4話 家族が増えたようですが。
お願いします。
こんにちは、セレスティナです。今日も元気に死にそうです。
最近父が仕事場に復帰したらしく、我が家はそこそこの平和に包まれています。勉強がすごく捗りますね。あとはペットが優しかったら嬉しいのですが、贅沢は言いません。そういえば、あのはた迷惑万歳な父はまともに仕事をしているのでしょうか。…きっと手綱を握ってくれる人がいるのでしょう。私の知ったことじゃありません。
前置きはここまでにしておいて。
そんなこんだで私がこの世界に来てから一か月が経った。酷いぐらいの濃密な時間を過ごしたので、ここでの生活も大概慣れた。毎日使用人に愛でられたり犬に襲われたりするこの生活が、決して一般的な貴族のそれと違うと思うのだが、残念な事に比較対象がいないので文句が言えない。てかこの状況を受け入れている私に文句言いたい。もっと頑張れよ私!
さっきも言った通り、最近は比較的平和な毎日を過ごしていた。イベントのない日々最高!平穏な日常こそ神!と満喫していた。が、そんな平和は長く続くわけもなく、悪の根源は帰ってきた。美しすぎる義弟を連れて。
「こいつはルクシオ。今日からお前の義弟だから」
「……は?」
話があると言われて訪れた父の書斎。二週間ぶりの父は挨拶もそこそこに顔に笑みを浮かべて少年を連れてきた。そして、この台詞。こいつ何言ってるんだと睨みつけた私は決して悪くない。記憶を失った娘が苦しんでいる今、何をややこしいことをしているのか。何故このタイミングで家族を増やすのか。昼間っから酔っ払ってるのか?
だが、父はガン無視で微笑み続ける。その顔は達成感に満ちた表情だ。…どこをどう見たら私が喜んでるように見えるんだよ。こっちは困惑しかねぇわ。
…連れてきてしまったのはどうしようもない。いまいち考えの読めない親から視線を外し、畏まって固まっている男の子に目を向ける。上から下まで一通り眺めて、確認するように一度だけ瞬きした。……ふむ。
つやつやの黒髪に綺麗な赤い瞳、シミ一つない滑らかで美しい中性的な顔。少し細いが均整のとれた体。うん、将来有望な美形になりそうな匂いがする。唯一難点なのが汚れて煤けている事なのだが、風呂に突っ込めば綺麗になるからノーカン。思った以上に美少年なのだがどこで出会ったんだろう。いや、まあ…なるほど、私はイケメンの姉になるのか。役得ではあるね。
にやにや笑わないように気をつけながら見ていると少年と目が合う。綺麗な濃い赤の瞳。吸い込まれるような深い色に見惚れていると、ふいと顔を伏せられる。固く口を結んでそわそわしている姿は子供そのもので微笑ましい。
やはり年相応ってのは大切だ。変に大人っぽく振舞うより好感が持てる。この子ならば一緒に生活してもストレスがかからなさそうだ。お父さんにしてはいい子を選んできたと思う。
それにしても―――どこかで見たことがあるような、ないような。…気のせいか。とりあえず挨拶はしよう。突然、会ったことがありますかー…なんて、ナンパしてるみたいだもんね。
よろしく、と言おうと口を開いた瞬間。
何の予兆もなく、私は思い出した。
まるで昨日の晩御飯を思い出すかのような気軽さで。
鈍器で頭を殴られるような衝撃で。
なんとも面倒で、私にとって重要で、今知りたくなかったとある事を思い出した。
―――『コイツ、ゲームで見た』と。
今までにも何度かあった違和感だ。知らないはずなのに知っていた土地名。聞いたことないのに聞いたことのあった歴史上の人物。初めは以前の記憶かと思っていたが今わかった、違う。これ、ゲームだ。これ、妹がやってた乙女ゲームだ。
題名は知らない。全員で攻略対象が何人出るのかも正確に覚えていない。ただ中央のピンクの髪をした女が男達を侍らせているパッケージが印象的なゲームだった。あー…ストーリーわっかんねぇ。男がいっぱいいる以外わからん。
何かわからないか…と、ルクシオと呼ばれた少年を見つめる。少年は居心地悪そうに伏せた目をちらりと上げ、何故か目元を赤くして目を逸らした。それが妙な雰囲気を醸し出し、こちらの居心地も悪くなる。
「……」
「……」
…ごめん、ルクシオ君。ちょっと考えさせてくれ。私にゃキャパオーバーだ。まさか…んな馬鹿な事起こると思わないじゃないか!
いつか父親を殴ろうと心に誓いながら私は走り去った。
私は一枚の紙とペンを取り出した。そして覚えている限りのことを書き出していく。
このゲームは3つの国と中央に浮かぶ学園がメインの学園モノだ。平民のヒロインは高い魔力でこの学園に入学し、2年生の時にゲームが始まる。それから男を落としたり色々してストーリーは進み、最終的に実は一国の王女だったとわかる謎に満ちたストーリーだ。よくありそうな内容だな。正直、何が楽しいのかわからない。
妹が言うには平民からお姫様に変わるシンデレラストーリーが楽しく、攻略対象の戦闘シーンが最高と言っていた。悪役を潰す時の爽快感も最高らしい。そういえば戦闘シーンのたびに私を呼び出して悶えていたな…。ま、今は関係ない。
今思い出せるのは私の事とルクシオ君の事だけだった。
私はハイルロイド公爵家の箱入り令嬢、セレスティナ・ハイルロイド。蝶よ花よと育てられた私は傲慢ちきな女だ。まあ、国のトップの公爵様だもんな。金あり権力ありでやりたい放題できる。勿論ポジションは悪役令嬢で、ヒロインの生まれ故郷であるメルニア王国の一貴族だ。
青銀の髪に改造しまくったゴスロリ制服が特徴のこのキャラは、持て囃されるヒロインを憎み、事あるごとに虐めてくる。ある一枚のスチルでは、彼女がヒロインの体を踏みながら高笑いをしていた。どういう経緯でそうなったのか酷く気になる。ねえ、ギャグシーンなの?
最終的に彼女はヒロインを虐めたと攻略対象に吊るし上げられたり、島流しにされたり、殺されたりする。ヒロイン直々手を下したものもあった。
私からすれば吊るし上げも耐えれば大丈夫だし、島流しなんて超ハッピーな出来事だ。殺されるのは遠慮したい。そうだな、島流しだ。どうやったら島に流されるの?流れたらハッピーエンドなんだけど。
ただ、髪色が……ヒロイン色なんだよな。顔は元のままなのに…バグった?
私についてはどうでもいい。どうでもよくないけど。問題はルクシオ君だ。
ルクシオ君は学園に潜入してヒロインを殺そうとする暗殺者だ。ヒロインは赤ん坊の時に誰かに攫われ置き捨てられる。たまたま通りかかった孤児院の院長がヒロインを連れて帰り、孤児院で育てる。その時にいたのがルクシオ君だ。彼とヒロインは孤児院で共に成長し、平和に過ごしていた。だがある時、ルクシオ君が攫われた。数年後、学園内で二人は出会うのだが、彼は暗殺者になっていた。
覚えているのはここまでだ。何故孤児院にいたとかどうして攫われたかなんて知らない。ただ言える事は……
「攫ったのがうちの父親かもしれないって事だよね…」
パッと見、10歳ぐらいの少年だった。攫われたのもそれくらいだったはず。やばい、これ犯罪じゃん。
「何でヒロインを攫ってこないのさ…!ルクシオ君を拾ってきて何するつもりだよ!……そうだ、孤児院に返そう。こっそり返せばバレない。まだ間に合うよね?」
やるしかない!
私は急いでお父さんの部屋へ向かった。
―――コンコン
「お父さん、入るよ?」
……返事無し。集中してるのかな?まあいい、失礼します。
中はさっきと変わらず山積みの書類と整理された本棚が並んでいる。書類に埋もれながらあの少年の紹介をしていたから、まだ二人いてるかと思ったのに誰もいなかった。
「くそ、面倒だな……ん?なにこれ」
机に置いていた一枚の紙が目に留まる。これは父から私に向けての手紙だった。
「『お父様は今から仕事場に帰ります。ルクシオが寂しがっているので相手をしてあげてくれ。気に入らなくてもあれは今日からお前の義弟だから仲良くしろよ。……幸運を祈る』。……アイツ、逃げやがったな!」
脳天気な文章に思わず、ぐしゃと紙を握り潰す。
『寂しがっている』とか突然攫ってきたからだろ?!怖くて震えてるだけだよそれ!『気に入らなくても』ってなんで私が要求したみたいになってるんだよ!全く欲しくないよ!
「あー、面倒臭い面倒臭い!本当お父さんに会ったら碌な目にしか遭わん!あんなのが父親なんて信じられんわ!」
私はぐちゃぐちゃになった紙くずをゴミ箱に捨てて、急いで部屋を出た。行く場所は決まってる、ルクシオ君の所だ。
使用人によるとルクシオ君は部屋にいるとのこと。場所は私の隣。部屋から出る時、物音一つ聞かなかったからどうやら私達はすれ違いになっていたらしい。そして私は今、彼の部屋の前で二の足を踏んでいる。
…どうしよう。さっき勝手に逃げ出しちゃったから印象悪いだろうな。じろじろ見つめて逃げる。我ながら不信感を抱く行動だ。警戒心剥き出しで対応されても文句は言えない。
とりあえず謝る?真面目に謝ったら許してくれる?謝って許してくれるかな。……いやいやいや、あの態度は謝るべきだ。やられたら凹むもん。
よ…よし謝るぞ。
―――コンコン
「ルクシオ君。はじめまして、私はセレスティナ・ハイルロイドです。先程の非礼をお詫びしにきました」
あれ、これ文章大丈夫かな…。
いやいや、大丈夫だ。自分を信じろ。
「突然のことなので驚いてあのような行動をしてしまいました。申し訳ありません。本当なら挨拶の一つや二つ……」
いや、待て私。挨拶は二つもいらないだろ。何言っちゃってんの?
「以後このような事がないように気をつけますので、何卒ご容赦…ルクシオ君?」
「……」
…彼は大変お怒りのようだ。うわうわ、どうしよう。
「そ…そうだ、土下座をしよう。せ、誠心誠意といえば土下座です。頭を、地面に、つけます…!」
「……!」
突然スパン!と扉が開かれる。膝をつこうとしていた私が見上げると、焦った顔の少年の顔があった。宝石みたいに輝く赤い瞳が零れんばかりに見開かれている。
「…ルクシオ君。先程は大変申し訳なく―――」
「!」
全力で土下座しようとしたら慌てて持ち上げられる。まさかの対応に『ひゅー力持ちー』なんて他人事のように考えている間に強制的に立たされてしまった。すぐさま離れて、慌ててまた掴まれる。
心配しなくたって倒れないって。わたわたしてて可愛いなこの子。
「えっと…ルクシオ君?」
「…」
確認するように名前を呼ぶと、彼は表情を消して何食わぬ顔で手を離す。しかし若干顔が赤いので何も誤魔化せていない。可愛い…なにこれ可愛い…。愛でたい気持ちをぐっと堪えて姿勢を正す。
「ルクシオ君、さっきはごめんなさい」
「…いいです」
短く答えて目を逸らす。野生動物みたいな反応だな。目を合わせすぎたら駄目なんだっけ。あの番犬たちといい、ルクシオ君といい、うちは野生動物が多いな。
「あの、ルクシオ君」
「…はい」
「その、どうして…」
「…」
…うん駄目だ。どうやって切り出そう。私も話しかけられないが、ルクシオ君も一言だけ話したら黙ってしまう。
なんていうか、謝罪出来た達成感でどうでも良くなってきた。いやいや思い出せ私、彼の部屋に来た理由は本題に入るためだ。きっかけと本題を履き違えてはいけない。どうにかして仲良くならないと…せめて話せるようにならないと、孤児院のことが聞き出せない。
ただ問題は私が話題を広げるのが苦手ということだ。彼も私と話す気は無いと見える。……そうだ。
「私の部屋にこない?私、君のことが知りたい」
「…」
彼は少し目を大きく開いて私を見つめる。少し考えた素振りをしたあと、ゆっくりと頷いた。よっしゃ!
漸く1人目出てきました!
主人公は妹のゲームを見ていただけな上、特に興味が無かったので偏った感想しか持っていません。
ありがとうございました。