39話 この世界は女性キャラも最悪です。
お願いします。
この世界は『善』と『悪』で分かれている。それはややこしい意味でも何でもなく、恋愛マスター『ヒロイン』サイドの人間と、噛ませ犬上等『悪役』サイドの人間のことである。
私は言わずもがな『悪役』サイドの人間だ。幼い頃から蝶より蛾だよねと己を評価してきた。そして今目の前にいる彼女は『ヒロイン』サイドの人間だ。
―――『カノン』
彼女の名前はこんな感じの三文字だったはずだ。確証が持てないのは戦闘シーンがなかったから。やっぱり戦闘しか見てないので女性キャラは全身モザイクレベルでしか覚えてない。うろ覚え以下でごめんね。
彼女は法国出身の平民だ。学園内でヒロインと友達になって恋愛パラメーター係をしてくれる。点数の悪いヒロインを助けたり、恋に悩むヒロインの背中を押したりと最高の脇役である。
余談だが彼女もヒロインの隣にいるだけあって美少女だ。茶髪であるのが惜しいがそれ以外は純和風の、着物が似合いそうな大和撫子である。黒髪に染めて十二単を着せたくなる魅力がある。
セレスティナよりこっちの方が拘りが凄いんですが…製作陣さん、和美少女が好きですか。私も好きだけどセレスティナも拘ってほしかったよ。
「―――こんちわー、アリ………は?!」
速報。このゲームのお助けキャラ―――恋愛パラメーターさん―――が後ろに立ってました。……ってちょっと待って。何故カノンがここにいるんだよ。
ぽかーんと口を開ける私とあんぐりと口を開けるカノン。あちらさんは余程衝撃的だったのかプルプルしている。世界の終わりみたいな顔を見ていたらこっちが混乱する前に冷静になってきた。
えと、初対面…だよね? 何故そんな私の存在自体を疑うような目をしているの? 酷くない? 今まで会ってきた奴らで一位二位を争う人相だよ。
「あ、あんた誰なのよ?! なに、その…っ!」
声を震わせ、同じく体も震わせて私に指を指した。その指すものは私の…髪? 何重にも重ねられたら木箱の上に座る少女が顔を青くして私の髪を見ている。
髪。まさか髪の事を言われるとは思わなかった。しかもこのゲームの登場人物に。彼女に引っかかるものを感じて眉を顰める。髪を指摘するなんてもしかして―――
「な、名前教えなさいよ!」
「―――あ、セレスティナです」
「嘘つかないで!」
「嘘じゃないっす」
「私の知ってるセレスティナはそんな口調じゃないわ!」
「すみません」
そんな気迫で怒らなくても…。私も私の知ってるセレスティナはこんな口調じゃないけど、私はこの口調なんですよ? さっきまでの考えがすぽんと抜けて飛んでいって、反射的に謝ってしまう。猛っている彼女に困ったと頬を搔いて眉を下げると、カノンは有り得ない…と目を見開いた。
「な、何よその行動! セレスティナはそんな事しないわ!」
「しないの?!」
「それに何故あんたがここにいんのよ! 王都になんていないでしょ?!」
「そ、そうなの?! 私って王都にいなかったの?!」
「知らないわよ!! 何なのあんた何者なのよ!」
「ただの下っ端治癒師です」
「んなわけないでしょ!!」
「そうなの?!」
何この人私の何を知っているのか。あんなにきっぱり言われたらなんだかそんな気がしてくる! けど絶対違うこともわかる!
「言い返さないの? 怒らないの?! やっぱり違うっ!」
「え、は、うん、すみません!」
何この人すっごい怒ってるんですけど。怖いよ近付きたくないよ。
何故だか急に不安になって後ろに下がると、カノンが私に向かって飛び降りてきた。そ、そんな仮面なライダー見たいな降り方をしなくても! 和風な美少女の衝撃のライダーキックに顔を引き攣らせる。
案の定彼女の体はドスッ!と降りるだけではありえない音を鳴らしながら突き刺さり、地面を少し隆起させる。当たったら死ぬ。普通の人間じゃ出来ないことが起こってる。私はひぃっ!と悲鳴を上げて後ずさった。
「ねぇねぇ、何故逃げるの? 使いっ走りとか呼ばないの?!」
「呼ばないです! てか呼べないです!」
「っ、意味分かんない!」
「(こっちが分かんねぇわ!)」
カノンは禍々しいオーラを纏いながらギョロリと睨んでくる。混乱しきった顔をしているのに目がヤバい。目が、獲物を狙うような、血が通っていない瞳をしている。
製作陣、女の子まで戦闘員とか聞いてないんだけど。何この歴戦の猛者臭のするお助けキャラ。本能で殺りますってか、うるせぇよ!
それよりもなんだろう、見たことあるぞこの目。…そうだこの目はうちの義弟が肉を狩りに行く時の目だ。なるほど、そりゃ見慣れてますわ―――って狩られるじゃん!
「お、お嬢さん、落ち着こ、ね?」
「『お嬢さん』?!」
「じ、じゃあお嬢ちゃん? あ、お嬢様がいいの?!」
「違う…そうじゃない、違う!」
「何が?!」
何をそんなに気に入らないのか。私に教えておくれよお願いだから!
引き腰ながら野生動物を宥めるように落ち着けーと念じると、不意に彼女がにこりと笑った。清々しい、可愛らしい笑みだ。なんだろう、やっぱり見たことあるぞ? ああ、ルクシオが狩る前の以下略。……やばいやばいやばい!
彼女の足元から電気のバチバチっとした音が鳴る。え、と下を見ると左足が電気が走るように青白く光り火花が散っていた。魔力を使わずにどうやって?!
うう…そんな狩人の目で笑って、ぶっ殺すぜと言わんばかりに構えて……会話なんて初めからする気はなかったんだ。くそっ、闘うしかないのか? いやいやいや、駄目だってこれで戦ったらゲームのストーリー的にヤバい!
「もういいわ。とっとと捕まえて尋問すればいいのよ」
「よくないよくないよくない思いとどまって! ここは穏便に、」
「覚悟しなさいよこの変人!」
「うわぁぁああ!!! 来ちゃ駄目だって!!!」
「うっさいわね!」
カノンが一歩を踏み出す。咄嗟に右へ飛んだら頭を狙っての回し蹴りが飛んできた。容赦ない蹴りに思わず首を竦めるとその横すれすれに拳が掠る。
私は騎士みたくかっこよく避けることが出来ない。当たり前だ、最近忘れられているが私はか弱い魔法職なもんで。だから避け方は自然と不慣れで不格好なものになる。へぇぃやぁああ!と変な悲鳴を上げながら右に左に飛んで滑り込んで転がった。
私の決死の回避にカノンがうるさい!と怒鳴ってくる。何故避ける!とも言ってくる。そりゃ避けるよ! 当たったら電気ビリビリだもん! …くっ、呼吸困難で言えないのが悔しい!!
「っはあ、ちょ、落ち着こ…よ!」
砂だらけのドレスをそのままによろけながら起き上がる。こんな砂っ砂じゃ大通りは歩けない、なんて考えるだけの余裕はあるが、逆に大通りには逃げれないという事もわかってしまった。
ついでに目の前にいる彼女は無傷である。息切れもしてなければ、旅人の服のような服装も乱れていない。冷めた目で肩で息をする私を見ている。随分な差だ。ずっと戦わされていた私と彼女の何が違うんだ。
「もういいんじゃない? 諦めて私に仕留められなさい!」
「やだよ! 誰が好き好んで仕留められたいと?!」
「じゃあ真面目に答えなさいよ!」
「答えてるよ!!」
「あんたさ、本当に何者なの? 誤魔化さないで答えなさい!」
「セレスティナです」
「嘘つかないで!」
「嘘じゃないです!」
やだ、同じ会話が繰り返されてる!
もういい、交渉は諦める。ゲームの事も諦める。第一に安全、第二に回避、第三に防御だ。こっそり気絶させて飛んでいってやる!
威嚇する彼女からゆっくり後退しながら、彼女の足元に魔力を定める。多分この子は魔法が苦手だからディーアみたいに気付けないはずだ。気が付く人は気が付くがわかる人は本職である私達ぐらいだろう。
読み通り気が付かない彼女は追い詰めるように歩みを進める。私が立っている場所はちょうど行き止まりだから逃げられないと思っているようだ。治癒師にしろ魔術師にしろ、空中浮遊は出来ないらしいしそう思っても仕方が無い。
彼女の服に少しずつ水をかけていく。すぐさま捕まえてもいいのだが、捕まえるなら行き止まりギリギリで。実際死にそうで怖いが、更に怖がった感じで苦しそうに、じりじりと後ろへ下がる。
ルクシオが言ってたんだよ、尋問はバレないようにって。や、別に尋問するわけじゃないから今ここでこれを思い出すのはおかしいんだけども…カノンの笑顔を見ていたら君の顔がちらつくよ。あんたはやらなくていいですからね、と言った時の笑顔が脳裏に過ぎる。
ねえルクシオ、何故尋問をするような事態になったのかな。どうせぼっきぼき蟹折り祭りでしょ。楽しまないで。
……っと、ここら辺でいいかな。背後は石壁、前はカノン。少し暗めの立地でいい感じだ。
「ふふん、やっと諦めたのかしら。もう逃げられないわよ!」
「ちょっとぐらい歩み寄ってくれてもいいんじゃない?」
「なんでよ? あんたが本当のことを言ってくれればすぐ終わったわ」
「(言ってた)」
「ねえ、もういいでしょ? 覚悟しなさい」
合気道を思わせる構えでカノンが私を見据える。私のどこに興味があるのか甚だ疑問だ。この世界は女同士でも……あったら困るから言わない。
それよりも、止まってくれてありがとう。私はにっこり笑って手を伸ばす。初めて見せた私の笑顔に彼女の顔が強ばった。わかってももう遅いよ。パチリと指を鳴らしたその瞬間―――
―――パキンっ!
「っ?!」
氷の弦が足に、腕に、体に巻き付き彼女の動きを絡めとる。暴れても無駄だよ。うちの番犬達を押さえ込める強度だから。もっと魔力を込めると弦に葉が芽生えて更に巻き付いた。和美人と氷って感じで綺麗だよ。
やっと気が抜ける。初めからこうすればよかったんだ。ふう、と大きく息を吐いて絡まるカノンを見る。何よこれ!と煩く喚くのに顔を顰めながら彼女に近付いた。
「はっ、外しなさい! 何する気よ!!」
「何もしません」
「嘘つかないでよっ! どうせ変な事するんでしょ!?」
「しません。がっつり逃げる気ですが」
「は?! このまま置いていく気?!」
「うん」
きぃきぃ五月蝿い声に耳を塞ぎながら頷く。一発だ。一発で沈めてやる。んでもって放置からの逃走だ。遊んでて忘れていたが、私には可愛い義弟を探すという使命があった。忘れちゃいかんだろう私。マジで年齢か。ボケてきたか。
なんだかんだでウン十歳…。自分の年齢にモザイクをかけながらカノンの後頭部に魔力を定めて手を伸ばす。何やら危機を感じたのか悲鳴を上げて頭を振る彼女を鷲掴みにして、お前絶対若いだろとか何とか言わないように気を付けて、にっこり笑った。
「一丁いってみましょうか」
「ま、待ちな―――」
ゴッ、と鈍い音が鳴る。声が途切れ、頭から赤い雫が流れたのを見て私は敬礼した。
下っ端治癒師セレスティナ・ハイルロイド、任務完了であります。
「…じゃあ立てかけておくか」
麗しき像となってしまったカノンの肩を軽く叩く。顔が恐怖で歪んでいるので揉み込んで柔らかくしておこうか。…よし、何か変形したぞ。
しかしながら…どうしようか。石像みたいな感じで綺麗に固まっている彼女に手を顎に添えて考える。ほら、人に見られちゃ可哀想でしょ? 年頃の女の子を路地裏に放置するのも心が痛いのにさー…。嘘じゃないよ、嘘だけど。
「……道のど真ん中に置いておこう」
いきなり襲ってきたこいつが悪い。
魔法で筋肉を強化して、よいしょっとカノンの体を逆に向ける。これでこの道を通った人は氷の和美少女像を鑑賞することができる。綺麗だぞー、芸術だぞー。これでみんなハッピーだね! ヒロインの隣に立てるぐらいの美人をじっくり見れるんだよ! 天然記念物だよ!
うちの兄妹達が言ってたんだよね。『殺しにかかってくる奴は甚振って晒し者にしろ』って。『自己防衛ならいいでしょ』とも言っていた。
うーん…今まで狙ってくる人間はルクシオが殺ってたから、こういうはっきりと対一で戦ったことがなかったんだよね。だから何いってんだこの兄妹、としか思ってなかったんだけど…なるほど。芸術的に良ければいいかもしれない。分かり合えないと思っていた人間とも分かり合えるようになるなんて、人生訳が分からないものだ。
あとから思えば束縛プレイにしか見えない像に満足げに頷く。
よし、ルクシオを探すか。きゅうきゅう啼いてないか心配だよ…。てかルクシオって飢えて無かったっけ? 朝ごはん食べてなかったよね? 早くご飯をあげないと山に帰りかねないな…。気合入れて探さないと。
私はすっかり『法国の人間』を追うことを忘れて可愛い義弟を探す旅に出た。
―――しかし事は簡単に動かなかった。
この国は弱肉強食の国だ。強ければ例えボロ布みたいな服で歩いていようが襲われることは無いし、攫われて売られる事も無い。
そしてこの国は強者至上主義だ。弱い者は強い者を崇めてその者の為に働き、強い者は弱い者を全力で護る。彼等の関係は絶対の信頼から成り立っており、その関係が当たり前と思っている。だから彼らは己の欲に溺れる事は無く、余程のことが無い限り裏切らない。
寒気がするほど高潔で、恐ろしいほど仲間意識が強い。それがこの国、メルニア王国である。―――という前置きを置きまして。
私は服に付いた砂を十分に叩いて落とした後―――といっても斬新な避け方をしていたので、ところどころ破れている―――改めて自分の服を見た。なかなかの酷さに思わず眉を顰めてううん…と唸る。
私が着ているドレス、面白いぐらいにボロボロのバラバラだ。あの武闘派パラメーター係の攻撃が思った以上に当たっていたらしく、所々ざっくりと破れている。まあ、流石にお尻が丸見えとか背中が丸見えとかではない。ギリギリ隠れるところは隠れているようだ。……よね? パンツ見えてないよね?いや、そういう問題では無い。
――雑巾。この二文字がぴったりな装いになってしまっていた。これでは大通りを歩けない。身の回りを気にしない私とはいえ、ボロ雑巾で歩くのが恥ずかしいと思うぐらいの羞恥心はある。誰も気にしないと分かっていても恥ずかしい。
私は溜息をつきながら近くにあった木箱に座り込んだ。
何度も言うがこの国は弱い者に優しく、強い者に厳しい。例え誰かが雑巾で歩いていようが、弱い人間はそういうものかと素通りする。
私が助けを求めたところで、全裸?寒い? お前誰よりも強いからいけるよな! バイバイ! される。ある意味冷たいよねこの国の人達って。そりゃ先祖返りは全裸でいけるかもしれないけど、私は全裸じゃ生きていけないんだよ。普通に恥ずかしいし寒いんだよ。毛皮をください。
現状、私より強い人間は赤白騎士達と王族である。その上赤白の何人かに勝ってしまっている。私より強くてよく街に行く人―――そんな特殊且つ数少ない人間がこんな路地裏に歩いているだろうか。いや…いないね。城内で仕事か遊んでるだろう。
一瞬町の人から貰おうかと思った。けど気付いてしまった。騎士服を着て歩いた時点で駄目だという事を。騎士=城の人間=強者のイメージで根付いているのだ。
今日はドレスだからもしかするとがあるかもしれないけど…うん、多分貰えないな。騎士服で何回か来たことがあるもん。ああそういう斬新なファッションね。で流されると思う。
「……流石野生の国、手厳しすぎる」
この世界で暮らし始めて早七年。まさかのカルチャー・ショックだった。
「っと、こんな事していたら昼になる。早く探さないと」
空を見上げると太陽は既に上に、燦々と路地裏を明るく染めている。昼になるってかもう昼か。何時間転がっていたんだ私。がっくり肩を落とすと、そんな私を馬鹿にするかのようにお腹が鳴った。そしてぎりぎり肩にかかっていた布切れがぷちりと切れて服がずれ落ちる。……もう駄目だ。背中丸見えを通り越して下着が丸見えだ。
朝ご飯は食べてないし、ルクシオとはぐれるし、よくわからんラブハンターに襲われるし……。何これ何の呪いなの? 攻略対象と歩くだけでも悪いイベントが起こる仕様なの? よく生きていけるな悪役令嬢。こんな苦難を余裕で乗り越えてられるなんて…!
「……感心してる場合じゃない!」
現実逃避はよせ、私。
心を奮起させる為にわざと木箱から飛び降りる。子供っぽいが逆にここまでしないと気が滅入るぐらい病んでいるのだ。
よし、気合入れて探すぞ! ふん、と息を吐くとぺろんと服がずれ落ちた。そのまま地面にぱさりとドレスが落ちて、春にしては冷たい風が私に触れる。
綺麗に滑り落ちる感覚が頭に巡る。私は思わず満面の笑みを浮かべて下を向き、そしてゆっくりと手のひらで顔を覆った。
背中は愚かお尻まで護れなかった…!
「く…! 何故ドレスを着ちゃったんだよ! 全身すっぽんぽんだよ!! ふぇ、マジで寒いよっ!!」
小さなくしゃみが出て体を震わせる。春の陽気は暖かいけど直接の風は冷たい! ただのカーテンになったドレスを拾って巻き付けた。
ボロ布、ボサボサ女、路地裏。どこから見てもターザン公爵だよジャングルかよ! 最も野生に帰った自分の姿を見て目を遠くする。意味ないと思うが、もう一回木箱に座って落ちないように結んだり巻いてみる。
紐さえあれば括れるのに…! 髪をくくっていない自分を今日ほど呪ったことは無い。そもそもいつもは騎士服を着て街に来るのだ。騎士服ならこんな事にならなかった!!
―――…髪結い紐?
簡単な閃きにはっと息を呑む。淀んだ思考が一気に晴れ渡って、小さくそうかと呟いた。
そうだ、作ればいいんだ。よくよく考えればここって城外だから魔法が使えるじゃないか。あの子にも使ったのに何を忘れてたんだ。そうだよ、今こそ使い道の無いチート能力を使う時だ!
手を伸ばして手の平に魔力を集める。服…のデザインは考えるのが苦手だからばっさり羽織れるマントかローブで。外れないように留め具があれば嬉しい。あと寒いから温い感じで。
くるくると指を回すと桃色の魔力が同じように回転する。淡い光となって漂う様子はいつ見ても美しい。つつくと空気に溶け消えて、また手の平から溢れ出る。握りしめると一気に霧散し、広げるとボーリング球ぐらいの大きさの魔力の塊が出来た。
魔力も溜まった。後はイメージと魔力を馴染ませるだけだ。
再度魔力を握りしめる。霧散した魔力にイメージを注ぎ込んで、手を広げ―――
「―――いたぞ!」
突然の声に左を向く。そこにいたのは二人の男。私を指さしてこちらに向かってくる。……って男?!
「アウトォォオオオ!!!」
「ぐっ!」
「がっ…!」
溜めていた魔力を全部氷に変換して投げつける。頭に当たった男達は鈍い音を立てながら壁にぶつかって崩れ落ちた。怪しい音がなったけど気のせい。血が出てる気もするけど気のせい。
くそ急になんなんだ、覗きか変態が! 苦しそうに咳込む男達を睨みながら悪態をつく。叫びながらこっちに来るとか紳士がやるべき事ではない。
はあ、今ので溜めたのを使ってしまった。仕方が無い、集め直しだ。もう一回魔力を集めようと手の平を向ける。魔力を集めて再び指を回した。と、今度はぞわりとした悪寒が背筋に走る。その悪寒のする方向に目を向けると、oh...屋根に男が。
「おいお前、接触し」
「はぁぁあああ!!!」
「ぐぁ!」
溜めた魔力を炎の玉に全変換して男に投げつける。頭に直撃した男は断末魔の叫びを上げながら屋根から転げ落ちた。きっとあの男の髪は燃えて禿げ散らかるであろう。だから急に覗くからそうなるんだよ変態が。
「どういう事? 狙われてる?」
私は眉をひそめて呟く。よくわからんけど叫びながら来たってことはそういう事だろう。いたぞなんちゃらこうちゃらーって言ってたし。…なんで? 悪い事なんてしてないよ。麗しの像は作ったけど。
まあ相手がこの国の人間じゃないってことはわかった。この国において下克上は年に一度の誕生祭しかないので他国の人間で確定だ。こういう所、わかりやすくていいと思うよ!
こっそり魔力を集めながら周囲を見渡す。パッと見わかるのは先程炎を放って禿げ散らかった男と頭から血が流れている二人の男、あと何人か。法国の和風なお顔と違い、彫りが深く西洋なお顔だ。うーん…帝国の人間だな。心做しか雰囲気が高貴だし。
そんな彼らが私を取り囲んで武器を構えている。近距離から遠距離まで、魔術師もいるっぽい。想像以上の人数と私との距離に顔を引き攣らせた。
魔術師視点から言うと状況は最悪だ。近距離を苦手とする魔術師を近距離で、その上大人数で囲んでいる。彼らの距離は私が唱えるよりも早く私に攻撃出来る距離だ。唱える前に殺されるのは目に見えている。
けど私にはそんな魔術師視点なんて関係無い。それよりも問題なのはこの服装だ。ドレスがね、ドレスがターザンしてるの。ジャングルの公爵になってる。正直距離とかどうでもいい、服がヤバい。何よりも、動けないのがキツい。
私の戦術は相手と距離を取りながらバレないように魔法を撃つ、である。不意打ちが出来るならそれをやれ、と散々調教された。
しかし今は非常事態だ。戦略云々出来ないわけでして。能天気なことを言ってられないレベルで危機でして。巻き付き雑巾が風に揺れてるわけでして。
「(と、とりあえず防御魔法…いや、逃げるべきか? いやいやいや、この格好じゃ無理!!)」
「おい」
「っ、はい?!」
唸るような低い声に思わず肩を揺らす。恐る恐る前を向くと剣を突きつけた男が睨んでいた。
「お前、『神子』と接触したよな? 奴はどこにいる」
「は? 神子?」
「教えろ、さもなくば…」
「神子って?」
「はぐらかすな」
本気の本気で呟くと男は不快そうに言い放つ。言外に信じていないと言う男に、周囲の私へ向ける殺気が濃くなった。底冷えする鋭い視線に穴が開きそうだ。一生分の熱い視線を今日一日で浴びている気がする。
熱い視線といえば、今朝ルクシオもご飯欲しさにこんな目をしていたなぁ。こいつらよりもっと熱心で、ドロドロしていたけれど。時々捕食者みたいな目をすることはあったがあんな目をしているのは初めてだ。
『…? どうしましたか?』
一見硬そうだが触ると柔らかい髪がさらりと揺れて。無表情に首を傾げて。
……私は何故ルクシオルートを覚えていないのだろう。絶対可愛い。見たい。多分「野菜より肉が食べたい」って台詞があると思うから探したい。肉あげたら絶対喜ぶ。愛でたい。愛でよう。
…じゃないな。今思い出すのはルクシオじゃない。戻ってこい私。それにしても、えーっと……神子、だっけ?どこかで聞いたことがあるような…。えー…なんだ、あー……
ふと一つの映像が通り過ぎる。数刻前の路地裏で見つけた二人の旅人の会話。困ったような、焦ったような、なんとも言えない顔で。
『神子様はここか?』
『ここにいたはずなんだが、また姿をお消しになられた』
―――これじゃねぇかよ!
「お前のせいか!!」
「知っているのか」
「いや、あ、知らない!!」
さっと目を逸らして口を噤む。痛い! 視線が痛い!
何これもしかしなくともここで鬼ごっこでもしてるの?! ちょ、やめてよこっちに問題を持ってこないで!!
わかった、何となくわかった。どうせあれでしょ。『神子』様がこの国に来て、追っ手も来てからの法国の人が探しに来た、的なやつだ。神子を殺そうとしているやつだ。で、私も巻き込まれた、と。運悪すぎないか私! この世界に来てからこんなのばっかりだよ!!
木箱の上で縮こまりながらそろりと目を移す。閃きやったー!している間に奴らと随分距離が詰まってしまった。魔術師的に云々冗談言ってる場合じゃない。閃きすごいとか遊んでる場合じゃない。
そして気がついてしまった。こいつらがここを舞台に遊んでるって事は、奴らが来る。そう…この国の馬鹿達が。
「(だめだだめだ!!!)」
悪い想像が頭によぎって慌てて首を振る。この状態で来られたらどうなるか。二択でいい事が無い。
私より弱い人が来れば全てが終わったあとに純粋な目で何やってんの?って聞かれる。私より強い人が来れば私の姿を見て、何子供を全裸にしてやがる!全裸にするなんて外道か!全裸はいかん!!って全裸連呼されながら俵担ぎで街中を歩かれる。
……なんていうことだ。私のちっぽけなプライドがオーバーキルではないか。
結論、来る前に殺ろう。
目の前の男達は教えろー教えろーと言ってくる。眼光鋭く人相凶悪だが怯えるほど怖くない。怖いのは奴らのどんちゃん騒ぎの方だ。
溜めていた魔力を魔術師らしき人達に定める。何故全員狙わないかというと、目に見えない範囲で失敗したら大惨事になるから。あと魔術師は鬱陶しいからなぁ。私の特異性をバレないようにするには最優先に殺る必要がある。
だが奴らは魔力に鋭いから集中力が必要だ。一応本職だもん、舐めてかかってはいけない。正直魔術師を狙うなら一か八かで全員狙いをした方が効率的な気もするけど…。
「ん、まあ気にしちゃ駄目だ」
「―――何を気にするのがいけないんですか?」
黒い影が降り立った。
恋のキューピットは武闘家でした。しかし主人公の方がもっと武闘派でした。
主人公は碌でもないキャラしか出てこないと嘆いてますが、それに自分も入っているとは思わない。
ありがとうございました。




