ロストプラネットII(LOST PLANET II)-第八章 決戦-後
やがて――グダスたちは瞬く間に戦場上空へと到達した。
眼下に広がるのは、かろうじて持ちこたえている地上部隊の姿。
その光景を確認した直後、通信が割り込んでくる。
『零番隊、状況を報告せよ』
回線に入ってきたのは、防衛署長ラミティアだった。その声には、わずかな緊張が滲んでいる。
「目標は離脱。まもなく惑星圏に到達します。緊急の戦力再配置が必要です」
『了解した。貴隊は迎撃ポイントへ移動し、待機せよ。直ちに戦術を再構築する』
ラミティアとの通信が切れた直後、すぐさま別回線が接続される。
『グダス、こちらに寄って私を回収してくれ』
ビタンの声だった。
「了解しました、社長」
指示を受けたグダスは、そのままロライラとライツへ通信を繋ぐ。
「少し回り道だ。社長を迎え合流するぞ」
そこには、完全装備のビタンが一人、開けた地面に立ち、こちらへ向けて手を振っている姿があった。
直後、ロライラが転送システムを起動。
ビタンは光に包まれ、そのまま機内の客室エリアへと転移した。
『グダス、ひとつ提案があるの。これから交戦に入る前に、私を降ろしてほしい』
ビタンが映像越しにそう告げた。
「社長……いったい何をするつもりなんですか?」
『大丈夫よ~。無茶はしないから。あなたたちは迎撃に集中してちょうだい。』
グダスはあからさまに疑いの表情を浮かべた。
だが、師に託された人物である以上、軽率な行動を取るはずはない――そう自分に言い聞かせる。
そんな思考が巡る間にも、機体はあっという間に目的地へと到達していた。
「社長、到着しました。どこで降ります?」
『あそこ。見えるでしょ、あの妙に禿げた岩山。あそこでいいわ』
ビタンが指し示した先には、確かに周囲の森林とは不釣り合いな、ぽっかりと露出した小さな岩丘があった。
「なんだあれ……あんなに不自然に禿げてるなんて」
グダスは小声で呟きながら、ロライラへ指示を送る。
やがてビタンはその禿げた岩丘の上へと転送され――グダスたちはそのまま、怪獣の落下予測地点へと進路を取った。
虫王は双翼を失って以降、その移動速度は明らかに大きく低下していた。
やがて各部隊が指定された迎撃地点へと集結を終えた頃、通信機に新たな命令が入る。
「各部隊、最終迎撃準備。目標はすでに大気圏内へ突入――砲撃開始!」
グダスたちから虫王の離脱報告を受けた後、防衛側は即座に新たな作戦を立案していた。
砲撃部隊は引き続き現位置から遠距離砲撃を継続し、小型怪獣の数を削る。
一方で、これまで砲撃部隊の護衛に回っていた部隊の一部を前線へ再配置し、突破してくる小型怪獣――いわゆる取りこぼしの排除に当たらせる布陣だ。
「どうやら、今度こそ本当に最後の戦いになりそうだな、ライツさん」
グダスは落ち着いた口調でそう言った。
「まったく、とんでもなく厄介な野郎だ。俺たちでこいつをこの宇宙から叩き出してやろう!」
ライツの声には激情が宿っていた。グダスはエネルギーゲージの状態を一瞥する。どうやら安定してきたようだ。そして、そのままライツへ応じた。
「その通りだ、さっさと片付けてぐっすり寝よう!」
二人が状態を整えたその時、上空の大気圏に、落下してくる虫王の姿が現れた。
虫王の出現と同時に、地上の砲撃部隊は休むことなく攻撃を続ける。一方で虫王も、残存する小型怪獣を次々と転送し、かろうじてそれらを緩衝材代わりにしていた。
巨大な衝突音と爆発音、さらに地響きが発生し、巻き上がった分厚い土煙が視界を遮る。まるで絶え間ない砲撃に包まれているかのようだった。
「高エネルギー反応警報! グダスさん、攻撃が来ます!」
ロライラは声を張り上げて警告する。
「分かった、ライツさん! 任せた!」
「おう!」
短く応じたライツは、流れるような操縦で機体を駆る。
ロレイラ号とヴァトラヴァが合体した「ザルフェンリガ」は、しなやかな動きで襲い来るビーム砲を回避しつつ、背部の二門砲塔を同時に発射し、虫王の砲撃姿勢を崩そうと試みる。
だが当然ながら、この形態での攻撃では虫王に有効なダメージを与えられない。
虫王にとってそれは、素早く飛び回るだけで害を成さない羽虫を相手にしているようなものだった。
そのため、薙ぎ払うような掃射と、前肢から放たれる斬撃の気刃を無差別に振るい、偶然にでもグダスたちを切り裂けないかと狙い続けていた。
その膠着状態のせいで、砲撃部隊も迂闊に砲撃を行えない。友軍への誤射を避けるため、彼らは虫王が連れてきた残存の小型虫型怪獣を排除し、グダスたちと虫王との戦闘を妨害させないよう対処していた。
そんな状況がしばらく続いた後、ライツとグダスの二人は、自分たちの集中力が開戦時ほどの鋭さではなくなっていることに気付く。
そして同時に悟った。
「このままじゃ、俺たちの方が先に倒れるかもしれない。ライツさん、操縦権を俺にくれ。考えがある」
「分かった。どうするつもりだ?」
「見れば分かる。ロライラ」
「はい、グダスさん」
「形態切替を実行!」
「了解、モード変更を開始します」
ロライラはそう応じると、次の指示を待つようにグダスへ視線を向けた。
「ゴー! ハート・バースト!」
グダスの掛け声と同時に、ロライラはコントロール実行項目へと触れる。
その直後、ヴァトラヴァと合体していたロレイラ号は分離し、以前の単独合体時と同じ二機の親子機へと分かれる。
そしてヴァトラヴァもまた、人型形態へと変形した。
ロレイラ号の大型母機は、まず戦闘機両側のスラスターを主翼端へとスライドさせる。
続いて機体腹部が貝殻のように機首の方向へ展開し。
同時にヴァトラヴァの上半身が一八〇度反転し、背後にあった狼首が正面へと。
さらに人型時の頭部が反転収納され、新たな顔が出現。
展開された母機の機腹パーツは、そのままヴァトラヴァの胸部両側を挟み込むように装着され、重厚な胸部装甲を形成した。
さらに背部の双翼が下方へ展開。
ヴァトラヴァは両腕に、そのまま二基の大型ブースターへ力強く差し込む。
するとブースターは前腕部へなる、ブースターの下に剛腕の拳が姿を現した。
続いて下半身後方には、ロレイラ号から分離した子機が出現。
接近した子機は揃えられた両脚へ接続されると、機腹中央からハッチを左右へ展開し、そのまま脚部全体を包み込む。
さらに機首部分に存在していた自動制御コックピットが、機体ごと中央から二分割。
同時に左右の主翼を収納し、尾部のスラスターが脚底ユニットへ変化する。
そして尾翼の方向舵が鋭い爪先を形成した。
すべての合体が完了した瞬間、グダスは興奮を隠せないまま機体名を叫ぶ。
「ガンーヴァラヴァ――ここに降臨!」
「ガ?ガンーヴァラヴァて?」
それを聞いたライツは、困惑した表情でその名を復唱する。
一連の変形合体は長く見えたものの、実際にはわずか数秒ほどの出来事だった。
眼前に、それまでとはまるで異なる姿の機械巨人が立ちはだかる。
その異様な姿を前に、虫王の攻撃も一度途切れた。
警戒するようにガンーヴァラヴァを見据えた後、次の瞬間には一直線に突撃を開始する。
「来るぞ!」
ライツが神経を張り詰めながら警告を飛ばす。
「もう少し観察してくるかと思ったが……随分と大胆だな」
グダスはどこか余裕を感じさせる口調で呟いた。
「今それを言ってる場合か!?」
「まあ見てろ」
そう言うとグダスは素早く機体を操作し、続けざまに叫ぶ。
「スーパー・ブーストナックル!!」
その掛け声と同時に、ガンーヴァラヴァは両腕を虫王へ向けて突き出す。
合体して形成された巨大な前腕部の周囲に小型スラスターが展開し――次の瞬間、拳は一直線に虫王へ射出された。
「!!!」
二つの小型物体が高速で迫るのを見た虫王は、反射的に払い除けようと腕を振るう。
しかし次の瞬間――。
「ガァンッ!!」
轟音が響き渡る。
ブーストナックルは虫王の腕によって受け止められていた。
そして虫王は、この異常な攻撃に対し、先ほどまで侮っていた小さな存在を見据えるように凝視するのだった。
やがて虫王の鋭利な爪に、微かな亀裂が走る。
次の瞬間――ガンーヴァラヴァのブーストナックルが、その亀裂ごと爪を貫通した。
貫通の衝撃によって、飛拳を受け止めていた一対の爪は大きく跳ね上げられ、虫王の巨体はわずかに後方へ仰け反る。
「今だ! ロライラ、兵装庫ナンバー4開け!」
「了解」
直後、戻ってきたブーストナックルが造た僅かな隙を狙うように、ガンーヴァラヴァの手元へ転送用ワームホールが出現する。
そこから武器のグリップが姿を現し、ガンーヴァラヴァは空間圧縮連射機関砲を引き抜いた。
「そのまま大人しく止まってろ!!」
グダスが叫ぶと同時に、ガンーヴァラヴァはマシンガンを構え、重力弾を連続射出していく。
しかし次の瞬間――信じられない光景が広がった。
「曲がっただと!?」
グダスは思わず声を上げる。
彼の目の前で起きていたのは、重力弾が虫王へ命中する直前、まるで見えないバリアに触れたかのように軌道を歪められる光景だった。
重力そのものが虫王の周囲で捻じ曲げられ、弾道は逸らされていく。
だがら虫王は、その攻撃をまるで意にも介していなかった。
「解析完了。対象周囲に重力フィールドを確認。重力弾によるダメージは期待できません」
ロライラが冷静に報告する。
「それってつまり、この武器は役立たずってことか?」
ライツが問い返す。
「この手が駄目なら、別の手を使うまでだ。ロライラ!」
「はい、何でしょ。グダスさん」
「兵装庫ナンバー2を開け!」
「了解。装備換装を実行する――来ます、グダスさん」
ロライラの言葉通り、転送用ワームホールから剣のたかび部分が姿を現す。その外見は以前使用した時とほとんど変わらない。まるで刃半分折れだの剣によに、大剣仕様の巨大武装だった。
しかし虫王は待つつもりなどなかった。そのまま一直線に突進し、ガンーヴァラヴァへ激突。
衝撃でガンーヴァラヴァは後方へ大きく滑らされる。だが虫王は休む間も与えない。
続いて二対の鉤爪に光輪が出現する。それは、砲撃発射の前兆だった。
「まずい!」
ライツが叫ぶと同時に、反射的に操縦桿を押し込む。
ガンーヴァラヴァは瞬時にスラスターを全開し、逆に虫王へ向かって突撃した。
グダスはライツの狙いを察すると、同時に武装操作する。巨大剣を展開し、その刃から光束ブレードビームを発生させる。
「おおおおおおおおッ!!!!」
ライツはそのまま、ガンーヴァラヴァの握る大剣を虫王へ突き立て。
『ギィンッ!!! 』
金属が激突する轟音。
虫王は前方の一対の爪、巨大剣を受け止める。
しかし腹部側のもう一対の爪は角度を変え、ガンーヴァラヴァへ狙いを定めていく。
対峙時の爪の光輪が徐々に輝きを増していく、その瞬間...突如として大地が激しく揺れた。
「地震だと!? よりによってこのタイミングかよ!」
グダスは思わず不満を漏らす。
「倒れろぉぉぉッ!!」
一方をライツは虫王との力比べに集中し、手にした武器で強引に貫こうと全力を込めていた。
「警告。不明生命体が接近中。加えて、通信回線を受信しています」
ロライラがそう告げる。
「通信だと!? 早く繋げ!」
グダスは武装制御を忙しく操作しながら、通信へ意識を向けた。
『よやく繋がった。グダス、よく聞きなさい。あんたたちに手を貸せるのはここまで。あとは“原生種”の怪獣をどう使うか、あんた次第よ』
通信越しに聞こえてきたのは、ビタンの声だった。
彼女はそれだけを素早く告げると、一方的に通信を切断する。
「はぁ? 原生種の怪獣だって?」
呆気に取られたように呟いたグダスは、そのままロライラへ問いかけた。
「ロライラ、不明生命体との現在距離は!?」
「現在、本機へ接近中の大型単独個体を確認。加えて、ビタンさんもこちらへ移動しています。およそ一分後に目視圏内へ到達予定です」
「ライツさん、操縦権を俺に戻せ。さっきの通信、聞こえてただろ?」
「分かった……任せる!」
ライツは限界寸前まで張り詰めているのか、荒く息を吐きながら答える。
操縦権の切り替え完了を確認したグダスは、すぐさまガンーヴァラヴァの全ミサイルハッチを展開。
そのままロライラへ指示を飛ばした。
「ロライラ、機体防御エネルギーを最大強化! 全員、衝撃に備えろ!」
その直後、グダスは機体に搭載された全ミサイルを一斉発射。凄まじい爆発と土煙が周囲を覆い尽くした。
その視界を奪われた虫王は苛立つように、前方一帯へ無差別砲撃を乱射する。
その最中、ガンーヴァラヴァを押し返していた感触が消えたことに気付き、周囲を警戒しながら姿を探し始めた。
だがその頃には、地震の揺れがさらに激しさを増していた。
地上では、一つの人影が全力で駆け抜けながら、手にしていた何かを虫王の方向へ投げ放つ。
そしてそのまま一気に加速し、その場から離脱した。
『グォォォォォォォォォォォォッ!!!!!!』
直後――腹の底を震わせるような野獣の咆哮が大地へ轟く。
激震と共に進路を変えた“それ”は、巻き上がる土砂を引き裂きながら虫王へ突進。
そして巨大な衝撃音と共に、その巨体へ真正面から激突した。
原生種怪獣より一回り大きい虫王は、その衝撃で後方へ滑らされながらも、辛うじて突進を受け止める。
全身を岩石に覆われた球体のような姿だったが、転がる勢いを失ったことで後方へ反転し、球体形態を解除する。
やがて土煙と地響きが収まり、姿を現したのは――巨大な岩殻に身を包んだ怪獣だった。
全身を岩石に覆われた球体のような姿だったが、転がる勢いを失ったことで後方へ反転し、ロ球体形態を解除する。
その姿はどこか穿山甲にも似てで、背には巨大な岩殻。四肢にも岩石装甲が形成されている。
さらに鼻先には鋭い鱗状の装甲が伸び、下顎からは一対の牙が剥き出しになっていた。
原生種怪獣は目の前の虫王を睨みつけると、威嚇するように咆哮。続けて大きく口を開き、淡い青色のビーム砲を放つ。
その一撃は真正面から虫王へ命中した。
そしてその時――
先ほど弾幕に紛れて至近距離から離脱していたガンーヴァラヴァが、再びその姿を現す。
グダスはすかさず叫んだ。
「虫王の動きが止まった! 今のうちだ!」
ガンーヴァラヴァはグダスの操作に合わせ、手にした巨大剣の末端に接続されたエネルギー供給ワイヤーケーブルを、自身の前腕装甲端子へ接続する。
そして、その大剣を頭上高く掲げた。
「ロライラ、出力を上げろ!」
「了解」
ロライラの応答と同時に、ガンーヴァラヴァの握るビーム大剣はさらに膨張し、その刃部分の長さは機体の三倍近くにまで達する。
「まだ足りない……! さらに出力を!」
「グダスさん、これが現時点で投入可能な最大出力です」
「これでも……虫王を仕留め切れないかもしれない……」
「今ここで奴を倒さなきゃ……もう次は無いかもしれねぇ……」
ライツはそう呟きながら、他の怪獣によって押さえ込まれている虫王を、虚ろな目で見つめていた。
「ライツ……?」
グダスの呼びかけに反応し、ライツは通信越しに顔を上げる時に、その瞳から伝わってきたのは、激しい焦燥と濃密な殺意だった。
『このまま長引けば、また暴走しかねない』
グダスはそ思うでいる。
「自分の手で決着をつけたいんだな?」
「当然だ。今はあいつ、動けねぇんだぞ……。今を逃したら、次があるか分からねぇ……」
「分かった。なら任せる」
グダスはエネルギーゲージを見つめながら、静かにそう言った。
「感謝する……これでやっと、仲間たちの仇が討てる!」
ライツがそう言い終えた、その瞬間......
彼の腕に刻まれた傷が、突如として激しい輝きを放つ。
その光景を見たグダスは、エネルギーゲージの数値が信じられない速度で跳ね上がっていくのを目にした。
上昇は止まることなく、やがてガンーヴァラヴァの計測上限を突破。
彼の腕に刻まれた傷が、突如として激しい輝きを放つ。
数値表示は消え去り、ただ画面上には、目が眩むほど眩しい一本の発光ラインだけが残されていた。
「嘘だろ!? エネルギーゲージってこんな光り方するのかよ!?」
グダスは思わず声を上げる。
直後、ガンーヴァラヴァの手に握られていた光束大剣は、さらに膨れ上がり、機体の五倍近い巨大さへ到達する。
続けて機体背部――後方へ向けられた全スラスターが、一斉に莫大な噴射を開始。
ガンーヴァラヴァは光の尾を引きながら、虫王へ向けて猛烈な勢いで突進した。
一方、突然現れた原生種怪獣への対応に追われていた虫王も、ガンーヴァラヴァが動き出したことを察知する。
奴も低く唸り声を上げると、先ほど重力弾を弾いた重力フィールドを再び展開し、そしで、眼前の怪獣の攻撃そのものを歪めようとする。
そして――虫王の予想通りだった。
原生種怪獣が放った光束砲は重力場によって軌道を捻じ曲げられ、その進行方向は寸分違わず――ガンーヴァラヴァへ向けられていた。
「ぐっ!?」
ライツは咄嗟に手にした大剣を振るう。
虫王に歪められた光線は、ガンーヴァラヴァの巨大なビーム刃によって辛うじて両断された。
しかし、その異常な軌道の砲撃をどうにか凌いだ頃には、すでに虫王と原生種怪獣は互いに組み合い、激しい乱戦状態へ突入していた。
今この状況で無理に虫王へ攻撃を仕掛ければ、混戦の余波に巻き込まれ、原生種まで傷つけかねない。
「くそっ……俺はこうして、あいつらが噛み合ってるのを見てるしかないのか……!」
ライツは悔しさを滲ませながら吐き捨てる。
「二体まとめて吹き飛ばすって手もあるが……ここの原生種まで迂闊に消し飛ばしたら、何が起こるか分からない」
グダスの頭に、過去の事が蘇る。
まだ生態調査員だった頃、師匠と共に怪獣討伐による生態管理任務へ赴いた時のことだ。
成体だと思い込んでいた対象を、誤って自分の手で仕留めてしまったことがある。
だがそれは勘違いだ。次の瞬間、本当の成體群が現れ、二人が囲まれ、やがて九死に一生を得て逃げ出した。
「グダスさん、通信要求入ります」
ロライラの声に、グダスは考える間もなく回線を開いた。
『グダス、あんたたち何をぐずぐずしてんのよ! 今のうちに片付けないと、次なんてないわよ!』
通信越しから聞こえてきたのは、ビタンの声だった。
「ボス、迂闊に攻撃して原生種の怪獣まで誤って倒したら、後で面倒になる可能性があるんだ」
グダスの言葉を聞いたビタンは、深いため息をついた。
『このバカッ!! 目の前の虫王より厄介な原生種なんているっていうの!?』
その怒鳴り声を浴びた瞬間、グダスははっと我に返る。
これまでの経験を思い返しても、虫王ほど危険な怪獣など一度も存在しなかった。
「ボスの言う通りだ! 俺が考えすぎた」
グダスは拳を握ると、自分の額を軽く叩いて気合を入れ直す。
『立ち直ったなら、とっとと片付けなさい! こっちだって、もう自分で出たくなってきてるんだから!』
「了解だ、ボス!」
ビタンの話し聞くと、もはや我慢の限界だと言わんばかりの発言を聞き、グダスは確信した。
――この人、本当にやる気だ。
師匠と同じで、怪獣相手でも躊躇なく真正面から突っ込んでいくタイプだ……
「ライツ、ちょっと試したいことがある」
「上からの指示か?」
「いや、ただ単純に俺がやってみたい方法だ」
「…...分かった、任せる」
「よし! ダブルウイング・ブーメラン!!」
グダスが勢いよく叫んだ瞬間、ライツは呆然とした表情を浮かべる。
しかしグダスはそんな反応をまったく気にせず、ガンーヴァラヴァを操作して背部へ両手を回した。
そして背中の主翼を握ると、その一部をあっさりと引き抜く。
分離されたウイング以外の部分からはビームの刃が展開され、全体は【く】字にも似た独特な形状へ変化していった。
ガンーヴァラヴァは大の字に両腕を広げると、両手に構えたブーメラン状のウイングユニットを射出した。
二本のウイング・ブーメランは、美しい弧を描きながら高速で空中を駆け抜け、激しく組み合う怪獣たちへ向かっていく。そして寸分違わぬ精度で、虫王へ命中した。
その瞬間、虫王と乱戦したの原生種怪獣は隙間を見逃さず、一気に距離を取る。
再び口からの砲撃を放つ構えだった。
ブーメランの攻撃を受けた虫王、凄まじい威圧感が放たれた。不機嫌極まりないその様子に、本能的な恐怖が込み上げる。虫王は覚悟を決めたかのように、目の前の原生怪獣を早急に片付けようと動きを速めた。しかし……
「まだ俺たちを無視しするが。なら好都合だ。」
グダスは小さく呟く。
戻ってきたウイングブーメランを再び握り、もう一度投擲しようとしたその時、ライツへ声を掛けた。
「ライツ、少しでいい、思い出してくれ。もう一度感情を高めるんだ。次は剣に、すべてのエネルギーを叩き込む必要がある」
「感情を……高める……?」
ライツはその言葉を反芻する。
「そうだ。仲間たちと交わした誓いを思い出せ。でも怒りに呑まれるな。その感情を、自分で限界まで制御してみろ。」
ライツは静かに目を閉じた。そしてエイドスが最後に残したあの光景を思い出す。
「エイドス……」
目に涙を浮かべながら、彼は虫王を見据え、静かに口を開いた。
グダスはエネルギー反応から彼の感情状態を読み取り、出力が上昇したのを確認して言った。
「その調子だ。今はまだ感情を暴走させるな。そのまま溜めて、そのすべてを解き放つんだ。俺の合図を待て!」
「ああ......」
ライツは低く応じた。
その後、グダスはウイングブーメランにさらなるエネルギーを吸収させ、そのビーム部分を異常なまでに巨大化させた。
「もう一発いくぞ! ダブルウイング・ブーメラン!」
グダスの叫びと同時に、ガンーヴァラヴァは再びその巨大なビームブーメランを投げ放った。
ちょうどその時、原生種と砲撃戦を繰り広げていた虫王は、飛来したブーメランによって前後の位置から挟み込まれるように拘束されてしまう。
「グガガガガーーーーーーッ!!!」
行動を制限されたことに気づいた虫王が怒号を上げる。それと同時に、砲撃を競り合っていた原生種の怪獣が球体へと姿を変え、虫王を激しく体当たりで吹き飛ばした。
「今だ、ライツ!」
「おおおおおーーーーーーーっ!!!!!」
ライツは咆哮を轟かせながらガンーヴァラヴァを操作し、手にした大剣を両手で激しく握りしめて肩の上へと構えた。それと同時に、ガンーヴァラヴァのスラスラーが凄まじい勢いで火を噴き、虫王を目がけて猛烈な突撃を開始する。
「このすべてを、怒りも、悔しさも、お前がすべて受け止めて一万回死ねぇーーーッ!!」
ライツが怒りの咆哮を上げる。それと同時に、彼が握る光刃の大剣から、一瞬にして凄まじいエネルギーが噴出。それは雲を突き抜け、宇宙の彼方にまで達するほど長さまで。
その瞬間、死の圧迫感を察知した虫王は、必死になって自分を縛り付けるビームブーメランから逃れようと暴れだす。しかし、先ほど強化されたばかりのビームブーメランは、微動だにせず奴を冷酷に縛り付けたままだ。
「ギ、ギガァァァァァーーーッ!!!」
絶望に直面したかのような悲鳴が虫王の口から漏れる。
ライツが剣刃をその体に突き立てた瞬間、凄まじい高熱によって虫王は灰へと変わり、崩れ去っていく。剣刃が大地へと到達したとき、かつてこの星を脅かした大怪獣は、地表に刻まれた一筋の灰の軌跡と同化した。
「終わった……すべて、やっと終わったんだ。エイドス、見ていてくれたか……?」
そう呟くライツの目から涙がこぼれ落ち、彼は声を押し殺して、静かに泣き崩れた。
その一撃の幕が下りると、この星の原生種の怪獣も先ほどの威力に恐怖したのか、どこかへと逃げ去り、姿を消した。
「あーあ……やっぱり耐えきれなかったか……」
グダスもまた、先ほどの対怪獣用ビームソードが放った光景に衝撃を受けていた。しかし、彼が今最も懸念していたのは、あの攻撃を放った剣の柄そのものだった。虫王を切り裂いた瞬間、エネルギーに耐えきれなくなった柄は粉々に砕け散り、ガンーヴァラヴァのその両手までもが損傷を負っていたのだ。
グダスはすぐにロライラへと問いかけた。
「ロライラ、状況報告を」
「現在、機体全体の損傷率は37%。行動に支障はありません。ただし、兵装ナンバー2号の装備は完全大破。両腕部もエネルギーの暴発により破損しており、修復完了にはかなりの時間を要します」
ロライラの報告を聞き、グダスは思わずため息をついた。
「どうやらこの兵装に関しては、技術部とたっぷり話し合う必要がありそうだな……」
その時、通信機から警告を告げる電子音が鳴り響いた。
『終わったか?』
通信の向こうから聞こえてきたのは、ビタンの声だった。
「はい、ボス。すべて片付きました」
『上出来だ。なら、ここまで私を迎えに来い。船に戻るぞ』
「了解です」
簡潔な通信を終え、グダスは回線を切った。
そして、グダスはロライラの方へと向き直って言った。
「ロライラ、今から飛行モードに変形は可能か?」
「グダス様、残念ながら現在はまだ自己修復の最中であり、一時的に飛行形態への復元は不可能です」
「どうやら、しばらくはこの状態のまま徒歩で向かうしかなさそうだな……」
グダスは小さく呟くと、ライツの通信画面へと視線を向けた。
畫面の中の彼は、まだどこかに向かって何かを呟いている。亡き戦友へ報告をしているのだろうが、早く出発しなければボスに怒られる。グダスにとってはそっちの法が重要だった。
「ライツ、先にボスに指定された場所へ迎えに行くぞ。そろそろ出発だ」
グダスにそう促され、彼も我に返って応じた。
「あ、悪い。行こう。俺も基地にこの吉報を伝えておくよ」
その表情は、かつての張り詰めた様子とは打って変わり、ずいぶん和らいでいた。まるで呪縛から解き放たれたかのような彼を見て、グダスはそれ以上何も言わなかった。
その後、グダスたちは無事にビタンを迎え入れた。予想通り、彼女からたっぷり小言を食らう羽目になったが、もちろん称賛の言葉も少なからずあった。しかし……
「褒めて遣わすべき点も多いが、今の段階ではせいぜい60点といったところだ。今後の働きがこれ以下なら、お前の師匠の元へ送り返して修行をやり直させるからね」
「ボス、そりゃあ厳しすぎますって……」
「お前の師匠を心配させないレベルになるには、まだまだ先は長いということさ」
「はい......」
グダスがうつむき加減に、力なく返事をした頃、一行はちょうど基地へと帰還した。
現場ではすでに生き残った怪獣の敗残兵の掃討が完了しており、基地内は歓喜に沸いて抱き合う者や、勝利の雄叫びを上げる者たちで溢れかえっていた。
彼らはグダスたちの乗機が姿を現したのを目にすると、さらに地鳴りのような大歓声で迎え入れた。
「よくぞ戻られた、我らが救世主たる英雄たちよ」
ガダスたちを最初に出迎えたのは、防衛署長であるラミティアと、副署長であるオルナの二人だった。
彼女たちは勝利の喜びに浸る隊員たちの先頭に立ち、その表情には隠しきれない歓喜の色が浮かんでいた。二人は全隊員を率いて、こちらへ向かって厳かに敬礼を捧げ、後ろの隊員たちもまた活気に満ちた様子で一斉に敬礼した。
「滅相もない。これは我々が契約を履行するための条件に過ぎませんから」
そう言って前に出て応じたのは、商会の主としての顔を覗かせたビタンだった。
「契約があったとはいえ、この星を救ってくださったのは紛れもない事実です」
オルナは敬礼の姿勢を崩さないままそう言ったが、その表情には柔らかな笑みが浮かんでいた。
「副司令の言う通りだよ。あんたたちがこの星を救ったんだ。
ここは素直に我々の感謝を受け取っておくれ」
ラミティアがそう言葉を重ねると、彼女は一歩前に出て大声で張り上げた。
『全兵員、注目!』
瞬間、一糸乱れぬ動きでブーツの踵を打ち鳴らし、直立不動となる音が響き渡る。
『我らが英雄へ、最高の敬意を捧げよ!』
その号令とともに、兵士たちはそれまでの笑顔を収め、真摯な眼差しで一斉に挙手敬禮を捧げた。
その光景を目にしたビタンもまた、挙手敬礼でそれに応じる。彼女の背後に立つグダスとライツも、足調を合わせるようにして一斉に敬礼を返した。
歓迎の儀を終えたラミティアとオルナは、母星奪還のための戦略を練るべくその場を後にしようとした。
残された兵士たちは、未だ虫王を打ち倒した勝利の余韻に浸っている。
その時、ラミティアが何かを思い出したようにふと足を止めた。
「そうだ、ビタンさん。少し相談したいことがあるんだが、一緒に来てくれないかい?」
「おや、相談ですか? 構いませんよ。私も残りの件についてお話ししたいと思っていましたから」
ビタンは余裕のある笑みを浮かべて応じた。
「ボス、俺もついて行った方がいいですかね?」
グダスがそう尋ねるのと同時に、その視線はあちこちへと泳いでいた。
ビタンは心ここにあらずといった様子のグダスを見つめ、やれやれと無念そうに小さくため息をついた。
「いいえ、お前もかなりの労力を払ったんだ。しっかり休んでおいで。私一人で行けば十分さ」
「感謝します、ボス!」
ボスのありがたい言葉を聞いた途端、グダスはそれまでの態度が嘘のように、元気いっぱいの声でビタンに応じた。
ビタンはパッと背を向けると、ラミティアと共にオフィスへと向かい、その場にはグダスが一人残された。
「よしきた! ボスから直々に休みを勝ち取ったわけだし、まずはヤグナたちのところへ迎えよ」
その頃、場所は変わって――。基地へと帰還したライツは、グダスと別れた後、自身の所属する小隊の執務室へと足を運んでいた。
「隊長、おかえりなさい」
そう言ってライツを迎えたのは、シャルスだった。
「ただいま……」
ライツは先ほど解放された感情を必死に押し殺し、大泣きしたい気持ちをかろうじて堪えながら執務室へと戻ってきた。
しかし、シャルスの姿を目にしたその瞬間、これまでに三人で歩んできた道のりが脳裏に溢れ出す。
とうとう感情を抑えきれなくなった彼は、床に膝を突き、両手で体を支えたまま崩れ落ちた。涙が床を濡らして視界を曇らせ、まるで生まれたばかりの赤ん坊のように、声を上げて号啕大泣きし始めた。
ライツのその姿を見たシャルスは、慌てて手にしていた書類を放り出すと、すぐに駆け寄って彼を抱きしめた。
そして、彼の背中を優しく撫でながら、ただ静かに、何も言わずに寄り添い続けた。
長く抑圧されてきたライツの感情が、今、堰を切ったように一気に溢れ出していく。一方、執務室の外で待機していたグレイトは――
「今は中に入って邪魔をせず、隊長に男としての尊厳を残してやること。それが、今の俺の仕事だな」
わずかに生き残った第三小隊は、隊長の泣き声に包まれながら、この一日の夜を終えた。
その頃、地上基地に身を寄せていたヤグナとビスの元へと、場面は戻る。
「ヤグナ、ビス! 戻ったぞー!」
グダスが、いつも通りの軽快な調子で声をかけた。
「ガダス、通信機から全部に聞こえてたよ。またボスを怒らせちゃったんだね?」
ビスがいたずらっぽい笑みを浮かべてからかうように言った。
「だ、だから何だよ! 結果的に任務はちゃんと果たしたんだからいいだろ!」
グダスは後ろめたさを誤魔化すように、わざと声を張り上げて言い返す。
「ガダスさん、本当に良かったです……皆さんが無事で」
そこへ、ヤグナが静かに言葉を添えた。
「おう! 見ての通り、この通りピンピンしてるぜ!」グダスはそう言いながら、おどけた様子でその場でピョンピョンと跳ねてみせた。
「それで、ボスはどこにいるんだい?」
ビスが尋ねで言いだ。
「ボスなら、ここの防衛署長さんに呼び出されて、オフィスで話し合い中そだ」
どこか考え込むようなビスの表情を見て、グダスは続けて問いかけた。
「どうしたんだ? 浮かない顔をして」
「あんたは気にならないのかい? ボスたちがこれからどう動くつもりなのか。何しろ、今はまだ最大の脅威だった虫王を倒しただけに過ぎないんだからね」
「もしかしてビス、残りの戦後処理ついで……リクステル星の奪還計画を気になるの?」
ヤグナが二人の会話に割って入った。
「そういえば……さっき二人と会った時、顔には笑顔があったけど、心の底からリラックスしてる感じじゃなかったな……」
グダスがそんな思考に囚われかけた、その時――。
『いやいや、違うだろ! 今はそんな小難しいことを考えてる場合じゃないって! そういうのは上の偉い人たちに任せて頭を悩ませておけばいいんだ。今の俺は、ただ二人と一緒にこの街の祝勝会を全力で楽しめばそれでいいんだよ~!』
そうやって全力の現実逃避を決め込んだグダスは、自分を納得させるための言い訳をひねり出すと、目の前の二人に向かって言った。
「俺たちがいくら考えたところで、何も決められやしないさ。それより今は、目の前の勝利の喜びに浸っておこうぜ」
「それもそうだね。どうせボスが話し合いを終えれば、何かしらの発表があるんだし」
ビスはグダスの意図を察したようで、彼の口調に合わせてあっさりと話題を切り替えた。
「ひとまずは一件落着ってわけだし、グダスも無事に戻ってきたんだ。私たちも街へ出て、みんなの喜びをお裾分けしてもらいに行こうよ」
ビスは満面の笑みを浮かべながら、二人の手をそれぞれ引いて、滞在していた基地の室内から連れ出した。
――その後、一同が地元の祝勝会を満喫した頃。場面はグダスたちが宇宙船へと戻ろうとする瞬間に移る。基地内は未だ虫王を打ち倒した勝利の余韻に包まれており、発着場を守る兵士たちも最低限の人数しか残っていなかった。彼らはどこか羨ましそうな視線を、祝勝会が行われている方向へと向けている。グダスたちが屋外の発着場へと足を踏み入れた、その時――物陰から、見覚えのある人影が姿を現した。
「お前は、あの時の虫人……!」
グダスは驚愕し、それと同時に鋭い警戒の光を宿した声を放った。
「お前たちと……話がしたい……」
その言葉が響いた瞬間、ヤグナは緊張を走らせ、発着場内にあった人間大ほどもある重機具をひょいと持ち上げた。
それを虫人目がけて投げつけようとした、その時――。
「待て、ヤグナ! こいつに敵意はない。もし本当にやる気なら、こんな風にわざわざ話しかけてきたりしないさ」
グダスは片手をすっと上げ、ヤグナの視界を遮るようにして彼女を制した。
「で、ですが……こいつが何を目的に来たのか分かりません」
ヤグナが不安げに声を漏らす。
「俺もそれは同感だ。だからまずはそれを下ろそう。ここで騒ぎを起こしちまったら、まともに話もできなくなる」
「グダスが言ってた特殊個体ってのは、こいつのことかい?」
ビスが鋭い視線で目の前の虫人を観察する。
その虫人は、一対の黄色い複眼を持ち、まるで長い袖口の女性用タキシードを身にまとっているかのような外骨骼を有していた。細身の体躯であり、夜の帳が下りた暗闇の中にあっても、その身体に刻まれた鮮やかな黄と赤の斑模様のせいで、とても夜陰に紛れ込めるような姿ではなかった。
「ここで話してるところを万が一見つかったら、言い訳が立たないからな。こっちに来てくれ」
グダスはそう言うと、虫人への警戒を怠らないまま、宇宙船の入り口へと案内した。
「あらかじめ言っておくが、船の中に招き入れるからといって、お前を完全に信用したわけじゃない。だから、俺の用意した最低限の保険に付き合ってもらうぞ」
そう言って、グダスは長方形の細長いデバイスを差し出した。
「分かった。お前たちが...安心して話せるというなら、そのくらい...の譲歩はしよう。それで......どうすればいい?」
「両腕を上げてくれ。あとは俺がやる」
グダスが簡潔に指示を出すと、虫人は自分の胸の高さまで両腕をすっと持ち上げた。グダスはその両前腕の位置に長方形の装置をかざす。すると、装置の両端から青いライン状のビームが走り、奴の両腕をスキャンした。直後、青い立方体状の力場が出現し、両前腕を完全に包み込んで吸着させ、グダスの手にある装置へと固定した。
「これでいいか?」
虫人が確認するように尋ねる。
「これで大丈夫だ、ついてきて」
そうして一行は宇宙船の内部へと足を踏み入れた。その時、ヤグナの帰還を察知して船内に潜んでいた団太郎が、電光石火の勢いで彼女の元へと飛びついた。
「団太郎、船の中で待たせてしまってごめんね」
ヤグナは慈しむような優しい口調で語りかけながら、髪に擬態したその絨毛をそっと撫でる。団太郎もまた、うっとりと心地よさそうな表情を浮かべた。その光景は、まるで睦まじい母子のようであった。それもそのはず、団太郎はヤグナを模範として現在の人型へと進化を遂げており、その顔立ちまでもが彼女の面影を色濃く残していたからだ。
その時、団太郎の姿を目にした虫人が、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「おい!待て、何をするつもりだ!?」
グダスがすかさず大声を張り上げる。
「私は拘束されてまま。ただ....こちらのお方にお目にかかり...たかっただけ」
「お方……?」
虫人の言葉に、グダスとビスは思わず困惑の声を漏らした。
「はい。皆様とお話ししたいことの一部は...我々の王に関する件に....ございます」
そう言った虫人は、酷くしなやかで優雅な所作で、ゆっくりと団太郎の前に片膝をつき、語りかけた。
「お元気そうな姿を……拝見でき。私は、感無量に……ございます」
『はぁぁぁ!?!?』
グダスとビスの二人は、異常なまでの驚きに声を裏返らせた。
「あの……あなた、この子の知り合いなの……?」
ヤグナは顔いっぱいに困惑を浮かべながら、虫人に問いかけた。
「いいえ。ただ……こちらのお方の資質……それこそが、我ら、はぐれし者の……『王』なのでございます」
その発言を耳にした瞬間、グダスはかつて生態研究員だった頃に読み漁った文献の内容を、突如として思い起こしていた。
「ってことは……お前たちの『習性』による選択、なのか?」
「サガ?……お前たちの言う言葉は、わからない。だが、私や、他の同族は……あのお方から、それを感じた。あのお方から放たれる……気配。それによって、私たちは……あのお方こそが、服従すべき『王』だと、認識した」
「フェロモンか何かの効果、なのか……?」
グダスがそう呟くと、ビスが問いを投げかけた。
「じゃあ、あんたが話したいことって……この子を連れ戻したい、ってわけ?」
「私たちは…...王を連れ戻したい。だが…...王はまだ、幼い。そして……お前たちを、親だと思っている。私たちは…...まず、お前たちに、委託したい。幼い王の世話を、私たちの代わりに……してもらうために」
「その件に関しては、当人も……反対してなさそうだな」
グダスは、ヤグナの体に顔を埋めている団太郎に視線をやった。
「それって……将来、この子を連れて行ってしまう、ということかしら……?」
ヤグナが、そう問いかけた。
「そうだ。私たち、はぐれし者は、群れを大きくし……王を守る十分な力を得た時、王を迎えに戻る」
「そうなの…...」
ヤグナはそう応じながらも、その瞳にはどこか寂しげな色が浮かんでいた。隨後、グダスが問いを重ねる。
「じゃあ、話したいことって……それだけなのか?」
「いや。現在、王を失った、はぐれし者たちのことだ」
「はぐれし者?……それ、どういう意味?」
ビスが、興味を惹かれたように尋ねた。
「お前たちが今日、倒した王。その……『奉子』たちのことだ」
「待て待て!……お前の言う、その『奉子』ってのは何なんだ?」
グダスは、蟲人の話す内容に必死についていこうと、頭痛をこらえるように自分のこめかみを押さえた。
「私たちはすべて、王の奉子だ。……お前たちの言葉で、どう説明すればいい?」
虫人は首を傾げ、困り果てたような、困惑の響きを交えて言った。
「もしかして『奉子』って、群れの中で王以外の個体を指す言葉なのかしら?」
ビスは、思考を巡らせながら言葉を紡ぐ。
「おそらく、お前の言う通りだ。私たち奉子は、王のためだけにすべてを捧げる。……王は、唯一無二の存在だ」
そう言った虫人は、団太郎の方へと顔を向け、厳かにその言葉を繰り返した。
「だったら、お前は別の惑星に取り残された奉子たちを、どうするつもりなんだ?」
グダスは、聲音を一段と真剣なものに変えて問い詰めた。
「奴らを、我が群れへと帰順させる。そして……共に新しき王へ、すべてを捧げる」
「あんたの言葉、どれだけ信用できる?」
ビスをそう尋ねた。
「信用とは、どういう意味だ?」
虫人はまず、そう困惑したように呟いた。
しかし……次の瞬間、その声音は揺るぎないものへと変わる。
「従わない者は、すべて排除する。反抗するはぐれし者は、私たちの脅威に……なり得る」
虫人の言葉には、一片の迷いもない真剣さと、冷徹な殺気が籠もっていた。
「えらく原始的なやり方ね。……でも、説得力だけは十分だわ」
ビスは、ため息を漏らしながらそう言った。
「つまり……あちらの星のことは、あなたたちに任せてほしい、ということかしら?」
ヤグナは人差し指を口元に当て、首を傾げながら尋ねた。
「はい。我々をあちらへ、送り届けてほしい。……後は、私たちがやる」
「……もしお前たちが強大化した場合、俺たちはどうやってお前たちの襲撃を防げばいいんだ?」
グダスが厳しい表情で問い詰めると、蟲人は再び団太郎へと視線を巡らせた。
「我々の王が、ここにいる。いわば……人質だ。これでは、足りないか?」
「あなたたちは王だと言うけれど……この子は、あなたたちのことをよく知らないみたいよ?」
ヤグナはそう言いながら、団太郎の毛並みを優しく撫でた。
団太郎は今もなお、目の前の蟲人に対して警戒の姿勢を崩していなかった。
「ヤグナ、そこまでだ。……彼らが自ら進んであの惑星の残党を処理してくれるなら、ここにいる人たちにとっては都合がいい、それは十分だ」
グダスのその言葉を聞き、ヤグナはそれ以上口を挟まず、静かに耳を傾けることにした。
そして、グダスは言葉を続けた。
「ただ、俺が話を通せるのは、あくまで上層部の決策者までだ。そのために……今後、お前を代表者として交渉する必要が出た時は、この装置でお前と連絡を取りたい」
グダスが差し出したのは、一見すると何の機械感もない、淡い水色のバングルをした金属物体だった。
「これは……何だ?」
当然、理解できるはずもない虫人は、首を傾げながら不解の視線を向けた。
グダスの説明によって、それが通信機の一種であり、コールがあった際は発光した部分を押し込めば繋がるということを、虫人は理解した。そうして会話を終え、グダスがその場からの離脱をサポートしようとした、その時……。
「俺が、兵士たちの注意を引いてやるよ」
「…...不要だ。我々は自身を、闇へと同化させられる」
そう言い放った次の瞬間、蟲人の下半身から徐々に透明化が始まり、まるでグラデーションを描くように、明かりの届かない闇の中へと姿を消していった。
「お前たちの......いい知らせを待つ」
その言葉の後に聞こえたのは、かすかな羽音のノイズだけだった。次の瞬間、虫人はグダスたちの視野から完全に掻き消えていた。
「怖っ……何だよあのステルス性能、チート級じゃないか……」
グダスはロライラに生体スキャンを要請したが、出た結果は確かに、奴がすでにこの周辺から遠く離脱したことを証明していた。
翌日、ビタンがようやく船へと戻ってきた。彼女は今、全員を招集し、昨夜の会談内容を告げようとしている。
「本当なら一休みしたいところだけどさ。あんたたち、これからの動ききになるでしょ? というわけで、ここに発表します」
彼女は軽く咳払いを一つ挟み、言葉を続けた。
「昨夜、我々の正体を防衛署の署長にすべてぶちまけてきた。よってこれより、我が連盟は彼らと共同で、占拠された惑星の奪還に動く。──正式決定だ」
「ってことは……私たちはまだここに残って、事後処理の手伝いをしなきゃいけないってこと?」
ビスがそう尋ねた。
「いや。私たちは自分たちのメインミッションを継続する。ここの事後処理やサポートに関しては、連盟のほうから別に応援が派遣されてくる手筈さ」
「その件についてなんですけど、ボス。昨夜、以前接触したあの虫人が、再び俺たちの前に現れました」
グダスが手を挙げて報告する。
「何だって!?」
「奴のほうから、残された虫たちを自分たちでまとめたいって交渉を持ちかけてきたんです。俺たちには、その邪魔をしないでほしい、と」
「はぁ? それは、奴らの好き勝手なことじゃないよ。よし、まずはモクス長官に連絡を入れて指示を聞く。その後、改めて会議を開くよ。本日はここまで、解散!」
ビタンがその場を立ち去ろうとした、その時。彼女はふと思い出したように、グダスに向かって声を張り上げた。
「それとグダス、あんたはちょっと私についてきな。じっくり説明してもらうか」
「は、はい……」
そうしてその後の二日間、グダスとビタンの二人は、目まぐるしく続く会議や各所との連絡調整に追われ、目を回すほど忙しい日々を過ごすことになった。そしてついに、グダスたちがこの地を離れる時がやってきた。
「決めたか? ライツ」
そうライツに問いかけた男は、他でもないグダスだった。
「うん。俺も君たちと一緒に行く。俺と同じような境遇の人間を、これ以上増やしたくないんだ」
ライツの言葉を聞いたグダスは、彼の後ろに控えるシャルスたちへと視線を巡らせた。その視線に気づいたライツが、言葉を続ける。
「みんなのことなら大丈夫だ。もうちゃんと、話し合いは済ませてあるから」
ライツの後ろに控える二人の表情には、一切の動揺がなかった。
『さすがは軍人だな』と心中で感嘆したグダスは、小さく頷いて応じた。
「わかった。行こう」
そうしてライツとグダスは母艦へと乗り込もうとしたが、その瞬間、ライツの瞳に少しだけ寂しげな色が過った。彼は出発直前の出来事を思い出していた。
『隊長! どういうことっすか! 俺、隊長がここを去るなんて話、今初めて聞いたんすけど!』
激しく抗議の声を上げたのは、小隊の隊員であるグレイトだった。
『不遜だぞ、グレイト。だが、今回だけは不問に処してやる』
ライツはわざと平静な態度を取りながら、そう言い放った。
『嘘、でしょ……? ライツ』
隣から、シャルスも縋るように問いかけてくる。
『本当だ。私自身の手で上層部に退職届を提出した。明日から、私はお前たちの隊長ではない。お前たちは新しい小隊へと配属される。安心しろ、次の隊長の人格は私が保証する』
『隊長がいなくなるなら、私もここを辞める!』
シャルスは、まるで子供のようにへそを曲げて言い放った。
『私は、彼らと約束したのだ。この戦争に終止符を打ったら、彼らと共にここを発つと。お前がここを辞めて、一体どこへ行くつもりだ?』
『隊長……まさか、以前現れたあの怪しい商会の連中のことっすか?』
グレイトが、核心を突くように口を開いた。
『確かに奇妙な連中ではあるが、共に戦ってみて、決して悪い奴らではないと確信した』
『なら、私も連れて行ってよ、ライツ!』
『シャルス、よく聞きなさい。私はただ、一時的にここを離れるだけだ。それに、私たちの母星はこれから復興のために多くの人手を必要とする。お前までついてきてしまったら、母星の復興はどうなるのだ?』
『だけど……あなたが一体、どれくらい行ってしまうのか分からないんだもん……』
シャルスは言えば言うほど気恥ずかしくなったのか、次第に声を潜めていった。
『何だって? ……とにかく、心配はいらない。ここで母星の事後処理を手伝ってくれ。エイドスとの約束も、忘れたわけではないだろう?』
『うん……』
シャルスは、すっかり元気をなくした様子で俯きながら応じた。
彼女のひどく落ち込んだ様子を見て、ライズは小さくため息を漏らすと、グレイトに向かって声をかけた。
『グレイト。悪いが、少し外してくれないか?』
その言葉の裏にある意図を察したグレイトは、すぐに言葉を返した。
『了解した、隊長。では、後はちゃんと説明を貰えますね?』
『ああ、わかった』
グレイトが執務室を出て行った後、ライツは外から聞こえる足音が完全に遠ざかったのを確認した。
『シャルス、今ここで話しているのは隊長としての私じゃない。お前の幼馴染としての、俺だ』
『うん……』
『俺、本当は……お前のことが好きなんだ』
ライツは、極めて冷静な声音で彼女に告げた。
『え……?』
シャルスは、一瞬で思考がフリーズした。
『まあ、そうだよな。いきなりこんなことを言われたら、お前だって混乱する。……だけどさ、お前を想っているのは俺だけじゃない。エイドスも、お前に片想いしていたんだ』
『エイドスも、私のことを……?』
シャルスは、何かを必死に手繰り寄せるように呟いた。
『あいつがお前に片想いしてるって、俺は知っていたからな。普段のお前への口の利き方は遠慮がなかったけど、それもあいつなりの優しさだったんだよ。自分の優しさのせいで、お前を困らせたくなかったのさ......』
ライツは一度言葉を区切り、それから再び静かに語り始めた。
『もしあいつが生きていたなら、俺はあいつの後押しをしてやるつもりだった。そうすれば、お前には何の憂いも残らないはずだったからな。だけど、今は……』
ライツはシャルスの両手をそっと包み込むように握りしめ、いつもよりずっと優しい声音で語りかけた。
『シャルス、もう一度言うよ……俺は、お前が好きだ』
『えっ! ちょっと! 私、まだ心の準備なんて全然できてないよ……っ!?』
『構わないさ。だから……その答えは、俺が戻ってくるまで取っておいてくれ。じっくり考えてから、俺に答えを聴かせてほしい。お前を、俺と一緒に外の世界の危険に晒したくないんだ。いいな?』
『…...わかった。私、待ってるから』
シャルスは少し照れくさそうに、ライツの顔から視線を逸らした。
『じゃあ、その時に聴かせてくれる返事を楽しみにしているよ』
ライツはシャルスに向けて、ひどく穏やかで、純粋な笑顔を浮かべた。その笑顔を見た瞬間、シャルスの脳裏に、三人で共に学んでいたあの頃の、かけがえのない日常が鮮やかによみがえった。学生時代のライツも、今と同じような、何の曇りもない純粋な笑顔を見せていた。それを見て、彼女の心からも、すっと不安が消えていくのだった。
『うん……』
その時……ライツはグレイトが立ち去ったと思い込んでいたが、実はグレイトはドアの外にずっと身を潜め、中の会話を盗み聞きしていたのだった。
『惜しいですね、ライツ隊長。……でも、俺は応援し続けますよ』
彼はそう、ぽつりと呟いた。
──そして現在。ライツとグダスが共に宇宙船『ロレイラ号』へと乗り込んだ後、ロライラの声が響き渡った。
「発進」
船体はゆっくりと浮上を開始する。ライツは展望間戸越しに、自分が過ごしてきたあの地を、そして自分から次第に遠ざかっていく戦友たちの姿を見つめていた。
「みんな、元気でな……」
グダスたちの宇宙船が上空へと消え去った後、シャルスは心の中で静かに決意を固めていた。
『私、絶対に故郷を元通りにしてみせる、ライツ。その時はまた、あの頃みたいな毎日を過ごそうね』
一方、惑星を離れたグダスたちは──。
グダスがさっそく、ビタンに問いかけていた。
「ボス、結局本部はあいつらとどう協調していくつもりなんですか?」
「それについてだけどさ。都市部の管轄は現地の部隊に任せて、私たちのパトロール隊は郊外を担当する。当然、残りの件はあんたからあの虫人に伝えて、情報の通りに動く手筈さ」
「つまり……パトロール隊は逃げ出した残党をあえて見逃して、あいつらに処理させるってことですか?」
「そうさ。表向きは、我がパトロール部隊の支援によって残党を駆逐した、という形にする。──ま、この話はここまでだ。新入り(ライツ)が耳にしたら、落ち着いていられなくなるかもしれないからね」
ビタンはそう言いながら、口元に人差し指を立ててみせた。
「了解」
「とにかく、これで少しは進展があったわけだしね。一度パトロール隊の本拠地へ戻るよ。同時に、あの小さな虫人をあいつらに引き渡して、精密検査を受けさせる」
「…...まさか解剖したりはしないですよね?」
「さあね、それは本部の科学者たちの気分次第さ」
ビタンは両手を肩の高さまでおどけるように挙げ、首を横に振りながら、そのまま自らの執務室へと戻っていった。
「…...あの科学者たちの動きは、俺がしっかり見張っておかないとな。最悪、処分を受けることになったとしても、ヤグナが暴走する可能性だけは潰しておかないと……」
グダスは、ヤグナが団太郎をまるで年の離れた弟妹のように愛護していた姿を思い起こしていた。
(まあ、名前のほうは……あれだが)グダスはぶんぶんと二回ほど首を振ると、余計な思考を振り払い、『なるようになるさ』といういつもの気楽な心持ちに切り替えて、星間連盟へと帰還する途についたのだった。
──『ロストプラネットII』 完




