第8話 通話・前編
星崎零華は、会長席から立ち上がった。
生徒会室の隅には、まだグリッターの痕跡が残っていた。黒沢が二十分かけて、札束を埋葬する男のような表情で床に掃除機をかけたにもかかわらず。
有沢凱斗は、開いたノートを前に、会議用テーブルのそばに立っていた。
零華は髪の銀色のリボンを整えた。
「全員そろったところで、新しいメンバーに向けて正式な自己紹介を行います」
凱斗が目を上げた。
「それ、必要か?」
「必要です」
零華の手がリボンのところで止まった。
書類の山を前にテーブルに座っていた美桜が、微笑んだ。
「西園寺陽葵、副会長。一ノ瀬美桜、書記。黒沢慎一、会計。犬塚葵、庶務」
それから、手を体の前に添え、小さく礼をした。
「星崎零華。会長です」
凱斗はすべて書いた。
「で、俺の正式な役職は?」
「監査役です」
「監査役はどうやってクレジットを稼ぐ?」
零華は机の奥の席に戻った。
「自分の仕事をして、会長の指示に従うことです」
凱斗はペンを顎に当てた。
「後半が難しそうだな」
「自分の仕事をすることですか?」
「もう片方」
零華は動かなくなった。
陽葵が、白い手袋をはめた手を彼女の目の前で振った。
「会長が時空ごと凍りました」
美桜が書類にサインする手を止めた。
「有沢くん、あまり会長を壊し続けると、行政上の問題が発生します」
葵が凱斗に近づき、首を伸ばしながら片腕を彼の肩に置いた。
「そうそう。会長は拒絶に弱いんだよ。ここではだいたい会長に賛成することになってる」
凱斗は葵を見た。
「それで上手くいくのか?」
「もちろん上手くいきます」
零華が声を取り戻して言った。
「私たちは完全に機能している生徒会です」
葵は笑って、もう片方の腕を黒沢の肩に回した。
「だよね、黒沢くん?」
黒沢のデジタル時計が鳴った。
彼は汗をかき始めた。
「か……肩への接触。接触面積過多。体育会系近接。心拍リスク」
「え?」
「退避する必要がある」
黒沢は扉から逃げた。
葵は目を見開き、その後を追って走った。
「待って! わあ、やる気出せば本当に速いじゃん! 陸上部入ること考えたことある?」
扉が閉まった。
凱斗はノートを下ろした。
「生徒会の一部が消えた」
零華は咳払いをした。
「通常発生する事象です」
その瞬間、彼女の後ろの大きな窓の前を何かが横切った。
緑がかった金属色の甲殻が、半秒だけ陽光にきらめいた。
陽葵がゆっくり立ち上がった。
「あ」
緑の瞳が輝いた。
「タマムシです」
凱斗は彼女を見た。
陽葵はもう扉へ走っていた。
「伝説になってしまう前に戻ります!」
出ていった。
凱斗は零華へ顔を向けた。
「本当にこの生徒会を制御してるのか?」
零華の頬を汗が一滴伝った。
「まだ美桜がいます」
美桜はゆっくり立ち上がり、書類を胸にまとめた。
「私も数に入れないでください。A-5組で、欠席した先生の代わりをしてきます」
零華は彼女を見つめた。
「美桜」
「会長、年少者の教育は社会の土台です」
「逃げていますね」
「責任を伴って」
美桜は出ていった。
部屋は静かになった。
凱斗と零華は互いを見た。
零華は背筋を伸ばした。
「少なくとも、今日は穏やかな一日になりそうですね」
扉が開いた。
一人の男子が入ってきた。
凱斗より年下に見えた。たぶん一年生だ。制服は乱れなく整っていて、靴は高そうで、茶色の髪はきれいに切りそろえられている。手首には控えめな時計。小さな声で「お願いします」と言うよう育てられ、自分に非がなくても謝ってしまいそうな雰囲気だった。
彼の視線は床に落ちていた。
零華が立ち上がった。
短いマントが、自然な優雅さで肩に乗る。彼女は急がず机を回り込み、濃紺の髪を冷たい絹のように背中へ流した。男子の前で止まると、その声は柔らかくなった。
「どうされましたか?」
男子は赤くなった。
「高峰悠斗といいます。報告に来ました……クレジットを盗まれました」
零華はわずかに目を細めた。
凱斗は書き始めた。
「具体的に何を盗られた?」
彼が尋ねた。
悠斗はファイルを胸に抱きしめた。
「二百クレジットです」
凱斗の指からペンが滑った。
床に落ちた。
彼はすぐに拾った。
零華が彼を見た。
凱斗はもうノートへ戻っていたが、手にはさっきより力が入っていた。
「二百クレジットを何に使うつもりだったのですか?」
零華が尋ねた。
悠斗は息を呑んだ。
「家族通話です」
部屋の空気が詰まった。
二百クレジット。
家族通話。
凱斗は顔を上げなかった。
けれど、ペン先はページの上で止まっていた。
授業のチャイムが廊下に響いた。
悠斗が小さく跳ねた。
「すみません。授業に行かないと」
零華はうなずいた。
「心配しないでください。あなたの件は私たちが調査し、正しい形に戻します」
「ありがとうございます、会長」
悠斗は短く礼をして、出ていった。
扉が閉まった。
零華は凱斗へ近づいた。
「大丈夫ですか?」
「別に」
「今のような反応は初めて見ました」
凱斗は彼女を見もしなかった。
「重力だ。ペンが落ちた」
「詩的な説明ですね」
零華は机へ向き直った。
「アクセス記録を確認します。システムを見れば、誰がクレジットを動かしたか分かります」
二歩進んだ。
止まった。
凱斗の手が、彼女の腕を掴んでいた。
零華はまずその手を見た。
それから彼を見た。
「有沢くん」
彼は手を離した。
「どこに行く」
零華はまだ、彼が触れた場所を見ていた。
「コンピューターで誰がクレジットを盗んだのか確認し、この件を処理します」
「それだと一番分かりやすい人間が犯人になるだけだ」
「クレジットの移動には記録が残ります。詩の入り込む余地はあまりありません」
「だから危ない」
零華は優雅に腕を引いた。
「調査する必要はありません」
凱斗はノートを閉じた。
「星崎さん」
その声の調子で、零華は止まった。
「俺を生徒会に入れた理由は?」
彼女は一瞬、答えを失った。
それから視線を逸らした。
「あなたが有用だからです」
「どう有用なんだ?」
「問題を解決するのが得意だから」
「なら信用してくれ」
零華は銀色のリボンを握った。
「信頼を求めているのですか。それとも、私に逆らう許可を求めているのですか」
「二つとも同じ値段か?」
「有沢くん」
「現場から調べる」
彼女の返事には少し時間がかかった。
「五分です」
「足りる」
二人は無言で廊下を歩いた。
授業は始まっていた。本館は人の気配が抜け落ちたようだった。遠くで教師が名前を呼ぶ声、黒板を走るチョークの音、そして空調が根気よく働く音だけが聞こえた。
凱斗は歩きながら書いていた。
零華は横からそれを見ていた。
彼の字は小さく、冷たく、正確だった。
飾りがない。
感情もない。
「いつもそうやって書くのですか?」
彼女が尋ねた。
「そうって?」
「事実をファイルに綴じているみたいに」
凱斗は廊下のくぼみの前で止まった。
「ここだ」
零華は周囲を見た。
東棟の共用電話だった。
壁に固定された白い電話機。生徒が許可された通話に使うものだ。その下には、レシート用の小さな籠があった。隣には、星点制度の規則を書いたパネルが掲示されていた。
零華は眉をひそめた。
「学校の電話ですか?」
「一つ確認したい」
「もう少し具体的に言えますか?」
凱斗が指さした。
受話器が受け台から外れ、コードだけでぶら下がっていた。
戻されていなかった。
「高峰は息を切らしていた」
「授業の時間が近かったからでしょう」
「ああ。たぶん」
凱斗はレシートの籠の前でしゃがんだ。
「でも、妙なことがある」
零華が近づいた。
「何ですか?」
「通話端末のクレジットは、学校のプラットフォームに二日に一度、正午にしか反映されない」
零華の目がわずかに見開かれた。
「もし今日、クレジットを失ったのなら……」
「まだ知っているはずがない」
凱斗は籠に手を入れた。
ほとんど空だった。
中にあった唯一のレシートを取り出す。
紙は小さく、白く、感熱印字はまだ読めた。
凱斗はそれを二本の指で挟んだ。
零華が彼の肩越しに読んだ。
通話成立:十一秒
凱斗は黙っていた。
零華は彼を見た。
「十一秒……」
凱斗は、ぶら下がった受話器へ目を落とした。




