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狐の面は月見て笑う  作者: 衣桜 ふゆ
月夜のバレンタインディ
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月夜のバレンタインディ ~男子会~

どうもお久しぶりです。バレンタインに滑り込みセーフ。


暗闇の中、彼は目の前に立つ人物に声をかける。

「・・・何です、弓弦兄さん」

彼―――朔は渋面だった。その右手はまだ4歳と幼い零の手につながっている。

「ゆづるおじちゃん・・・? もう夜だよ?」

どこか眠たげな声に、弓弦は笑った。

「悪いな、零。ちょっと聞きたいことがあってだな」

笑いながらもどこか深刻そうな声に、朔は首を傾げる。

聞きたいこと、というのはだいたい予想がついた。

・・・我が兄ながら、どこか馬鹿だな、と思う。言ったら物理的に半殺しなので言わないが。


* * * 月夜のバレンタインディ 〜男子会〜 * * *


まぁ座れ、という弓弦の言葉に従い、屋敷にあったアンティーク調の椅子に座る。

もうすぐ今日も終わるというこの時間、電気をつけずに朔と弓弦と零はリビングに集合したのだ。

「兄さん、早くしてくださいよ」

「何だよ朔、つれねぇな」

「いや、別に僕はいいんですけど・・・零君は、もう寝なきゃいけない時間帯です。場合によっては麗音さんに」

「言うな! 朔言うな! わかった、手短に終わらせるから!」

零の母親である麗音は恐ろしい。鋼糸のエキスパートであるだけでなく、女性としての恐ろしさを持つ彼女は、弓弦も頭が上がらない存在だった。

「なになに? ははうえがどうかしたの?」

そんなことは露知らず、零は深夜テンションとも呼べるハイテンションで話しかけた。さっきまでの眠さはどこかへ行ったらしい。

「何でもねぇよ、おまえの母さんは怖いなーってはなでっ」

「早くしてくださいって言ってるんです」

「・・・だからって叩かなくても良いだろ朔・・・お前個人的な問題だろそれ・・・零よりも寝不足なんだろ・・・」

「麗音さんに・・・」

「だぁあぁもう悪かったって! すいません!」

まぁ事実、朔は寝不足だ。零の練習につきあっていると自分の時間がなくなる。やっと自分の時間を堪能できると安堵したら、日の出が拝めたりすることも少なくはない。

ここ数日の深夜を思い返して遠い目になる。

「そんじゃ、本題にはいるか」

「わぁい!」

「お前も喜べよ朔」

「ワーイ」

棒読み。それを渋面で見つめた弓弦はやっと口を開いた。

「なぁ零、今日は何の日か知ってるか?」

・・・ほらきた。自分の予想は外れていなかったと朔はひっそりため息をつく。

「きょう? ・・・んー、あっ、ゆづるおじちゃんのたんじょうびとか!?」

汚れのない子供の返答を聞いて朔は目頭を押さえた。

弓弦と零とを会話させるのはしばらくやめた方がいいのだろうか。零の純粋さは汚れてほしくない。

「う、んーと、違うんだなぁ。やっぱ零は知らないか」

さすがの弓弦もその純粋さには揺らいだようで、言葉をつまらせた。

もうその時点で話すのをやめてしまえばいいのにと朔は半眼で弓弦を見る。

「朔は知ってるよな」

「さぁなんのことだか」

「・・・ちゃっかり嘘ついてんじゃねぇぞ」

「ついてません」

「知ってんだろ今年20のくせに」

「20なんて仮の年齢です本当の年齢は僕しか知りません」

「そんなことはどうでもいいけど知ってんだろ!」

「知りませんって・・・弓弦兄さんの毎年の自慢は聞きたくないんですけど」

「ふたりとも、どうしたの? だめ、けんかはだめだからな?」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「え? ゆづるおじちゃん? さくにいちゃん?」

どうでもいいことのはずなのに殺伐とした会話。そこに零が割り込んできて、二人は思わず顔を覆った。

可愛すぎる。

「・・・悪いな朔、零に免じてもう追求しねぇわ」

「こちらこそです兄さん。嘘ついてましたすいません」

「え? え?」

零のおろおろとした声に癒される大人二人。

二人は咳払いを一つして、平和的に会話を再開した。

「あのな、零。今日はバレンタインデーって言うんだ」

「ばれたいんでー?」

「バレンタインデー、だよ零君」

「ばれ・・・ん、たいんでー!」

「そうそう。で、バレンタインデーって言うのはチョコをもらえる日なんだぞ!」

「ちょこ? ちょこれーと?」

「まぁ、一般世間では女の子が好きな男の子にチョコをあげるって言うのが普通だね。女子同士でチョコを交換するって言うのもあるらしいけど」

「すきなひと? えっと、おれね、ひみがすき!」

突然のカミングアウトに弓弦と朔はたまらず吹き出した。

幼いからこその真っ直ぐな感情と羞恥のなさ。子供の恋愛は見ててかわいらしい。

「そういうわけで、男子はチョコを何個もらったかをとても気にするのが常識だ!」

「待ってください兄さん、間違った常識を零君に吹き込まないでください」

「そうなの? じゃあ、みんなでかずをいいあいっこだね!」

弓弦と朔のあいだでは毎年の恒例行事と化している。

主に弓弦が朔を巻き込んでひたすらに自慢したり愚痴を言ったりするだけだが、ことしからは零も参戦・・・半ば無理矢理、参戦することになったようだ。

一昨年あたりから邪険に扱うようになっていたが、仕方ない。

今年は零に免じておとなしく参加してやろう。

「俺は! 氷奈からの万年一個を卒業したんだぞ朔!」

「・・・なぜ僕に言うんですか・・・」

・・・一言目からすでに先ほどの決意が折れそうだ。

弓弦が万年一個だろうと卒業だろうと関係ないのだが。

そんな朔の反応に構わず、弓弦は続ける。

「なんとだな! 氷美からももらったんだぞ!」

ふはははは! という高らかな笑いが響く。

どうせそんなことだろうと思った。

「氷美がなぁ! 父様大好きって言ってくれたんだぞぉ〜!」

「・・・親馬鹿・・・」

「あぁ?」

「ゆづるおじちゃんずるい! おれもひみがすきなのに!」

「はははいいだろー! いいだろぉー!!」

大人げない。

「・・・てことは、弓弦兄さんは今年の収穫二個ですね」

「そうだ! うらやましいか!」

「麗音さんはどうしたんです?」

「・・・・・・無視された」

「あー・・・」

まぁあげるとは思ってなかったけど。

「雪鶴は? 人型になればできなくはないでしょうに」

「・・・・・・それ以上近寄ったら斬るって言われた」

「あぁ、こないだ怒らせたんでしたっけ?」

「ゆきづる? ゆきづるはやさしいぞ?」

「ちょっと刀の練習につきあってもらっただけじゃねぇか!」

「髪の一房を斬ってしまったらしいですね」

「・・・髪の少しぐらい」

「平安ぐらいでは髪は女の命らしいですよ」

「ゆづるおじちゃん、わるいことしたの? あやまった?」

「・・・謝ってねぇ」

「あやまらないとだめだぞ! あやまらなきゃゆきづるだってゆるしてくれないからな!」

「零の言うとおりですよ兄さん。明日謝りましょうね」

「・・・おう」

というわけで、肉親以外には全然もらえていない弓弦だった。

麗音や雪鶴から冷たくあしらわれたショックからか、弓弦がしばらく落ち込んだ様子を見せる。

しばらくして、弓弦がはっとしたように顔を上げた。

「そうだ朔! お前は何個もらった!?」

「・・・えーっと」

言わない方がいいような気がする。気がするのだが、弓弦の目は真剣だった。こんなどうでもいいことなのにと嘆息する。

「聞いても後悔しないでくださいね」

「・・・なん、だと・・・」

「氷奈義姉さんから一個、氷美君から一個、麗音さんから一個。雪鶴からはチョコが嫌いだから作りたくないと断られました」

「おま・・・お前、三個か!?」

「そうですよ」

絶句する弓弦を見てふふんと鼻で笑う。

今までは女性の知り合いがいなかったためチョコは0個だった。しかし、弓弦が氷奈や麗音と引き合わせてくれたおかげで、チョコの数が増加したのだ。

もちろん、恋愛的な意味ではない。友情の現れだ。もしくは、弓弦と同じく肉親として認めてくれているのかもしれない。

どっちにせよ、妙に嫌われている弓弦とは違い、他人に合わせることが得意な朔はもちろん好意も持たれやすい。

よって、チョコの数が弓弦より多いのもある意味当然のことだった。

「う・・・う、裏切り者おぉおぉぉおお!」

「うるさいですね、叫ばないでください兄さん」

「何でお前が俺より多いんだよ!?」

「日頃の行動でしょう」

「あぁあ!? お前なんて薄ら笑いしてるだけじゃねぇか!」

「う、薄ら笑いとは失礼ですね。暴言ばっかりの兄さんには言われたくないです」

「じゃあ、さくにいちゃんはさんこなのか?」

再び殺伐とした兄弟を和ませる声が届く。必死に呟きながら指折りして数えたようだ。

「そう・・・だけど」

「あ、零は何個もらった!?」

弓弦は自分が下であることを認めたくないのか、零にまで問いかけた。

本当に大人げないと思う。今更バレンタインとかに本気になるのはどうかと。

そう呆れる朔に気づかず、意気込んで聞いた弓弦は、


「おれ、よんこもらったよ」


その場に崩れ落ちた。


「・・・え? 零君、四個もらったのかい?」

喋ることもできない弓弦のかわりに朔が聞く。

いや、朔だって驚いていた。四個と言えば、朔がもらえなかった雪鶴を含む全員からもらったことになる。

「うん、おれぜんいんからもらえたよ?」

零は小首を傾げて、当たり前だというように言った。

「ひなさんとーゆきづるとーははうえとー、あ、あとひみ! ひみからももらった!」

「ゆ、雪鶴はチョコが嫌いだから作らないって・・・」

「えー? おれゆきづるといっしょにつくったよ?」

「一緒に!?」

「ゆきづるりょうりぜんぜんできないみたいだったけど、たのしかった!」

チョコレートが嫌い、というか、料理が不得意のようだ。

そうか、と朔は歯噛みした。

雪鶴は割と恥ずかしがり屋で、プライドも結構高い。自分の苦手分野がばれるのは一番嫌なのだろう。

しかし、零のことは酷く可愛がっていた。零はまだ子供だし、苦手がばれることに何の問題もないと判断したか。

やられた。朔は思わず頭を抱えた。

「さくにいちゃん? ゆづるおじちゃん?」

二人して崩れ落ちたせいか、零が不思議そうに首を傾げる。

「・・・朔」

地を這うような声が聞こえてきて、朔は顔を上げた。

弓弦が親指を立てて妙にさわやかに笑っている。

「零の一人勝ちだ・・・負けたな? 俺ら」

一人で負けるのは悔しい。

でも、チームならその悔しさも二等分・・・らしい。

「えー? なになに?」

「零はすげぇなーって話」

「そう・・・ですね」

負け組カモン、というような弓弦の手を、朔は苦笑しながらとった。


散々弓弦のことを大人げないと言ったが。

やっぱり、朔も悔しかった。


月夜バレンタインの夜、大人げない二人と純粋な少年の男子会。




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