<零の仕事>11
後日談。
翌日。零は町の電気屋さんにあるテレビでニュースを見た。
最初は見る気がなかったのだが、ちょうど、零が昨日虐殺したものの話がでていたせいである。
警察は暴力団のことは知っていたようで、突然の大量殺人に驚いているとか何とか・・・。
だが、そのニュースはやはり血塗れの部屋の中など映さなかった。まぁ、普通は建物の外見ぐらいしか映さないだろうし特に気にはしなかった。
少し、やりすぎたかなぁと思う。後悔はしていないけれど。
零はそのニュースを一通り見てから、家・・・というか、住処に向かって歩き始めた。
誰も、その大量殺人の犯人が素知らぬふりをしてニュースを見ているなど思っていないだろう。
昨日の事件のことは、思い返すと反省ばかりである。
まず、何であんなにネガティブな思考になっていたのかがわからなかった。少年とみのりの関係が、零と氷美の関係に似ていると感じてしまったせいだろうか。
次に、自分の感情だけで動きすぎたかなぁと思う。確かに、暴力団を潰すことが仕事ではあったが、なにもほとんどの人を殺す必要など無かったはずだった。無駄な殺生はしたくないはずだったのに、どこで間違えたのやら。
何より、氷美をまた怒らせてしまった。できるだけ怒らせたくなかったのに。
どうやら零は、颯爽と現れて速やかに倒してかっこよく助けるなんてできないようだった。
あの後、ぼろアパートに帰ってからさんざん怒られた。氷美とか朔とかに。シャワーを浴びることも許してくれなかったため、髪にこびりついた血を落とすのは大変だった。服に付いた血はもう落ちないような気がして、ビニール袋を何十にもかぶせて押入の奥につっこんだ。そのうち、ゴミに出せないから土の中にでも埋めようかと思っている。
「ーーー零!」
「うぇい?」
後ろから呼びかけられ、零はおかしな返事をして振り返った。
そこには近所のスーパーのビニール袋を持った氷美がいた。どこか安心した顔つきである。
「ちょうどいいところに!」
「・・・何?」
いかにも自分が必要というセリフだったが、重そうなビニール袋を見たら、荷物持ちになる運命しか考えられなかった。
「さすがに疲れてきたからさ、荷物持ってくれない?」
その予感は当たった。零は苦笑する。
「はいはい。・・・今日は何を買ったの?」
「・・・教えてあげない」
予想しなかった返答に、零は顔をひきつらせた。もしかして、氷美はまだ怒っているのだろうか。
だが、それを普通に口に出すほど零は馬鹿ではない。言ったらさらに怒らせるという事は実証済みだ。
「え、な、何で・・・?」
とてつもなく控えめな問いしか出てこなかった。
怯えている零に、氷美は楽しそうに笑った。
「今日という日がどんな日だったか、振り返ってみなさいよ」
その笑顔を見て、どうやら怒ってはいないようだと零は安心する。
しかし、今度は氷美のセリフからでた新しい謎に頭を悩ませることとなった。
本当に、何があったか零にはわからなかった。
「・・・・・・みんな、どうしたんだよ」
そのまま家に帰ってからしばらくして、零は呆然とつぶやいた。
眉を寄せて、心底困った顔をしている。
「「「「別に、何も」」」」
氷美や朔、萌黄に雪鶴までが一語一句違わずそろえて返した。思いっきり目をそらした返事に、零は頭を抱える。
何故か知らないが、みんな、どこかよそよそしいのだ。
零がちょっと動いただけでびくっと肩を揺らしたり(朔)、台所の奥でごそごそと音がしたり(氷美)、隣の部屋から異臭が漂ってきたり(萌黄)、穴があくほどじーっと見つめられたり(雪鶴)。誰もカメラを使っていないというのに、カメラのシャッターを切る音が聞こえたりする。最後にいたっては一種のホラーだ。
どんなに考えてみても、帰り道の氷美のセリフの意味は分からないし、こんな風によそよそしくされるようなことは・・・したけど、『月夜』内であるから今更そんな態度をするというのもおかしな話だ。
本っ当に何でこういう状況なのか理解できない。困るし、何より居心地が悪い。
零はため息を一つついて、立ち上がった。朔が肩を揺らすのを黙殺し、台所へ向かう。
台所にいる氷美に近づくと、氷美は顔をひきつらせて何歩か後ずさった。
その様子を見て零は地味に傷付く。やっぱり昨日のことが原因なんだろうか。
「・・・あー、氷美」
「な、何?」
どもってる。
「その・・・」
声をかけたはいいが、どう話せばいいのかわからない。原因もまだ分かっていないのだから。
逡巡して、やがて零は口を開いた。
「ちょっと、出かけてきていいか」
考えた結果→とりあえずこの居心地の悪い場所から抜け出したい。
そう零が言うと、氷美は顔を安心したようにゆるませた。露骨にホッとしたような表情になる。
「い、いいわ。あ、でもーーー」
氷美は台所からその他のみんながいる方を見た。朔がまじめな顔をして指を一本立てる。
氷美はそれを見て、納得したようにうなずいた。
「?」
「わかった。後1時間したら夕食だから、それまでには帰ってきて」
「お・・・おう」
なんだかよくわからないが、とりあえず零はここから抜け出せるようだ。
玄関で靴を履き、どこで1時間の暇を潰そうか考えを巡らす。
ドアを開けると、後ろからホッとしたような空気が漂ってきた。
「あー・・・何なんだよもー・・・」
零が思わずつぶやいて、頭をかきむしった。
ーーー1時間後。
零はぼろアパートの様子がどうなっているか怖かったが、1時間後に夕食だと聞いたので帰ってみた。
玄関の前のドアのところにたってみるが、特に変わったような感じはない。
零は迷った末に、やっとドアノブに手をかけた。
怖い。1時間で何が変わってどうなっているのか。
だが、ずっとここで立っているわけにもいかないのだ。
いざ。
「「「「零(君)、ハッピーバースデイ!」」」」
唖然とした。
「え、何、これ」
理解が追いつかず、そんな声を漏らす。
氷美が悪戯っぽく笑った。
「今日は零の誕生日でしょう? 麗音さんから昨日電話があったの」
「は、母上から・・・」
麗音が電話をかけたことなど知らないし、まず、昨日電話なんてかかってきただろうか?
朔も萌黄も、雪鶴も人の姿になって、笑っている。
「本っ当に覚えていなかったね。氷美君がヒントをあげたんだろう?」
「・・・ヒント」
慌てて記憶をさかのぼる。
『今日という日がどんな日だったか、振り返ってみなさいよ』
昼ぐらいに言われた言葉。
あんな言い方でわかるわけがないと零はその場で頭を抱えた。
「じゃ、じゃあ、さっきこそこそしてたのは、そういうこと!?」
「驚かせようと準備していたのよ。気づかれてはおもしろくないじゃない?」
「・・・あの、買ったものを教えないって言ったのは?」
「だって、豪華な買い物したらわかっちゃうかもしれないでしょ」
「みんながこそこそする必要はあったの?」
「誕生日にはぷれぜんとが必須だと聞いたのじゃ」
「そこら辺に隠してあったからねぇ」
気になっていたことをすべて質問すると、それぞれみんなが答えてくれた。雪鶴の言葉のうちで横文字が不思議な発音に聞こえたのは気にしないことにする。
朔が部屋の隅でごそごそと畳をずらした。隙間から白い紙でラッピングされた何かが出てくる。
なるほど、そこら辺というのは本当らしい。
「はい、零君」
「あ、はい。ありがとうございます」
まだ自分は戸惑っているのか、棒読みみたいなお礼しか言えなかった。
それでも朔は笑って、「開けてみて」と言う。
従って白い紙を丁寧に開けていくと、中から出てきたのは二枚のシャツ。
「昨日、一枚駄目にしちゃっただろう? もう一枚はおまけみたいなもんだよ」
そのプレゼントは確かに嬉しかった。あんまりそういう私物を買いに出ることはないし、昨日みたいに仕事で駄目にしてしまうこともある。するとそういうシャツは減っていく一方なのである。
「ありがとうございます!」
零はもう一度礼を言った。早速明日来てみようかと思い、気分が上がっていく。
「次は私だわ!」
萌黄が異様に自信を持って立ち上がった。零は自分の顔がひきつるのを感じる。
「なによ零、顔がひきつってるわね。まさか、朔のプレゼントが嬉しくなかったのかしら?」
「いや、そういう訳じゃないけど・・・」
零は目をそらしてそう答えた。
別に、朔のプレゼントが嬉しくなかったわけではない。逆にすごく嬉しかった。
嬉しくないと言うか、怖いのは、萌黄からのプレゼントである。
昨日の戦線でもとても心強かった薬品使い。そんな彼女からのプレゼントは予測不可能だ。
そんな零の考えをよそに、萌黄はタンスの中から小さな物体を取り出した。
「これよ」
それを持った手を零に向かってつきだした。萌黄の小さめな手のひらに乗っているのは、
「・・・袋?」
「匂い袋ね。中身は私オリジナルの香料だけど」
見たところ怪しいものではなさそうだ。手にとって近くで眺める。
灰色と黒のチェックの布でできた袋だ。首からかけたりするためか、同じような色をした三つ編みのひもがついている。
袋の部分には何か固形の小さな物質が何個か入っているようだった。たぶん、それが匂いの元なのだろう。
匂い袋という事で匂いをかいでみると、清々しくて、どこか落ち着く匂いがした。
「ジャスミンの匂いをベースにして、精神の安定、鎮静効果が出るよう、薬品を調合したわ。体に害はないように作ったの」
自慢げに語る萌黄。零は若干尊敬の目でそれを見た。
萌黄って、こんな事もできたのか。これで十分仕事ができそうな気がする。
「匂いはそのうち薄くなったり消えてしまったりするだろうから、そのときは私に言いなさい。面倒だけど、また新しく調合するわ」
「・・・すげえな、ありがと」
変に恐ろしいものを想像していたせいで、純粋に驚いた。
「・・・ふん。昨日みたいに暴走されたら困るからよ。それがあったら、不安になったときに少しは落ち着くでしょ」
そうだな、と頷いて首から下げてみる。その距離でもほんのりと匂いがして、零は目を細めた。
それを満足そうに見て、雪鶴が口を開いた。
「最後に、氷美と我じゃ」
「雪鶴と私で、合作にしてみた」
水色の紙で包まれたものが、氷美から零に差し出された。この二人に関しては何も予測ができないため、零は首を傾げる。
「開けていいわよ」
朔のプレゼントにならって、包み紙を破いたりしないように綺麗に開けた。出てきたものを見て、零は喜びと驚きで目を丸くした。
「これ、手袋・・・」
中にあったのは、レザー生地で漆黒の手袋。生地が手首を覆うぐらいの長さで、ちょうどはめてみると手首の辺りに雪の結晶を模したチャームが付いていた。
何だろうと思って触れ、ちょっとした期待で、引っ張ってみる。
「ちょ、鋼糸!?」
引っ張ると、するすると鋼糸が出てきた。
もしかしてとは思ったが、まさか本当に出てくるなんて。ていうか、これは全くの新品だ。近所の店で鋼糸なんて売っているわけもないし、どこで手に入れたのだろう。
「これどうしたの!?」
零が身を乗り出して聞くと、氷美が笑って返した。
「鋼糸が手には入ったのは朔さんの伝手。ほら、昨日だいぶ使ったからたぶんさびるだろうなぁって思ってたから」
「伝手って・・・」
「よくわかんないけど、伝手」
有無を言わせない氷美の口調に零は理解する。聞かない方がいいのか。
「手袋は・・・」
「作った」
「作ったぁ!?」
「レザーの生地は売ってたから、昨日の夜とさっきの1時間で頑張った!」
「・・・雪のチャームは?」
「我が作ったのじゃ。百均でぷらすちっくの小さな板が売っていたから、それをちょいと加工してな」
妖刀の口から百均とか言う言葉がでると困る。何故か知らないが困る。
「加工って・・・どうやって?」
「昨日おまえが教えてくれた、体の一部だけを刀にする奴。指だけを刀にしてみたのじゃ。あれ使えるのう」
「・・・・・・」
零が脱力したのは仕方ないことだと思う。
零は少し笑って、手袋を見た。どうやって作ったのかあまり想像できないが、作ってくれたという事実が嬉しい。
「ありがとうな、氷美、雪鶴。次の仕事から使う!」
宣言すると、氷美と雪鶴だけでなく朔や萌黄も、笑った。
今日もらったものを順繰りに見ていく。自分が誕生日だったなんて全然覚えていなかった。
母上にも後で電話して礼を言わなくてはと決心する。
なんだか今日は幸せな日だ。
「ありがとうございます! 零はこれからも頑張ります!」
テンションが上がって、ふざけてそう言ってみた。
「頑張りすぎない方がいいぞー」
「いつも通りでいいと思うわよ? ただし、氷美とはもう少し距離をとりなさい」
「いつもが頑張ってるから、いつも通りが一番でしょ」
「やはり、おまえのような奴はそうでなくてはならん」
それぞれの返答が返ってくる。どの言葉も嬉しかった。
「俺、『月夜』にいて良かったよ」
自然と、そんな言葉が口から漏れた。
愛されてる零くん。