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 綺羅、星のような舞踏会。

 無数の灯が色彩を散らし、香りは陶酔(とうすい)を帯び、美しい旋律が流れている。

 華やかな紳士淑女達は、洗練された微笑を仮面のように貼りつけ、この世界が約束された幸福で満ちているとでも言うように、優雅に語らい、笑い、(さかずき)を重ねる。

 壁際に(しつら)えられた長椅子に腰を下ろす佳蓮の傍らには、騎士のように(りん)と立つレインジールがいる。

 佳蓮は細い脚のグラスを掲げ、泡の(はじ)けるシャンパンを光に()かしてみた。

 万華鏡のように(きら)びやかな光景だが、一つ奇妙なことがある。

 会場には、身分も容姿も申し分のない男が(あま)()いる。それでも、着飾った淑女達が秋波(しゅうは)を送るのは、冴えない印象の男や、地味な皇子達だった。

 絶世の美少年であるレインジールは、年若さのせいか、不思議なほど注目を集めない。

 そして、誰よりも視線を浴びているのは、佳蓮だ。

 嘲笑ではない。

 軽蔑でもない。

 賞賛。賛嘆(さんたん)。熱を帯びた眼差し。(しん)()な言葉を、先ほどから流星雨のごとく浴びている。

 ――意味が判らない。

 ここまで大仰な舞台を整えて、一体、何を見せたいのか。何を信じさせたいのか。

 だが、熱っぽく佳蓮を見る男達を眺めるうちに、(のう)()(ひらめ)くものがあった。

 逆さまの美を(あつ)める展示回廊。

 (あま)()の平凡な女神像。

 熱視線を送られる地味な皇子達。

 女性に見向きもされないレインジール。

 女神と称される佳蓮。

 この世界における美の基準とは――導きだされる答えに、全身の肌が(あわ)()った。

 彼等(・・)に共通している特徴がある。

 女性であれば、ふくよかな体型。そして男女共に、眼光鋭い一重の(ひとみ)。丸くて大きい低い鼻。厚みのある唇。凹凸の少ない扁平(へんぺい)な顔。濃紺や(えん)()の波打つ髪。


 ――佳蓮(わたし)だ。


 ……これまで浴びてきた賞賛の雨を、行きすぎた社交辞令だと捉えてきた。

 けれど、そうではなかった?

 レインジールは、佳蓮を本当に美しいと思っている?

 佳蓮の(ひとみ)には、絶世の美少年に映るレインジールの容姿は、この世界では鑑賞するに値しない?

 彼の自嘲めいた言動は、佳蓮に対する嫌味や皮肉ではなく、彼自身の劣等感(コンプレックス)(あらわ)れ?

 ――佳蓮がそうであったように。

 レインジールもまた、佳蓮に引け目を感じていた……?

「嘘でしょ……」

 呟きは、泡の(はじ)ける音に(まぎ)れて消えた。

「……羽澄様?」

 不思議そうに(たず)ねるレインジールを、佳蓮はまじまじと見つめた。

 信じられない。これほど美しいレインジールが、見向きもされないなんて。

 ――生前は、醜いからと差別され、忌み嫌われた。

 誰かが佳蓮を毛嫌いすれば、伝染病のようにクラスに蔓延(まんえん)した。

 胸の奥で、(おり)のように()り固まった、どす黒い感情が膨れあがる。

 忘れやしない。地獄みたいな日々だった。

 心ない言動に卑屈になればなるほど、いじめは悪化した。中学時代が最も酷く、鬱を(わずら)い、家族までも疲弊させた。

 毎日のように投げ捨てられる筆記用具。上履は何度も行方不明になり、机は常に落書された。


〝豚。きもい。臭い。ばい菌〟


 対等の人間として見てもらえず、少しでも肩が触れれば嫌な顔をされる。触れた箇所を、露骨に手で払われることもあった。

 学校に行きたくないと泣いて、(さと)されるたび、自傷行為(リストカット)を繰り返した。

 心療内科で睡眠薬(サイレース)精神安定剤(レキソタン)、数種類の抗鬱剤を処方されていたが、どんな薬よりも肌に走る赤い筋の方が、心を(しず)めてくれた。

 どうしようもなく気が滅入って、薬の過剰摂取(オーバードーズ)をやらかしたこともある。救急で運ばれ、そのまま精神病棟に入れられた。一週間で退院したが、その後は不登校に(おちい)った。

 半年かけて服用中止し、復学後は同級生が誰も行かない高校を選んだ。

 中学の壮絶ないじめに比べれば、高校ははるかにマシだった。けれど友達はいなかったし、クラスメイトには無視されていた。

 孤独を誤魔化すように、休み時間は、ずっと寝たふりをしていた。

 (みじ)めだった。

 学校は苦痛でしかなかったが、仲違いする両親をもう見たくなくて、息を殺して通った。

 模範的な〝いい子〟であろうとする反面、手首の傷はなかなか消えなかった。

 そして、窒息しそうな日々に、とどめを刺す出来事が起きた。

 学期末の修学旅行を前に、生徒の任意で班を決めることになった時のこと。

 班からあぶれた佳蓮を見兼ねて、佳蓮の引き取り先をクジで決めようと担任の教師が言いだした。

 あの時の、皆の平淡な表情。

 酷い罵倒を受けたわけではない。同情的な眼差しも中にはあった。

 面倒そうな顔をしながら、皆が粛々(しゅくしゅく)とクジを引いた。

 その様子を、佳蓮は隅の席で息を殺しながら見ていた。


(誰か。今すぐ私を殺して)


 心の底から願った。

 家に帰ると布団に潜り、意志の力で呼吸を止めようとした。

 今思えば馬鹿みたいな話だが、あの時は本気で窒息死しようと思ったのだ。息苦しさに耐え切れず、ぜぇぜぇと喘ぐだけだったが……

 うまく説明できない。

 死ぬほどのこととは、誰も思わないかもしれない。理解してもらう方法も、あったのかもしれない。

 ただ、もう限界だった。

 あの教室で起きた一連の出来事は、今後、佳蓮が辿るであろう人生の縮図だった。

 学校へ行きたくない。修学旅行にも行きたくない。絶対に行きたくない。でも家族に責められたくない。どこにも居場所がない……


 そして、飛び降りた。


 死後に見る泡沫(うたかた)の夢なのか、同じ容姿のまま、異なる価値観の世界に(よみがえ)った。

 この()じ曲がった価値観は、佳蓮のひねくれた性根(しょうね)を映しているのだろうか?

 価値観ひとつで、世界は天国にも地獄にも変わる。

 果たして誰が、どんな意図で、佳蓮をこのような目に合わせたのだろう?

「羽澄様? どうかしましたか?」

 不思議そうに首を(かし)げる美しいレインジールを、佳蓮はしみじみと眺めた。

 メビウス家歴代の肖像画を見る限り、佳蓮の価値観では、皆が美しい容姿をしていた。

 あの、広大な展示回廊。

 美術品を蒐集(しゅうしゅう)してきた血筋に、根強い美への探究心、ある種の妄執(もうしゅう)を感じる。

 レインジールにも同じ血が流れている。佳蓮を(いち)()に慕うのは、そういった背景もあるのかもしれない。

 彼は佳蓮を流星の女神と呼び、堕天の影響で記憶を(うしな)っていると思っているが、何も判っていないのはレインジールの方だ。

 この天使のような少年は、自分がどれほど美しいかを、まるで理解していない。

 凝視していると、レインジールは恥ずかしそうに視線を()らした。けれど、すぐに視線を佳蓮に戻す。

 熱を孕んだ、賞賛の眼差し。

 演技ではない。嘘でもない。

 この少年は真実、佳蓮に見惚れているのだ。

 ――佳蓮に‼

 そう気づいた瞬間、世界が根底からひっくり返った。晴天の霹靂(へきれき)だった。

「私が、好き?」

「……はい」

 美しい少年の反応が手に取るように判り、佳蓮の心はざわついた。

 にっこり笑いかけると、レインジールはぼうっとなった。涼しげな目元に朱が散る。

「隣、座れば?」

「よろしいのですか?」

「どうぞ?」

 ぽん、と座面を叩くと、レインジールはおずおず歩み寄ってきた。少し距離を空けて腰をおろす。

 膝上で行儀よくそろえた手に、指先でちょんと触れると、面白いほど肩を()ねさせた。

「は、は、羽澄様?」

「動揺しすぎ」

 ――楽しい。

 生まれて初めて味わう、人を(もてあそ)ぶ感覚。人より優位に立ち、見下ろす快感。

「羽澄様……」

 からかわれたと気づいたのか、レインジールは困ったように眉を寄せた。

「あはは……ごめん」

 この不思議な世界が、天国と呼べるものなのかは、まだ判らない。

 ただ、佳蓮にとって都合の良い場所であることだけは確かだ。

 これまで支払ってきた苦痛の代償だというのなら、同じ分だけ、それを享受しても許されるのではないか。

 胸の奥に穿(うが)たれていた(うつろ)が、とろりと、ほんの少しだけ潤いを取り戻した気がした。

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