ロストプラネットII(LOST PLANET II)-第八章 決戦-前
それからの日々、トラクス星では迎撃に向けた防衛工事が急ピッチで進められていた。
その一方でグダスは、建設支援の合間を縫って、不眠不休で合体機構の設計に没頭していた。
「ついに……これが、現時点で考え得る完成形だ……」
興奮に満ちた表情とは裏腹に、その目の下には深い隈が刻まれている。
そう呟いた直後、満足したように彼はそのまま机に突っ伏し、眠りに落ちた。
「グダス、ボスが呼んでるわよ」
そう言いながら部屋に入ってきたのはビスだった。
しかし彼は、まるで泥のように眠りこけ、盛大にいびきをかいている。
「……はあ」
ビスは呆れたようにため息をつき、軽く首を振ると、ゆっくりと彼に近づいた。
そして、閉じられていないままの端末画面に目を向ける。
「これは……」
彼女は指でパネルをスライドさせながら、表示された画像を一枚ずつ確認していく。
やがて苦笑混じりに呟いた。
「ほんと……ロボットが好きなのね、あんたって」
いびきをかいて眠るグダスを見下ろしながら、
ビスの眼差しはどこか優しく――まるで弟を見る姉のようだった。
ビスは、あとで伝えればいいと判断すると、端末の画面を閉じてやり、部屋の出口へと向かった。
そして扉の前で一度振り返り、ぽつりと呟く。
「おやすみ、グダス」
そうして静かに部屋を後にした。
ビスはそのままボスのオフィス――すなわちビタンの部屋の前へと戻る。
「ビスです。入室を要請します」
「許可する」
「ボス、グダスは現在休養中のようなので、私だけ参りました」
「分かった。彼への伝達は、目が覚めた後に任せる」
「了解」
「では本題に入る。作戦開始予定時刻の通達だ。五日後に作戦を開始する」
「五日後? スケジュールに変更があったのですか?」
「いや。計画の進行が想定より早く、前倒しで基準に到達した。そのため、先に地上からの長距離攻撃で怪獣群の戦力を削ぐ方針に変更した」
ビスは頷きで応じる。
ビタンは続けた。
「これに伴い、我々は一時的に物資輸送任務を中断し、前線支援および戦闘準備へ移行する」
ビタンは一瞬言葉を区切り、ビスの様子を確認する。
問題ないと判断すると、小さく息を吸ってから告げた。
「補給は二日以内に完了させ、その後移動する。理解したか?」
「了解」
「では、欠員への通達も頼む」
「承知しました、ボス」
こうして、会議とも呼べない簡潔なやり取りは終了した。
その後、ビタンは防衛署へと向かい、事前に約束していた人物との面会に臨む。
「お待ちしておりました、ビタンさん」
そう声をかけたのは、同じ室内で彼女を迎えた防衛署長――デート・ラミティアだった。
「ああ、こちらの件はひとまず片付いた」
そう応じたビタンは、室内に設けられた応接用のソファへと気楽に腰を下ろした。
「では、本題に入ろう。今回の作戦配置についてだ」
そう言いながらラミティアは、タブレットに似た携帯端末を取り出し、応接テーブルの上に置いてビタンへと示した。
「これが今回の作戦配置ですか?」
ビタンが確認する。
「そうだ。今回は砲撃部隊を主軸とした作戦を取る。軌道上に展開している怪獣群に対し、超長距離砲撃で可能な限り数を減らす。
その後、先鋒部隊が地上に落下した個体や、なお活動可能な怪獣の掃討を担当する」
「……それだけ、というわけではないでしょう?そんなに簡単にいくなら、今の状況にはなっていないはずよね」
ビタンの指摘に、ラミティアは苦々しい表情を浮かべて頷いた。
「その通りだ。最大の問題は――後方に控えている、あの最大個体……虫の統率個体だ」
「軌道上で、虫王クラスに近い個体と遭遇したけど……あれでも相当手強かった。
本体が出てくるなら、相当な対策が必要になるわね」
ビタンは惑星到達直後の戦闘を思い出し、厳しい表情で言った。
「我が軍の主力はあくまで地上戦だ。正直に言えば、空中戦力は十分とは言えない。
それに、以前の地中潜行型の虫にも相当苦戦させられた」
ラミティアの言葉が終わると、二人の間にしばし沈黙が流れる。
互いに資料へと視線を落としたまま、思案を巡らせていた。
やがて、ビタンがふと思いついたように口を開く。
「一つ、試してみたい提案があるの。第三小隊の隊長専用機を、試しに貸してもらえないかしら」
「提案、か……内容を聞かせてもらえるか?」
「それについては――言葉で説明するより、実際に見てもらった方が早いわ。あなたも一緒に来て」
ラミティアはしばし困惑した様子を見せたが、やがて口を開き、ビタンの提案を受け入れた。
――そして翌日。
「グダス、お前の自信作……見せてもらおうか」
「ボス、ご安心を。きっと満足していただけます」
グダスは自信に満ちた笑みを浮かべて答えた。
そして、今回のテストのために呼び出されたライツへと視線を向ける。
だが彼の表情には、まったく感情が浮かんでいなかった。
「では、先に搭乗して準備に入ります。よろしくお願いします」
「……ああ、よろしく頼む」
どこかぎこちない空気を感じ取りつつも、グダスは愛想よく笑顔を保ったまま、周囲で見守る上官や関係者たちに向かって声を張る。
「ロライラ、頼む!」
「了解しました、グダスさん」
現在のロライラは、以前のような混乱状態にはない。
だが――明らかに、どこかが変わっていた。
ロライラの応答と同時に、青い転送光がグダスの足元から立ち上り、彼を上空で待機しているロレイラ号へと転送した。
「ロライラ、データの更新は完了しているな?」
グダスはブリッジに入るなり、低い声で確認する。
「はい、データ更新は完了しています。いつでも実行可能です」
「よし……合体シーケンスに入る。行くぞ!」
「了解。シーケンスを開始します」
直後、ロライラの操作パネル上に、自艦とライツ機の簡易モデルが表示される。
その背後には、コンベアのように流れるラインがY字状に交差し、最奥にはシルエットのような統合形態のアイコンが浮かび上がっていた。
『ライツさん、これより合体モードへ移行します。緊張なさらず、こちらから接続された操作パネルに従ってください』
ロライラは通信を開き、ライツへ説明を送る。
「了解」
短く応じたライツは、次の瞬間、自機が自動的に動き始めるのを感じた。
その様子を外から見守っていた一同の目に映ったのは――
ライツが操縦する機械狼形態のヴァトラヴァが、突如として走り出し、演習用広場へと駆けていく姿だった。
同時に、ロレイラ号もその真上へと位置取る。
ヴァトラヴァは大きく跳躍し、それに合わせてロレイラ号は二機へと分離。
それぞれが変形しながら、ヴァトラヴァの前肢および後肢の肩部へと接続され、まるでブースターのような構造を形成する。
さらに、戦闘機の機首部分はその背部へと接続され、続いて尾部側に組み合わさった機体ユニットが展開。
そこからは放熱孔のような開口部が現れ、次の瞬間、まるで毛並みのように揺らめく炎の尾――狼の尾を思わせる噴炎が噴き出した。
やがてヴァトラヴァは空中で駆けるように加速を始める。
肩部のブースターが、まるで咆哮のような轟音を響かせた刹那――その姿は一瞬で視界から消失した。
次の瞬間、超高速で周囲を幾度も駆け巡り、やがて満足したかのように空中で静止する。
そのままゆっくりと降下し、地面へと着地した。
その一連の動きは、加速時に生じた衝撃音を除けば、着地に至るまで――まるで羽毛のように、驚くほど静かだった。
「皆さん、いかがですか!」
拡声器越しに呼びかけるグダスは、抑えきれない興奮を滲ませながら問いかけた。
「いいわ、降りてきて」
ビタンがそう声を上げる。
「これほどの空中機動力……戦略の幅も大きく見直せそうだな……」
ラミティアは小さくそう呟いた。
やがて合体モードを解除した機体から、グダスとライツが降り立ち、一同の前へと戻ってくる。
「グダス、お前なかなかやるじゃないか〜」
ビタンはそう言ってから、ラミティアへと視線を向けた。
「ええ、確かに……実に心強い成果です。」
「署長、今回の訓練演習に参加させていただき、ありがとうございました。」
ライツはラミティアに向かって敬礼する。
「礼を言う相手は私ではなく、モナス商会の方々だ。私は彼らの提案に応じて君を派遣しただけだからな」
そう応じられ、ライツは改めてビタンとグダスの方へ向き直る。
「ありがとうございます。これで……同胞の願いを果たせます」
彼は疲労の色を残しながらも、強い想いを宿したその眼差しに、グダスは照れくさそうに頭をかいた。
「喜ぶのはまだ早い。奴らをまとめて叩き出してからが、一段落ってやつだ」
「モナス商会の代表の言う通りだ。脅威を完全に排除するまでは、戦争は終わったことにはならない」
「はい!」
ライツは気を引き締め、ラミティア署長に応じた。その眼差しには、希望に満ちた力強い光が宿っていた。
その後、ラミティアはビタンに問いかけた。
「念のため確認するが、私に見せるものはこれだけで他にはないのか?」
「はい。現時点で弊社からお伝えできるのはこの内容のみですが、この戦いに大きく貢献できるはずです」
「そうか。それだけでも可能性としては十分だ。犠牲を大きく減らせるだろう。協力に感謝する」
ラミティアはビタンに向かって挙手の礼を送った。
「いえ、こちらこそ。この挑戦を無事にやり遂げられることを願っています」
ビタンは右手を差し出し、ラミティアは敬礼していた右手を下ろして、その手をしっかりと握り返した。
――そして……夜。
グダスは自分の作業室で、ぶつぶつと不満を漏らしていた。
「ったく……社長がクライアントに新形態を急いで見せたがるんじゃなきゃ、人型での合体強化形態まで追加設計できたのによ……」
描きかけの設計図と、パラメータ資料の画面を行き来しながら愚痴をこぼすその手は、文句とは裏腹に休むことなく動き続けていた。
傍らでは、かつて文化史学館から借りてきた旧地球の遺物――アニメ作品が再生されており、ちょうどある場面に差しかかっていた。
「くそっ!なんでこいつ、こんなに硬えんだ!?」
悔しさを滲ませながらも、どこか熱血な調子で青年が叫ぶ。
「このままじゃダメージを与えられねえ……先にこっちがもたねえかもしれない……この武器にもっとエネルギーを回せたら……くそっ!」
その一節にふと意識を引かれ、グダスは手を止め、画面へと視線を向けた。
「相棒!援護に来たぞ!」
その瞬間、画面には一機の戦闘機が現れる。重厚な装甲に包まれた、グリーン迷彩の機体だった。
「ダメだ!こいつ、外殻が硬すぎる!数で押しても火力が通らねえ!」
「安心しろ、ただの援護射撃じゃない。」
「何だと!?合体プログラム!?」
画面には“合体”の文字が表示され、熱血な主人公が驚愕する。
「行くぞ!奴らに見せてやれ――俺たちの超絶無敵合体を!」
「機体が……勝手に動いてる!?」
次々と映し出される変形のクローズアップと合体シークエンスののち、機体はまるで分厚い外套をまとったかのような重装形態へと変貌する。
「相棒、早く俺たちの必殺技――一刀両断剣を使え!」
「無理だ!さっき一刀両断剣を使ったばかりで……!」
「大丈夫だ!二機のエネルギーを合わせれば、今の俺たちの“大無敵王”ならやれる!」
熱血の青年は覚悟を決め、力の限り叫ぶ。
「必殺――一刀両断剣!!!」
二人が駆るロボットは剣を高々と掲げる。その刃は、まるで噴き出す水流のように一気に伸長し、炎のエフェクトをまとっていく。
そして主人公が続けざまに叫ぶ。
「くらえ!!」
映像の中の敵――異星人の機体は、そのあまりにも巨大な剣によって真っ二つにされる。
直後、激しい爆発が巻き起こり、すべてを飲み込んで幕を閉じた。
「これだ!!! 出力が足りないなら、二機分の力を繋げればいいんだ!」
何かを閃いたグダスは、突然興奮した様子で立ち上がり、ロライラから読み込ませてもらったヴァトラヴァの資料へと目を走らせ始めた。
「これなら、あの武器をうまく使えるかもしれない!」
こうして、グダスにとって長い夜が幕を開けた――。
そして時は流れ、ついにトラクスの星は運命を決するその日を迎えた。
「報告します。こちら砲撃班、準備完了しました」
通信装置の向こうから、一人の男性がそう告げる。
「よし。地上殲滅部隊を呼び出せ」
その報告に応じた女性は、防衛署長デート・ラミティアだった。
「地上殲滅部隊、準備完了。いつでも開始可能です」
ラミティアに応答したのは、副署長オルナ本人だった。
「よし。今回の希望は君たちに託した。武運を祈る、見事に勝利を掴んでこい」
「ありがとうございます、署長。吉報をお待ちください」
二人が通信を終えると、ラミティアは傍らの女性副官へと視線を向けた。
「偵察班、目標位置を報告」
「目標は現在、およそ二光年先に位置しています」
「よし、作戦開始!」
ラミティアの号令に続き、副官は即座に砲撃班との通信を開く。
「砲撃開始!」
命令が下されると同時に、前線後方に配置された砲撃班――およそ五十機の砲撃特化型星衛機が一斉に稼働を開始した。
それらの機体は、下半身が戦車に近い構造へと改造されていた。ただし、莫大なエネルギーを消費するため、機体の後方には予備バッテリーコンテナが牽引されている。
左腕には折り畳み式の長距離砲身が装備され、右腕は砲身交換専用の特殊機械爪へと換装されていた。超遠距離射撃に必要な高出力に対応するための設計であり、その反動として、砲身は一発撃つごとに高熱で溶解・変形してしまう。ゆえに、その都度交換を行わなければならなかった。
そもそも、なぜここまで手間のかかる方式を採り、固定砲台にしなかったのか。
それは、かつてトラクスの星が怪獣の襲撃を受けた際、固定砲台では自由に移動できず、怪獣に接近された時点でほぼ破壊される運命にあったからだ。
損害を少しでも抑えるため、星衛機が実用化された当初から、その機体を機動式砲台へ改造する案が検討されていたのである。
地上砲撃部隊は、順次ローテーションを組みながら砲撃と砲身交換を繰り返していく。
次の瞬間、地上から無数の光束が放たれ、宇宙を進軍する蟲王の部隊へと降り注いだ。
この砲撃そのものでは、虫王本体に大きな損傷を与えることはできない。
しかし、その周囲に付き従う兵士級怪獣たちは次々と撃ち落とされ、瞬く間に数を減らしていった。
その行動に、虫王は明らかな不快感を示し、ゆっくりとトラクス星の方角へ視線を向けた。
その頃、砲撃部隊が砲撃シーケンスの切り替えに追われていたまさにその時――地中で異常な動きが発生した……
「報告! 地底型怪獣が出現。現在までに五機が破壊されました!」
通信員がラミティアに緊急報告を入れる。
「来たか……護衛部隊、演習通りに奴らを地上へ追い出せ」
彼女の指示が下ると、周囲に展開していた星衛機部隊が即座に行動を開始した。
各機の両腕には、弾倉のような装備が取り付けられている。
星衛機は怪獣が残した地中トンネルの入口へ接近すると、両腕のコンテナから球状の投擲物――手榴弾にも似た装置を次々と投げ込んだ。
それらは連続して洞穴の奥へと落下していく。
やがて、ガス漏れのような「シューッ」という音が響き始めた。
不思議なことに、その白い煙霧は周囲の空気よりも重く、地中の空洞内に留まり続けていた。
しばらくして、ある操縦士がガスの散布量は十分だと確認すると、別の一機が前へ出た。
その機体は、銃口に無数の穴が開いた特殊な火器を装備しており、銃身の下部にはガスボンベのような弾倉が取り付けられ、さらに本体には回転盤のような機構も備えられていた。
そして銃を構えると、洞穴の方向へ向けて銃口先端部を射出し、それはガスで満たされた洞穴の奥へと飛び込んでいった。
「点火!」
その号令と同時に、洞穴内に充満していた先ほど投擲されたガスへ一気に火が走った。
次の瞬間、洞窟の内部はまるで巨大な炉のように、灼熱の炎で満たされる。
同時に、地中深くから激しい騒ぎが起こり始めた。
地上の部隊は、まるで地震のような激しい振動を足元に感じる。
そして直後――先ほど怪獣が潜り込んだ穴から、奴らが一斉に噴き出すように姿を現した。
全身を炎に包まれた怪獣たちは、激痛に苦しみながら地面をのたうち回る。
同時に、その好機を逃す兵士たちではない。
近接武器を装備した星衛機が間髪入れずに踏み込み、一体ずつ怪獣の首を斬り落としていく。
こうして、その場の脅威は瞬く間に殲滅された。
「まさか、かつてあれほど手を焼かされた地底型が、こんなにもあっさり片付くとはな……。やはり異星の知識は頼りになる」
今回の作戦で地底型怪獣に使用されたガスは、グダスがかつて他惑星の調査中に発見した特殊物質をもとにしたものだった。
この物質は通常、三十〜四十度程度では固体の状態を保つ。
しかし、水素を含む環境下では急速に別種の気体化合物へと変質する性質を持っていた。
しかも、その生成ガスは一般的な気体より密度が高く、低い場所へと沈殿する。
さらに極めて高い可燃性を備えており、その特性を利用することで、燃焼範囲を怪獣が掘り進めた地下坑道内のみに限定することが可能となっていた。
「引き続き、目標部隊への砲撃を継続せよ!」
ラミティアはなおも指揮を執り、各部隊へ作戦続行を命じた。
砲撃部隊が引き続き作戦を遂行する中、その頃、前線にいるグダスたちの通信チャンネルでは、緊迫したやり取りが続いていた――
「各部隊、状況を報告!」
号令を発したのはオルナだった。
各隊が順次応答していく中、第五小隊隊長テラドが通信を入れる。
「第五小隊、健在。現在、第六小隊を支援中です。」
「第六小隊に何があった?」
「こちらに地底型の奴らが出現しました。第六小隊の隊長がやられ、現在は俺が代わって指揮を執っています」
「了解した。第四小隊、そちらへ支援に向かえ。第一小隊と第二小隊は、第四小隊の担当区域を共同で分担せよ」
「了解」
第四小隊の女性隊長が即座に応答した後、オルナは続けてグダスへ通信を繋いだ。
「零番隊、現在の状況は?」
「現在、目標までおよそ一光年です」
グダスがそう報告する。
「すまない。一番厳しい役目を任せてしまって」
「いえ、そんなことは。奴が地上に現れたら、もっと大きな被害が出るかもしれませんし……それに――」
グダスは視線を横へ向けた。
そこには、ロレイラ号との合体を終えた機体――ヴァトラヴァとコクピットをリンクさせたライツの映像が映し出されていた。
ライツは鋭い眼差しで前方を見据え、神経を研ぎ澄ませながら操縦に集中していた。
「私よりも、あいつと一対一で戦いたがっている奴がいますから」
そう言って、グダスは苦笑を浮かべた。
「本来、あんな無茶をする部下ではなかったんだが……どうか、あいつを支えてやってくれ」
オルナは思わず小さくため息をつきながらそう言い、続けて口を開く。
「君たちの武運を祈る」
「そちらも」
双方の通信が途切れると、グダスは通信リンクを維持したままのライツへ視線を向けた。
その表情は、以前のような焦燥や疲弊に満ちたものではない。
むしろ、確かな希望を見出したかのように、まっすぐ前方を見据えていた。
「目標を目視で確認した」
ライツが口を開いて告げる。
「さすがは速度特化型――ザルフェンリガだな」
グダスは、現在自分たちが搭乗している機体に感嘆の声を漏らした。
彼らの眼前に姿を現したのは、まさしくあの虫王だった。
ひときわ目を引く火紅と深緑の外殻、そして左右に広がる巨大な双翼。
その巨体は目測でおよそ八百メートル。翼を完全に広げた姿は、全長およそ二キロメートルにも達していた。
頭部は鳥の嘴にも似た形状をしているが、その内側には鋭い牙が並んでいる。
一対の球状複眼は不気味な光を放ち、胴体には三対の特化型巨大鉤爪が備わっていた。
さらにその周囲には、小型怪獣たちが整然と隊列を組んで飛行しており、正面から飛来する光束砲撃を絶え間なく受け続けていた。
「うわ……本当に自分の同族を消耗品扱いしてるのか……」
グダスが思わずそう漏らす一方で、ライツはただ虫王を鋭く見据えたまま、沈黙していた。
「行く」
しばしの沈黙の後、ライツは短くそう言い放つと、即座に機体を前方へと急加速させた。
グダスが止める間もなく、ライツはすでに動き出していた。
「ようやく……お前に会えた!!!」
「待て! まだ状況はその段階じゃ――」
そう叫ぶと同時に、ライツの機体は一気に虫王へ突撃する。
次の瞬間、機体背部の砲撃チューブを展開し、奴らの周囲を旋回しながら連続砲撃を開始した。
砲撃を受けた虫王は、ようやくグダスたちの機体に気づき、喉の奥から低く不気味な唸り声を響かせる。
直後、その背後に転送用のワームホールが開いた。
そこから、やや大型の怪獣個体が無理やり這い出るように姿を現す。
転送されてきたその個体は、細身の体躯を持ち、全身を深い群青色の外骨格に覆われていた。
宇宙空間ではまるで姿を溶け込ませるかのように視認しづらい。
その外骨格構造も、無重力環境へ適応するように進化したかのように、各所に無数の孔が形成されている。
背甲の後部には推進器を思わせる噴出口。さらに六脚の関節付近にも、姿勢制御用の噴気孔に似た構造が備わっていた。
その怪獣は三角形の頭部をゆっくりと回し、複眼でグダスたちの機体を捉える。
そして、次の瞬間――
「消えた!?」
ライツは驚愕の声を上げた。
「俺が確認する……」
グダスはそう言うと同時に、生体センサーを起動し、肉眼だけでは捉えきれない怪獣の位置を探ろうとした。
そしてライツへ続けて告げる。
「ライツ、お前はそのまま移動しながら砲撃を続けてくれ。敵の位置確認は俺が集中してやる」
「了解した」
ライツが機体を巧みに操り、絶えず移動を続ける中、グダスはセンサー画面を食い入るように見つめ、不審な反応がないか神経を研ぎ澄ませて監視していた。
「うわっ!」
「くっ!」
二人は、機体の側面に突然、まるで硬い物体へ激突したかのような衝撃を受け、思わずうめき声を漏らした。
ライツは苛立ちを隠せず、声を荒げる。
「今度は何だっていうんだ!?」
「生体センサーをすり抜けるとはな……。これじゃ、今までのやり方は通用しない」
グダスは歯噛みしながら状況を分析する。
「くそっ……姿を消せるなんて、こんなのどうやって――」
ライツが悔しげに呟いた、その時だった。
「ロライラ、塗料弾を散布しろ」
グダスは即座にロライラへ指示を飛ばした。
「了解。これより散布を開始します」
次の瞬間、グダスたちの機体の周囲へ、色とりどりの粒子状塗料が一斉に放出される。
宇宙空間に、鮮やかな色彩の霧が広がっていった。
「ロライラ、防御を強化しろ! ライツはその場で待機! 全員、衝撃に備えろ!」
グダスが大声で叫んだ。
ライツは静かにモニターへ視線を据え、外部映像をじっと見つめていた。
そして次の瞬間――あの衝撃が再び機体へぶつかった刹那、ライツとグダスの二人はついにそれを視認した。
怪獣の姿だ。
その全身には、先ほど散布した七色の塗料が付着していた。
塗料が付いていない部分の外骨格は、水晶にも似た光沢を帯び、周囲の色彩を反射することで、自らの姿を環境へ溶け込ませていたのだ。
だが、色料に染まった今となっては、もはや隠れる術はない。
この瞬間、グダスたちは勝利を確信した。
「今だ、ライツ!」
「……ああ」
グダスの声に短く応じると、ライツは流れるような操作で機体を動かした。
次の瞬間、機体は口部を大きく開き、怪獣へ噛みつく。
さらに背部へ格納されていた双砲身が展開され、至近距離で敵を照準に捉えた。
「くたばれっ! この野郎!!!」
零距離砲撃が炸裂する。
怪獣は咬みつかれていた脚の一本を引きちぎられ、そのまま反転して距離を取ろうとした。
だが――
「まだ逃がすかよ……クソ虫!!」
ライツの感情が爆発するのに呼応するように、ヴァトラヴァの双眼が紅く閃いた。
同時に、機体各所へ血流のように走る赤い光条が全身を駆け巡る。
次の瞬間、推進器へ莫大なエネルギーが一気に流れ込み、機体は極限出力で前方へと弾き飛ぶように加速した。
ヴァトラヴァが前方へ突進するのと同時に、背部の翼刃が展開された。
それはこれまで以上に強烈な紅い光を放ち、膨大なエネルギーを帯びて輝き始める。
怪獣が防御のために肢体を持ち上げる間もなく――
ヴァトラヴァはそのまま一閃し、敵の巨体を真っ二つに切り裂いた。
両断された怪獣は、力を失ったまま宇宙空間を漂っていく。
だが……
あの怪獣は、ただ時間を稼ぐための囮に過ぎなかった。
「何っ!?」
次の瞬間、ヴァトラヴァはいつの間にか接近していた別の怪獣たちに取り付かれていた。
抱きついてきたのは比較的小型の個体で、三、四体がヴァトラヴァへ死に物狂いでしがみついている。
そして視界の先――なおもトラクス星へ向けて進軍を続ける虫王は、こちらを一瞥することすらなく、その側面にまるで光円環のような発光体を出現させた。
「グダスさん、高エネルギー反応を確認」
ロライラが警告を発する。
「緊急回避! 即時短距離ジャンプを実行!」
宇宙船ロライラ号はもともと短距離跳躍機能を備えている。
そのため、ヴァトラヴァとの合体状態でも同機能の使用が可能だった。
さらに、ヴァトラヴァからのエネルギー供給により、従来よりもはるかに高速で再充填が行える。
次の瞬間――ほぼ時間差ゼロで、ヴァトラヴァは空間跳躍を敢行した。
それにより、虫王が放った砲撃にも似た一撃を紙一重で回避する。
跳躍先の定点へ到達した直後、ヴァトラヴァは再び急加速した。
超音速の勢いで襲い来る怪獣群を次々と回避しながら、小型怪獣を斬り捨てていく。
その進路の先にいるのは――こちらをまるで意に介さない虫王だった。
彼らの反撃は、どうやら虫王にとっても予想外だったらしい。
それまで意にも介していなかった虫王が、初めてゆっくりと首を巡らせ、グダスたちへ視線を向けた。
同時に、その巨体からは明らかな警戒の気配が放たれていた。
「あれは……まさか、いわゆる魔法みたいなものか?」
グダスは目を見張る。
虫王は前方の双肢の前に、淡い緑色に輝く環状の光輪を幾重にも重ねて展開していた。
「ようやく本気で俺を相手にする気になったか!?」
ライツが怒気を込めて叫ぶ。
次の瞬間、虫王は宇宙空間に漂う隕石塵を巻き上げ始めた。
まるで見えない渦流が生まれたかのように、周囲の塵が一点へと集束していく。
そして、それをヴァトラヴァへ向けて放とうとした、その時――
地上砲撃部隊から放たれた光束砲が、ちょうど集まりつつあった隕石塵へ命中した。
塵は閃光とともに四散する。
その瞬間、虫王は苛立ちを露わにしたように、トラクス星を一瞥し、続いて目の前のワトラヴァへと視線を戻した。
「俺を無視するな!」
ライツが怒鳴り声を上げる。
次の瞬間、ヴァトラヴァは速度の優位を最大限に活かし、まるで鎌鼬のように虫王の周囲を高速で駆け巡った。
移動しながら連続砲撃を浴びせ、さらに至近距離では機体の主翼を使った斬撃を次々と叩き込んでいく。
一見すれば有効打には見えない。
だが―この一連の攻撃は、敵を倒すためのものではない。あくまで陽動だ。
「どうやら、奴の意識を惑星から引き離すことには成功したみたいだな」
グダスがそう口にしたその時、虫王はトラクス星へ向けていた進行を止め、その巨体ごとゆっくりと視線をヴァトラヴァへ向けた。
同時に、小型怪獣を次々と増援として送り込み、地上からの砲撃を防ぐ肉盾にしながら、こちらを本格的に排除しようと動き始める。
グダスたちの狙いは、引き続き虫王を宇宙空間で足止めし、その間に地上砲撃部隊へ肉盾となっている怪獣群を徹底的に削らせることだった。
その意図を共有していたライツとグダスは、計画通りに虫王へ消耗戦を仕掛ける。
どちらが先に限界を迎えるか――
ライツとグダスが先に疲弊するのか、それとも怪獣の数が尽きるのか。
文字通りの持久戦が始まっていた。
しばらくして、虫王も異変に気づいたらしい。
奴はふと首を巡らせ、砲撃を防いでいた肉盾の群れへ視線を向ける。
かつては正面を完全に覆い尽くしていた防壁が、今や胴体を辛うじて守る程度にまで減少していた。
翼の部分はすでに砲撃の余波を受け、ところどころ損傷している。
「グオオオオオ―――!!!」
奇妙なことに、本来なら宇宙空間では音は伝わらないはずだった。
それなのに――その場にいた全員が、確かに虫王の怒号を耳にした。
「そんな馬鹿な……宇宙空間で咆哮が聞こえるなんて!?」
グダスは目を見開き、この不可思議な現象に息を呑んだ。
「咆哮のことなんて構ってる場合じゃない! 今は状況がおかしい!」
ライツが鋭く叫ぶ。
次の瞬間、虫王はどうやらグダスたちの牽制を振り切る決断をしたらしい。
その双翼の周囲に、先ほども現れていた光輪のような環が再び幾重にも浮かび上がる。
そして奴は一気に速度を上げた。
残り少ない怪獣たちを盾として前面に展開し、砲撃を受け止めさせながら、トラクス星へ向けて猛然と突進を開始する。
「まずい! この速度じゃ、あっという間に到達される!」
グダスが叫ぶ。
「行かせるかよ……クソ虫!!!!!!」
ライツの怒号と同時に、彼の身体に刻まれた傷痕は、まるで燃え上がるようにさらに灼熱の紅へと染まっていった。
それに呼応するかのように、ヴァトラヴァの全身を走る紅いラインも、いっそう鮮烈な赤へと変わる。
瞬間――推進器の出力が一気に数倍へ跳ね上がった。
「うっ……おおっ……」
凄まじいGに押し潰されるように、グダスの身体は座席へ強く叩きつけられる。
まともに姿勢を保つことすら難しい。
空間跳躍を指示したい――そう思った時には、すでに遅かった。
激情に駆られたライツの加速は、それを考える暇すら与えない。
「止まれぇぇぇ!!」
ライツの絶叫とともに、機体の主翼に変化が生じる。
まるで電熱剣でも装備したかのように、翼の縁が灼熱の紅に染まり、金属が融点寸前に達した時のような、赤熱した輝きを放ち始めた。
火紅い残光が一瞬にして蟲王の巨体を薙ぎ払う。
次の瞬間――その移動を支えていた双翼は、ヴァトラヴァによってあっさりと切断された。
推力を失った虫王は、そのまま慣性の法則に従って前方へと漂い続ける。
だが、その巨体からは得体の知れない圧迫感がなおも放たれていた。
やがて、その六肢の周囲にも先ほどと同じ黄色い環状の光輪が次々と現れる。
ロライラが即座に警告を発した。
「目標に高エネルギー反応を確認。」
「緊急回避!!」
グダスはそう叫ぶと同時に操縦桿を強く引き、機体の向きを変えて短距離空間跳躍を実行する。
しかし――怪獣が取った行動は攻撃ではなかった。
奴は砲撃によって生じた姿勢の崩れすら利用し、その反動でさらに加速しながらトラクス星へ向けて突進を続けていた。
「くそっ! 惑星まで逃がすか!!」
ライツは叫びながら、さらに推力を上げる。
「グダス、跳躍で追いつけるか!?」
「無理だ! 跳躍後は一定時間のクールダウンが必要だ!」
グダスの返答を聞くと、ライツは深く息を吸い込んだ。
「ヴァトラヴァ!!!」
その叫びに応えるかのように、ヴァトラヴァの全身を走る赤いラインが、これまで以上に強烈な光を放ち始める。
そしで、ヴァトラヴァの狼頭部が高らかな咆哮を上げた。
グダスの視界に映るエネルギー出力制御パネルには、明らかに異常な数値が表示されている。
「このエネルギーなら……いける」
「追いつけぇぇぇ!!」
ライツの絶叫とともに、次の瞬間――
グダスとライツの二人は、身体を後方へ強烈に引き剥がされるような凄まじい加速を感じた。
ほとんど光速に迫る勢いで、ヴァトラヴァは前方へ突進する。
その先には、自らの砲撃の反作用でやや速度を落としていた怪獣の巨体。
「――ッ!!」
接近に気づいた怪獣は、一部の砲門をこちらへ向け、攪乱射撃を開始した。
「もっと出力を上げろ、ヴァトラヴァ!」
ライツの叫びに応じるように、展開された推進器からはさらに灼熱の噴炎が噴き上がる。
速度はもう一段階跳ね上がった。
そして、今まさに怪獣へ届こうとした、その瞬間――
「何っ!?」
ライツの目の前で、怪獣の速度が再び増し、徐々に距離を離し始める。
彼は即座にグダスへ向かって叫んだ。
「いったい何が起きた!?」
「エネルギー出力が過大です。機体のスラスターが耐えきれず、システムは保護装置を起動し、現在冷却中です」
ロライラが即座に状況を報告した。
「まさか……俺の想定を上回るエネルギーだったとはな……こいつは厄介だ。」
グダスは苦々しくそう漏らすと、すぐに次の指示を出す。
「ロライラ、空間跳躍は可能か?」
「跳躍装置はすでにスタンバイ状態に入っています。いつでも使用可能です、グダスさん」
「奴を惑星へ降ろすわけにはいかない!」
ライツがそう叫んだ、その時――
グダスはいつになく厳しい口調で言い放った。
「いや、もう間に合わない。こうなった以上、こちらも地上へ跳躍して、そこで奴と決着をつけるしかない」
それを聞いたライツは、悔しさを抑えきれず、目の前の操作パネルを強く叩いた。
「また……また俺は、あいつを逃がしてしまった……」
そう呟く彼を横目に、グダスは計器へ視線を走らせる。
先ほどまで異常値を示していたエネルギー出力が、徐々に低下している。
どうやら、このエネルギーの変動はライツの感情の起伏と連動しているらしい。
そう判断したグダスは、静かに口を開いた。
「よく聞け、ライツ」
「……?」
グダスの言葉を聞き、ライツはゆっくりと顔を上げ、通信モニターに映る彼を見つめた。
「自分の無力さを責めてばかりいても仕方ない。まだ取り返しのつかない段階じゃないなら、最後まで全力を尽くせ! まだ終わってない!!」
その瞬間、ライツの脳裏に、すでにこの世を去った親友であり相棒――エイドスの顔がよぎった。
次の瞬間、彼は力強く顔を上げる。
「……その通りだ。まだ終わってない」
グダスはエネルギーゲージへ視線を移した。
先ほどの限界寸前の暴走状態には及ばないものの、今度は明らかに安定しながら数値が大きく回復している。
「ロライラ、地表へ空間跳躍を実行。地上で迎撃する」
「了解。空間跳躍を開始します」
ロライラの応答と同時に、グダスたちの機体は宇宙空間から一瞬で姿を消した。




