アルトシオという名前
「くーっ。いつみてもいい女だぜ」
拳を握り締めるトーマから気負いはかんじられない。アルトシオはたずねだ。
「徴兵されるの?」
「ああ。手柄をたてて王女と結婚してやる。それにグリフォスの民はやられっぱなしじゃねーよ」
その言葉どうりにあちらこちらで奇声があがっている。
反撃だとかグリフォス魂だとかわけわかない奇声だ。
「僕も徴兵されるのかな」
「いや。お前はグリフォスの民じゃねーから関係ねーよ。母ちゃんと一緒に難民キャンプに残っていいぜ」
「そうね。アルトシオあんたはそーしなさい。あんたには戦う理由がない」
リタも言った。
正直妖精界で純粋培養されたアルトシオに『彼の地』との生き残れと言うのが無理な話だ。
栄養失調なはずのバカ息子の方が血色がいいし体格もよい。
息子が拾ってきた少年をリタは死なせたくないと思っていた。
アルトシオが何事か言おうとする前にアバイズが眉根をつりあげた。
「アルトシオじゃと?」
その言葉にざわざわと周囲がざわめいた。
「なんだよ。こいつがなんだってんだ?アバイズ長老」
トーマが首をかしげると彼の母親が慌てたように長老に言う。
「この子はさっきトーマが拾ってきた魔の森に住む妖精に育てられた子供だよ。ファシル・アルド・バードとはなんの関わりもないに決まってるだろ」
「魔の森の妖精が人間の子を育てた?アルトシオという名の子をか?」
「僕を育ててくれたのは妖精界を追放された偏屈な老妖精です。ファシル・アルド・バードが滅んだ夜に僕をのせた揺りかごが清流をくだってネルフィスのもとにたどりついた。そう聴いています」
その言葉にざわめきがさらに大きくなった。
あちらこちらでファシル・アルド・バード。アルトシオ。
という言葉がささやかれる。
「いったいなんだっていうんだっ?」
トーマが気色ばむ。するとアバイズがリタに目配せをし首をふった。
「残念じゃがその者をこの難民キャンプにおくわけにはゆかぬ」
「なんでだよっ。ここはルナ・ムーンだぜ。俺達グリフォスの民だって居候じゃねーかっ!」
「じゃが危険じゃ」
「危険?」
「アルトシオってのはね」
一息つくと憂鬱そうにリタが口をひらいた。
「十五年前に行方不明になったファシル・アルド・バードの王子の名前なんだよ」
「だからなんだって言うんだよ。こいつと俺は全然似てねーし例えハーフでも瞳か髪にファシル・アルド・バードの血をひく証がでるって母ちゃんいってたじゃねーかっ」
「そんなことはもんだいじゃないんじゃよ。その名をもつ者がいると言うだけで幾度となく『彼の地』が難民キャンプを襲撃しておるのだ」
「だったら名前を変えればいい。こいつはもともと人の子なんだ。そーだアバイズなんか名前を授けてやってくれよ。古き光の詞でなんかじゃなく」
「・・・いまなんと言った?」
アバイズの見様によってはつぶらとも言える小さな瞳がかっと見開かれてトーマは思わず後じさった。
「だから古き光の詞なんかじゃなくてさ。人間の名前を」
「妖精族が古き光の詞でアルトシオとなづけたじゃと」
「ーどういう意味なんですか?僕は知らない。ネルフィスは僕に何も教えてくれなかった」
靜かにアルトシオは問いかけた。
べつに出て行けと言われるならそれでもいい。
自分の存在がここの人達を危険に巻き込むというならなおさらだ。
はじめて出会った同族を彼はとても気に入っていた。
「光の王子。ファシル・アルド・バードのファン・ファラシス王が息子をいやファシル・アルド・バードの民全員がそう呼び誕生を待ち望んだ」
どこか遠くを見るようなまなざしでアバイズは言った。
「あんなに美しく気高い一族はいなかった。王は勇猛果敢にして統治に富み王妃は優美かつ繊細にして慈悲にあふれておった。だからこそその名にあやかりアルトシオという名前を息子につけた者も多かった。じゃがー」
「王子が生まれたせいでファシル・アルド・バードは滅んだんだっ!アルトシオは光の子ではなく悪魔の子さっ!」
ふいに大きなかん高い声が響いた。
みればさっきまで地面につっぷしていた老婆が憎しみのこもった目でアルトシオを見つめていた。
「こらナタリア。この者は本当のアルトシオ王子ではない。見ればわかるであろう」
「見てもわからないだろうよ。アバイズ。ファシル・アルド・バードの民は白魔法の使い手だ。外見を変えるのは得意技さね。かれらはみんな白魔法で黒髪黒い瞳に変われるんだっ。わしら年寄りは皆知っておることじゃろうが」
ナタリアの言葉にアルトシオは言葉を失った。
アルトシオは白魔法を使える。
養父であった妖精ネルフィスに教わったからだ。
(じゃあ、僕はファシル・アルド・バードの民なのか?)
あの寒々とした土焦げた凍土が祖国というわけなのか?けれど、
「僕は白魔法を使ってない」
「それじゃああんたの育ての親とかいう妖精はどうなんだい?」
「それは・・・」
考えたこともなかった。
(ネルフィスが僕に魔法を?)
アルトシオを育てたネルフィスは仙境きっての偏屈者で妖精王よりも長生きしていると聞いたことがある。
だからかどうかわからないがネルフィスが使うのは白魔法でもなければ黒魔法でもない。
神々がこの世に存在していた時代 『聖霊界』につかわれていた然なる魔法を使う。
はかりしれない魔力の持ち主だった。
アルトシオに気づかれずに姿変えの魔法を使うことだって可能だ。
「おい?まさかお前まで実は王子ですなんてバカなこと言い出すんじゃないだろうな?」
トーマは慌ててアルトシオの華奢な肩を両手でつかむと揺さぶった。
「僕が王子?」
返ってきたのはぼんやりした言葉だ。
だーっ、こいつはっ。
「アバイズ、ナタリア、俺は断固として認めねーぞ。こんなぼーっとした奴がファシル・アルド・バードの王子だなんて。王族ってのは、ほら、なんてゆーか、こー、ぐっとくるような威圧感はねーな。ここの王女には。けど気高いんだろ?いくらなんでもこいつが王子じゃ死んだ親父やファシル・アルド・バードの民が納得しねーよっ。っていうか、黙ってないでお前もなんか反論しろっ」
ぽかっとアルトシオの頭を殴る。
殴られて、やっとアルトシオは現実に戻った。
「僕は王子でもファシル・アルド・バードの民でもないです」
「それを証言してくれる者がいるのかい?」
「どこにいるかはわからないけど、ネルフィスの妻で至福の森の魔女長ヒズならきっとー。三年前に突然人間界に行ったきりだからわからーんぐっ」
「こいつは天涯孤独。証言できるやつ連れに明日にでも魔の森まで行ってきてやるよっ」
アルトシオの口を両手でふさぎながらトーマが言った。
いまの話がわかったものは自分と母親のリタだけに違いない。
リタも察知した様子でアバイズに言った。
「とにかくアルトシオのことは私たちに任せてもらえないかしら。『彼の地』の追っても今日はこないでしょうし。一日くらいいいでしょ?アバイズ、ナタリア。この子は人間ってのを全然知らずに育ったんだから」
「それはまあ。じゃが明日にも『彼の地』の軍が攻め入るかもしれぬ。朝日と供に立ち去るがよい」
それはないだろっと言いたいのをトーマは拳をにぎって耐えた。
アバイズの言いたいこともよくわかる。
彼には生き残ったグリフォスの民を守る義務がある。
けれど、
(なんでそんなに冷てーこと平気な顔で言えるんだよ)
もう心は決まった。
こんなぽややんとした奴を一人で死臭漂うこの世界に送り出してたまるかよ。
「いこうぜ。古汚ねーわが家に」
「サリアライン様がわざわざあんたみたいなバカ息子に感謝してくれたおかげで手に入れられたテントだ。文句いうんじゃないよ」
親子は軽口をたたき合いながら両脇からアルトシオを取り囲むようにして家路へとむかった。




