孤独の怪物
カンカンカン、と先生がチョークで黒板に書く音がきこえる。
私は昨日のことを思い出して、少しぼーっとしている。
「ごめん、羽田くん。別れよう」
「・・・・え?」
その後は、しつこく迫られた。
何で?とか、何がいけなかったの?とか。
正直うっとおしいと思ったけど、羽田くんのことを考えるとやっぱり辛かった。
でも、やり直すつもりはない。私にはもう、彼への気持ちがあまりないのだ。
時間が経てば、きっとお互い次へと向かっていける。そう考えつつも、あの時の彼の悲痛な訴え声が、いつまでも耳に残っていた。
そうして、いつの間にか今日の最後の授業が終わっていた。
私は帰る支度をし、カバンを持って教室を出た。
「ミツノ!」
(!)
「どうしたの、羽田くん?」
「話があるんだ」
彼は肩で息をしていた。顔つきもいつもより険しかった。
少し怖い。
「もう話すことなんて、ないよ」
なんだか、彼のことを見ていられなくなった。私はじゃあね、とだけいってさっさと階段を降りて行った。
いつかわかってくれる、いつか・・・・・
キャーーーーーーッ!!!!
(!!!何!?)
ゔるぁああああああああああ!!!!
(!!!!・・これ、羽田くんの声・・・うそ!?)
私は胸騒ぎがして、階段をかけ戻った。
そこで見たものは、・・・・・・・
「羽田く・・・・・っ!!?」
絶句する。
彼はそこに立っていた。しかし、あるべきものがなかった。
血だらけの彼の足元に、腕が落ちていた。
ゔるぁああああああああああ!!!!!
ドジューーーーーーンッ!!!!
彼のもう片方の腕が吹き飛ぶ。また悲鳴が聞こえる。
私には、そこで何が起きているのかもわからなかった。
みんなが逃げ惑う中、私は一人立ち尽くした。
ゔるぉおおああああぐぉぉああああああ!!!!!
ブシュブシュブシューーーーーーーッ!!!!!
腕の生えていた場所から何かが出てきた。
触手・・・吸盤のないタコの足みたいなのが、3本ずつ・・・・・
ドシュドシューーーーッ!!!!
背中からも2本出てくる。
「ハァハァハァハァ・・・・ハァ・・・・・・・・」
肩の揺れが次第に収まる。何かが終わったようだ。
彼はこちらを振り向く。
「・・ミ・・・ツ・・・ノ・・・・・」
(!!!!)
私は逃げた。必死で逃げた。怖くて怖くて必死で逃げた。
あそこには私と彼しかいなかった。怪物になってしまった彼しか・・・・・
「までぇぇえええええええ!!!ミヅノォォォォォオオオ!!!!!!」
後ろでドンドンドンドンドンと走っている音がする。
やめて!!来ないで!!!
昇降口まで来た。まだ、みんないた。我先にと押し合っていて、人の山で詰まっていた。
「!!みん・・・・・・・」
私は呼ぼうとして、思いとどまった。
(ダメだ・・ここにいたらみんなやられちゃう・・・・)
私はさっと振り直して、体育館の方へ走った。
「ミヅノォォォォォオオオ!!!!!どこだぁああああああああ!!!!!」
昇降口に悲鳴が高鳴る。だけど、彼の足音はこちらに近づいていた。
「よかった・・・・、でもこのままだと私が・・・・・」
私は大きく首を横に振る。いや!!そんな事考えてる場合じゃない!
私は体育館の前を通り抜け、トイレの中に逃げ込んだ。
バタンッ!
一番奥の個室に入り、見つからないように息を殺す。苦しい。呼吸は激しいし、心臓はバクバクしている。
「どこだぁああああ!!かくれてんじゃねぇぇえええ!!!」
近い!やばい、見つかっちゃう・・・どうしよう・・・・
私は泣き出しそうになった。
なんでこんな事になったの??なんで羽田くんは怪物になったの??・・・私?私のせい??私が羽田くんと別れようって言ったから??何で・・・そんなのおかしいよ・・・・何で・・・・・・
ガラッ
トイレの扉が開く。
(うそ!??いや、絶対いや!!!こないで、お願い!!こないで・・・!!!)
コツコツコツと、足音が近づく。
そしてーーーーーーーーーーーーーー
「そこにいるのか?」
違う!!羽田くんの声じゃない!!・・・・でも本当にそうなのかわからない・・・・もしかしたら・・・・・・・
「開けるぞ・・・・」
私は恐怖ですっかり心がやられていた。
抗うこともせず、ただ目の前の扉が開かれていくのを見ていた。
「・・・・無事か?」
・・・・・・・・見た事ない人だった。同級生よりは少し大人っぽい男の人で、・・先生・・・でもなさそうだ。
「どうして・・・・」
「体育館の方に逃げた奴がいる、って聞いたもんだから」
「は、羽田くんはもういないんですか?」
「オクトパスの事か?」
「オクト・・・・・」
「怪物のこと。孤独の怪物」
「あ、・・はい。そうです。」
「あいつはまだいる。バレずにくるのは余裕だったが。・・・とりあえずお前の避難が先だ。ほら」
彼はしゃがんで背中を向ける。
「え、ええ!?」
「早く乗れよ」
私は言葉に詰まる。これでも高校生だから・・・。
「あ、そ、その・・・・・・そう、羽田くん、私を狙ってるから、みんなのとこにいくと、・・・ちょっと・・・・・」
「そうか。・・・・わかった。じゃあ先にあいつをどうにかしてくるから、お前はここで・・・・・」
出て行こうとする彼の腕をつかむ。
「・・・・それは・・・だめです」
「どっちだよ」
「ぐぉぉおおおおお!!!!どこだぁあああああああ!!!!!」
小さく悲鳴をあげる。彼の腕を強く握る。
「安心しろ」
「・・・え?」
「あいつはすぐにはここを見つけられない。自制心を失ってるから、探しものは下手くそなんだ。・・・それに、俺はあの怪物たちとの戦闘のエキスパート。・・・・・」
「・・・・・・・」
次の言葉を待つ。
「・・・・安心したか?」
「・・・あ、は、はい。」
彼はずっと無表情だったが、どことなく暖かさがあった。