番外編 変わる関係と変わらない日常
キャビィ視点
『貴方達は誰?セレスって私の事?』
3日の眠りから覚めたお嬢様はお父様であるエドウィン様を一瞥し、嬉し泣きをする使用人たちを睨みつけました。冷めた口調とイラついた瞳は以前のお嬢様には考えられない様子で、喜びが戸惑いに変わります。
『あの日からお嬢様は変わられてしまった』。私の同僚達はそう言い、お労しいと嘆きました。
しかし、私は何一つお労しいと思った事はございません。お嬢様はやはりお嬢様だったのです。
私の家は代々ハイルロイド公爵家に仕える一族です。私もお仕えしたいと思い、お父様の許しを得てハイルロイド家に仕える事になりました。
初めてお嬢様に出会った時、私はこの世にこれほど可愛らしい人がいるものなのかと思いました。
艶やかで美しいピンクブロンドの髪に、うるうる潤んだ蒼い瞳。可愛らしい鼻と淡く色づいたプルプルの唇。
人形のように可愛らしい少女が、エドウィン様の背から顔を覗かせて、『よろしくお願いします』と言った瞬間、私は嬉しさのあまりに叫びそうになりました。
実は無類の可愛いもの好きで、お嬢様は私のツボを的確に突いていらっしゃったのです…。特に小動物のような可愛らしい生き物は構わずにはいられません。
お嬢様に使える毎日はとても楽しく悶える日々でした。努力家のお嬢様は毎日ダンスや作法、座学をし、ダンスや作法は8歳であるにも関わらず完璧にこなしていらっしゃいました。座学では算術が苦手なお嬢様が涙目で問題を見せてくるので、僭越ながらお手伝いさせていただきました。
お嬢様はまるで別人のように変わられました。以前のお嬢様の大人しさとは違う、落ち着いた雰囲気になられました。口調も淡々としておられます。しかし、根本的な所は全く変わっていませんでした。
「お父さん!いや、本当に多いって!もうちょっと減らそう。こんなに一気に出来ないって!」
「大丈夫だ。昨日も出来たんだから今日もできる!取りあえず今日はここはからここまでを……一刻半でいけるか?」
「よく見て、ねぇ、すごい分厚いよ?!全然いけないよ!」
「いけるいける」
ここ最近、書庫で見られる親子の会話。がっくりと項垂れたお嬢様が文句を言い、その横でエドウィン様が笑いながら書類を片付けます。嫌がりながらも凄い勢いで片付けるお嬢様と、頭を撫でながら様子を窺うエドウィン様がとても微笑ましく、こちらも和んでしまいます。
以前のお嬢様ではこのような光景は見られませんでした。良くも悪くも気遣い屋なお嬢様は、多忙なエドウィン様がご帰宅になられても『遊んでほしい』『かまってほしい』とは言えませんでした。
わからない所を質問したり、書類を見て指摘する様子は今までの思いをぶつけているようで思わずほろりとしてしまいます。
「お父さん、算術飽きた。同じ問題ばっかりしても飽きるよ。ここからここまで……あ、全部だ、出来るから次の本にして」
「お、すごいすごい。じゃあ次これな」
「ごつっ!え、この問題にここまで分厚くするの?!……あー、これもいいや。ねぇ、もうちょっと難しいやつないの?」
「ああ、そこの本棚にあったはずだ」
「ん、取ってくる」
チラリと見えた算術の本は有名な学園が出版した本なのですが…お嬢様は高みを目指していらっしゃるのでしょうか。
もう算術は手伝えないなと思いながら新たに紅茶を注ぎました。
最近のお嬢様とエドウィン様は番犬達と遊ぶのにも嵌っているらしく、毎日のように追いかけっこをしています。大きくて立派な公爵家の番犬は凶暴で残虐。使用人の中では、主人であるエドウィン様に悪意を向けた人間は片っ端から喰い殺されると恐れられています。実際に侵入者を捕まえて見るに耐えない残虐な…。
はい、なのでこれはどうしてでも止めなくばと遠くの物陰から様子を窺っていました。悲しいかな近くに寄ったら喰われそうで近づけませんが…何かあればナイフでエドウィン様を狙撃します。
ですが杞憂に終わりました。あの2匹がお嬢様に尻尾を振って飛びついたのです。なんだかキラキラしたものが見えましたがきっときのせいでしょう。
「ちょ……!……!重…なまぐさ……!あ……! 」
「……。そ…旋回して突……」
「グルルルル」
「ガゥ!」
「……!!!!」
とても楽しそうな声が聞こえてきたので、そっと仕事場に戻りました。ああやってみたらあの番犬達が可愛く見えてくるのでお嬢様はすごいと思います。
お嬢様は変わられました。仕草も性格も雰囲気も。
しかしお嬢様は努力家で優しくて、そして可愛らしいのは全く変わっていません。
なので使用人の皆さん、以前と同じようにお嬢様を愛でましょうね!
キャビアは公爵家に仕え始めて5年の(自称)敏腕メイド。番犬達に恐怖感を抱いていますが、使用人を咬むわけが無いので取り越し苦労です。
主人公は必死に抵抗をしているのですが、大体の使用人に微笑ましく眺められているので助けは一生来ません。
ありがとうございました。