ロストプラネットIII(LOST PLANET III) -【序章】未だ見ぬ者たちへの黙示
グダスたちは、『失われた遺物』の導きに従い、惑星トラクスへと無事に辿り着いた。そこで彼らが目にしたのは、一筋の生機を繋ぎ止めるため、戦争の中で足掻き、抗い続ける人々の姿だった。
さらに彼らは、現地で初めて虫族との接触と対話を果たす。そこで明らかになったのは、奴らの群れが『一枚岩』ではないという事実だった。蟲族は個々の群れごとに独立した『王』を戴き、互いに敵対、あるいは不干涉のスタンスを保っていたのだ。
やがて、グダスたちはついに遺物の真の姿、そしてそのパイロットと相まみえる。一行は彼らと共闘し、甚大な脅威であった『虫王』を撃破。激闘の末、グダスたちは状況を報告すべく、再び星間連盟の宇宙パトロール部隊本部へと帰還するのだった──。
長く過酷な旅路を経て、グダスたちはついに宇宙パトロール部隊本部へと到着した……。
「今回の任務、実に見事だった。持ち帰ってくれた生体サンプルと、サポートAIに潜んでいた隠しデータについては、現在エンジニアたちが総力を挙げて解析中だ。その間、君たちはゆっくりと羽を伸ばしてくれ」
『はっ!』
グダス一行は今、宇宙パトロール部隊最高責任者である【シ・ラド・シス・モクス長官】の執務室にいた。
任務状況の報告を行うこの部屋に集まっているのは、グダス、ビタン、ビスの三人だ。ヤグナは団太郎が怯えるのを心配したため、特例として同席を免除され、団太郎の精密検査に付き添っている。そして、モクス長官の傍らには、グダスの師匠である【ト・ラシン・シードリ】が佇み、共に彼らの報告に耳を傾けていた。
「グダス、それにビタン。あんたたち二人は、少しここに残りなさい」
シードリが至って平然とした表情でそう告げた。ビスが退室し、執務室の自動ドアがプシューと閉まる音が響いた、その瞬間──。
「はい。以前は自分の惑星だけで暮らしていましたので、宇宙に出て景色を眺める機会がほとんどありませんでした。まさか、これほどまでの光景が広がっているとは」
「ここがこういう景色なのは、実はこの星系にある複雑な磁場のせいなんだ。それによって光が屈折し、さまざまな物質の反射光が映し出されているんだよ」
グダスも目の前の景色に目を奪われているようで、その表情には少しばかりの安らぎが浮かんでいた。
「我が弟子よ! よくぞ無事に帰ってきたな! それと妹よ、お疲れさん。俺の弟子を連れて任務に、さぞかし手がかかっただろう?」
シードリは先ほどまでの上官としての態度をすっかり投げ捨て、二人に語りかけた。
「聞いてよ。シードリの奴、君たちが発った後というもの、毎日欠かさず航行記録をチェックしていてね。初めて子供を学校へ送り出す父親みたいに、四六時中ハラハラしていたんだよ」
モクス長官も最高責任者としての威厳を脇に置き、いたって気楽な調子で、グダスとビタンの前でシードリをからかい始めた。
「おい! その話は二人にバラさないって約束しただろ!?」
シードリは赤面し、憤慨しながらモクスに抗議した。
その様子は、まるで気心の知れた友人同士のじゃれ合いのようだった。
「師匠! 俺、これでちゃんと任務をやり遂げたわけですし、もう一人前って認めてもらえるか?」
グダスのその言葉を聞いたシードリは、先ほどまでの羞恥をすっと引っ込め、こう言い放った。
「ほう、丁度いいな。我が弟子よ、お前の実力を試すのにうってつけの任務がある。この休暇期間中にテストとしてやってみるか?」
「えっ!? でも、モクス長官は俺たちに休めって言いましたよね……っ」
「ふむ、俺に一人前だと認めさせるには、まだちと早かったようだな……実に残念だ」
シードリはわざとらしく首を横に振りながら、グダスの背後へとゆっくり歩みを進め、まるでそのまま執務室を出ていくかのように足を進めた。その時──。
「わかりましたよ! やればいいんでしょ! もし一人でできたら、もう二度とずるい真似はしないでくださいよ!?」
グダスのその返答が耳に届いた瞬間、シードリは彼の見えない位置で、計略が成就したことへのにやりを浮かべた。そして、一秒後には至って平然とした顔付きでグダスへと向き直り、告げた。
「本当だとも。もしお前が単独でやり遂げたなら、この俺の名号を継ぐ候補者だと、正式に認めてやろう」
シードリのいかにも白々しい芝居がかった口調を聞きながら、モクスとビタンの二人は、目の前で繰り広げられる師弟の掛け合いに、必死で笑いを堪えていた。
「言いましたね! だったら、ボスとモクス長官に証人になってもらっても構いませんよね!?」
「もちろんだとも~」
「モクス長官、ボス、今師匠が言ったこと、証言してくれますよね?」
「えっ? ああ、もちろん構わないよ。シードリ、今度ばかりは前言撤回はナシだ。いいかね?」
突然話を振られたモクスは、危うく笑いが吹き出しそうになるのをグッと堪え、すぐさま最高責任者としての威厳を取り戻して芝居に付き合った。
「そうだよ。兄貴、今回は私もグダスの味方だからね。ちゃんと約束は果たしてもらうよ」
「まったく、お前たちにまで迷惑をかけるとは……本当に手のかかる弟子だ」
シードリはそう言いながら、またもわざとらしく両手を大袈裟に広げ、首を何度か横に振ってみせた。すると、そこへグダスが口を開いた。
「それで、そのテストってのは何なんです?」
「ついてくればわかるさ。悪いな、モクス、俺と弟子がしばらく席を外す件、またよろしく頼むな」
シードリはそう言い残すと、執務室に背を向けたまま右手をひらひらと数回振り、部屋を出て行った。
「あ~あ、俺の休暇がまたフイになっちゃったよ……はぁ……」
ため息交じりにぼやくグダスも、その背中を追って出て行った。二人が部屋を後にすると、ビタンとモクスはまるで呪縛から解き放たれたかのように、一気に大笑いした。
「長官、あの二人はいつもあんなお芝居をやってるんですか?」
「そうなんだよ。あの師弟は本当に見ていて飽きないね。特にグダスが遠征に出てからのシードリのうろたえぶりと言ったら、実に見ものだったよ」
「ずるいですよ、長官! あの生意気な兄貴のそんな不甲斐ない姿が見られたなんて。今度ぜひ詳しく聞かせてくださいね」
「もちろん構わないとも」
──ところ変わって、星間連盟が管轄する宇宙パトロール部隊本部へと到着したばかりのライツ。彼は行政窓口で入隊手続きを行っている最中だったが、そこで偶然にもグダスとシードリの二人に出くわした。
「ライツ、入隊の手続きはもう終わったか?」
グダスが親しげに声をかける。
「グダスじゃないか。ちょうど手続きが終わったところだよ」
そう応じたライツだったが、ふとグダスの隣に立つシードリへと視線を移し、その肩に並ぶ階級章に目を留めた。
「失礼します!」
元軍人としての習性か、ライツの身体は自然と反射的に動いて敬礼を捧げていた。
「ははは、そんなに硬くならなくていいさ。ここは軍隊じゃないんだから、そう身構えんでくれ」
シードリは気楽な調子で言った。
「紹介するよ。こちらは俺の師匠で、現在パトロール部隊の巡防組最高責任者を務めている方だ」
「お目にかかれて光栄にあります、閣下」
ライツは敬礼の姿勢を維持したまま、そう言葉を紡いだ。彼がそう簡単に態度を崩せないのを察したシードリは、彼の調子に合わせて厳かに応じた。
「うむ。宇宙パトロール部隊への加入、歓迎するよ」
「あ、そうだ。俺、これから師匠と一緒に出かけるところなんだけど、ライツも興味があったらついてきてみないか?」
グダスが何気なくそう口にした瞬間、シードリの眉がピクリと跳ね上がった。
「よろしいのですか? ならば、喜んで同行させていただきます」
ライツが応じた瞬間、シードリは突如としてグダスの肩をガシッと掴み、低い声で問い詰めた。
「我が弟子よ……お前、一体何を企んでいる?」
「嫌だなぁ師匠、弟子であるこの俺が、何か企むわけないじゃないですか」
グダスが爽やかな笑顔を浮かべて見せたが、シードリは彼が何かを画策していることに気づいた様子で、今度はライツに向き直って告げた。
「いいだろう。お前も新しく入隊したばかりの隊員だ、ならばこの俺がまとめて鍛えてやろう。ついてきなさい」
「はっ!」
こうして一行は、パトロール部隊専用の宇宙船に乗り込み、基地を発った。
「あの、失礼します。我々は現在、どの星系へと向かっているのでしょうか?」
ライツはコントロールシステムを操作しながら、二人に尋ねた。
「今回向かうのはね、M965星群にある、原始保護惑星だ」
師匠のその言葉を聞いたグダスは、師匠の向かおうとしている場所を察したようだった……
「まさか師匠、あの惑星に行くつもりなんですか!?」
目の前で師匠がゆっくりと頷いて肯定するのを見て、グダスは両手で頭を抱えて絶叫し始めた。
「あそこは……生身の身体だけでどうにかできるような場所じゃねえって……っ!」
グダスが何度もその言葉を繰り返す姿を見て、ライツは怪訝そうにシードリへと問いかけた。
「上官、失礼ですが……一体、何という名の惑星なのでしょうか?」
シードリはまず不敵な笑みを浮かべ、それから含みを持たせた口調で、ゆっくりと口を開いた。
「原生惑星デラスト。──通称『怪獣楽園』だ」
「怪獣楽園……?」
初めて赴くライツにとっては見知らぬ場所であり、彼は困惑したように復唱した。
「我が弟子よ、お前に先輩としての見せ場をくれてやる。説明してやりなさい」
グダスが重々しく顔を上げ、鉄青の顔色で語り始めるのを見る……。
「原生惑星デラスト。そこは……さっき師匠が言葉通りに言った通り、怪獣の楽園のような場所なんだ」
それからグダスは顔を上げ、自身の精神的トラウマの原因となった思い出の一つを回想した……。
──話しは、俺が探查員計画にまさに参加する少し前のこと。初めて師匠とあの地へ足を踏み入れた時の話だ。それも、師匠が俺に『卒業試験』を課したいと言い出したからだった。俺が将来、大量の怪獣に包囲された時にどう立ち向かうべきかを心配し、そのために組まれた訓練メニューだったのだ。
当時、出発前に調べた原生惑星デラストに関する情報は、そこが巨獣だけが満ち溢れる惑星だということだった。
惑星の特殊な環境のせいで、生物の体型は一般的な惑星よりもはるかに巨大化していた。重力と気圧の環境は、人型種族が暮らす環境に比べてやや小さく、その地には地球の単位で言うおよそ10~20メートルサイズに相当する巨大な怪獸たちが横行していた。
当時は、うまく隠れてやり過ごしさえすれば、あの怪獣たちにそう簡単に気づかれることはないだろうと天真爛漫に考えていた。しかし、俺は間違っていた……。
師匠は……俺に、生身の身体で10メートル前後のサイズを持つ個体を直接打倒することを求めてきたのだ。それはもう、生き残れば合格というレベルの地獄の難易度などではなく、根本的な確実なる犬死にだった!
初めてあの巨大な巨躯と対峙し、自分に向かって突進してくる画面を思い出し、今すぐここから逃げ出したくなる……。
「グダス……顔色がすごく悪いぞ。あそこは本当に、それほどまでにヤバい場所なのか?」
ライツの気遣う声によって、グダスは現実へと引き戻された。
「とにかくあそこは、お前が以前戦った虫族で言うなら、奴らの『 フリゲート級』に相当するような奴らの溜まり場なんだよ」
グダスのその言葉を耳にした瞬間、ライツの顔色もまた鉄青へと変わった。なぜなら彼も、それほどのサイズの怪獣は、機械兵器の乗り物に搭乗して初めて勝利の道が開けるような存在だと知っていたからだ。
「師匠……まさか今回も、あの時みたいに俺を生身のままで戦場に放り込むつもりじゃないですよね?」
「うむ……あの時は後から多くの者に諭されてな。私も反省したのだ。今回はあそこまで残忍なことはせんよ」
シードリは目を閉じ、天を仰ぎながら、いか今もっともらしくそう言った。
「ってことは……」
グダスが緊張しながら師匠の回答を待っていると、シードリはこう告げた。
「試験というものは、事前に答えを教えたりはせんのだよ。到着してからのお楽しみだ、うろたえるな~」
シードリは相変わらずわざとらしい調子でそう言うと、すぐさま話題を切り替えた。
「よし、早く出発しよう。遅くなればなるほど、お前たちのテストには不利になるからな」
「なっ!? そういうことは先に言ってくださいよ、師匠!」
グダスはすぐさま手際よく座標と航路の設定を操作し始め、ライツに向かって声をかけた。
「ライツ、船体のコントロールは任せる」
「わかった」
そう応じたライツは、コントロールノブを真剣に握り締め、ゆっくりと宇宙船を船舶ドックから発進させた。
ほどなくして彼らはワープワームホールへと進入し、連盟専用の長距離ワープゲートへと転送された。
『データを提示してください』
船内の通信設備から、女性の音声が流れてきた。
「了解した」
グダスが手際よく操作すると、すぐに先方から返答があった。
『データを確認しました。皆様、道中お気をつけて』通信の言葉が途切れると同時に、転送通路を覆っていたバリアのような淡いブルーの光芒が掻き消えた。
「皆さん、しっかり掴まってください。発進します」
ライツがそう注意を促し、宇宙船はゆっくりとワープワームホールの中へと滑り込んでいった。
ワームホールへと進入した瞬間、宇宙船の周囲の景色は一瞬にして暗黒に包まれ、まるで麺のひものように後方へと引き延ばされて伸びていき、次の瞬間には、まるでオーロラのような奇妙な輝きに満ちた宇宙空間へと、周囲の光景が目まぐるしく変貌を遂げた。
「ここがM965星群エリアですか?」
ライツは目を見張るような面持ちで、その幻想的な空間を眺めていた。見渡す限り、惑星たちの間をオーロラに似た光芒が取り巻いている。
「初めて見るかね? まあ、それも無理はないな」
シードリがそう問いかけた。
「はい。以前は自分の惑星だけで暮らしていましたので、宇宙に出て景色を眺める機会がほとんどありませんでした。まさか、これほどまでの光景が広がっているとは」
「ここがこういう景色なのは、実はこの星系にある複雑な磁場のせいなんだ。それによって光が屈折し、さまざまな物質の反射光が映し出されているんだよ」
グダスも目の前の景色に目を奪われているようで、その表情には少しばかりの安らぎが浮かんでいた
「景色は美しいがね、その反射している光の中身は有毒物質らしいぞ」
シードリが無情にも、そんな煞風景な一言を付け足した。
「えっ……これほど美しい景色が、まさか毒性物質だなんて、やはり信じられませんね」
ライツが感嘆の声を漏らす。
「よし、景色を眺めるのはここまでだ。急いで目的地へ向かうぞ」
シードリがそう急かすように言うと、ライツも手を動かして宇宙船の操縦を開始した。
その後、短距離ワープを行うと、宇宙船の目の前に原生惑星デラストが姿を現した。宇宙から見下ろすその惑星は、まるで緑意に満ち溢れた星のようだった。
「ここに降着しよう」
シードリが座標を指差した。指示を受けたライツは、ある湖畔の近くへと宇宙船を降落させた。
「よし、それではワシが今回のテスト内容を発表しようー!」
グダスが緊張した面持ちでシードリの方を見つめる中、シードリは思わせぶりに発表を続けた。
「今回管理してもらう族群は……バフロットだ」
「バフロット……?」
ライツは困惑したようにその名を複唱した。
「バフロットは、ものすごく繁殖力の高い怪獣たちなんだ。サイズとしてはコルベット級に属する小型怪獣さ」
グダスがそう説明を加える。
なお、彼の言うコルベット級とは、およそ10メートル前後のサイズに相当する単位のことである。
「我が弟子が言った通りだ。バフロットはまた交配期を迎えてね。この時期になると連盟から我々パトロール部隊に委託が入り、ついでに戦闘訓練として利用するのだよ」
「それで師匠、今回のクリア条件は何なんです?」
シードリはまず満足そうに頷くと、こう告げた。
「今回は三つの巣穴を掃討してもらう。ただし、今回はワシも新しく入隊したばかりの隊員を同時に訓練せねばならんからな。そのうち二つの巣穴は、お前が単独でやり遂げてみせよ」
「はぁ!? 師匠、巣穴一つだけでも50頭以上は潜んでる可能性があるって、知ってますよね?」
「当然だ。ただ、もし一人前だと認められたいのであれば、それくらいの実力は持っていなくてはならん。それとも……」
シードリはまたもわざとらしく両手を腰の後ろに回し、ゆっくりと歩みを進めながら言葉を継いだ。
「もし達成するのが不可能だと思うのであれば、ワシも無理強いはせんよ。ならば、自分より巨大な標的をいかに迅速に排除するか、このワシが手本を示してやろう」
「わかりましたよ! やればいいんでしょ、やれば!」
グダスはひどく不快そうな表情を浮かべて言い放った。
「ワシは、お前が吉報を持ち帰ってくれるのを期待しているよ」
シードリは再びわざとらしく、穏やかな声音でそう告げた。
そうして、怪獣の接近を防ぐ電磁波の設置を完了した後、グダスは戦闘用アーマーへと身を包んだ。
濃紺を基調とし、黄と金属的な緑のラインで彩られたそのアーマー。彼の背には、浮遊システムを制御するマントがなびいていた。
「それじゃあ、俺は先に行きます」
グダスは言葉を言い終えるやいなや、すぐさまその場で迅雷の如き速さで走り去り、宇宙船を後にした。
「あの戦闘アーマー、自分に配備されたものとは少し違うようですが……?」
ライツは思考を巡らせながら、そう口にした。
「ほう、ほう、ほう! 一定以上の功績さえ示せば、お前も専用の戦闘アーマーを持つことができるぞ」
「はっ! 自分、精一杯努力いたします!」
ライツは粛然とした態度で再び挙手礼を捧げた。
シードリはただ無表情でそれを見つめていた。彼はこういう、一物一振りに四角四面なタイプを相手にするのが最も苦手だった。
「うむ……お前の成長を期待している」
その頃、グダスは走りながら戦闘ヘルメットの内部ディスプレイに表示されたデータを確認し、目的地へと急いでいた。
「今回の駆除対象はバフロット、穴居型のフリゲート級怪獣か……。それほど手強い相手ってわけじゃないが、処理するとなるとこれまた時間がかかるな」
グダスの言うコルベット級怪獣『バフロット』とは、地球のドブネズミに酷似した外見を持つ生物だった。
しかし、その身体を覆う毛髪はヤマアラシのように鋭利な剛毛であり、さらに長い尾の先端には神経を麻痺させる毒針を備えていた。自分より遥かに巨大な、二十メートル以上のクルーザー級怪獣でさえ、二時間ほど麻痺させる能力を秘めているのだ。
「師匠の試験でさえなければ、こんな面倒な生物を相手にするのは本当にごめんだ。俺くらいのサイズじゃ、万が一あの毒針に刺されでもしたら、さすがに即死だろ」
グダスがそんな思考を巡らせているうちに、ついに最初の目的地である巣穴へと到着した。
「……ちょっと妙だな。巣穴に近づけば近づくほど、衛兵個体が配置されているはずなんだが?」
グダスがそう呟くと同時に、センサーを起動させた。だが、次の瞬間にセンサーが弾き出したスキャン結果は、グダスをさらなる困惑の渦へと突き落とすものだった。
「生命反応が……全くない? バフロットの数が多すぎるっていう話だったはずなのに、この巣穴が丸ごと空っぽだなんて、一体どういうことだ?」
その巣穴が最初から空だったのか、それとも何か事件が起きたのかを突き止めるため、グダスは空無一物となった巣穴の中へと足を踏み入れた。
「おかしいな……地面にはバフロットの足跡がある。見たところ、かなりの大群が外へ向かって移動したみたいだけど……」
グダスはそう独り言を呟きながら、ここで何が起きたのかを推測すべく、巣穴の内部の状態を観察した。
「念のため、まずは洞窟内の空気成分を測定して、有毒かどうか調べてみるかね」
そう考えたグダスは、携帯型の長方形の装置を取り出し、その上部に漏斗のような形状の部品を装着した。そしてボタンを押し、洞窟の最も壁に近い場所へと設置した。すると、その直後──。
『ピーーーーーーー』
検知器が、けたたましい警告音を鳴り響かせた。
「これは……」
グダスが端末の表示パネルに目をやると、そこには『未知の物質』の存在が示されており、特定の毒性を持つ危険性が示唆されていた。
「どうやら、これ以上不用意に奥へ進むわけにはいかないみたいだな」
その時、通信機の向こう側から、緊急のメッセージが飛び込んできた。
『グダス、急いでこっちへ来てくれ! 緊急事態が発生した!』
ライツが通信機を通じて、グダスへ慌ただしく通知してきた。
「何があったんだ!?」
『シードリ上官が、自分に撤退の時間を稼がせるために、一人で中に残ったんだ!』
「はぁ!? 師匠が……!? わかった、すぐに向かう!」
『私は先に船へ戻り、発進させて二人を迎えに行く!』
「そっちは任せた!」
通話を終えた後、グダスの胸に不吉な予感が萌生した。
「わざわざ俺に連絡を寄こすなんて、あのクソ師匠、本当に何かあったんじゃねえだろうな?」
グダスはそう呟きながらも、これまでにない異常事態に本気で心配になり、シードリがいる場所を目指してさらに加速し、疾駆していった。
どれほどの時間が経っただろうか、グダスはついにシードリのいる巣穴の洞窟の入り口へと到着した。
「師匠、聞こえるか? 聞こえてるなら返事してください」
グダスは通信機を起動させ、シードリとの連絡を試みた。
しかし、通信機から返ってきたのは、不穏な通信ジャミングのノイズだけだった。
「おかしいな……パトロール隊の通信機が、遮蔽物のせいで不具合を起こすはずがない。ってことは、まさか……」
グダスは洞窟の奥へと向かって走り出すと同時に、ヘルメットの有害物質過濾を起動した。
奥へ進むにつれて、グダスは少し開けた空間のいたるところに、怪獣の無残な死骸が横たわっているのを目にした。
しかし、そこに転がっているのはバフロットではなく、どれも昆虫のような姿をした未知の怪獣たちだった。
「まさか、ここにもあの連中の痕跡があるっていうのか?」
そう低く呟き、グダスは沿路に転がる死体の方向を辿りながら、さらに深部へと進んでいった。
ほどなくして、グダスの耳に激しい打闘の響きと、怪獣の咆哮が交錯する声が聞こえてきた。
「師匠! 俺も加勢します!」
「我が弟子よ、なぜお前がここにいる?」
グダスの目前に広がっていたのは、シードリの周囲にぐるりと円を描くように横たわる怪獣の死山血河だった。そして、シードリの眼前に立ち塞がる虫型怪獣は触角を小刻みに動かし、まるで彼を観察しているかのような素振りを見せていた。
「ライツが俺に連絡くれたんだ。師匠、ここの空気、何かおかしいと思いませんか?」
グダスの問いかけに、シードリは困惑の表情を浮かべ、小さく肩を揺らしてから口を開いた。
「そう言われてみれば、さっきからどうも時折、身体の動きに変な違和感があるような気がするねぇ?」
次の瞬間、シードリと対峙していた、彼の体型の三倍はあろうかという三頭の虫型怪獣が一斉に彼に向かって牙を剥き、飛び掛かってきた。
「師匠、危ない!」
グダスが銃を構えて射撃しようとしたその時、シードリは迫り来る脅威など眼中にないと言わんばかりに、軽やかに身を翻して初撃の一頭目を回避した。
それと同時に、手に握ったビームサーベルを怪獣の頭部と胴体の間の関節へと、流れるような所作で刺し貫いた。さらに、そのまま弧を描くように軽快に跳躍し、襲いかかる二頭目の追撃を、流れるようにかわしてみせた。
彼が回避した刹那、その刃は一頭目の首を完全に刎ね飛ばし、怪獣はすぐさま力を失ってぐったりと崩れ落ち、その体液を派手に飛び散らせた。
シードリはこの一瞬の隙に、二頭の死角を利用して急襲してきた三頭目の怪獣へと視線を走らせる。彼は難なく身体を低く沈め、宙を飛ぶ怪獣が無防備に晒した腹部へと照準を合わせ、刃をその腹へと突き立てた。
生き残っていた二頭目は、自らの恐怖を駆逐するかのように咆哮を上げ、その巨大な双顎をシードリの腰回りへと狙いを定め、猛然と食らい付いてきた。
しかし、シードリは回避を選択せず、逆に手にしたビームサーベルの出力を引き上げ、その光刃をさらに強大な一撃へと変化させた。
そして、怪獣の双顎の関節に沿って電光石火の刺撃を見舞い、最後はその大顎の奥へと目にも留まらぬ三連撃を叩き込んだ。怪獣は瞬時に力を失い、そのまま地へと倒れ伏した。
「どうやら、俺の心配は余計なお世話だったみたいですね……」
「ふっ……この師匠が、お前ごときに心配されるようなタマではないさ」
グダスは諦め混じりに、呆れたように首を振った後、シードリに向かってパトロール部隊に配備されている『万能ワクチン』を差し出した。
これは、あらゆるウイルスを逆に駆除できる特殊な病原体の生存株であり、当然ながら遺伝子調整が施された調整体でもある。
パトロール部隊の隊員たちに直接の危害を及ぼすことはなく、極めて軽微な副作用があるのみだった。
外部から侵入したウイルスだけでなく、このワクチンの生菌は特に『毒素』を栄養源としており、身体に侵入したあらゆる毒素を綺麗に喰らい尽くしてくれるという、非常に画期的なワクチンなのだ。
「それにしても、久々に引き受けた任務で、まさか見知った種族を見かけることになるとはねぇ」
シードリは腕にワクチンを注射しながら、横たわる虫型怪獣の死体を見つめてそう呟いた。
「師匠、この洞窟内にはおそらく有毒ガスが存在しています。一度外へ出て防護の準備を整えてから、再びここに入って本部の分析用にサンプルを採取しましょう」
「それもそうだな。ワクチンとて、あくまで一時しのぎに過ぎん」
そう決定した二人は、ひとまず洞窟の外へと足を踏み出した。ライツが宇宙船を操縦してやってくるのを待ちながら、手元の端末でサンプルの採取作業を進める。
「それで師匠、俺たちの任務はこのまま継続するんですか?」
「うむ……この状況だ、まずは一度本部へ戻って報告を入れ、この外来種を駆除するために部隊を増派する必要があるかどうかを確認したほうがいいだろう」
「シードリ上官、グダス! 本部から帰還命令が下りました!」
ライツが宇宙船からこちらへと向かって、走りながら大声で叫んだ。
「どうやら、君たちが前に持ち帰ったアレの解析も終わったようだな」
シードリは至って冷静に、そう告げた。
「本当っすか!? だったら、こんなところに長居してる場合じゃないですね」
「我が弟子は、まだまだ鍛え直す必要があるねぇ」
シードリは興奮冷めやらぬ様子のグダスを見つめながら、やれやれと首を横に振った。
そうして怪獣の死体の回収を急いで済ませると、彼らは息つく暇もなく本部へと引き返した。三人が本部に帰還すると、さっそくビスが出迎えにやってきた。
「みんな、任務お疲れ様。他のみんなはもう会議室に集まってるわよ」
「もうそんな時間ですか? 今回は一体どんな驚くべき情報が飛び出すのか、今から楽しみですよー」
グダスは湧き上がる興奮を抑えきれない様子で、足早に歩みを進めていった。
「我が弟子よ、止まれ」
シードリが、前を歩いていたグダスに向かって声を張り上げた。
「師匠、どうしたんです? 他のみんなをあまり待たせるわけにはいきませんよ」
「グダス、これから会議室へ赴くのだ。その意味がわかっているな。お前はやはり、時と場合をわきまえんその挙動を、もう少しコントロールする必要がある」
シードリは今、師弟の親密な間柄としての口調を完全に捨て去り、上官としてグダスに向かって言い放った。
自分の師匠がそのような毅然とした状態になったのを目にし、グダスもまた自身の失態を自覚した。
「俺の未熟さゆえです。次からは気をつけます、シードリ上官」
グダスもその後すぐさま気を引き締めた。彼がしっかりと身なりと心を整えたのを確認したシードリは、少しだけ満足そうに頷いてみせた。そして、シードリが一行の歩みを先導する形で、会議室の入り口へと到着した。
「すまない、遅くなった」
シードリは落ち着いた態度で、すでに着席している他の上官たちへ簡単な謝罪を述べた後、自身の指定席へと腰を下ろした。
グダスたちは一般席へと着席した。その後、会議の進行を務めるのは、先進文明のデータ解析を行った科学者チームの一員である、バトロ族の女性だった。彼女は眼鏡の位置を指でクッと押し上げた後、語り始めた。
「上官達がわざわざ集まってくれて助かるよ。まぁ、退屈な挨拶なんか、皆さんも聞きたくないでしょ? というわけで、その辺は全部すっ飛ばして本題に入るね」
女性科学者は手にした長方形の薄型端末を操作し、会議室の中央にある円柱型の表示幕に報告資料を投影した。
「今回、アタシたちがデータ解析したデータから、あの高等文明に関するいくつかの事実が判明したんだ」
その時、中央の表示幕に投影されたのは、極めて奇妙な紋章だった。
「あの紋章……どこかで見覚えがあるような気がするがね?」
パトロール部隊の最高責任者であるモクス長官が、その表示幕をじっと凝視しながら、そう言葉を漏らした。
「歴史学の専門家たちを動員して探らせた結果、これがかつて宇宙の創生期に存在していた世界種族、『ダタラシャヨス』のものであると確認されたってわけ」
女性科学者がそうサラリと告げた瞬間、その場にいた高官たちは一斉に驚愕し、騒然とし始めた。しかし、モクス長官だけは至って冷静に問いかけた。
「この情報源の信憑性は確認済みかね?」
女性科学者はその問いを事前に予期していたようで、不敵な笑みを浮かべ、眼鏡を軽く押し上げてから答えた。
「うん、バッチリ。アタシたち、連盟に申請を出して星間センターの歴史記録博物館を動かしてね。あそこの学者たちに鑑定を依頼して、裏付けは取ってあるよ」
「まさか、本当に本物だったとは……」
モクスが思考を巡らせている間も、周囲の他部門の上官たちは一斉に騒然い続けていた。
「これは重大な発見だぞ……」
「他の星間連盟も血眼になって探しているあの文明が、まさか……」
──そんな喧騒の中、シードリが静かに手を挙げた。
「発言を許可する、シードリ」
モクス長官が発言を許すと、シードリは軽く咳払いをしてから口を開いた。
「その伝説の文明に関する手がかりの他に、データには何が遺されているんだ?」
女性科学者は少し姿勢を正し、サバサバとした調子で言葉を続けた。
「ええ。容量を見る限りはそこそこデカいんだけど、どうやらまだ未完成みたいでね。アタシたちの同僚が、今も頑張って解析を試みているところだよ」
「……ならば、致し方ないな。それで、君が先ほど口にした『これら二つ以外』に、まだ何か報告すべき件はあるのかね?」
「ありますよ、長官。今回持ち帰った『生体サンプル』に関する研究レポートについても、この場で併せて報告させていただきます」
その時、怪獣処置部の代表長官であるヤ・ト・アス・デアスが口を開いた。犬の耳を持つその半獣人は、まるで獲物を狙いを定めたかのように細めた瞳で、女性科学者に向かって低く響く声で催促した。
「……おい。噂に聞くあのちっぽけな虫ケラも、例の大虫どもと同じ種類の怪獣だってわけか?」
「その部分に関してはね、検査結果でも確かに同族だって示されているよ。ただ、細部の亜種としてはまた別物みたいだけど」
「ほう……あの種族、進化の過程で本当にそれほどの差異が生じるのか」
怪獣処置部のデアス長官がそう呟き、自身の思考へと没頭し始めるのを見届けると、女性科学者はそのまま自身の報告を続けた。
「これまでの情報によると、あの生物には彼らの進化を促進させる『石』が存在するらしいんだ。アタシたちはひとまず、それを『進化石』と呼称しているよ」
女性科学者はすぐさま手元の操作で、表示幕に人型の上半身に似た透過画像を映し出した。
「このレントゲン画像を見てもらうとわかる通り、サンプルの胸部の位置に球体の黒い影があるでしょ? これが進化石。アタシたちのデータと証言から導き出した結論としては、この石はどうやら彼らを短時間で『強制進化』させるための器官のようだね」
「……ということは、以前にあの怪獣の身体で目撃したあの『青い石』、それこそがこの進化石というわけかね?」
シードリが、そう核心を突くように問いかけた。
「その当時のデータと照らし合わせた結果、可能性としては八十から九十パーセントってところだね」
女性科学者は、そう淡々と答えた。
「……ということは、私たちが今目にしているあの体型の大きな個体が、環境へ適応するために、逆に体型の小さな個体へと進化を遂げることもあり得る、ということかね?」
モクスがそう低く呟いた瞬間、グダスがスッと手を挙げた。それに気づいたモクスが口を開く。
「何か発言があるかね?」
「長官のお言葉に関連してですが……以前、俺たちがトラクス星へ赴いた際、ほぼ同じタイプの人型虫族兵士を少なからず目撃しています」
「なるほど……確かにそのような報告書に目を通した記憶がある。となれば、今後この生物との戦いにおいては、一撃で完全に根絶やしにできる方向性で兵器開発を進める必要が出てくるな」
短い思考の後にそう自身の結論を導き出したモクスは、再び科学者へと問いかけた。
「他にまだ、話していない件はあるかね?」
「あとは最後、記録映像らしきものがあるんだけどさ。ただ、現時点でまだメッセージの解読中でね、皆様に正式な解説をできる段階じゃないんだよ」
女性科学者は顔にかなり惜しむような表情を浮かべ、無力そうに首を横に振った。
「それなら致し方ないね。解読が完了したら、各部門の長官の端末へ転送しておいてくれ」
「了解。あ、それとね、その映像データに一緒にくっついてる座標ファイルがあるんだよ」
「座標かね? 私たちに見せてくれたまえ」
モクス長官がそう促すと、すぐさま中央の立体表示幕に、数字の座標と、それに関連する惑星の情報が映し出された。
「アタシたちの調査によると、この座標は『ダスラックス星系団』の中にあるんだけど、詳細な位置を特定するには、実際に現地まで赴く必要があるみたいだね」
その言葉を耳にした瞬間、モクスはシードリとビタンの二人へ真っ向から向き直り、至って平穏に語りかけた――。
「どうやら今回も、ビタンの小隊に現地へ赴いてもらう必要がありそうだな」
「了解しました、モクス長官!」
ビタンはハキハキとした声で応じた。それを見届けたモクス長官は、再び女性科学者へと視線を向けた。
「これで報告はすべてかね?」
「ええ、現在の進捗はここまでだよ」
その後、モクス長官は出席している他部門の長官たちへと顔を向け、問いかけた。
「それでは、在場の皆様の中で何か質問はありますかね?」
会議場の長官たちが示し合わせたかのように一斉に頷くのを確認すると、モクスは会議を終了させた。
一方その頃、グダスは出航の準備の手伝いを命じられていた。
――ところ変わって、モクスの執務室。そこにはシードリとビタンの二人が集まっていた。
「ビタン、今回もまた現地を調査してもらうことになってすまないな。何か必要なものがあれば、遠慮なく申請を出してくれ」
シードリが口を開いた。
「兄貴、心配いらないよ。その辺のことなら、あんたの弟子のほうが私なんかよりよっぽど図々しく要求を出してくると思うしさ」
「あの手のかかる弟子のことになると、お前には本当に苦労をかけるな。兄として申し訳なく思っているよ」
そう言って頭を下げるシードリだったが、その目はモクス長官の様子を盗み見ていた。
「シードリ、雛鳥をしかるべき時に巣立ちさせて成長させるというのも、また重要なことだよ。ビタンなら、きっと彼を良い方向へと導いて成長させてくれるさ」
モクス長官は顔に穏やかな笑顔を浮かべながらそう諭したが、自分の言葉がまるで響いていないかのようなシードリの様子を見て、コホンと軽く咳払いをした。
「その道理はわかっているさ。だがね……今回あいつが見せた不甲斐ない立ち振る舞いは、本当に俺を不安にさせるんだよ」
「兄貴。あんたの弟子が確かにまだ改善すべき点だらけなのは認めるけどさ。救いなのは、あいつが自分のどこが間違っていたかをちゃんと分かっていて、自分で反省できるってところだよ」
シードリは妹の言葉を聞いて苦笑いを浮かべながら、こう言葉を漏らした。
「ならば……あのバカ弟子のこと、くれぐれもよろしく頼むよ」
「了解しました、シードリ長官!」
ビタンは悪戯っぽい表情を浮かべながら、そう応じた。
「俺をからかうのはよせ。それと……気をつけてな。今回の座標のエリアは『未探索宙域』に属している。そこに何があるのかは、連盟側にも一切の記録がないんだ」
「その件に関してはね、私がパトロール部隊の最高責任者として、君に不憫な思いをさせるな。だが、パトロール部隊として支援できる部分については、シードリが言った通り、十分なものを供給するつもりだ。その点は安心してくれたまえ」
モクス長官がそう言葉を補足した。
「はっ、長官! 部下であるビタン、必ずや全員を無事に帰還させてみせます」
ビタンはそれまでの冗談を一切排除した真剣な表情を浮かべて誓った。
モクス長官は満足そうに頷き、彼女の決意に応じた。
「時に、シードリ。今回君が弟子と一緒に回収してくれたサンプルについてだがね。科学班から伝言があるんだ。一緒に確認してくれ」
『……あ、これ、事前録画です、モクス長官。……ふぁ、先ほどのサンプルに関して、アタシたちが非常に気になる情報を発見いたしまして……』
一同は表示幕に映し出された映像を、固唾を呑んで見つめた。画面の中にいるのは、ひどく病み気味で、目の下に深い隈を刻んだ、女装の男性科学者だった。彼は今にも消え入りそうな、気だるげな調子で語り始めた。
「……アタシたち、あの怪獣の体内にさぁ……人造のモノを、見つけちゃったのよねぇ……」
その病み気味の科学者が、今にも眠り落ちそうなほど、とろけた平淡な調子で言い終えると、関連データが表示幕の右側へと映し出された。
そこに写し出されていたのは、鮮烈な菱形をした、まるでブルー水晶のような鉱物であった。
「この鉱物をテストしてみたらさぁ……特定の波長に反応しちゃってねぇ……。アタシたち、これが何らかの人為的な介入で、あいつらの身体に埋め込まれたコントロール用のデバイスなんじゃないかって、睨んでるのよねぇ……。上官の皆様におかれましてはぁ……部下への周知、よろしくお願いしまぁす……。……ん、じゃ、皆様ご苦労様ぁ……ふわぁ……」
その病み気味の科学者がそう言い終えると、表示幕は唐突にブツッと切れた。
「あいつは相変わらず、いい加減な奴だな」
シードリは顔にすっかり呆れ果てた様子を浮かべて、そう吐き捨てた。
「彼はああ見えても極めて有能な人材だからね。だからこそスカウトしたんだ。あの隈を見る限り、おそらく七十二時間は寝ていないのだろう。その辺は勘弁してやってくれ」
モクスはそう言うと、話題を元に戻した。
「彼らの研究報告、そしてシードリが奴らを発見した場所から推測するに、奴らが明確な意志を持って領域を拡張している可能性は極めて高い。我がパトロール隊は人員を増強して巡回と駆除を強化する。そのためにも――」
モクスはシードリの身の上に視線を止めた。
「わかってるさ。俺がこれほどモテる人間なら、それも仕方ないな」
「君が自身の重要性を深く理解してくれていて、本当に助かるよ」
「ビタン。君たちは安心してダタラシャヨス文明の遺物を集めに行ってくれたまえ。我々も、彼らが一体なぜ我々を選んだのか、興味津々なんだよ」
モクスは顔に親切な微笑をいっぱいに浮かべて、そう告げた。
「はっ! 自分、全力を尽くして任務を完遂してみせます!」
「では、頼んだよ」
――その後、グダスが自身の宇宙船の内部で物資の搬入を手伝っていた、その時だった。
「グ――ダ――ス――! あんたまた何か変なもの買い込んで、貨物室占領してんじゃないでしょうね!」
ビスは完全に質問の調子でグダスの名前を大声で叫びながら、彼がいる方向へとドカドカと向かって行った。
「変なものって何だよ!? あれは『万が一の時の備え』って言うんだ! しかも今回買ったロットはセール中で、噂じゃ何億人ものユーザーから大好評を得てるらしいんだからな!」
ビスは顔にすっかり呆れ果てた様子を浮かべ、溜息混じりに言った。
「そんなのただのセールストークでしょ。そう言わなきゃ、あんたみたいなバカが買うわけないじゃない……」
「でもさ、前はこういうアイテムのおかげで何度も助かっただろ!? 頼むから手加減してくれ、返品だけは勘弁してくれよ――っ!」
グダスは涙と鼻水をボロボロと流し、自分で勝手に密輸して船へ持ち込んだアイテムのコンテナに、必死の形相でしがみつくのだった。
「これじゃ、まるで私が悪者みたいじゃない……」
ビスは無念そうに溜息を一つ漏らすと、言葉を続けた。
「一応、私たちのボスには報告しておくからね。あんた、自分でボスにしっかり言い訳しなさいよ」
「あなた様の大恩大徳、生涯忘れませんーっ!」
グダスは先ほどのがっつりとしがみついたポーズのまま、そう応じた。
ビスがやれやれと無念そうに首を横に振っていた、その時。
ヤグナが、自分の体格よりも二倍はあろうかという巨大なコンテナを片手で軽々と持ち上げ、もう片方の手でその貨箱を支えながら姿を現した。
「何かあったのですか? どうしてグダスさんが、あんなに泣いているのでしょう……?」
「あ……ヤグナ、お疲れ様。荷物はその辺に置いておいてくれれば大丈夫だよ。グダスのことなら気にしなくていいから」
ビスがそう声をかけた。
「……はい。それと、ボスが先ほど戻られまして、お二人に連絡会議があるから伝えるようにと頼まれました」
「わかったわ。グダス、いつまでもそこでメソメソしてないで、行くわよ」
そうして三人がブリッジに到着すると、そこにはライズとロライラがすでに待機していた。
「よし、人数が揃ったね。各自、適当に空いてる席にでも座りな」
ビタンはドリンクを片手に、自身の特等席に座ったままそう言った。
遅れてやってきた三人は、彼女の指示に従って席に着いた。ビタンはそれを確認すると、傍らに控えるロライラに向かって言葉を投げかけた。
「ロライラ、さっき渡した内容をみんなに説明してやってくれ」
「了解いたしました、ボス」
ロライラは以前にも増して人間らしい、エレガントな立ち振る舞いで小さく一礼した。 そのまま投影装置の前に立つと、操作計器に指を滑らせる。すると、表示幕には特定の座標といくつかのデータファイルが映し出された。
「今回、当宇宙船が向かう予定なのは『ダスラックス星系団』です」
「あそこって、確か我が星間連盟がまだ調査を終えていない、未踏の遥か遠い星系じゃないの?」
ビスがそう問いかけた。
「あまりに遠すぎるからこそ、自分たちだけで赴くしかないのさ。当然、予期せぬ事態に遭遇する可能性も高くなる」
ビタンはそう言い残すと、ロライラに向かってスッと目配せを送った。
「こちらのデータをご覧ください。現時点で判明しているデータによれば、ダスラックス星系団には大小合わせて約十個のブラックホールが存在しています。現在、星間連盟専用のゲートは存在しません。そのため、科学者たちと協力し、ブラックホールの特性を逆算している最中です。我々に最も近い宇宙空間において、一時的に空間を拡張し、ブラックホールが共有する特異空間を利用した『逆相ワープ』を可能にするポイントを特定いたしました」
ロライラは、そのように優雅な口調で説明した。
「まさかブラックホールを利用した逆相ワープだなんて……。これほど高度な技術が実用化されていたとは」
ライツは――その顔に驚嘆の色を浮かべて呟いた。
「そうか? 俺の師匠は、昔から任務のたびにこの『逆相ワープ』をよく使ってた気がするけど」
グダスは、何気ない様子でそう返した。
「なっ!? 私の母星が侵略される前から、侵略されるまで……計百年の歳月を費やしても解明しきれなかった技術が、ここではまるで朝飯前とばかりに容易いことだというのか? やはり外惑星の科学技術というものは、これほどまでに驚嘆すべきものだったとは……」
ライツがぶつぶつと独り言を始めたのを見て、グダスはそっと手を挙げて質問を投げかけた。
「ボス。ってことは、科学部からの連絡を待てば、いつでも発進できるってことですよね? どのくらい時間がかかりそうか、何か聞いてますか?」
「そうだね。連絡事項だと、百二十時間もあれば何らかの目処は立つはずだ。距離が距離なだけに、逆算に少し時間がかかるみたいだね」
「なるほど……。つまり、まだ準備を整える時間はあるってことか」
グダスはそう言いながら、高揚感を抑えきれない様子で、グッと拳を握りしめた。
「いいか、やるべきことを優先して片付けちまいな」 ビタンは人差し指と親指で眉間を押さえながら、そう言い放った。
「了解です、ボス。俺に任せて、安心してください!」
自信満々に答えるグダスを見つめるビタンの瞳には、ありありと懐疑の色が浮かんでいた。
「ボス、安心してください。こいつの進捗は、私が責任を持って追いかけますから」
ビスが横から口を挟んだ。
「それは助かるよ。……なら、任せたよ」
ビタンの言葉に、ビスが「はっ」と短く応じると、そのままグダスを連れてブリッジを後にした。
さてと。出発前に、アタシも準備を整えるとしますかね」 ビタンはそう独り言を漏らすと、次なる旅路に向けて自身の備えを始めた。




