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奇跡のように美しい人  作者: 月宮永遠
3章:決意
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 北アルル大陸、最東の街。海辺に臨むルチカ。

 佳蓮がここへきたのは偶然だったが、後になってから、そういえばレインジールの工房で見た地図にあったと思い出した。

 確か、妖魔を牽制する目的の城塞都市で、彼の師匠が住んでいるはずだ。

 厳めしい街を想像していたが、水平線の彼方に漁火いさりびが揺れているような、穏やかな町だった。

 気が付けば、ここへきてから一年が経とうとしている。

 港町に一つしかないバーの二階と三階は宿になっており、佳蓮は二階の一部屋を借りている。

 一階は食堂兼居酒屋で、人と交流する客間のような場所になっていた。

 街のどこにいても、歩いて浜辺へいけるほど海が近く、夜は波の音を聞きながら眠りにつく。

 何もない街だが、教会の暮らしよりは肌に合っていた。

 バーの一階で佳蓮が寛いでいても、あまり騒がれないところも気に入っている。

 地元の銘柄をいろいろと揃えているようだが、別に酒を飲まなくても咎められない。人との交流を目的にする場所なのだ。時には、小さな子を交えて、家族ぐるみでやってくる客もいる。

 メニューも奇抜なものはなく、ごく家庭的な料理が多い。

 定番は、地元で取れた白身魚をからっと揚げて、檸檬汁とタルタルソースを添えた料理だ。それから、フィッシュ&チップス。冷えた麦酒に自家製の葡萄酒に蜂蜜酒。

 いずれも結構な量があり、皿から溢れ出さんばかりなのだが、美味で意外と食べれてしまう。

 昼間は比較的静かなのだが、夜も更けた頃になると、めかしこんだ熟年から、老年の紳士・淑女達が集まってくる。

 奥にあるボールルームで、ダンスやカードゲーム、クイズなどを愉しむのだ。

 年を経ても、貴婦人をエスコートする老紳士の姿は、見ていて好ましい。お洒落をする心意気、社交を愉しむ心を忘れないことが、若さの秘訣なのかもしれない。


 夜も更けた頃。

 バーの隅で、佳蓮はぼんやりしていた。軽快な音楽を聞きながら、在りし日の華やかな世界を思う。

 あの頃は、恐いものなんてなかった。

 老いから遠ざかっていられることを正義のように振りかざし、なぎの海のような時の中で、享楽的に生きていた。

 いつからだろう。

 永遠を楽しめなくなったのは……

 皺の寄った手を取り合い、ステップを踏む彼等は美しい。

 照明に照らされた彼等を、わだかまった闇の中から見つめているのは、佳蓮の方だ。

 月日を重ねて、今この瞬間を楽しんでいる彼等が妬ましかった。

 あんな風に生きてみたい。大切な人達と、同じ時間を生きていきたい。

 それなのに、佳蓮は年を重ねることができない。

 出会った時は十歳だったレインジールも、今では十八歳だ。

 七つも開いていた年齢差は、いつの間にか逆転してしまった。子供だと思っていた少年は、佳蓮よりも遥かに大人になってしまった。

 憧憬の眼差しは、熱の籠った視線に変わった。この先、どう変化していくのだろう?

 そう遠くない未来に、娘か孫を見るそれに変わるのだろうか。

 気分が悪い。

 さっきまで穏やかな気持ちでいられたのに、もう暗澹あんたんと沈んでいる。

 とどのつまり、これが佳蓮の本質なのだ。

 他人の人生を俯瞰ふかんして、自分を憐れまずにはいられない。どれだけ環境が変わっても、自傷をやめられない。

 何もかも虚しくなり、そっと店を出た。

 幾らも歩かぬうちに、天空からぽつぽつと雫が垂れてきた。

 たちまつぶてのような雨に変わり、佳蓮の全身を濡らした。

 宿に引き返そうか迷ったが、やめた。

 視界に収まる範囲に、人影は誰もいない。

 家々の窓から漏れる暖かな光は、今の佳蓮には縁遠いものだ。一人きりで、どこにも行き場がない。


「うあぁ――ッ」


 雨の中、大声で喚きながら岬を目指した。もうどうなっても良かった。


「どうして、私なのぉッ」


 叩きつけるような雨の礫が、顔面を容赦なく叩く。全身ずぶ濡れになりながら、叫び続けた。


「なんでよぉッ」


 切実な声は、嵐にかき消された。


「教えてよ、誰か! ねぇッ……レイン」


 声が嗄れても、ひゅうひゅうと喉を鳴らして、歩き続けた。もう少しだ。あと少しで、崖の先端に辿りつく。いつの日か歩いた鉄筋の冷たさを思い出しながら、一歩、また一歩と濡れた大地を踏みしめた。

 あの絶壁から飛び降りたら、どうなるのだろう? 今度こそ死ねるのだろうか?


(もう、何も考えたくない)


 意識が霞む。倒れる瞬間、懐かしい声を聞いた気がした。





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