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どうやら悪役令嬢はお疲れのようです。  作者: 蝶月
開始前生存確認編
50/56

38話 城下町は問題が発生する場所です。

お願いします。

「おまたせ…っ!」



 雲一つ無い青空が広がる城の門の前、私は息を切らして石橋に凭れ掛かる黒髪の彼に駆け寄った。荒く呼吸をする私に彼が『急ぐ必要は無かったのに』と呆れた声を漏らす。いやはや、言い返す言葉もありません。下を向いてはふはふ息を吐いた。


「(…や、全然遅刻とかじゃないんだけどね?)」


 整わない荒い息を肺に押し込みながら目の前の美形さんに目を向ける。美形さん…言わずもがなルクシオなわけですけども。

 彼はいつもの白騎士服ではなく、黒シャツに黒ズボンというラフな姿だ。見慣れない姿ではあるが驚くほど似合っている。異様に綺麗な城に負けないぐらいの魅力を放つ彼に、ひょえっと変な声を上げてしまった。



 ルクシオは攻略対象である。重度の色眼鏡が施されている私の目抜きにして、拍手したくなるぐらいの美形である。

 彼は良い言い方でクールな、悪い言い方で冷たい雰囲気の青年だ。昔の天使のような可愛らしさは見る影もなく、狼のように鋭く冷たい顔立ちになった。体付きも大人のそれと同じになり、出会った頃はギリ同じくらいだった身長はとうに抜かれてしまった。


 そんな彼は元来の好戦的な性格のせいか、剣を振るっている時だけ嬉しそうに笑うという謎なスマイルポイントを持っている。スマイルポイントがおかしいと言うことなかれ。それほど顔面が動かないのだ。

 よく言われるんだよね。君の弟君大丈夫かって。何か欲求不満なのかって。いやいや大丈夫ですようちの子はああいう感じの可愛い子なのです。血塗れでも笑ってるけどあれは狩猟本能が満たされて喜んでるんです。超可愛いでしょ?



 兎に角、早く来てよかった…! 彼に気付かれないようにそっと息を吐く。

 こんなかっこいいルクシオを一人にしたら攫われる。枯れてしまった私のしなしなハートでも『やばい、撫で回したい』と思ってしまったのだ、狙う輩は絶対いる!

 これでディーアだったら絶対伝達魔法で女の子がいっぱいいる店とかに入れて、囲まれて嫌がってる姿を高みの見物するのにな。美形は美形でも軽薄そうな美形は消えればいいと思います。





 私とルクシオと、街に行けと言われたのは昨日の事だった。


 将来の事で危機感を持った私は悩んだ末に、直接聞きに行こうと考えた。

 ここ数年間の付き合いであるが殿下の趣味は不明である。男まみれの鍛錬場で鍛えて、女まみれのお茶会に紛れて…あれ、殿下って性別どっち? いつも笑っているあたり心の底から楽しんでいるのはわかるが、恋愛沙汰は不明である。そういう話を聞いたことがない。


 で、聞こうとしたら逃げられた。

 そして何故か父から手紙が送られてきた。


 手紙の内容は実にシンプルだった。『ルクシオと城下町に行け』と。

 …え、何の話? 添削の跡が見えるんだけどこれ何? 九割ぐらい書き換えられてて内容が不明なんだけど。ベルドランさん、原文ありませんか?


 という事で今日、私は世にも珍しい『まともな』休みの日である。通常なら週二で休日があるのだが、私は掛け持ちしていることもあり二週間に二度の休日だ。前回は休日も仕事に追われていたから実に四週間ぶりの休日か。


 休み返上で研究やら鍛錬やらしている白騎士や、そもそも休日などない赤騎士に比べればマシだが、充分ブラックな職場だと思う。四週間て。四週間て長すぎないか。有給使ってもいいかな?

 しかしながら有給が使えないのがこの職場がブラックである所以。私が休んだら鍛錬場が発破されたり、騎士達が殉職したりするから休めないのだ。鍛錬で殉職とかこの国はどうなってんだよ。


 まあ文句不満を言っていても仕方が無い。漸く休めるんだから自由を楽しもうじゃないか。今日は上司直々の休暇申請だ、流石に呼び出されないだろう。

 ルクシオと久しぶりの交流。悪い事は忘れて全力で癒されよう!




 てな訳で今から城下町に行くのですが。


 じぃ…と彼を見つめていると何、と彼が首を傾げる。気怠げそうにしながら欠伸をかみ殺して。面倒臭いなんて雰囲気を出しておきながら目は嬉しそうにして。

 表情筋が死んだとしか思えない無表情な彼がなんて言うことでしょう、今私の目の前でゆるゆるに笑っている。私が好きなふにゃっとした顔で笑っている。上機嫌に微笑む彼の目は蜂蜜みたいに甘くて、幸せいっぱいと言わんばかりに身を寄せてくる。


 そこだけでも頭を抱えたくなるぐらい可愛いのに、その上ちらりと見える無駄の無い綺麗な筋肉とか触りたくなるような鎖骨とか……今胸をジロジロ見てくるおっさんの気持ちがよくわかった。義弟だとわかっていても目が離せない。うーん、狙っているのなら恐ろしい子だ。

 てかさ、ルクシオって何歳だっけ? 無駄に色気が垂れ流されてるんだけど。私が変態ってわけじゃないよね?


 …まああれだ、やっぱりうちの子は可愛いね!


 あははっ、余程城下町に行くのが楽しみだと見えた。こういう時折見える子供っぽさが可愛いよなぁ。うんうん、純粋に育ってくれて嬉しいよ。やっとうちの家の仕事から解放されたのだ、今日はうんと甘やかそう。



「で、ルクシオ。どこに行きたいの?」

「俺の用事って……もうアレしかないんですが。いえ、特に何も無いです。それよりも大丈夫ですか? あんたの体力の方が心配です」

「や、大丈夫大丈夫。超鍛えられてるから体力は有り余ってるんだ」

「足震えてますよ?」

「気のせいだよ。楽しみすぎてあれだ、武者震いしてるんだよ」

「武者ぶ…休みましょうか」

「大丈夫だって!」


 そこはかとなく慈愛に満ちた目にキッと睨む。まさかルクシオにそんな目をされるとは思わなかった。問題児を見るような目を。実に不本意である。

 がう!と噛み付くと彼は困ったと眉を少し下げる。明らか信じていない声でそうですかと呟いた。


「あんたがそれでいいなら何も言いません」

「何その体力がない前提の言い方」

「いえ、俺はあんたを信じますよ。…ただあんたが嫌いな抱き方で持ち運ぶことになるかもしれない」

「信じてないよねそれ! てかどこまで歩くつもりなの?! もしかして城下町越えて森に行くつもりなの?! ねぇ、目を逸らさないで!」


 やばい狼の運動量を舐めていたかもしれない。そうか、ルクシオの中では森も城下町の一部なのかもしれない。もしかして山一周ランニングとか有り得ちゃうのか。え、今日中に帰れる気がしないんだけど。


 うんともすんとも言わない、穏やかに笑っているルクシオ。せめて場所さえ教えてくれれば安心出来るのに、教える気なんぞサラサラないぜと逸らした目が語っている。

 無表情で考えている事がわからないと言った人達よ、彼は目で語る生き物らしい。わかりやすくてよかったね!


「では行きましょうか」

「う、うん」


 ――生きて帰れるだろうか。







「それにしても…ルクシオと出掛けるのは数年ぶりだね?」


 こうやって二人並んで歩いていると、昔まだハイルロイド領にいた頃の事を思い出す。

 あの頃のルクシオは野性的だった。犬みたく丸まって寝たり、鳥とか鹿とかを仕留めてきたり。人とか街とか嫌がって威嚇ばっかりしていた。見た目が猫みたいにつんつんしていて可愛かったんだけど、行動がワイルドすぎてよく頭を抱えていたっけ。結局彼は人間らしさを手に入れる事は出来たのだろうか。よくわかんないな。


「そうですね。ハイルロイド領の探索が初めてでしたっけ。ふっ…あの頃も今もあんたは変わりませんね」


 ルクシオも懐かしいなと小さく笑う。ハイルロイド領の探索…か。本当に懐かしい出来事だ。


 あの時は使用人に完全包囲されてイラッとして、その癖いつの間にかルクシオと私だけになっていて。よくわからない人に追いかけられてルクシオが狼になって。それからグロ注意な惨殺ショーが始まって……思い返してもよくわからない思い出だなぁ。

 けどあれのお陰でルクシオとの絆が深まった。多分この出来事が無かったら未だ彼は自分を隠して生きていただろう。そう考えればあの出来事は私達の運命を変えた出来事だった。あの日からルクシオと本当の家族になれたんだと思う。


「あはは、ルクシオも全然変わんないよ。今も昔も超可愛い」

「……」


 何故だ、彼の視線が冷たくなった。


「…はあ、甘んじてきた結果か」

「え?」

「いや…こうしてあんたの隣に立っているのが感慨深いな、と」

「そうだね。君を連れてきたお父さんに感謝だ」


 …誘拐疑惑は晴れていないけどな。



 橋を渡りきればすぐ城下町に繋がっている。城と街をつなぐ門をくぐり抜けると賑わう人波が目に飛び込んで、私は思わず歓声を上げた。

 いつ来ても王都は楽しい。行きつけの店はよく新作が出るから必見だし、露天も毎回変わっているから露店巡りが止められない。競争率が高いここでは新しい店も次々に出てくる。噂によると前に服屋だった所が宝石店に変わったらしい。ちょっと行ってみたいなぁ。


 目を輝かせて周囲を見ているとルクシオに苦笑される。それが言外に子供みたいだと言われているようでむっとする。そりゃ街に来たのもルクシオと出かけるのも久しぶりだけどさ、喜んでるのは私だけ?

 君は楽しくないのかと唇を尖らせて見上げる。と、彼は鋭い紅をとろけさせて私を一心に見ていた。目が合うと彼は少し目を見開いて首を傾げる。


「…? どうしましたか?」

「いや?」


 ルクシオの熱い視線に横を向く。しかしながらそこにあるのは人の波で、彼が興味を示すであろうものがこれといって無い。じゃあ何を熱心に見ているんだ。彼みたく首を傾げるが答えは一向に出てこなかった。

 あれか、朝ご飯か。 肉が食べたいのか。食堂が開く前に出てきたから私も食べてないんだよね。


「よし、ルクシオ。大通りに出ようか―――」












「―――…で、どうしてこうなった」


 私は広がる光景に目を疑い、同時に大きくため息をついた。


 ただ今の現在地はエルライン城城下町の大通り。

 ……ではなくよくわからない裏路地。どこに繋がっているかわからない、暗くて治安の悪そうな路地にて身を隠している。別に誰かに追われているだとか万引きをしたとかではない。そんな変な事をするほど金に困っていないもん。

 それよりもルクシオとはぐれたんだよやばいよ! おかしいな…どこではぐれたんだ?


 しかし目の前にいる人物―――十中八九法国の人間。旅人のような服装をして偽装しているが、私にとって懐かしい和風な顔が丸見えだ―――のせいで彼を探せずにいる。


「困ったなぁ… 。まさか法国まで乗り込んできちゃうか」


 最早隠れ里と名ばかりの国になっている気がする。再度深くため息をついて、私は伝達魔法を飛ばすために手紙を創り出した。



 法国と言うのはうちの国から北東に位置する法と神によって支配された国の事だ。国王はおらず、法と神によって支配された法王が国を動かしている。国民が決めた王であるため一代限りである。法王っていうより総理大臣なイメージが強いな。和な雰囲気のお国柄なのでいつか行ってみたい国だ。

 ついでにこの国にも攻略対象がいたはずだ。次の法王になるなんとか君。顔が思い出せないので名前もわからん。ただこの国の攻略対象が狂いまくってる所から碌でもない人間である可能性が高い。


 そんな法国がうちの国に何の用だ。あんたらも帝国みたく密偵でも送ってきたのか。



「……か?」

「こ…た……」


 私がうわぁ…と顔を顰めている間にも、彼らは何やら疲れた顔で話し込んでいる。しまった、聞かなくちゃ内容が書けないじゃないか。彼らの会話が聞こえるように魔法で盗み聞く。


「えー…なになに? 『神子様はここか?』『ここにいたはずなんだが、また姿をお消しになられた』…神子様?」


 どうやら『神子様』とやらとはぐれてしまったらしく、彼等はその人を捜索中であるようだ。『神子様』…誰だそれ。調べたら出てきそうだから調べてみよう。

 あの口調や慌て具合からするにその人は相当の位の者であるらしい。国の主要人物が消えたのならその慌て具合もよくわかる。……この世界のお偉い方は単独行動が好きなんだろうか。大迷惑すぎて法国が可哀想。



「それにしても…ゲーム内に『神子様』なんて出てきたっけ?」


 私以外に悪役令嬢がいるのかすら知らないのに『神子様』なんて覚えてない。ただの国の上層部であって話に出てこない人なんだろうか。ざっとそれっぽい記憶を探るが見つからない。こんな所でも戦闘ばっかり見ていた弊害が出るなんて…。ストーリが面白くないとか言ってごめんね。


 とりあえずまずは報告だ。迷子になった子供を探す保護者達にしか見えないが法国の人間であるのは間違いない。何か問題が発生する前に連絡を入れなければ。


「『エルライン城城下町にて法国の者と見られる人間を発見。』…っと。早く来てくれないかな」


 只管にルクシオを探したいから早く来てくれまいか。

 上質な紙に書いた手紙を片手にくるりと人差し指を回す。すると手紙から白い煙が出て、手のひらに桃色の鳥が現れた。こんにちはセレス鳥(仮)。今回もお世話になります。人差し指で頭を撫でるとぴゅいーっと嬉しそうに鳴いた。我ながら可愛い鳥を作った。


「よしセレス鳥、狙いはあのいけ好かない金髪野郎…じゃなくてお父さんだよ。盛大に突き刺さっておいで!」

「ぴゅいぴゅーい!」


 セレス鳥(仮)が可愛らしく鳴いてふわりと手から飛んでいく。猛禽類のようにくるりと旋回して城に向かっていった。あとは私が彼らを見張るだけである……って。


「あれ?!」


 あいつらがいない……だと?!


「くそ、遊びすぎた!」


 木箱の影から飛び出して彼らが立っていた場所に走る。何か追えそうな手掛かりは無いか? 魔法を使った痕跡はないか? 集中して魔力を探るが全く使った痕跡はなく、あたりを見回すがあるのは香り袋の匂いだけ。涼やかな香りだけが暗い路地裏に漂っている。


「ごめんルクシオ! 香りを追って!」


 咄嗟に彼を見上げて……


「ルクシオとはぐれてるんだった!」


 頭を抱えて項垂れた。最近年なのか馬鹿になって困る。あーもうやだ。どうやって探そう。匂い探知魔法とか出来ないよ?


 最優先にルクシオを探した方がいいかもしれない。追跡系は狼さんに任せるに限る。…こちらも探さないと駄目だけど。



「……はあ。犬笛とか作ったら来てくれるかな」

「えー? 来てくれんじゃない? よくわかんないけど」

「けど来られたら…なあ。それはそれで凹む」

「ふーん…大変ね」

「うん、大変なんだよ―――え?」


 私、今誰と話してる?


 ぎぎぎ…とぎこちなく後ろを振り返る。木箱…しかない、じゃない。ゆっくりと上に視線をずらす。そこにいたのは―――


「―――こんちわー、アリ………は?!」


 茶髪の美少女。壮絶な表情になっていらっしゃるが美少女。当作お助けキャラがいましたー。……は?!


ルクシオと楽しくショッピング……なんてなるはずも無く問題発生です。主人公が歩けば問題は引き寄せられます。


ありがとうございました。

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