痺れ芋⑬
「女神様に感謝し続けねぇとな」
ヤーモの言葉にピーも頷く。
リヤカーを引く重さ。両手、胸と背中に背負った重さ。一歩進むのもかなりの体力を使うが、それ以上に身体にかかる重さが、村の命を繋ぐ重さだと考えれば苦にならない。
ピーもヤーモも出稼ぎからの帰路、このまま村に戻って、皆で飢え死ぬのを待つだけだと覚悟していた。
また痺れ芋を粉にして毒として売ることも考えなかったわけではないが、粉にして売って食料を買って帰ってくるまでの間に何人が残っているだろう。
そんな状況の中、痺れ芋など持ち帰れば、餓え死ぬ苦しみよりも、痺れ芋の毒で死ぬのを選ぼうと持ちかけるようで、魔の森に捨てていくことをピーとヤーモは決めたのだ。
村の皆と一緒に餓え朽ち果てていこうと。
「女神様はお優しいけど、やっぱり怖いな」
ピーの言葉にヤーモは食事の時の光景を思い出して身を震わせる。
「豊穣の女神様なのか、大地の女神様なのか」
続けたピーの言葉に、ヤーモは否定的だ。
「でも、海の怪物平気な顔で食べてたぞ?」
ピーもヤーモもフクネギを種族的に食べることができないが、ミサキが勧めたサラスパを食べなかったのは、それだけが理由ではない。
海に面した地域や船乗りには毒を持つ生き物の一つとして有名な海の怪物と呼ばれるぐにゃぐにゃした紐状のモノが大量に入っているように二人には見えたからだ。
「海の女神様からの贈り物とか?」
「毒のあるものをか?」
「でも、美味しそうに食べてたから」
「水の女神様だと俺は思う」
リヤカーは籾殻のブロックと米俵で山になっているが、石臼を押しつぶさないようにと僅かにできた隙間に詰め込まれた二つの透明な入れ物に入れられた水―― ペットボトルの水をヤーモは見る。
それは、ミサキがピーが今日の分の出せる水を使い終わってしまったからと隙間に入れたものだ。
「水、大量に使っていたよな」
外でも中でも、惜しむこと無く使われていた水をピーも思い出す。
取っ手を回したり、上げ下げするだけで自在に出た澄んだ水。
「やっぱり水の女神様じゃなくて、豊穣か大地の女神様だよ。野菜も果実も穀物も実っていただろ。それも実る季節の違うものが一緒にだ」
「でも、水を大量に使っていたし、やっぱり水の女神様だよ。女神様の箱庭だから季節なんて関係ないんじゃないか?」
話をしているうちに、森の端が見えてきた。
入り込んでも必ず入ったところに出る魔の森だから、迷うことなど考えてはいなかったが、二人は安堵する。
魔の森を抜けると、そこは入った場所ではなく、村のすぐ側の場所に出た。
「「は?」」
間抜けな声がピーとヤーモからでる。
「あ…… ヤーモ兄ちゃんとピー兄ちゃん帰ってきた! 食いもん沢山持ってる!!」
ガリガリと地面を石で削っていたヤーモの種族の子供が二人を見て声を上げた。
その声に村人たちが集まって来た。
リヤカーの荷物は一先ずそのまま。
籾殻のブロックを数個。玄米の米俵を一つだけおろして、ピーとヤーモはリゾットを作る準備を進める。
ヤーモが胸側にぶら下げてきた袋に入れてきた鍋やフライパン、油を取り出して並べていく。
できるだけ潰れないようにと、詰め方を工夫してきたが、潰れてしまった野菜を先にリゾットに使うことにして、そのまま食べられる果物は、村の仲間が潰れたものから先に少しずつ分け合って食べてもらう。
汁気の多く柔らかく食べやすいものは、海の女神の罰で伏せっている者たちのところへ持っていき、汁気を飲んでもらい、果肉も小さくして、そのまま飲み込んでもらう。
誰かの叫びに、ピーとヤーモの動きが。
村の仲間の動きが止まったあと…… 静かに涙するもの、声を上げて泣く者。歓声を上げるものと様々であったが、辺りは喜びに包まれた。
「血が! 血が止まったよ!!」
海の女神の罰で伏せっている者たちに小さくした果物を、汁を飲ませた者たちの歓喜の叫び。
「女神様のお赦しだ」
ピーもヤーモもその喜びの輪に加わりたかったが、果物を食べただけで血が止まったのなら、ミサキから教わったリゾットを、団子を食べればもっと奇跡が起きるのではないかと、二人は腕で涙を拭いながら、リゾットを作る準備を急ぐ。
村があるのは荒れ地で、そこらへんに大小様々な大きさの石が転がっているので、フライパンを置くための竈を作るのも容易だ。
ピーとヤーモの動きに、子供が果物を少しずつ、無くなるのを惜しむように齧りながら、二人に近づいてくると、興味深く観察しだした。
出来上がった竈に籾殻のブロックを入れて火を点ける。玄米を炒め始めたのを見ると、子供たちは、惜しむように少しずつ食べていた果物を口の中に放り込んで咀嚼して飲み込む。
まだ使っていないフライパンの数をみて、その数の分、辺りにゴロゴロと転がっている石を集めて、フライパンを置くための竈を子供たちは二人の横で作りはじめた。
水を入れて煮込み始めたら、焦げないように時々様子を伺いながら、ピーとヤーモは、子供たちが作った竈に次のフライパンをのせて次のリゾットを作っていった。
リゾットを食べ終わる頃には、海の女神様の罰に伏せっていたものは、身体の細さや毛が抜け落ちてしまった姿は変わらないものの、立ち上がり動けるようになっていた。
ピーとヤーモは女神様の箱庭から授けられたと村人たちに説明して皆で感謝の祈りを捧げた。
「やっぱり水の女神様なのかもしれないな」
豊穣か大地の女神様だと言っていたピーがヤーモの水の女神様の意見に傾いた。
「いきなりどうしたんだ?」
「ヤーモ。気づいていないのか?」
ピーが指差すのはミサキが持たせた二本の水が入ったペットボトル。
沢山使ったはずなのに、使う前と変わらない量の水が入っている。
ヤーモは自分で水を魔法で出していたが、ピーは今日の分の魔法で出せるだけの水は使い切っていたため、ミサキが持たせてくれたペットボトルの水を使ってリゾットを作っていたのだ。
「ずっと減らないのかな?」
もしそうだとすれば、この村の希望になる。
ミサキが教えた沼での稲作が上手くいったとしても、収穫できるのは年に一度。その収穫まで今回貰ってきた食料が持つはずも無いので、水が減らないのなら野菜を育てることができると、ヤーモはドキドキしながら、ペットボトルの蓋を開けた。
ペットボトルの様子に気がついた子供たちから歓声が広がっていく。
勢いよく噴き出しているわけではないので、本当に少しずつだが、ペットボトルから溢れるように水がこぼれ落ち続けている。
「石を集めよう」
「石で周りを囲って」
「その後は中の地面を石で埋めれば」
誰が最初に口にしたのかはわからない。それでも、村人総出で石を集め、一時間後にはペットボトルより高い位置で、子供が中にギリギリ座り込むことができる程度の大きさではあるが、ペットボトルを囲むように小さな水汲み場が出来上がっていた。
「もしかすると」
残る、もう一つのペットボトルを手に、いつか畑にすることができればと考えていた場所で、ヤーモはペットボトルの蓋を開けた。
同じように水が溢れ出したペットボトルに、村人たちは同じように石を集めに動く。
ペットボトルから溢れこぼれ落ちる水は少しづつ水汲み場の中に溜まり、ペットボトルを水の中に隠す。
水面に現れる持ち上がるような波紋は水が絶えることなくペットボトルからゆっくりと溢れ続けていることを教えてくれるが、水が水飲み場の枠から溢れることは無かった。その不思議さに村人たちが気づくのは、子供たちの次の世代でのこと。
稲を収穫する迄、食料の自給に不安な部分はあったが、十分に水を使えることによって少ないながらも野菜を育てることが出来たため出稼ぎに出ることなく乗り切ることができた。
収穫された米を巡って、海の女神様の赦しを得る聖地として一時期有名になり、米とともに知られた大豆によって少しだけ村人たちの生活に余裕が生まれたことから、色々な種類の団子が作られるようになり、団子が女神様の食べ物として各地に広まっていくことになる。




