五話 魔法師協会
ロッタ―旧坑道を抜けたといっても、クインの町には少し距離があった。
ここからは街道を通ることになるため、ローザ様は少し緊張しているようだった。
「この町も外壁を登って侵入するのか?」
俺はローザ様に質問する。
ローザ様は少し悩んでから答える。
「この町は、新帝国よりも魔法師協会の方が、影響力がある。それに魔法師協会にはつてもある。だから、前みたいなことにはならない、と思う」
そうか。新帝国の影響が強いとだめなのか。
ということはやはり新帝国から追われてるのか。
何をしでかしたんだ、ローザ様!
新ホルド帝国内では町に入るためには大なり小なり検査が入る。
人に擬態して人を襲う魔物もいるらしいからだ。
安全な人間か簡単な問答がある。
ただ、ほとんどの町では簡単な挨拶をして終わりらしい。
よほどの軍事都市でもなければ、通行手形も必要ない。
それでも、人の出入りは記録されるためお尋ね者はここを通らないで町に入るに越したことはないが。
偽装魔法で人相だけ変えて、クインの町東の門へ向かう。
ローザ様はがちがちに緊張していた。
真正面からこういう町に入ったことがなかったといっていた。
普通にしていれば、すんなり通してもらえそうなのに。
こんなんじゃ、絶対通してもらえないだろ。
「は、はい。我は魔法師協会所属の冒険者である。あ、ある、あります。――こちらの男は、わた、我の冒険者仲間だ。……い、いや、である」
かみかみだ。 謎の口調設定も乗っかている。
衛兵は苦い顔をして俺たちの通行を止める。
そして、衛兵はローザ様との会話を早々にあきらめたのか、今度は俺の方を見て質問する。
「一応手続きでな、魔法師協会の会員証を出してもらう。冒険者は問題児が多いから特に注意するよう言われているんだ」
魔法師協会は魔物討伐やダンジョン攻略を行う者たちを“冒険者”として登録している。
人類復興のため、新拠点の開拓を行う彼らは必要不可欠な存在であるが、
血の気の多い彼らはしばしば町を荒らすこともある。
そういうときの対処のため、冒険者はよく会員証の提示を求められる。
ただ、この会員証が身分を証明してくれるので身を助けるときもある。
俺はローザ様の会員証を見せる。
この会員証は偽造したものではなく、正真正銘ローザ様の者らしい。
「僕はこの町に冒険者登録をしに来たところで、まだ会員証は持っていなくて」
俺の言い訳をよそに衛兵の目線はローザ様の会員証にくぎ付けになる。
「んん。会員証を見るに、高名な魔法使いとお見受けしました。どうぞお通りください」
ええ? 会員証一つで?
どんだけすごいんだ。ローザ様の会員証。
見方のわからない俺にとってはなにがなんだかさっぱりだ。
あのタジタジの受け答えでも通してくれるなんて。
「く、苦しゅうない」
まだ続けている。
町に入り、門が見えなくなったころ、ようやくローザ様がもとの口調に戻り話始める。
「私の名演技にまんまと騙されていたな」
そんなわけはない。
「まあ、それはともかく、良かった。魔法師協会の会員証が効いて」
「それに、見たところ私の情報はまだここまで来ていないみたいだな」
ローザ様はほっとした表情を見せる。
クインの町は鉱石の町なだけあって、通りにも金槌の音が響いている。建物は石造りの物が立ち並び、今まさに俺たちの横を鉱石が山積みにされた荷車が通り過ぎる。
ローザ様はクインの町付近には昔から様々な種類の鉱石が採掘されてきたといっていた。
ただ、とりわけ鉄は昔から安定して産出されており、この町は鍛冶の町としても知られている。
出店にも、鉱石をあしらった装飾品が多くみられる。
とてもきれいだ。観光だったらここで一日つぶせるくらいには、質、種類ともにそろっている。
「今回、そっちには用はないぞ」
そういわれ、俺はローザ様についていく。
クインの町は思った以上に広く、そして人口も多かった。
ローザ様を見失ったら、一瞬で迷子になりそうだ。
ローザ様は、通りを抜け、町を北に歩く。
魔法師協会のクイン支部があるらしく、そこに顔を出すためだ。
クインの町をだいぶ北に歩くと、さっきの通りのように金属や煤のにおいは感じられなくなっていく。
宿屋や酒場が増え、道行く人たちも武器や防具をつけた、いかにも冒険者のような人々が増えていく。
「大陸北方開発の一大拠点だからな」
「この町のもう一つの顔だよ。鉱石や鍛冶と同じくらい、冒険者の町としても知られている」
大陸北方へ活動しに行く冒険者は、このクインの町から中央山脈を越え、さらに北を目指す。
もちろん、北方から帰ってくる冒険者もこのクインの町を訪れるので、ここは冒険者でにぎわっているのだという。
「クインの町の近くには、閉鎖された坑道が多くて、それらがダンジョン化しているのも珍しくないからな。別にこの町から出なくても魔物討伐の依頼が降ってくる。食い扶持には困らない」
さらに、魔法師協会が幅を利かせているおかげで冒険者にとって、この町での居心地はいいらしい。
近年増加した冒険者と元から住んでいた者の間でのいさかいは増えたといっていたが。
「魔法師協会に行くぞ。これから、私たちも北方へ行く準備をする」
「え? そうなのか?」
初耳だ。
よく考えたらそうなのか?
新帝国の力の届かないところに逃げるなら大陸北方は願ったりかなったりなのか?
「何を驚いた顔をしているのだ。前にも話した……ことはなかったか。すまん」
ただ、クインより北は魔境と聞いたが?
「ああ、そうだ。《大戦》後、人間が数を減らしたことで魔物は大繁殖し、いまに至るらしい」
「特に中央山脈を越えると、魔物と人間の血で血を洗う闘争が今でも続いていると聞いた」
ローザ様は何喰わぬ顔でそう淡々と答える。
「だから、お前を連れてきたんだ」
あー、そうだったのか。
ここまではただの肩慣らしだったのか。
「ああ、ここまでは肩慣らしだな。そしてこれからが、本番だ」
さっきの淡々とした受け答えと異なり、急にローザ様の言葉には熱が入る。
「そして、ここから北は私の魔法がバカスカ撃てるぞお! 魔物相手なら何も気にすることはない!」
ローザ様は俺相手にも何も気にしたことないだろ。
ーーーーーーーーーー
クインの町、北の通りの一角 魔法師協会クイン支部前
ここで、大陸北方へ行き来する冒険者を管理している。
役所のような役割も果たしている。
さすがは大陸北方への玄関口、灰色の石造りの立派な玄関が俺たちを迎えてくれる。
建物自体の大きさも周りの建物よりも一回りか二回り大きい。
中に入ると、一階、入ってすぐはエントランスになっていた。
奥の方に見えるのは受付で、手前のロビーでは冒険者らしき人たちが笑ったり、話したりとにかくうるさい。
受付の奥には、何かの本がどっさりと置かれている。
本は貴重だというのにすごいな。
ロビーには、冒険者用の依頼が石に刻まれ、掲示されている。
受付横から二階に上がる階段が伸びており、応接間や事務室などの部屋が並んでいる。
協会内は活気にあふれていた。
遠目からでも伝わってくる。
「北方に行くんだ。ソウヤ、お前も協会の会員証を取らないとな」
ローザ様も受付で用事があるらしく、俺とローザ様は受付へ向かう。
魔法師協会の会員証はクラスごとに発行されている。
冒険者が会員証を取るなら冒険者のクラスで、
商人がとるなら商人のクラスで、というようにだ。
それぞれで発行手数料が違うし、社会的な印象も違ってくる。
「こちらが、冒険者クラスの会員証となります」
受付から会員証が受け渡される。
冒険者のものは、手数料がそれほどかからず、誰でも取得できる。
逆を言えば、冒険者の会員証を手に入れただけでは、何のステータスにもならない。
冒険者としての活動を通じて、実績を積み上げるしかない。
実績を積み上げると、会員証にも記載される。
会員証には、冒険者としての等級を書く欄が用意されている。
5級が最低で、1級が最高だ。
この等級は魔法使いのクラスにもあるらしい。
どちらかというと、魔法使いの等級を真似して冒険者の等級が作られている。
「あくまでも魔法師協会だからな! 魔法師の質を一目で可視化する等級は昔から使われていた」
ローザ様が昔、そんなことを言っていた。
ちなみに、等級の質は魔法使いのものが一つ分上らしく、冒険者クラスでの1級は魔法使いクラスでの2級と同じくらいの実力らしい。
俺の受付が終わると、ローザ様も用事を終え、俺の方に駆け寄ってきた。
ローザ様は俺の会員証をまじまじと観察する。
「5級の冒険者だな。新米という感じで良いじゃないか」
特別なコネなどがない限り、みんな5級始まりらしい。
「ところで、ローザ様の等級は何なんだ?」
「私か? 冒険者の方は3級だな。中堅も中堅だ」
そんなものなのか。
「魔法使いの方はどうなんだ?」
「ふんふん、魔法使いとしてはだな……」
ローザ様が俺の質問に答えようとしたその時、
協会のドアが開けられ、1人のやせ形の男と3人ほどの付き人がエントランスに入ってくる。
男はつばの広い三角帽にマントを羽織っている。
いかにも魔法使いのような風貌だ。
極めつけには、片手に細長い杖を持っている。
うん、絶対に魔法使いだ。
その男が、こちらに近づいてくる。
顔には笑みを浮かべている。
なんかにまにましてるな。
さらに、眼窩にはめられたモノクルと口に蓄えたカイゼルひげのおかげでアンバランスさが際立って、若干きもい。
男は(にまにましながら)口を開く。
「ロザリア君、こっちに来るならもっと早く言ってくれればいいのに! こっちにも歓迎の準備というものがだね!」
ロザリア? ローザ様の本名か?
「すみません、セレスさん。じ、事情がありまして」
「そうなのかね? まあ、大方予想がつくが、そっちの男は……弟子をとったのかな?」
「はい弟子です! 私がこいつに魔法をおしえています!」
「そうか、そうか、弟子なのかあ」
俺は弟子だったようです。
魔法は習いはしたが、どちらかというと僕なのだけど。
≪その叫び声は、届かない≫
突然、セレス?と呼ばれていたカイゼルひげの男は呪文を唱える。
と同時に、
「はあ、なんだこれ!!!」
エントランスにいた人間の服に火が付く。
火のついた人たちは、一心不乱に火を消そうとする。
それだけじゃない。
受付奥の本も焦げ始めていた。
「まずいわ! 支部長が魔法を使ってる! 早く消して、早く!! 本だけは守って!」
さっき、俺の受付をしていた人たちがほんの消火活動をしていた。
何があったんだ?
しかし、
本当にまずいのは、俺自身だった。
息ができない。
息をしようとすると、肺の奥が、気管が、ものすごく、ものすごく熱い、そして痛い。
これは死ねる。
息もできやしない。
死ねると思ったが、
「はあ、はああああ、はああ」
俺の不死身体質が発動する。
肺も気管も元通りだ。
「んん? 彼の肺は私がきちっともやしたとおもっていたのだが!! ふむ、なかなかなかなか、やるな!」
セレスさんはそう言う。
なんで?
これやったのお前かよ!
「そうでしょう、そうでしょう、耐久力だけが、こいつのとりえですから」
ローザ様は嬉しそうにそう言っている。
なんなんだこいつら?
「まあまあ、このクインの町に来たからには、ゆっくりしていきなさいよ!! ロザリア君!」
セレスはそう続ける。
「はい! ありがとうございます!」
ローザ様もそう答える。
なんなんだこいつら!!




