




