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どうやら悪役令嬢はお疲れのようです。  作者: 蝶月
城内動乱編
31/56

24話 私と同僚の脱出劇です。 後

遅れてすみません。次も遅れるかもです。あと少し長めです。

お願いします。

「貴方の事が大好きです。どうかこの愛を受け取ってくださいっ!」


 緊張しきった固い顔を勢いよく下げる。震える手には見覚えのありすぎる白い手紙。それをディーアに差し出した。

 手紙で告白…なんてまともな告白の仕方なんだろう。そもそもこの世界に恋愛があるとは驚きだ。それよか手が震えすぎて手紙が取れないと思うのですが。手紙がほぼ見えない。

 私は半分真面目に半分大笑いでディーアに拍手した。


「やったじゃんディーア。貰い手出来たよ。これで将来安泰だね!」


 放任主義で養ってくれる優しい子と結婚したかったんでしょ? なんて事は本人の前では言わないが、そういう意を込めて彼を見つめる。

 だがディーアからは反応無し。俯いている上に赤髪が顔を隠しているせいで表情が読み取れない。しかし髪から覗く耳が赤く染まっていた。これは…照れているのか?

 彼は小刻みに肩を震わせて呟いた。


「…が、」


 小さいながらも力の篭った声が彼の口から漏れる。誰に聞かせるでもない素の音程が耳を通過した。その声は…何故だろうか。どこか憎々しいなんて単語が当てはまるような……?

 彼は手を握り締めて勢い良く頭を上げる。榛に朱が交ざり何とも危険な…殺意の篭った目で私を睨む。剣を持つ手が白くなるぐらい強く握ってまた小さく何かを呟いて。


「誰がこんなのと結婚するかぁぁあああ!!!」


 魂の雄叫びを上げて剣を振りかざした…私に。

 ダメだ、ディーア様がご乱心だ。普通にいい相手と思ったんだけど…『彼』の何処が気に入らないんだろう?



 ***



 時は遡って牢屋前。


 ディーアが仲間(脅迫の結果)になった後、おっさん達を牢に詰め込んだ。だって邪魔だったし。起きそうもなかったから運ぶのが楽だった。証拠隠滅証拠隠滅。

 そしてその後はディーアの命令の元、制圧の旅に出かけました。ディーアはまず初めにここのトップを仕留めるらしい。兎に角気配を消してついて来いと言われました。初っ端から飛ばしますねぇー。……ですが、


 これからは私のお楽しみタイムだ。今までの屈辱を晴らしてやる…!


 私は考えた、何をすればディーアが嫌がるのか。どうすればディーアの苦痛に歪んだ顔が見れるのか。答えはすぐに見つかった。彼は常に他人任せ…という事は『楽が出来ない事が嫌』。絶対これだ。今からそれをやろうと思う!


 コンセプト『元気にはしゃごう坊やと館~おっさん共総当り戦~』


 うん、あれね。ディーアとおっさんをひたすら戦わせようと思いまして。折角言いくるめたんだし? 別に遊んでもいいよね! 後ろで明らかに自分よりピンピンしている私を護りながらおっさんを捌くのはさぞ苦痛だろうよ!!

 しかし私達とおっさんが遭遇するのは難しいと思う。赤騎士団は討伐潜入何でもござれの部隊。ブラック企業が両手上げてサンバをしているような職場だ。ディーアが脱出経験を持っている可能性がある。


 な の で


 片っ端から扉をこっそり叩こうと思いまーす! 道行く扉を魔法でノックして、おっさん出てきて、はい乱戦! おっさん出すならディーアの近くだよね。後ろからは私が危ないし、前過ぎたら面白くないもん。大丈夫、怪我しないように魔法かけたし!

 よっしゃーっ! と腕を突き上げてこれから起こる心踊るイベントに思いを馳せる。ディーアに白い目で見られているのも気づかず軽やかに鼻歌を歌ってソファーに腰掛けた。


 その時頭の中はただディーアに仕返しをしたい一色だった。


 だからこの時私は忘れていた。彼があの人の子供だという事を。

 そして私は知らなかった。作中でトップクラスの戦闘能力保持者である所以を。

 もとより私は見抜けていなかった。彼のとある一面を。




 ディーアが扉を少し開けて廊下の様子を見る。右左と確認してから音を立てないように出て、私に手だけで出るように合図してくる。私は無意識に唾を飲み込みながら廊下を覗いた。端の部屋だったらしく、階段と他の扉が見える。

 いっぱい扉あるじゃん! ディーアの近くだし早速ノックしてみよう!

 こっそり魔力を集めて位置を定める。あまり強くしたら壊れるから調整が大変だ。外見緊張した面持ちで、内心ニヤニヤしながら手を伸ばす。よし、準備万端―――


「―――こっちはダメだ」

「……え、」


 ディーアは不機嫌そうに呟いた。彼が向いている方向は今私が風を起こした方向。柄に手を添えて視線を外さないようにしながらゆっくりと後退する。

 私は思わぬ言葉と行動に動揺してしまう。彼が気づくなんてこれっぽっちも思ってなかったのだ。狼狽える私を一瞥して彼は『階段の方』へ歩き始めた。

 …何故わかるんだ? 風なんて見えないはずなのに。声なんて出してないのに。もしかしてバ…バレた?! いや、流石に早すぎるって。ぐ…偶然だよ絶対。だって魔法が使えない状態なんだよ? 魔力感知も出来ないはずだ!……ま、まあ偶然って事にしよう! ね、他にも扉はあるわけだし? まだまだチャンスはある。そうだ、焦らなくてもいい。


 …しかしそれは偶然と思うにはあまりにも重なりすぎた。



「真っ直ぐ行くぞ」

「う?」


 魔法を定めていると迂回され。


「…走るぞ」

「へ?」


 敵の微かな足音で隠れ。


「ちょっと黙れ」

「うぇ?」


 見回りにいち早く気づく。


 彼に引っ張られているとわかるこの異様さ。全てを知っているかのように危険を避ける。扉の前を通る時が一番ヤバい。頑なに近づこうとしない。その癖部屋に誰もいない時に限って風が吹いていても通過する。いる時は手前の手前で踵を返す。

 なんて予知能力だ、全部避けられている。あれだけ扉があったのに未だおっさんと遭遇出来ていない…!

 ここまで来たら彼が何か特殊能力を使っているとしか考えられない。逆にこれが赤様の実力なのだとすれば…正直今まで舐めてました本当にすみません。あのお父さんがトップでも凄いんですね。


 先程のまでの異様なテンションが鳴りを潜め、マジこれどうしよう…と頭を抱えてついて行く。表情なんて聞かないでほしい、安定の青だ。

 やはり私にこういうのは向いてないのだろうか。こんなの初めてだったし失敗なのかな…。けどこれでも悪役だし出来るはずなんだけどなあ。


「……はっ!」


 そうか、わかったぞ! 悪役令嬢はヒロインにしか攻撃できないんだ! だから失敗するんだ! なるほどーこりゃ出来ないはずだわ。


「…っていやいやいや、何納得してるんだ私は。そこは納得する所じゃないでしょ。悪役令嬢は皆が認める悪役。ここで違うと認めたら本業が…悪役産業が廃れてしまう!」

「お前五月蝿い」

「あ、ごめん」


 ディーアのイラついた声に反射的に謝ってしまう。そういえば脱出中だっけ。それは悪い事をした…。


「って違う! 私はっむぐぐぐ」

「お前…本当に黙れ」


 怒気を孕んだ声で私の顔を掴む。ぐいっと近づいてくる顔は鬼のような形相だ。本調子だったら確実に殺そうとしてくるであろう雰囲気にひぃっと悲鳴を上げた。

 怖い。普通に怖い。なぜそんなに怒ってるの? 叫んだのは悪かったけどそんなに怒らなくてもいいじゃん! てか呼吸出来ないよディーア様。意図的に口と鼻を塞いでます?

 彼の凶行に危険を感じ必死に身を捩る。が、掴む手が恐ろしいほど動かない。


「お前さ」


 聞いたことも無い低い声に嫌な汗が出る。私は彼の逆鱗に触ってしまったのか。ねえ、逆鱗ポイントどこ? マジでわからん。怖すぎてかたかた震え始めた私に更に力を篭めて唸った。


「…魔法で風を起すな。邪魔だ」


 ………え。


 まさかの言葉に動きが止まる。えと、……え?


「扉の前で遊ぶな」

「……」


 え、ちょ、ば…バレてたぁぁあああ!!??


「お前は逃げられるからそうやって遊べるがな、俺は逃げられないんだよ。見つかったら最後、片っ端から倒さないといけないんだ。わかるか? 俺の生存率だけがぐっと下がるんだよ。その上ここの制圧も難しくなる。約束通り手伝えとは言わない。だからせめて余計な事はするな」


 肺の空気を全部吐き出すようにディーアが言う。頼むと言っているが声音が頼むじゃない。やらないと殺るとしか聞こえない声で言ってくる。至近距離で凄まれて私は頭を振りまくった。

 や、マジですみませんでした。そんなに真面目にやってるとは思いませんでした。楽に終わらしたいから真っ先に犯人を捕まえるのかと思ってました。邪魔してすみません。…じゃなくて!

 どこでバレた? 気付く様子無かったのに!


「初めからだが。舐めんなよ」

「ふぃ」


 マジかよ嘘だろ化物かよ。


 こいつはどうやら覚醒したらしい。予想で全部避けるとか人間超えたよヤバいよ。こいつ単体で制圧なんて絶対余裕だ。自分の実力を過小評価してるんじゃあるまいか。

 つい半刻前のディーアみたいにふるふるしていると不意に時計の低い音が鳴る。ごーん、と響く廊下にディーアが小さく舌打ちして手を離した。


「ちっ、早く行くぞ。時間が無い」

「何かあるの?」


 痛む顔を擦りながら目を瞬かせて問いかける。彼はさっきまでの怒気をそのままに苦虫をかみ潰したような顔で呟いた。


「交代の時間なんだよ…あいつらの」

「…は?」

「ほら、回ってくる」


 彼が指差す方向を見るが…赤い廊下しか見えない。強いて言えば扉がいっぱいある。ついでに言えば人の気配がない。…彼には何が見えているんだろうか。

 いないけど、と横を向く。が、彼はそこから忽然と姿を消していた。ん? と前を向くと彼は前を歩いている。その瞬間、曲がり角を曲がろうとしていた『見回りおっさん』を斬り飛ばした。


「えぇ…曲がり角とか無いわぁ」


 飛んだおっさんは壁にぶつかってずるずると倒れた。死んではいないようだが完全にピヨっている。なんてこったい瞬殺じゃないか。早くも浮かぶ痣が明らかに急所に当たっていて、本物の剣だったらリアルに死んでいる位置だった。

 てか初めて見たディーアの戦闘が敵に一切の容赦無しなベルドランさんスタイルなんだけども。え、やっぱり親子なの?


「走るぞ」

「え、あ、うん」


 ディーアは倒れるおっさんをわざとなのか思いっきり踏んで進んでいく。これ…総当り戦になったらどうなるんだろう。ディーアもベルドランさんみたく喜んで倒していくのかな。それとも黙々と倒していくのかな。おっさん達ごめん、こんなのと戦わせようとした。

 南無、とおっさんに合掌して遠くを走るディーアについていく。背後からは扉が開く音。増援の時間のようだ。だから嫌そうな顔をしていたのか…ってよくわかったな!


「くそ、このままじゃ見つかる…!」

「どこかの部屋に隠れようよ。君の神がかってる運で乗り越えられる!」

「いけるか! お前は俺をなんだと思ってるんだよ!」

「ありえないぐらい危険から避ける男」


 鼻で笑うな。本当だって、信じてよ。


「兎に角隠れよう!」


「ばっ、待て!」


 目の前のドアノブを掴む。静電気みたいな痺れる感覚が走るが関係無い。ディーアの制止をそのままに全力で扉をこじ開けた。


「―――え、」


 ……で、冒頭に戻る。


 偶然開けた部屋に偶然犯人が座っていて、そのうえ偶然あのお手紙の送り主だった偶然の出来事。そういえば扉が豪華だった気がするな。だからいたのかな。とりあえず私は咄嗟にディーアを室内に押し込み、見回りが来ないように扉の鍵をかけた。


 いやぁ素敵だね。ラブストーリーだね。出会って瞬時にあの手紙が出てきて告白してくるこの感じ、まさに狂…じゃなくて愛だね。告白している中年には私が見えていないようでなによりです。……って男かよ!

 え、あれってディーアのお見合いの山だったよね? 何故おっさんが紛れてるの? え、どういう事なの? いやそれよか犯人お前かよ!


 ちょっと、いや、壮絶に混乱しながら状況を見る。

 えと…ディーア、男。私、女。中年、男。


「……ダメだ、この世界がわからない」


 最近の乙女ゲームは自由な恋愛が多いけど遂に性別の壁さえ乗り越えるとは…。もしかするとヒロイン愛のキューピッドルートがあるのかもしれない。それなら攻略対象の恋も見られる…ってどういう事だよ意味わかんないだろ。

 私は殺気を振り撒くディーアと愛を撒き散らす中年、という異様な雰囲気を醸し出す二人から離れる。下手しなくても私得じゃない光景だ。もう勝手に二人で語り合ってくれまいか。私は帰る。


「ちょっと待てよ」

「うょ」


 ディーアが素早く手を掴んでくる。嫌そうに顔を歪めるその横にはよく分からない愛を囁くビール腹。やめて、私を巻き込まないで!


「お前、一人で逃げる気かよ…!」

「いいじゃん! もう勝手にラブラブしときなよお似合いだよ!」

「絶対嫌だ!」

「マイハニー話を聞いてる?」

「こっちに来んじゃねぇ!」


 おっさん気持ち悪い声で囁かないで! 寒気がやばい!

 てかディーアが動くからビール腹中年がついてくるんだよ! 君とそっちでラブラブしといてよ!

 誰か助けて。部屋の中が大惨事だ。

 と、兎に角ディーアを説得だ。


「ディーア、まず手を離してくれないかな」

「嫌だ」

「ふ、二人で話し合う時間も必要だと思うよ」

「いらない」

「年の差なんて気にしちゃダメだよ」

「そこじゃねぇよ!」


 え、じゃあ何が問題なのさ! と、じっとり睨むとディーアが私の肩を揺らして叫んだ。


「そもそもこいつ男じゃねえか! アルとお前の弟の話といい、何故お前は男と男をくっつけさせたがる!?」

「人間自由恋愛が一番いいと思うの」

「俺もそう思うがこれは絶対違うだろ!」

「じゃあこいつが女ならどうなのよ」

「無理嫌だ死ね」

「全力拒否!」


 わからなくもないけど。私もこんなのに言い寄られたら全力で逃げる。まだダンディーなおじさまなら可能性があったけど脂汗のビール腹じゃ比べ物にならん。チェンジでお願いします!


「じゃあ早くどうにかしてよ! ディーアがやらないと逃げれないじゃん!」

「無理触りたくない」

「剣! それでどうにか!」

「斬り殺しそうで無理!」

「つっかえないなあ!」


 ぎゃあぎゃあ騒ぎながらどうにか相手に処理させようとする子供二人。そして気持ち悪い目で気持ち悪く笑いながら近付くビール腹。

 なんて恐ろしい空間だ。本当に誰か助けて(二度目)。


「おい、おっさん! 何があった!」

「あ、救世主…!」


 私の願いが届いたのかこの部屋を叩く人が来た。てかあんたもおっさんじゃん。おっさんをおっさん呼びするなよ。


「何も無い。大丈夫だ」

「おいおっさんんんん!!!!」


 おっさんがおっさんに来るんじゃねえ宣言。何もかもあるよ! 大事件だよ! 恋は盲目ってか、うるせぇよ!

 へへへと笑っている中年に違和感を感じたおっさんがドアノブを回す。が、無機質な金属音しか鳴らず入ってくる様子はない。って、


「鍵しちゃってた!」


 くそ! 開けとけばよかった! 何故鍵をしちゃったんだ私…!何度か挑戦したおっさんは無理だと諦めたのか回すのを止めた。ぱたぱたと足音が遠くなる。


「救世主が…」

「おいこっちに来るな!」

「貴方の事がずっと前から……」

「それ以上言うなぁぁあああ!!!!」


 ディーアが悲鳴に近い絶叫を上げて剣を振りあげる。それはちょうどうまい具合にビール腹にめり込んで派手に音を立てて吹き飛んだ。中年はクローゼットにぶち当たって倒れ、その拍子にクローゼットも倒れておっさんが下敷きになる。


「ふへ、ふへへ。愛が、深…い」

「ヤダ凄い生きてる!」

「なんてしつこさなんだ…!」


 このおっさん、強い……!


「おい、本当に大丈夫なのか!?」

「あ、救世主…!」


 どんどん、と扉を叩いて安否を聞いてくるおっさん。あ、鍵開けてない!


「大丈夫だ。心配するな」

「おいおっさんんんん!!!!」


 おっさんがおっさんにいいからこっちに来るな宣言。来させろよ。大惨事だから来てよ。お願いだよ…!それなのにやっぱり姿を消すおっさん。踏み込んできてよ。この状況を打開してよ!


 あの中年は本当に私が見えていないらしい。動いても叫んでもディーアに視線が固定されている。只今クローゼット下から愛のウィンクです。どれだけ愛が深いんだ。君しか映らないよってか、うるせぇよ!


「さあどうする騎士様。なかなかに手強いよ」

「そうだな治癒師殿。強すぎて勝てねぇわ」


 ディーアの顔が真っ青になっている。顔に気持ち悪いを貼り付けて首を振っているのに私も同意した。こんなの勝てない。脂肪の鎧が硬すぎる。…けど、ディーアがやらないと逃げるに逃げられない。私は彼の肩を叩いて拳を振った。


「諦めないで!」

「じゃあお前がやれよ!」

「無理!」


 魔法なんて使ってこっちに意識が向いたらどうするのさ! こいつと対面とか絶対嫌だ!


「気絶するまで斬ればいいじゃん!」

「こっちにおいでハニー」

「絶対無理。俺もう近付けない」


 ディーアがぶんぶん頭を振って後ずさった。蒼を通り越して白になり始めている。それでも騎士様の綺麗な立ち姿なままなのが流石だ。剣筋はぶれまくっているが。

 …もういい、もうここで壊しちゃおう。本当なら外が良かったんだけど、こんな状況耐えられない。


「ディーア、こっちに来て」

「あ?」


 彼が中年から目を離さずにこっちに来る。私は耳につけた宝石電池を外して口に咥えた。


「は? お前何やってんの?」

「手、貸して」

「え?」

「いいから!」


 戸惑う彼の手を無理矢理取って手錠に手を這わす。私の魔力の半分…より多く要りそうだ。…足りるかな。この電池壊れないよね?

 私は緩く手を這わせて魔力を集める。それは鮮やかな赤い炎として出て四つの手錠を包み込んだ。口から小さく割れる音がする。


「なっ」

「動かないで」


 目を見開く彼を止めて更に炎を這わせる。完全に回りきった炎が消えた瞬間、手錠が灰になって崩れ落ちた。それと同時に咥えたそれが溶けてなくなる。


「っ…はあ、無くなっちゃった」


 金属部分だけになったカフを見つめる。折角ルクシオ色にしたのに壊しちゃった…。うわ、泣ける。しょんぼりしながら耳につけるとやっぱり違和感。早く作り直そう。

 私は呆然と手足を眺めるディーアをキッと睨む。半ば八つ当たりで叫んだ。


「早く帰るよディーア! さっさと片付けて!」

「………は?!」


 ぽかーんと口を開けて私を見る同僚様。手首を見て動揺している。えと、なんだっけ? 壊せるのは化物、だっけ? もうそれでいいから中年を倒して。早くルクシオの目が見たいんだ。


「…ディーア」

「っ、ああ」


 低い声で急かすと慌ててディーアが呪文を唱え始める。歌うように唱える魔法は睡眠効果がある魔法。考えたねディーア。これなら近づかなくても攻撃しなくても効くもんね。

 中年は…まあディーアの言葉を聞き逃さんと聞いていたから案の定夢の世界へ旅立ちました。ぐっすり安眠いびきがうるさい。


「よし、持って帰ろう!」

「ちょっと待て。お前、今何やった?」

「手錠外してやったんだよ、見てなかったの?」

「ちげぇよ!お前今魔導具食ったよな?!」

「ンナワケナイデショー」

「棒読みじゃねぇか!っ、お前何者だよ!」

「治癒師だよ」

「知っとるわ!」


 ぎゃあぎゃあうるさい騎士様に顔を顰める。やっぱり他人に見せちゃ駄目な光景なんだな。…なるほど、こいつの口を塞ぐか。

 お気に入りの宝石をこいつのために使ったという事実に苛ついたので氷の刃を五、六本、ディーアに向ける。『黙れよ』とにっこり笑うと彼は唸りながら黙る。少しばかり気が晴れるな。そうだよ、黙りゃいいんだよ。じゃないとお前の体、穴だらけにするからな。


「…で、このデブを持って帰りたいんだけど」

「あくまでも話さない気か…ああもういい、考えるだけ無駄だ」

「そうだよー。女の子は秘密が多いからねー。…下手に首を突っ込んだら痛い目に遭うって早く理解しなよ」

「今日で散々理解した」

「はいはい、偉いねー。とりあえず素手で触りたくないから縛りたいんだけどどうかな?」

「それは俺も同感だが…どうやってここから出るんだ?」


 『縛って飛び降りてそのまま飛んでく…?』と思案していると彼から疑問の声が上がる。飛び降りるが一番楽だと思うな。


「飛び降りて王都に直行しよう。空を飛べば障害無しで行けるよ」

「出来るわけないだろ馬鹿か」

「え、出来ないの?」


 衝撃だ。家で毎日のように飛んでたのにディーアは飛べないなんて。赤が無理って事は一般的に飛べないって事? …マジか。


「じ、じゃあ転移魔法陣を書く!」

「建物内から城への移動は無理だ。書くなら外に出る必要がある」

「…無理矢理なら出来るけどな。ディーアは吹き飛ぶかもだけど。あ、けど窓から飛び降りるぐらい、」

「無理だからな。何階だと思ってんだよ」


 いや、何階でも飛び降りるだけなら出来るんですがね。私限定で。けど持ち運びは無理かな。


「もう強行突破しかないのでは」

「…じゃあこいつどうするよ」


 私達の視線は自然と安眠中の中年へ。幸せそうに手紙を抱える姿に殺意が湧く。

 ディーア…に持たせるのは流石にダメだよね。両手塞がっちゃうし逃げにくくなる。だからと言って体重軽減とかして私が持つのも嫌だ。失敗して圧縮されても嫌だし、触るのもベタベタしてそうで気持ち悪い。…ていうかさ、


「これ、外に誘えば良かったんじゃないの?」

「…は?」

「ディーア大好きみたいだし、あとから行くって言ったら一人で出ていったんじゃない? で、その後にこっそり仕留めれば万事解決」

「…」

「や、今更だけどさ」


 私の一言で空気が一気にお通夜になる。あ、終わった、なんて言葉が出そうな顔でディーアが呻いた。ごめん、もっと早く言うべきだった。

 だってこの巨漢なんて持てないもん。おっさん達も二人がかりで引き摺って牢屋に押し込んだんだからさ。この肉玉を転がすのは骨がボッキボキに折れても無理だ。


「お前の魔法でどうにかならないのか?」

「調節し間違えたらミンチになったり血溜まりになったりするけど…やる?」

「使えねぇな」


 舌打ちするな。私だって万能だと思っていた魔法にこんな穴があるとは思わなかったんだよ。まさか自分以外に活用するのがこんなに難しいなんて。……ん?

 ふと思いついてディーアを見る。彼も何かを思いついたようで私と目が合った。


「なあ、考えがあるんだが」

「ねえ、考えがあるんだけどさ」


主人公VS自由人な騎士様


勝敗は目に見えて負けでした。そもそも真面目にやれば超人なディーアが真面目にすれば勝ち目なんてありません。書類仕事の時に気づいてください。

そしてディーアは親がアレなのでどこまでいっても戦闘員です。魔力を感じ取れなくとも危険を察知出来るように父に扱かれました。親子関係はあまり良くありません。


次回、城内で問題発生です。


ありがとうございました。


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